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第十五章 追憶

 今現在ポセイドニアには十の国がある。

 モノリス、ジー、トリトニア、テトラーダ、ペンタクス、ヘキサリア、ヘプタリア、オクタリア、レレスク、そしてガラリアである。

 ポセイドニアの国々に線引きをし、北を上に俯瞰して見ると、東西に細長いペンタクスを皿にしてまず四つの国が乗っかっているように見える。西からジー、テトラーダ、ヘキサリア、ヘプタリアだ。ヘキサリアとヘプタリアの北には広い領土を持つオクタリアがあり、ジーとテトラーダのそれぞれ北にモノリスとレレスクがある。ジーとテトラーダの国境に楔を打つような形でトリトニアが位置している。トリトニアの北にはモノリスとガラリア、東にはレレスクが領土を広げている。


 トリトニアはポセイドニアのほぼ中央より西側にあり、アフリカ大陸に似た逆三角形をしている。周囲をモノリス、ガラリア、レレスク、テトラーダ、ジーの五国に囲まれているので国交が盛んだが気が抜けない面もある。とは言え、広さこそ他と大差ないトリトニアの国力は充実したもので、気候もよいため海の実りも豊かであり、諸国とはよい関係にあった。

 大まかに言って南方の国々とは仲が良く、北方の国々からはやっかみからかあまりよく思われていないようだ。その筆頭がガラリア、そしてレレスクであった。


 ガラリアは一度何の目的でかパールを嵌めようとしたことがあり、レレスクは癒しの力を手に入れたいがためにパールを攫った。ニーナの陰の尽力によりレレスクの王の首を討ち取り、パールを取り返して今に至るが、ガラリアの真の目的は未だにわからない。レレスクと同じように癒しの力が欲しかったのだろうとの推測もできるが、どうにも腑に落ちない点がある。

 レレスクの方は、その後ロトー王の嫡子に貢献人を付けて治世を任せ、トリトニアに併合はしていない。

 というのも、レレスクとトリトニアの領土を合わせると、ポセイドニアの中で不釣り合いに大きな国となってしまうからだ。いろいろな国があって互いにバランスを取り合うのがよいというのがこの海人の園の住人の共通した世界観であった。それ故戦が起きてどちらかが勝っても属国にはせず、契約のみを交わす。それが当たり前だった。


 件の戦でトリトニアがレレスクと交わした契約とは、『二度と無断で癒しの姫を使役しないこと』『妖物への興奮剤の投与の禁止』この二点であった。これに違反した場合はレレスクはポセイドニア中の国からスポイルされることになる。

 迷惑を被ったことを改めてもらう。それが勝者の要求し得る全てだと、トリトニアの王は考えている。勝ったからと言って敗戦国の民を苦しめる要求はしない。


 ロトー王は享年四十一歳。武勇も衰えず女性の方もお盛んだったが、政務のほとんどは長男のロッシュに任せていたので、王が代替わりしても実質上の問題はあまりなかった。

 戦役があっても依然としてそこに国は存在し、民は生活しているのだ。


 一方、ガラリアとは正式な―と言うとおかしなものだが―戦になったわけではなく、あくまで個人的な会合の際に問題が起きたということで、表面上はそれまでと何の変わりもなく時が過ぎていた。レレスクとの戦役直前に一平自身が出向いて行って本格的な調査が行われていたが、間諜を送り込むなどしなければガラリアの本心は掴めようもなく、直後のゴタゴタで何の進展もないまま現在に至っている。気になりながら打つ手のないのがもどかしいところだった。

 それ以外の国とは取り立てた問題もなく、円満に相互の友好を維持しつつあった。

 守人のお披露目の会が過ぎてより半月、ひとつの朗報がトリトニアへもたらされた。



「お誕生日?」

 主宮から右宮へと移籍をしてパールに付き従ってきた侍女のフィシスの口からそれは告げられた。

「はい。エメロード姫さまはぜひとも姫さまに来ていただきたいようですわ。陛下でも一平さまでもなく、姫さまを名指しで招待されましたから。…こういうことは滅多ににはございません。よほど姫さまのことがお気に召されたのですわね」


「そうなの?」

 フィシスが下がるや否やパールは一平を振り向いた。エメロードの口から自分が気に入られていることを聞いているパールとしては、誕生祝いに招待されることはそれほど不思議なことではなかった。国王である父や守人である夫の存在を飛び越えてまで招待されたということが意外であったのだ。

「テトラーダに関してはそうでもないようだぞ」パールに渡された部屋着に袖を通しながら、一平は答える。「礼儀を知らぬわけではないのだろうが、時折大胆にも人を蔑ろにするようなやり方に出る。気性が真っ直ぐで奔放な気風ゆえ飾ることを嫌うのだそうだ。別の言い方をすれば正直で腹黒いところがない。きっと真実パールに祝って欲しいのだろうよ」


「…そうね…。エメロードさまにも確かにそういうところがおありになるわ。パールにだけは秘密を打ち明けてくださったし」

 共に過ごしたひとときを思い出し、思いを馳せるパールの言葉を一平は聞き咎めた。

「秘密?」

「あ…」

 パールはしまったと口を抑える。

 正直を絵に描いたようなパールの口から『秘密』という言葉が漏れるのは不似合いな気がする。かつて言いつけを守らなかったことを黙っていたというだけで、耐えられないほど沈み込んでいた純粋な娘なのだ。


 だが、今のパールは悪びれなかった。唇に人差し指を一本当て、恰もおねだりをするような目で一平を見上げた。

「だめよ。聞かなかったことにして。エメロードさまがパールを信頼して打ち明けてくださったのですもの。たとえ一平ちゃんにでもお話しすることはできないの」

「……」

 応える言葉を見つけられずに手を止めたままの一平を、パールは真っ直ぐ見つめてくる。

「…怒った⁉︎」

 夫婦の間で隠し事をするのはよくないことだと頭ではわかっている。だが、これは自分の秘密ではないのだ。一言たりとも外に漏らすことはできない。

「気を悪くしないでね」

「…いや…」


 いわば堂々と隠し事をされたわけだが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ感心した。知り得た他人の秘密を口外するのは、仁義に悖ることだ。思ったことをすぐ口にしがちなパールにしてはよく制御していると思う。

 一平とて、エメロード姫の秘密とやらを知りたいわけではない。件の会でお祝いに駆けつけてくれたので面識はあるが、パールのように親しいわけではない。その晩にパールからテトラーダの姫と友達になったと聞かされて、それはよかったとほっとしたことを印象深く覚えている程度だ。


 幼い頃は病弱のため、行方が知れなくなってからは海人に会わない環境だったため、帰還してからは学業の忙しさとその身分柄、気安い心からの友達を作ることができなかったパールである。パール本人に自覚はないが、崇拝者ならごまんといたし、級友(クラスメイト)とも問題なく関わってはいたが、やはり王女の身分は一線を画されてしまう。むしろ海人以外の動物、イルカや鳥や魚たちと、より心を通わせていたと言えよう。多種の言葉がわかるが故の成り行きではあったが。


 だから同年代の心を割って話せる同性の友達ができたと言うことは、一平にとっても非常に喜ばしいことであったのだ。

 王族の姫、と言うと、あの憎らしいエスメラルダのことを思い出してしまうが、一見したところエメロード姫はああういタイプではなさそうだった。普段は互いに遠く離れざるを得ないところが不憫だが、似たような境遇の親しい友は、パールによい影響を与えてくれるだろう。二人の間で秘密の話が交わされているのなら大いに結構、咎め立てしたり白状を強いる必要などまるきりないのだ。


 一平だってナシアスとの会話の全てをパールに聞かれるわけにはいかない。いくら最愛の女性でも。大切に思えばこそ、知られたくない状況というものは存在するのだ。

「ずいぶん…仲良しになったんだな。オレの知らないうちに…」

「うふ」

 とは言え、一抹の寂しさがないわけではない。我が子の巣立ちを複雑な思いで見送る親の心境でそう言うと、パールは小さく首を竦めて笑った。


「ね…。もちろん行ってきていいんでしょう?テトラーダからの正式なご招待だもんね」

「あ…ああ…」

「よかった。…ああ、何を着ていこうかな…。あ、それよりも先にお祝いの品を考えなくっちゃ」

 クローゼットを覗いたり、自分がお祝いに貰ったものを逐一チェックしたりし始めたパールの後ろ姿は嬉々としたものだった。

 いつもならこの後手渡してくれるはずの部屋着のサッシュを、一平はため息をひとつ吐いて自分で取りに動いた。



 そして、数日後―。


 がば。

 まさしくその形容が当て嵌まる起き上がり方を、一平はした。

 時刻はまだ早い。夜明けにはまだしばらくあった。

 置かれた状況をはっきりせぬ頭で確かめると、即座に傍らで眠る妻の姿を求めた。

 ―ほうっ…―

 妻の身体の両側に手をついて覗き込み、声にならないため息を漏らす。

 ―夢…か。よかった…―


「う…ん…」

 パールが身動きする。薄目を開け、何度か瞬く。

 ―起こしてしまったか…―

 配慮の足りなさを嘆くが、すぐにそれなら仕方ないかと開き直る。

「一平ちゃん?…どうしたの?…」

 自分を見下ろして熱い視線を注いでくる夫がそのまま覆い被さってきて、パールは面食らう。

 力強くギュッと、それでいて壊さないように優しく一平はパールを抱き締めた。

 夢は不安を誘う。その通りになってしまうのではないかと、悪い予感を抱かせる。

(思い過ごしだ。パールはここにいる。それに海人はあんなふうに海の泡になって消えたりしない)

 あのレレスクとの戦で何人もの人を切り倒し、ニーナの死を目の当たりにしたが、そのうちのどのひとりをとってさえ、死んで気泡になることはなかった。地上で死んだ父のラサールでさえも。



 一平の見たのはパールの夢。パールがアンデルセンの人魚姫のように海の泡となって一平の腕の中から消えてゆく夢だ。

 よく覚えていないが、夢の中のストーリーは人魚姫そのもので、僭越ながら王子は自分、そして人魚のパールに人間の足を与える魔女の顔は翼のそれであった。アンデルセンと違うのは、助けてくれたのが人魚であり、目の前で自分を慕うパールという娘であることに気づいていながら、王子である一平がどうしても言い出せないことだった。

 

 本意ではないのに冷たいことを言い、両親を困らせたくないがために親の勧める結婚を承諾し、その結果として恋を失ったパールという人魚をこの世から消滅させてしまう…。

 そんなことのあろうはずもなかったが、一平は不安でたまらなくなった。見る夢の百パーセント近くは事実無根、荒唐無稽の法螺話に過ぎないのはわかってはいたが、かつて一平は二度だけ正夢を見たことがある。あれが果たして自分の見た夢であったのか、誰かに見させられた幻であったのか疑問は残るが、その時見た光景は三年後、四年後になって現実のものとして一平の前に姿を現した。

 あのポナペの島で見た夢が―。


 戦の只中で大剣を振り回して、レモン色のドレスを纏った少女に向かって猛進する自分―その戦装束は紛れもなく当時はまだ見ぬトリトニア軍のものであり、少女はパールではなくニーナであった。

 そして珊瑚色の髪を持つ美しい裸の娘―今は妻となったパールを、彼は夢の中でそのしとねに抱いていた。


 それゆえ、おそろしい。

 パールを取り合う夢はそれこそ何度も見たが、自分の自信のなさからくるものか、極限状態の精神が作り出す幻か、幸いにして現実となるものではなかった。だが、パールを失う夢となれば話は別だ。

 寝取られる以上に起こってほしくない事態だ。口にすればその災厄を引き寄せ、現実と化してしまうような強迫観念に縛られる。


 何も語ろうとはせず、ただ抱き締めるだけの一平に、パールは優しいキスを浴びせた。怖い夢を見る度に一平がしてくれた、小鳥が啄むような口付けを、頬に、鼻に、額に、と。

 子どもに返ったように放心してそれを受けながら、一平は囁いた。

「…何も…訊かないのか⁉︎」

 パールは応える。

「だって、言いたくないでしょ?一平ちゃん」

「……」

 なぜ、わかるのだろう。一平には返す言葉がない。


「パールも、こうしてもらったから。怖い夢見た時に」

 そう言って懐に一平の頭を抱え寄せる。

 幼妻、という形容がぴったりのパールに、大柄で逞しい体躯の男が身を預けている様は一種異様で不釣り合いではあったが、本人たちはお構いなしだった。別に誰が見ているわけでもない。疚しいことをしているわけでもなかった。

 ―オレは癒されている―

 パールにに抱かれながら、一平はそう思った。

 甘美で、心地好い。


 パールは癒しの力を使っているのだろうか?例の歌を歌っているわけでもなく、手翳しをしているわけでもないのに、この、この上もなく安らかな心の開放感はどうしたものだろう。

「…変なの…」

 くすくすと可愛い忍び笑いを漏らし、パールが言う。

「いつも、パールがしてもらってるのにね」

 ―そんなことはない―

 パールは夢見の後のことを言っているのだろうが、一平はそれに限らないと考えていた。

 ―いつだって、オレはおまえに癒してもらっている―


 責任も重く、煩雑で忙しい青の剣の守人としての責務。日々それをこなすことは体力も必要だし色々な方面に気を配って指示をしなければならないので精神面でも重労働だ。揉め事や陳情にも首を突っ込み、耳を傾けなければならない。根が穏やかでいざという時に猛々しくも勇ましく振る舞える一平には適任ではあったが、だからと言って、疲れや悩みが溜まらないというものでもなかった。


 その上、近来珍しく勃発した対レレスク戦役で微小ながらもトリトニア軍は兵士を失っている。有能な戦士ニーナらの活躍により戦には勝利を収めたが、正面からまともに向き合っていたら勝ち目はないほどに、レレスクの兵は実力者揃いであった。

 今後も同じようなことが起こるかも知れず、その時に備え、トリトニア軍の兵士たちを鍛え直す必要が生じていた。それらの訓練にも守人自ら参加して士気を高め、己を含めた面々の剣技体技を磨く日々が続いている。


 忙しく立ち働いて帰ってきた時に最愛の妻が笑顔で出迎えてくれることほど、一平にとって心安まるひとときはなかった。思い焦がれて五年間、身を挺して彼女を守り、資格を得るために必死に精進し、晴れて掴み取った栄光の座そのものよりも、パールを己のものとできた喜びの方が一平には大きく、大事であった。

 あの放浪の旅の間も、一平はパールに助けられ続けた。それは今でも変わっていない。

 ―オレは相変わらずパールに癒され、パールに頼って生きている―一平はそう思ったのだ。



 思い返せば遥かな昔、パールと初めて出会った時に、その図式は始まっていた。迷子になったパールにしがみつかれて頼られ、一平は生まれて初めて庇護してやらなければならない小さな存在があることに思い至ったのである。無垢そのものの笑顔に父を失った悲しみを癒され、するべきことを見出して前向きな気持ちを抱くことができた。

 その後も数知れず、一平はパールの純真なる魂に心温められ、その秘めたる力を注がれて、重症の肉体をも癒され続けた。


 ムラーラでお医師としての修行に目覚めたパールはトリトニアに戻ってからは修錬所の医科にて研鑽を積み、パールひとりにしかできない技を人々に求められて奉仕に励んでいる。一平ひとりに向けられていた癒しの力が、日を追うごとに他の生物へ、トリトニアの民へと広く向けられてゆく。

 その過程をすぐそばで見てきた一平には、それはなるべくしてなったことであり、パール自身がそのことで自分に自信をつけ、明るく輝いてゆくのを目の当たりにすれば、やっかむ気持ちは失せてしまうのだった。


 婚儀が行われて以来、パールの癒しの力は一層強くなっているようだった。加えて体力もついているようだが、施術それ自体が著しく体力を消耗するものであり、より大きな力を求められるパールにとってはかなりの負担を身体にかけることに変わりない。

 青の剣の守人の連れ合いとして右宮の中を切り盛りし、守人の心の安定を図るという仕事も、今のパールの大切な役割である。無理はできない身体ながらも一生懸命こなし、大分人並みに近づいてはいるのだった。


 未だ小柄であり、四十センチの身長差、体重に至っては半分以下の妻にこうして抱かれているというのはなんとも情けなく、みっともなく見えようというものだが、今はこのままでいさせてもらおうと、一平は思った。

 パールの鼓動が聞こえるから。

 紛れもなく彼女が生きてそばにいる証が今ここにあるから。



 昨日、昔の話をしたからだろう。そんな夢を見たのは。

 あの懐かしい洞窟での数週間。

 地上と海中での文化、暮らしの違いをパールと語らった。

 パールはよく覚えていた。一平たち三人が、パールのためにと思って洞窟に持ち込んだ様々なものを。一平たち一人一人がどういう服装をしていたか、パールに対してそれぞれがどう振る舞ったか、何を彼女に伝えよう、教えようとしていたかを。

 言葉の通じないパールのために持ち込んだ絵本の内容をすら、一字一句違わずに覚えていた。


 それはパールにとっては外国語の歌詞のようなものだったのだろう。類い稀なる言語習得能力を以て、パールは二週間で日本語で意思を通じ合わせることができるようになった。お話の中身を理解してからのパールは、それこそこちらがうんざりするほど何回も『人魚姫』のお話を読んでとせがんだ。三冊持ち込まれた本のうちの一冊に思い入れを深くした。

 まさかその時はパールがまさに人魚姫(海人の王女)なのだとは考えもしなかったが、パールにとっては我が事のように感じられていたのだろう。自ら望んで陸に来た人魚姫と違い、パールは迷子になったが故の陸の人間との邂逅だったわけだが、初めて会った地上人に一目惚れをしてそのそばにいたいと思う気持ちは同じだったのだ。明確な思いではなかったにせよ。


 一目見て恋に落ちたのは何もパールばかりではない。三人の中では一番子どもっぽくてやんちゃな学はさておき、思慮深い翼も深い眼差しでパールを愛した。部活でなかなか洞窟に来る時間が取れない一平を補うかのように、翼は授業が退けるとすぐに洞窟へ向かってはパールと会うことを望んだ。

 意思の疎通が難しかろうが、疲れたパールが翼をほったらかしにして昼寝をしてしまおうが、構わなかった。


 そして彼女の好んだ本に準えて、『ぼくが溺れたら助けてよ』と、パールの王子様になりたい旨を告げたのだ。幼いパールには翼の意図は汲み取れなかったが、自分のことを優しくかまってくれる翼のことをパールが嫌いであるわけはなかった。何か失敗やいけないことをした時にパールを叱るのは専ら一平の役割であり、―それでもなおかつパールは一平のことを一番好きだったが―翼は敢えて黙認し、学に至っては『まだ小さいんだからそんなに怒んなよ』と、一平に食ってかかる始末であった。


「ぼくが溺れたら助けてって、翼ちゃん言ったのに。パール結局助けられなかったね…」

 しんみりと、そんなことをパールは呟いたのである。

「王子様になりたいって…言ったのに…」

「……」

 しばし考え、一平は腑に落ちた。そう、あれは告白だった。翼がそう言った時、一平は居合わせた。だがそれ以前に翼がパールを好いていることはわかっていた。ひとりの女の子として。

 一平の方はもやもやしつつも、これが恋なのだとはっきり自覚していたわけではない。同族意識、保護者としての関わりの方が大きかったのだ。

 行方不明になる前にも、パールはシェリトリにプロポーズされていたと、後から知った。こちらは欲得絡みの愛などないものであったが、いい気分ではない。


 ムラーラでもナムルをはじめとしてパールに言い寄ろうという男どもは片手では数え切れないほどいたものである。

 そしてパールに手を出そうとしたガラリア王。ニーナのお陰で未遂に終わったレレスクのロトー王。そして当のニーナ…。

(全く。どうしてこんなにパールを欲しがる奴がいるんだ!)

 でも今はパールは一平の妻である。結婚して一ヶ月と少し。蜜月の時はまだまだ続くはずであった。

 


 


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