第十三章 披露目の会
そしてよき友をも得た。
海人として初めて親友と呼べた気の合う仲間は、己の地位や身分に関係なく一平のために働いてくれている。現在、彼の最も大切な女性の護衛を務めてくれていた。
しかし、パールの身分が王女から守人の妻へと移ったことで、ナシアスはその処遇を取り沙汰されていた。
生まれ持った癒しの力故に他国にその身を拉致された経緯から新しく設けられた役職であった。位置づけとしては、パールの父親であるオスカー王の傘下である。この度の結婚によって、パールの身柄は主宮から右宮へ移った。護衛官の所属を移すべきか、別の人間が任に就くべきか、意見が分かれるところだった。
だが、結婚したからといって、パール自身の癒しの力がなくなったわけでもなく、オスカーの娘であることに変わりはない。依然としてパールは各国の垂涎の的であり、再び拉致される可能性は残ったままだ。残念ながら。
ただ、守人としての務めが増えるために、外部への施術行はその回数を減らさなければならないことも必然であった。今までも、施術の必要な患者には極力パールの元へ出向いてもらうという方針だったが、右宮の一角に専用の施術室を設けることでパールの負担を軽くし、また、癒しの姫―王女が癒しの力を持つということから、近頃ではパールは人々にそう呼ばれるようになっていた―の位置づけをはっきりさせることが必要だと認識されるようになった。
守人の妻となったことで、修練所の方も退いた。
一般教養課程は一平よりも二ヶ月ほど早く終了し、青科の副科もその役目を終えた。医科に於いては癒しの力があることで既にパールは別格である。お医師としては他の誰よりも力があるのだから、学生でいることの方が矛盾している。
そして医科に関しては、望む限りいつまでも在籍することができる。研究機関として。
トリトニアの医療の総元締めは修錬所の医科なのだ。他の医師たちと同じように、パールもまた医科との繋がりが切れることはない。
一平と同じように、パールの方にももう毎日修錬所に足を運ぶ必要性はないに等しかった。
こうなるともうパールはほとんど護衛を必要としない。右宮の中にいる限り、安全は保障される。主宮と同じく、右宮にも元々ガードマンは配されているのだから。
ナシアスは開店休業状態だった。
それにミカエラが目をつけた。
守人稼業を退いたミカエラは、今は顧問という形で青の剣の守人を補佐している。修繕所の教授として若者の育成に携わってもいる。
オスカーに進言した。
一平の昇進で空席になっている中将の位にナシアスを据えてはどうかと。
ナシアスはジーの出身である。トリトニアには新参者。特例ではあるが、トリトニア軍に所属している。トリトニアでの階級はないが、ジーでは中心となる四部隊のひとつの長を務められるほどの実力の持ち主なのだ。昇進試験にさえ通れば何の問題もなかった。
新しい守人には新しい副官、それも既に出来上がっている信頼関係にある者が必要、とミカエラは考えたのだ。
継承しなければならないことどもは、ブルッフがいるので抜かりなく伝えてくれよう。それにブルッフも、いずれもっと歳をとる。後継者を育てておかなければならない。
ミカエラの意見は聞き入れられた。
形式上、ナシアスに対し試験が行われ、彼は見事な成績でこれをクリアし、中将となった。
祝いの席も設けられた。
領民の伺候とはまた別物である。
国内は元より外国にも、トリトニアの青の剣の守人が代替わりしたことを周知しなければならない。国王と並んで遜色ない役職なのだ。地上で言うなら首相や大統領、宰相などにも匹敵するだろうか。
いや、トリトニアの場合、政の長は赤の剣の守人であり、青の剣の守人は武の長、つまり防衛長官、大元帥の類である。ついでに言うなら、白の剣の守人は知の長。文部大臣と博士を兼ねたようなものだ。長老と呼ばれる存在に一番近いかもしれない。
いずれにしろ、トリトニアを代表する三人のうちの一人に就任したのだ。国の顔であり、国民にも他国の重鎮たちにも顔を覚え、その存在を知っておいてもらう必要がある。
パールの成人祝いの時とは比較にならぬほど大規模なお披露目の会が主宮の大広間で催された。
トリリトン近郊に住む者は、先日の儀式を観覧し、守人の二人の姿とその神秘の力を目にしている。彼らの口から伝えられる感動は人から人へ伝わり、噂が噂を呼んで、既にトリトニア中に知れ渡っていた。それは隣接する国々にも及んでいると思われたが、オスカーは改めて余国へ使いを出し、祝いの会の日程と共に新しい守人の就任を知らせた。
儀式の日から二十日ほどが過ぎた頃、トリトニアには続々と各国の使者が訪れていた。多くは正式な大使と数名の従者といった程度であったが、中には贈り物の他にもこの際だからと思うのか、交易品を携えてくる国もあり、そうした国は大規模な運び手の隊列を組んで乗り込んでくる。そのためトリトニアの首都トリリトンの人口は一気に膨れ上がっていた。
主宮の大広間北側の一角には玉座がある。主立った式典や会合、宴会などの際にはこの玉座に国王夫妻が座し、一歩下がった所にある台座に青の剣の守人と白の剣の守人が座を構える。
今回の祝会の主役は、青の剣の守人である。特別に玉座と同じ位置にまで青の剣の守人の台座が前進させられていた。現国王のオスカーとしては自分の方が後ろに下がりたいくらいだったが、しきたり上そうもいかず、青の剣の守人となった娘夫婦の晴れやかな姿を横目で意識しつつ招いた客人たちをもてなしていた。
二十日ほど前に右宮で受けた伺候の挨拶の時とは比べ物にならないほどの人数の人々が二人の前に居並んでいた。
皆整然と新しい守人と言葉を交わすのを待っている。
「テトラーダより第二皇女のエメロード姫が皇帝陛下の名代としてお越しになっておられます」
「オクタリアの女帝オクタポーダ十三世陛下よりのご使者カメルーン宰相閣下のお目通りでございます」
取り次ぎ役の侍従長ブルッフが次々と来客を紹介し、面会をこなしていく。
将となってまだ日は浅いが、人一倍抜きん出た武人としての資質と人を惹きつけ率いてゆくことの頭角を顕し始めていた一平は、度々上官に指名されて重要な任務に就くことも多くなっていた。
ミカエラは他国へ赴く時には一平を同行する。ミカエラとしては、早くも青の剣の守人見習いとして鍛え上げていたのだが、そのため新参者であるにも拘らず知り人は多かった。
更に勇者と謳われる一平の為人は、噂が噂を呼び、尾鰭がついて大層なものになっていて、面識のない者でも、いや、面識がないからこそ、この機会に本人を一目見たい、言葉を交わしたい、こちらのことを覚えてもらいたいと、躍起になって祝いの使者に立候補したのだった。
エメロード皇女などはその代表たるもので、数々の武勇伝と共に語られるその勇者に助けられて、結婚にまで至ったトリトニアの王女が、羨ましくてたまらないらしかった。
そうして祝いの会が進む中、自分を見つめる視線の中にひときわ温かくはっきりとした意思を持つものを感じて、一平は振り返った。
そこは隣国ジーからの一隊が控えている場所だった。各国から祝いの使者が訪れていたが、地域が隣接するジーからは他国の三倍はあろうかという人数がやってきていたのである。ジーは多くのお祝いの品の運び手を必要としたため、部下たちは代表者の祝辞が終わるのを品物と共にじっと待っていた。
同行した者たちが軍人であることは一目でわかった。略装ではあるが徽章や勲章をつけているし、剣を携える眼差しは皆きりっとしている。そして一平はその群れの中に軍人を名乗る男を見つけていた。
「あなたは…」
意外だが、しっくりきて、一平は言葉を失った。
声を掛けられた男はにっこりと微笑んだ。
その微笑みにも覚えがある。彼は叫んで近寄った。
「キャプターさん‼︎」
周りの者が注視する。一介の兵士に過ぎぬ男を一団の中から見出して一国の重鎮が声を掛けるなど、滅多にあることではない。 しかも、今日の主役たるこの青の剣の守人はポセイドニア十国の生まれではないのだ。トリトニアですら新参者の域を出ない守人と一体いつ知り合ったのだという疑惑の瞳と驚きの叫びが、一斉に一人の男に注がれた。
「やはりあなたでしたか。覚えていていただけて感激です。お久しぶりでございます。ご立派になられて、見違えました」
キャプターと呼ばれた男は丁寧に、しかし卑屈になることなく返答を返した。
「あなたのおかげで予定より早くトリトニアに着くことができたのです。何度ありがたいと思ったことか。どうして忘れることなどできましょう」
「ご謙遜を。命を救っていただいたのにその程度のことしかして差し上げられず、ずっと心苦しく思っておりました。この度のご昇進―いえ、ご就任を聞き及び、お名前を聞いてもしやと思い、お使者の従者に志願した次第です。本当に、来てよかった」
「キャプターさん…」
今でこそ知人も数えきれぬほどに増えたが、一平にとってキャプターは、待ちに待った、望みに望んだ末に会えた初のトリトニアに繋がる『海人』だった。キャプターに会って初めて、具体的な針路が明らかになったのだ。
あれから早三年、なんと目まぐるしくいろいろなことが一平の身辺を経巡ったことか。あの長かったパールとの旅も、今となってはあっという間に過ぎ去った思い出だ。懐かしい。
「そうだ…」
キャプターを知るのは一平だけではない。思わず定位置から飛び出してきてしまったが、パールもこの若者と深い関わりがある。
「バールにも会ってください。彼女は王女で、今はオレの妻となりました。共に青の剣を守るべく成長したところを見てください」
「癒しの天使がトリトニアの王女だったとは驚きました。名前で気がついてもよいはずだったのに、迂闊でした。数々のご無礼をお許しいただけるでしょうか」
キャプターは無礼と言ったが、実際には無礼と見られるようなことは何もしていない。ごく普通に、同等に―いや、歳が若いので目下と見て―話をしたことが、王女と言う身分のある人に対する態度ではなかったと、反省しているだけなのだ。
「それを言ったら却ってあの子は怒りますよ。身分が変わったからと言って態度まで変えるなと。そういう人たちなんです。ここ、トリトニア王家の方々は」
キャプターを誘う一平に向けて、国王から声が掛かる。
「一平どの。お客人を早うこれへ。これ以上パールをこの場に留めておくのは不可能だぞ」
察しのいい国王はお見通しであった。キャプターの話は娘たちより聞いたことがある。できるなら直に会って礼のひとつも言いたいと思っていた。一平の様子と、それに気づいたパールの言から確信したのだ。
パールは一平とキャプターのそばに行きたくてうずうずしている。本当に今にも飛び出して行きそうだったのだが、母のシルヴィアに嗜められてじっと我慢の子であった。
催促されて上がった玉座前は、さすがに緊張ものだったが、一平の言う通り、気さくすぎるほど気さくなオスカー王に緊張をほぐされて、キャプターは心残りなく会見を終えることができた。
「おきれいになられましたね。とてもお幸せそうですよ。素晴らしい伴侶をお選びになられて私も嬉しいです」
面と向かって褒められて、パールはとろけそうに微笑む。
「姫はあの頃から一平どのがお好きだったのでしょう?」
声を潜めて問われ、パールは僅かに頬を染めた。恥じらって目を伏せ、「やん」と、一平の後ろに隠れる。
「一平どのも、そうですよね」
「キャプターさん…」
そんなことを訊かないでほしい。この大衆の面前で。
だが、大衆の面前だからこそ、嘘を吐くことはできない。彼は先日、衆目の注視の中、パールと誓いの口づけを交わしたのだ。今更照れてどうする⁉︎
言ってやれ、と一平の中の誰かが言う。
「パールは…今も昔も誰よりも可愛いと思っています。彼女に巡り合わせてくれたトリトン神に、心から感謝したいと」
誰に憚ることなくそう言えると、一平は真実思っていた。
キャプターが下がった後も、祝いの使者はひっきりなしに彼等を訪れた。




