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第十章 二つの儀式

 潔斎日を無事やり過ごし、とうとう婚礼の日がやってきた。


 パールは一平に会いたくてたまらない。会えないのは昨日一日のはずだったのに、結局なんだかんだと会わせててもらえない。

 一平は昨夜から聖廟に籠り、清めの(ぎょう)を行っていた。

 トリトニアの王宮の奥まった所に聖廟がある。試験と試儀の行われた右宮の聖廟とはまた別の場所だ。先人たちの霊がここに奉られている。過去何千年と繰り返されてきたトリトニアの歴史の守護神たち。赤、青、白の守人たちの霊を弔い、供養をし、死して後も擁護してくれることを願って作られた遺霊の間。

 その象徴は巨大な貝を象嵌した慰霊碑であり、周りを白一色の珊瑚が取り巻いている。年月を経るごとに珊瑚は増大し、小さな珊瑚礁になっていた。すでに何度も人の手で刈り込まれた跡がある。


 そこで一平はたったひとりで一晩を過ごした。

 神聖な場所だ。俗世とは隔絶された静けさに包まれ、厳かな雰囲気が漂う。深夜ともなれば、禍々しささえ漂っているように感じられて、恐ろしくないとは言えない。だが、青の剣の守人たるもの、これしきの恐怖や圧力に屈するものではない。

 することはこれといってない。来るべき儀式の手順のおさらいをするもよし、肉体の鍛錬に励むもよし、眠るもよしである。一時(いっとき)ごとに座して真言を唱え、精神統一を図ることを怠らなければ何をしても許された。但し、己以外の人間が同席することは許されないし、身の回りのものすら持ち込むことはできない。従ってすることは限られる。


 一平は一時(いっとき)ごとに課された行をこなし、その他はできるだけ眠ることに努めた。行が開始されたのは夕食を摂ってからなので腹はすかないが、一時ごとの行は睡眠のリズムを乱す。しかし眠らなければ人はまともな思考力、判断力を失う。

 これはきっと試験の一部なのだ。この聖廟での態度如何によっては、守人としての資格を剥奪されることになるのかもしれないと、取り越し苦労をする一平だった。



 その晩一平はたくさんの夢を見た。眠りが浅いせいでもあり、特殊な場所のせいでもあったかもしれない。儀式でへまをやった夢や婚礼の時刻に間に合わなかった夢、喧嘩をしてパールが実家である主宮に帰ってしまった夢…。

 不安と緊張が引き起こすそれらの夢とは別に、懐かしい夢もあった。生まれ育った漁村の家、そこには学や翼や伯父や伯母、父も母もいた。五年経っても記憶の中の従兄弟たちは少しも歳をとっていない。一平だけが、その中でひとり大きな図体をし、異質な服装をしていた。パールと過ごした洞窟の夢を見たあとなどは、一平は図らずも涙を流していた。


 知らない人の夢も見た。逞しく、精神力が強く、知識が豊富なのだと一目でわかるような人々が、次々に現れては一平にいろいろな話をしていった。目覚めて後、内容をはっきりとは覚えていなかったが、とても意味のあることばかりだったという記憶だけが残った。

 もしトリトニアに写真や肖像画が存在していたら、一平にはそれが歴代の守人たちなのだとはっきりわかったことだろう。

 夜が明け初めて五時(ごとき)の報せと共に、一平は聖廟を後にした。清々しさと共に、身体中に新しい力が漲るのを一平は自覚した。


 パールの方は昼間のうちに禊ぎを済ませていた。花嫁は十時(じゅっとき)には眠りにつかなければならない。花嫁の禊ぎは夕食前の二時間に集中する。

 ピピア女神の廟でそれは行われる。ピピア女神は美と愛の神だ。家内安全、健康祈願、子宝成就などを頼みに人々が訪う場所に  奉られている。こちらもご神体は貝を象嵌したものである。やはり周りは珊瑚に囲まれているが、色は白ではなく、赤い。パールの髪の色だ。

 母親のシルヴィアに付き添われ、ご神体の前に跪く。花嫁は神官の尋問に正直に答えなくてはならない。一種の懺悔である。この場では嘘をつくことは許されない。例え婚前交渉があったとしても、正直に話せばよし、隠し立てすれば汚れを祓ったとは見做されない。嘘かどうかを判断するのは神官だが、その力を神官に与えるのはピピア女神だと信じられている。


 神官の質問にパールは澱みなく答えていく。正直は折り紙付きである。何も問題はない。

 あるとすれば、正直すぎて、あまりにも些細なことを悪いことと認識して申告することくらいだ。嘘を吐いたことがあるかという質問には、一平の言いつけを破って昼間漁をしたというかなり前の話をしたし、約束を破ったことは?と問われれば、誰にも見せちゃだめだと言われた裸をガラリア王に見られたと言う。男性と通じたことがあるかという質問には意味がわからず聞き返し、抱かれたことがあるかどうかだと説明されてはいと答える。いつも一平が優しく抱き締めてくれたと嬉しそうに報告するのである。

 懺悔の後はともに真言を唱える。そして黙祷である。今までの悪い行いを悔い、来るべき新しい生活への心構えを我と我が身に言い聞かせるのだ。

 最後に説教がある。神官が新妻の心構えを説いて禊ぎは終わった。



 結婚式より先に守人就任の儀式が挙行される。

 式は建物の中ではなく外で行われる。トリトニアの住民は誰でもこれらの式に参列し、見物することができた。テレビも新聞もないので、ニュースは自分の目と耳で確かめるのが一番だというのがここの風潮だ。

 王宮の前には朝から大勢の人々が詰め掛けてきていた。地上と違って上下左右どこからでも見物できるので、入場できる数は面積ではなく体積によって決まってくる。国中の人間が集まってきたかと思えるほどの群衆であった。


 守人就任の儀式は実にに十六年ぶりのことであった。現赤の剣の守人であるオスカー王の就任以来である。一平が拝命する青の剣の守人はそれよりも三年前、白の剣の守人に至っては今より二十六年前に交代して久しい。単純に計算しても、国民の三分の一はこの儀式を見たことがないことになる。

 式はまず合格者の経歴と成績を発表するところから始まる。

「神聖なるトリトニアの青の剣守護者拝命のしきたりに則り、青の剣の守人たるこのミカエラの責を継ぐものを発表する」

 守人強戦士ミカエラの大音声が響き渡った。


「本日これより、青の剣は戦士一平の手に渡されることと相成った。戦士一平は、かの槍将で有名なラサールの忘れ形見であり、日本という地上の民さよ子の息子である。齢十八になる。行方不明となっていたわがトリトトニアのパールティア王女をここに送り届けるべく、十三の時より旅を続け、ただひとりで守り抜いてきた勇者である。守人としての修行期間は僅かに二年間だが、その才、力共に大きく他の候補生を圧し、見事青の剣の守人の座を勝ち取った。昨日より守人の聖廟に入り、禊ぎを済ませている。先人たちらによる守護洗礼を受けし戦士よ、今ここに姿を表すべし」


 ミカエラは口上を述べ終えると、オスカー王へ言葉の襷を渡した。

「青の剣の守人一平、ここへ!」

 王の一声で現れた一平を歓迎して拍手と歓声が湧き起こった。口々に一平の名や祝いの言葉を発する観衆たちの声は次第に纏まったものへと、変化してゆく。

「勇者一平!、戦士一平!、守人一平‼︎」

 凄まじいエネルギーが一平の身ひとつに向かって押し寄せる。度胸はある方だったが、予想以上の大歓声に驚きは大きい。興奮の渦に頬を赤らめながらも、一平は両の足をしっかり踏みしめて立っていた。みっともない姿は絶対に晒せなかった。



 失敗ならもう昨夜夢の中で経験済みだ。その点は気が楽だった。

「観衆に応えてやれ。手を挙げるだけでよい」

 一平の傍らでオスカーが耳打ちする。

 言われた通りの動作をすると、さらに歓声が高まった。

「一平どの、どうぞ中央へ」

 ミカエラに先導されて一平が移動する。

 観衆は何が始まるのかと息を呑む。

 鎮まったところで王が言い放つ。

「これより、新しき守人の剣技をお目にかける。模範試合だ。対戦するのは強戦士ミカエラ」


 これを聞いて再び観衆が盛り上がる。

 前守人対新守人の試合だ。共にトリトニア一と噂される二人の対戦など、滅多に拝めるものではない。

 二人の手にする得物は大剣だった。抵抗の大きい水の中では不利と言われる巨大な剣も、この二人の手にあると小さく見えるのだから不思議だ。おそらくクルトのような小柄な戦士には持ち歩くのさえ危なっかしく見えることだろう。


 王の合図で試合は始まった。

 予想はしていたが、なかなか勝負がつかない。

 片や守人歴十九年の大強者(つわもの)、力と共に技術も抜きん出ている。対する一平は、地上で鍛えた筋肉未だ衰えず剛力を維持しているし、若さゆえの切れと俊敏さがある。

 模範試合とは言え、二人は真剣だった。手にした剣もおもちゃではない。そのくせ相手を本気で切りつけて死に至らしめることは禁止されている。手を抜いて勝てる相手でもない。


 ミカエラはワクワクしていた。強戦士と呼ばれたミカエラももうすでに三十八歳。トリトニアの平均寿命と言われる歳まであと二年しかない。この年になってこのような手応えのある相手に巡り会えるとは思わなかったので嬉しくてたまらない。一平に守人の座を譲れるのが誇らしいのだ。

 手合わせが佳境に近づくにつれ、ミカエラは負けを覚悟する。長期戦になれば年寄りの自分の方が不利だ。ただ、不様な負け方だけはしたくないと思った。 


 一平の大剣がミカエラの大剣を跳ね上げる。

 宙を一閃して、ミカエラの大剣が一平の手に収まる。

 ザクッ。

 二本の大剣が交差して、地に突き刺さっていた。

 剣と地の間にミカエラの首が挟まっている。

「一本!勝者一平‼︎」

「ワアーーーーッ‼︎‼︎」

 一瞬の静けさの後、大歓声が轟き渡った。


「見事だ」

 不様な格好のまま、ミカエラは言った。体勢に反して気分はすこぶる良い。見上げる若者の姿が燦然と輝いて見える。

「ご無礼仕りました」

 跪いた一平が先達に頭を下げ、刺さった剣を引き抜いた。

 ミカエラが居住まいを正して言う。

「トリトニアをお頼み申しますぞ」

「はい、命に代えましても」

「うむ…」



 固い握手を交わす二人の偉丈夫を、パールはうっとりと見つめていた。

 パールの出番はまだない。守人就任の儀式の間は、関係者ではあるが当事者ではない。守人の妻となるための勉強に励んできた成果は婚姻して初めて発揮する場を与えられる。今はただおとなしく、一平のすることを見守ることしか許されていない。

 だがパールは見守ってなどいない。見惚れているだけだった。

(なんて素敵な人なんだろう。一平ちゃんはなんて強いの。あのミカエラさまを負かしてしまうなんて。それにどうしてあんなにかっこいいの)


 勝っても奢らない謙虚さ。目上の者に対する礼儀正しさ。機敏に動いてかつ力強いあの逞しい体躯。優しくて爽やかなあの笑顔。それら一平の全てをもうじきパールは独り占めできるのだ。それが嬉しい。他の女の人はちょっかいを出してはいけないと、世の中の人全てが心得てくれる。

 あの優しい眼差しも、熱っぽい口づけも抱擁も、パールだけのものとなる。今までだってそうだったが、常に不安は付き纏っていた。でも、これからは公然の権利として堂々と主張できるのだ。


 今すぐにでも飛び出して行きたかった。一平に抱きついて、お祝いのキスを浴びせたかった。この人が自分の旦那様になるのだと、大声で宣言したかった。

「姫さま⁉︎」 

 付き人のフィシスが、恍惚として動かないパールを案じて声を掛けた。

 パールは応えない。

 顔を覗き込んでフィシスは目を細める。

 紛れもなく恋する乙女の顔、愛する人との蜜月を夢見る大人の女性の顔であった。



 試合の行われた会場では、ミカエラが二本の剣を持って引き上げて行った。

 代わりに神官が二人進み出る。

 それぞれ手に盆を捧げ持っている。

 ひとりの盆の上には青の剣が乗っていた。

 もうひとりの盆の上には、深い青い色をしたマントが畳まれて乗っていた。

 二人は一平から少し離れた所で止まった。

 後からオスカー王とミカエラが重々しくやってくる。

 従者よりも前に進み出た。

「これより拝命の儀を執り行う。皆、静粛にされたし」

 王が呼ばわり、一平の面を捉える。


「戦士一平よ。汝、青の剣の守人となりてこのトリトニアを守ることに力を尽くすことを誓うか」

「誓います」

 凛とした声が応える。

「では守人のマントを授けよう」

 王が大きく頷いて、従者の差し出すマントを広げた。一平の背中を包むようにマントを掛け、肩に回して留め金を嵌めた。留め金には精緻な彫り物が施されている。

「なかなか似合うぞ」

 王が小声で言ってくる。こういう茶目っ気のあるところが支配者らしくないといつも思う。

 

 王が下がると今度はミカエラが歩を進めた。

 やはり従者の盆から青の剣を取り上げ、水平にして一平の前に突き出した。

「トリトニアの宝剣のひとつ、青の剣である。おぬしにのみ、帯剣することを許そう。本日ただいまより、青の剣はカエラの手を離れ、一平の力の一部となろう。受け取るがよい」

 宝剣は正式な守人でなければ触れるのは叶わない。試験の時に主と認められはしたが、剣の方で相応しくなくなったと判断すれば、どんな時であろうと拒まれるという話だ。


  

 一平は胸をドキドキさせながら手を伸ばした。

 鞘の真ん中を両手で掴む。

 吸い付くような感触があった。が、拒まれている気は微塵もしない。傍目には何の変化も起こっていないように見えるが、確かに青の剣は息づいていた。

「抜け」

 ミカエラが言った。

 宝剣を鞘から抜くことができるのも、守人と認められた者のみだと言う。

 一平は、刀の柄を握り締める。

 ―ドクン―


 剣が脈打った。まるで一目惚れをした瞬間の心臓のように。

 ―生きている―

 青の剣には紛れもなく命があった。これと決めた主人にでなければ、決して抜刀させないという意思がある。

 先程の大剣に比べれば細身で華奢な姿だが、刀身から伝わってくるエネルギーは計り知れない。みるみる自分の身体に力と闘志が漲ってくるのを、一平ははっきり感じていた。

 鞘から顔を出した刀身から光が発せられる。

 抜き放つと青白い輝きが周囲を明るく照らし出す。


「おおっ‼︎」

 思わず会場からどよめきが上がる。

 戦場でしか見ることのできない光だった。美しい輝きだが、 底知れぬ恐ろしさを秘めている。

 この輝きは敵を薙ぎ払うためのもの。この輝きが必要となるような事態が起きては困るのだ。誰の目にも触れずにしまっておけることが一番望ましい。

 一平は高々と青の剣を差し上げた。

「戦士一平、これより青の剣をお預かりする。二度とこの輝きを目にすることがないように、平和を守るため、力の限り尽力しよう」

 一平の宣言にわあっと歓声が上がった。

 剣を収めても、しばらくは鳴り止まなかった。



 一旦姿を引っ込めてから、改めて結婚式が始まった。

「よろしいですね、姫さま。誓いの言葉を言うまでは一平どのとお話しなさってはいけませんよ」

「わかっているわ。もう何度もおさらいしたじゃないの」

 式場へ行く直前も、この花嫁はあまりしんみりとした様子でない。フィシスの方も、ぬかりなく準備したつもりだが心配で仕方がない。今日式を挙げる花嫁よりもそわそわとして落ち着くことのできないフィシスだった。


 式場となる城外へと向かう途中、パールは一平とばったり鉢合わせしてしまった。予定では、別々の口から会場に出るために、式が始まってからでなくては会う事は叶わなかったはずなのだった。パールに侍女のフィシスが付き添っているのと同じように、一平にも侍従が付いていた。二人は互いに驚いて足を止める。

「い…」

思わず名を呼びそうになって、慌ててパールは声を飲み込んだ。コホンと咳払いをする。

  パールはペロリと舌を出した。またやっちゃった、という表現だ。 

 それを見て一平が目を細める。声を掛けてやりたかった。

 そう言えば、もう一日半もパールの声を聞いていない。やっと見ることができたパールの顔は変わらず愛らしいが、それと同時に眩しかった。パールのいるところだけが特別な力で光り輝いているようだった。


 一平が見惚れて突っ立っていると、侍従に袖を引かれた。通り過ぎる花嫁に道を開けろという合図だった。

 フィシスもそそくさと動いた。花嫁のベールを前に垂らし、一平の視界から遮るようにパールの前に立つ。そのまま誘導して式場に向かう。

(ケチケチしないで見せてくれたっていいじゃないか)

 一平は不満顔でフィシスを見遣った。

(パールはオレの花嫁だぞ)

 そう。

 確かにパールは一平の花嫁となるために、彼の前を通り過ぎて行ったのだった。

「ね。ちゃんと守れたでしょ?」

 その花嫁は、無邪気な顔でフィシスに念を押す。パールにとってはとても忍耐を必要とすることだったのだ。自分の努力を認めて欲しくてこんなことを言う。やっぱりまだまだ子どもっぽくていらっしゃる、とフィシスは諦め心地になった。



 再び人々の前に姿を現した勇者を歓迎して歓声が上がる。

 一平は王宮の正面に向かって、左側の門から登場する。

 今度は会場の中央に祭壇が設けられていた。漆黒の壇の上に三点で支えられた細長い台がある。剣を奉納するための台座だ。そこに一平は最前より腰に帯びることになった青の剣を立て掛ける。所作が済むと祭壇の前に跪いて花嫁の来るのを待った。

 パールはなかなかやってこない。実際には一平が思っているほど長い時間ではなかったが、待つ身は辛い。まるでオレの人生を象徴しているようだ、と彼は思った。


 やがて花嫁が姿を現わす。ベールで美しさが隠されているが、挙措は清らかだった。まさに聖なる結婚に相応しいと皆が思った。花嫁の手をとって誘っているのが彼らのオスカー王であることが、今日の花嫁が王女であることを証明している。

 父に導かれて、王女は花婿の隣に到着する。楚々とお辞儀をし、花婿の手に渡される。

 二人は祭壇に向かって立ち上がった。

 錫杖を持った大神官が現れる。

 真言を唱え、集まった全ての人と唱和する。


「これより神聖なる結婚の儀を執り行う。青の剣の守人となりし戦士一平と、選ばれし花嫁、王女パールティア、我の質問に答えよ」

 錫杖を振って鳴らし、大神官は尋ねる。

「戦士一平。汝これなる女を妻とし、命ある限り愛し、敬い、共に育み合うことを誓うか」

「誓います」

 一平が迷いもなく答える。

 大神官は花嫁に向き直る。

「王女パールティア。汝これなる男を夫とし、命ある限り愛し、敬い、共に育み合うことを誓うか」

「誓います」 

 もちろん決まっている、という響きがパールの誓いにはあった。

「両者、これへ。トリトニアの宝剣のひとつ、青の剣を二人で掴むがよい。二人の心が誠の愛情で結ばれていれば、剣はそなたたちを主とすることを受け入れ、極上の歌を歌うであろう」


 一平が進み出る。パールの手を引く。

 ゆっくりと、手を伸ばして剣の柄を掴む。

 一平はもちろん、パールの手も剣は拒まない。

 澄んだ鈴のような響きが、人々の間に広がってゆく。心優しいメロディーが、うっとりするような音色が、人々の心に染み渡った。

「トリトン神はこれなる二人の結婚をお認めになった。守人たちよ、青の剣は誓いの口づけによってその力を強めてゆくことを忘れるな」

 大神官が言う。

 神の啓示にも聞こえる。

「登録せよ」

 この二人の接吻が守人の接吻なのだと剣に教え込ませろということだ。

 一平はパールのベールを掻き分けた。

 パールの頬が紅潮している。瞳は計り知れない信頼を湛え、期待と喜びのため唇は半開きになっている。

 一平の規範では、衆人の監視の元でする行為のうちには入らない。けれどこれは避けては通れない。この唇を欲しがっているのは自分だ。それを包み隠すことは、剣に対して正直でないことになるのだ。自分はこういう人間なのだと曝け出すことこそ、青の剣は望んでいる。

 一平はパールを抱き寄せた。

 腰に回った手が強引で、しかも優しく感じられる。

 パールが目を閉じる。

 一日半ぶりの唇は、吸い付くように柔らかくて温かかった。

 

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