004 移動
「ユウトは寝るといい」
「アルはどうすんだ」
「夜はモンスターが活性化するからな。見張りをする」
「じゃあ俺も」
「悪い。気持ちは嬉しいが戦闘技能がない人間には任せられない。第一ユウトは身体が動くのか?」
「……まだ動かないな」
「なら今夜はゆっくり休んで、明日動けるようになるのがユウトの仕事だ」
「ぐうの音も出ない正論。じゃあ悪いな」
「ゆっくり寝てくれ」
しばらくするとユウトの静かな寝息が聞こえてきた。
いきなり自分の知らない世界に飛ばされて、年齢も性別も変えられて。モンスターに襲われ女神に与えられた力を発揮して。
疲れないほうがおかしい。
見知らぬ男に対して無防備が過ぎるとは思うが、彼女、いや彼は男なのだ。なら仕方ない。
それにしても。アルは思う。
ユウトが自分の正体を知ることのない異世界人で良かった。
もし自分の正体を知っていたら少々面倒なことになっていた。
アミュレットを貸したかどうかも怪しいところだ。
確かにアミュレットを外したアルをパーティメンバーは知らないが、その人物をアルだと思わなければこの国に関わりがある人間なら誰でも知っている。
誰もいない森で良かった。
アルは今日の夜番に絶対的な自信を持っていた。
なにしろアミュレットを外し普段抑えられている『神の加護』が解放されているのだ。少しでも非我の戦力差が理解出来るモンスターなら近づいては来まい。
そして盗賊の類いも、誰も通らない場所を根城にはすまい。
アルはユウトを暖める火が絶えないよう枝を焚べながら体の傍に置いた、ユウトが創り出した剣を撫でる。
ステラーゴを切り捨てたあと、二、三回振るだけで刀身の汚れは落ち、その輝きを取り戻した。
ユウトの力は恐ろしいものだ。
適切な管理をしなければこの国に災いをもたらしかねないだろう。
だがアルとしては、ユウトを幽閉するような真似もしたくなかった。
どんな形であれ、この世界にやってきた異世界人。
右も左も分からぬ土地で生きていくことは不安であろうことは想像に難くない。
そんな彼(彼女)を世界を知らぬまま閉じ込めたり国の管理下に置くのは間違っている、とアルは感じている。
せめて自分の力が届く間は、ユウトに何不自由ない生活を送ってほしい。
そのためにはユウトにはこの世界で生き抜く知識が必要になるだろう。
それを教えるための教育係なら覚えがある。家に帰れば片付く問題だ。
闇に潜む獣を抑える程度の闘気を発しつつ、アルは火を燃やし続けた。
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目が覚める。
ずいぶん不思議な夢を見たものだ。
異世界に飛ばされて女になってモンスターに追いかけられて。
俺は自由業だが規則正しい生活を過ごしている。そろそろ起きないと。
そして風が肌を撫でる感覚と身体を起こしたことで不規則に水風船のように揺れる胸で、夢だと思っていたことが夢でないことを悟った。
いや分かってはいたんだけどな? 現実逃避くらいはしたいじゃん?
「おはよう」
身体を起こしたユウトが目に入ったのか、アルがそう挨拶してくる。がアルはこっちを見ていない。
……ふむ。
身体を起こした拍子にマントがずり落ちていたらしい。ウブだなー。いや男の胸だもんな、すまん。
「おはよう」
マントを羽織り直し、挨拶を返す。
「疲れは取れたか?」
「おかげさまで。どちらかというと起きてからのほうが慣れない身体の違和感感じるわ」
「そりゃそうだろうな」
アルは俺が男だという言葉を信じて、俺を男として扱ってくれる。とても助かる。
「朝飯は魚を焼くか昨日の非常食、どっちがいい?」
「魚」
「だろうなぁ」
アルはそう言ってあははと笑う。昨夜不味そうに食べていたのはバレていたらしい。
「魚は近くの川で今から取るから少し時間がかかるがいいか?」
「釣りたてが食べられるなら。釣り出来るのか?」
「そこそこはな」
「じゃあ俺も釣ろうかな」
「ユウトには火の番をお願いしたい」
「それも大事か」
「何かあったら大声出してくれ」
「きゃあ、とかそんな声が俺のノドから出たら本当の危機だな。その時は頼む」
「頼まれた」
そう言ってアルはユウトが起きる前に準備していたらしい即席の釣竿を手に立ち上がる。
釣竿自体はそこら辺の枝みたいだが、その先に取り付けられた道具や糸は冒険者としての必需品として備えているものだろう。
「気をつけて」
「そちらこそ」
アルが森の奥に消えたあと、ユウトは改めて自分の置かれた境遇を考える。
裸一貫という言葉があるが、まさか異世界に文字通り裸一貫で降り立つとは想像だにしなかった。
道具はおろか服すらない。あるのはあのクソガキから貰ったチート?スキルだけだ。
頭の中の本をめくる。
まさに全知と呼ばれるにふさわしいほどの知識が脳裏に浮かび上がる。
だがこの脳内にある物をこの世界に創り出すにはMP?とやらが必要らしい。アルに聞いておけば良かったと少し後悔したが、昨日は身の上話をするだけで精一杯だった。朝食の時に聞いてみよう。
難しいものはMPが足りなくて創り出せなかったが、最低限の武器となる金属製の剣は創り出すことが出来た。だがそれを創り出して気絶では意味がない。そもそも扱えなかったし。売るしかないのか? そういうお金儲けのスキルなのか?
アルは武器を持たずにテレポートさせられたため、あの剣を常に帯剣し今も持って行っている。
アルがいなければとっくに自分の異世界での冒険は終わっている。いやあのモンスターはアルと一緒にテレポートしてきたのだから、アルがいたから危機一髪という考え方もあるが、アルもモンスターもいなかったとして、それはそれで終わっている。
アル曰く『ここは人気がない森』らしいし。インドア派の自分がここを抜けるため何日もサバイバル出来る気がしない。よしんばテントやランタンや食料を創り出せたとしても、モンスターを誘き寄せる形になってゲームオーバーだろう。いやゲームではないが。
熱さで考えが中断される。
陽はすでに昇り、陽射しでマントの中も暖かく感じる。いや暑い。汗もかいてきた。このマント、驚くほど保温性がいいらしい。
火からはすでに十分距離を取っているが暑い。熱い。
俺は誰もいないことを確認してから、マントの裾をパタパタさせて風を起こす。
女の子とはいえ中身おっさんのハダカ、アルに見せたら悪いもんなー。でもああ、涼しい。
俺は調子に乗って大胆にマントを脱いだり羽織ったりを繰り返す。見せつけたいわけじゃないんだ。ただ熱いんだ。服がないのが悪い。あのクソガキが悪い。
十分冷えて頭も冷えた俺は、改めてスキルについて考えようとしたとき、ガサリ、と大きく草を薙ぐ音が聞こえた。
「おかえり」
「ただいま」
魚を四匹釣り上げたアルだった。
そして俺の反対側、昨夜と同じ場所に移動して座ると釣ってきた魚の下処理を始める。
「ふーん、そういうのも出来るんだな」
「魚は食べるんだろ? 自分で処理しないのか? もしかして向こうでは貴族みたいな身分か?」
「いや、あっちは魚とか切り身で売ってるんだよ。俺の国では魚釣りは趣味だな」
「不思議な国だな」
アルはしゃべりながらもテキパキと魚を捌き、塩を振って枝に刺すと焚き火の側に突き刺した。
「四匹釣ってきたがここで一人一匹ずつ食べて、残りは昼に食べようと思う。移動するからな」
「了解」
アルと自分の身体の大きさを見比べる。男の時の俺はアルほどの大きさはなかったが、それでも今の姿よりかは十分大きかった。今焼かれている魚一匹でお腹いっぱいだろう。
「アル、MPって分かる?」
「魔法を使うときに必要になる魔力量だな」
さすがアル、さらっと答えてくれた。
「スキルを使うとき、『MPが足りません』と言われたんだが、MPってどうやって増やすの? レベルアップとか?」
「その通り。レベルアップが基本だな。ただレベルって生きてるだけじゃ上がらないから何らかの職業に就いてそのレベルを上げることでMPも上がるって感じだな」
「職業かあ……プログラマーなんてないよなあ」
「向こうの世界でのユウトの職業か。こんぴゅーたーがないからな。こちらにある職業で適正があるものに就くのが無難だろうよ」
「俺、その剣扱えなかったんだが、剣士とか出来るのか?」
「うーん……ユウトは愛の女神の加護持ちだからな。武器を持って直接戦うといった前衛職には向いていないだろうな」
「愛の女神の神官とかはイヤだぞ」
「それはやめておいたほうがいい。愛の女神の神殿の厄介になるくらいなら俺を頼ってくれ。まともな仕事を紹介できる」
「魔法使いとかどうなんだろうな?」
「だけどMPが足りないとか言われるんだろう? 魔法の使用制限がある魔法使いはなかなかパーティーには誘われないぞ」
「だよなぁ」
やがて魚が焼けたのでアルから一本頂く。
「はふっ!?」
「熱いぞ」
「わ、分かってたけど、焼きたてって熱いなぁ……。美味い。美味いわあ」
焼きたての魚はマジで美味かった。
よく考えれば昨日は非常食をガジガジしただけだ。お腹が空いていたのもあるかもしれない。
だがそれを差し引いても焼きたての魚は新鮮で俺の記憶に強烈に残った。
****************
「恥ずかしいんだが」
「靴も履いてない。足裏の傷だって水で洗っただけだ。それにこの方がスピードが出る」
マントを羽織ったユウトがまだ文句を言う。
確かに元男で、しかも俺より年上なら恥ずかしがる気持ちは分からないでもない。だが俺には早く家に帰ってこの姿を隠す必要がある。
だから。
「すまない」
「うわっ」
俺はユウトを抱え上げると、ズタ袋を抱える要領で肩に乗せた。
「これだと景色も見えず、揺れて確実に吐くぞ?」
「うっ……」
俺はユウトを肩に乗せたまま、屈伸したり軽くジャンプを繰り返したりしてみる。
「うぉう……わ、分かった、もう文句は言わない」
揺れる視界と身体で現実を知ったのか、ユウトが白旗を上げる。
俺はユウトを肩から下ろすと、改めて両腕で抱き抱える。
いわゆる『お姫さまだっこ』だ。
これをすると大抵の女性は顔を赤らめて潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
そしてユウトも顔を赤らめ、瞳を潤ませて、だが顔はこちらを見ようとはしない。
だがそれは、屈辱で顔が紅潮して悔しくて涙がにじんでいるだけだというのは想像に難くない。
それに俺もユウトの方は直視出来ない。
抱き抱えることでマントの合わせが緩み、ユウトの胸元が広く開いているからだ。
「すまんユウト。胸元が開いている」
「悪い」
恥ずかしがっていたユウトだが、俺の言葉に自分の状態に気が付くと片手でマントを合わせて握りしめる。
ユウトはどうも隙が多い。
釣りから帰ってきたときもマントをバサバサ広げていた。おかげで明るい場所でユウトの全裸が見えてしまい大変困った。わざと音を立てなければまだやっていたかもしれない。
年相応の女性としての仕草も覚えてもらわなければ。
「これに気を取られてすっ転ばれると俺がヤバいからな」
「色々とすまない」
「そう思うなら早めに目的地に行ってくれると助かる」
「そうだな」
さて。
少しずつ全力を出すか。
普段アミュレットで力は封印されているから、全力を出すのは楽しみでもある。
俺はまずは歩き始め、そして駆け足、そして走り出した。
「ちょ、ちょっと待てお前人間か」
ユウトの声が震えて聞こえる。
「しっかり捕まってくれ。もっとスピードが出る」
俺の言葉にユウトは空いた右手でぎゅっと抱きついてきた。
俺は森を駆け抜け草原を猛スピードで突っ切る。




