99話 はるなさんはお姉さん
「今日はおじゃましまーすっ!」
「お、お邪魔します……」
「あ、紅目さんに月見さん! こんにちは!」
「もー! 『はるな』と『みなみ』で良いってば、ひよりちゃん先生!」
「みなさん、ちょっと手狭ですけど、このリビングで……」
「………………………………」
どうしよう。
家の中の人口が……人口密度が、増えた。
もともと父さん+母さん+男な僕+優花だったのが、昼間だから親が居なくって、女の子な僕+優花+ひより先生――そして、この前来た、はるなさんとみなみさん。
……家の中の男女比が、2:2から0:5へ。
男の気配が……きゃっきゃしてる空気で、消し飛ばされた。
◇
「へー、ほんとにこはねちゃんがひよりちゃんにお勉強教えてるんだー!」
「はいっ! 教わってます!」
「いいなぁ、私も高校生なら教えてもらえたかなぁ」
居間――リビングルーム。
普段のテーブルから移動した僕たちはテレビの前のソファに座りながら……なぜか、はるなさん――「紅目ハルナ」さんの配信を観ている。
はるなさん自身は恥ずかしがっていたけども、ひより先生が興味を示したから僕も参加し、ソファに座った2:1っていう人口比で決まったんだ。
画面の中では、アニメ調の女の子――長いポニーテールで真っ赤な髪に胸元が強調されてるしぷるんぷるんと動いてる、お姉さん風の――リアルでのはるなさんを知っていれば本人だって分かる姿が、気持ちよくコメントたちを捌いていっている。
こういうのを見ると、やっぱプロってすごいなぁって思う。
僕みたいに好き勝手マイペースにはできない世界だ、とも。
「ほぇぇ……これが、本物のVtuberさん……あ、違いますっ! こはねちゃんさんがそうじゃないって意味じゃなくって!」
「分かってますって先生。僕のはどっちかっていうとこういう華やかな『Vtuber』――半分アニメの存在ってのじゃなくって、『配信者』ってリアルの括りですし」
人間は群れると派閥を作る。
ゆえに、こういう世界でも「Vtuber」と「配信者」とは界隈も別れていて、それを混ぜようとすると大炎上したりするんだ。
だから、区別は大切……なんだけども。
「今はそういう垣根も曖昧になってきてるけどねぇ。私も――これは古参の人たちしか知らないけど、個人でやってた時代の古いアカウントで『個人の配信者』として車載動画とかドライブ配信とか、体だけときどき映して配信者でしかないことしてるし。そういう私みたいなのは平気だけど、視聴者さんたちはそういうのをすごく気にする人が多いからさ」
登録者――数十万人。
世間に疎いこんな僕でも切り抜きでちらりと見たことがあるし、もっとネットコンテンツに浸かっている人なら結構知られているらしい――大手、俗に「箱」って呼ばれてる事務所所属の、Vtuberの人。
そんな、僕みたいな個人が知り合えるはずのない「アイドル」が、ひより先生を挟んだすぐ隣に座って話している。
本人は謙遜してるけど、実際にはかなりの数の熱狂的なファン――「ユニコーン勢」、つまりは「アイドル」と結婚したいとまで思っている人がたくさん居るはずなんだ。
「まぁ私みたいなのは中途半端って怒られちゃうんだけどね。配信頻度もそこまでじゃないし、人気も……事務所の同期の中でこそあるけど、もっとおっきなところの新人さんにさえ負けてるし。『本気を出せ』とか言われても、OLとして会社でのお仕事も楽しんじゃっててて配信頻度もコラボも限られるし」
「登録者とか同接だけが配信者さん……あ、Vtuberさんの魅力じゃないって思います!」
「あはは、ありがとねぇひよりちゃん先生。ほんっとかわいいねぇ」
「は、はわわ……」
ひより先生の純粋さと、なによりの小ささにメロメロになっているはるなさんが、ひより先生を撫で繰り回している。
うん、分かる……僕だって、年上の知り合いでもない男っていう垣根さえなければ、普段優花が僕にしてくるみたいになでなでとかハグとかしたくなる庇護欲みたいなのが湧いてくるもん、先生へは。
まぁ僕が男だから無理――あ、違うか、今の僕は女の子だから肉体的には……いやいや、精神的にはどう考えてもセクハラだったからアウトなんだ。
「……でも、その通り」
「ほわぁー……」
両手で頭と、もちもちとしているあごを撫でられて鳴き声を上げているひより先生を眺めていたら――あんまり合わせないようにしていた目線が、はるなさんとぴったり合う。
「……嫌じゃない? もっと離れた方が良い? 話しかけない方が良い?」
「あ、いいえ……大丈夫です」
「そう……嫌だったらいつでも言ってね」
――ああ。
この人は、大人なんだ。
社会人として……いや、人として、いろんな経験をしてきたから気づかいができている。
僕とは違って。
そう、感じる。
「……世間的には『同接ランキングではまぁまぁでもトップには絶対たどり着けない、中途半端なアイドル』ってのをやってる私だけどさ。そんな私も、暇な時間に――もちろん事務所のグループの子のとか他のVの子の配信とかも観てるけど……たとえ個人でも。たとえ、本人的には『底辺』っていうような人気でも。こはねちゃんの配信、私は好きだなぁって思って観てるよ。表立っては言えないけどね、いろいろな都合で」
「……はいっ! 私も好きです!」
「ねー」
「ねー」
女の子同士の、特に合わせたわけでもないのに全く同じタイミングでうなずき合う2人を眺める。
……こんなに有名な人が、僕の配信を?
や、そうでもないと、この場へは――介護班とかいう、勝手に僕を守るために組織されてるらしい、優花が入ってるグループみたいなところから「僕の人見知り克服のためにって」理由で招かれたりはしないのは理解しているんだけども。
それでも、あまり実感はない気がするんだ。
「特に私は同世代だしさ、こはねちゃんの」
「あ、そうですね。こはねちゃんさんは一応成人さんなんでした」
「……ちゃんと戸籍からして成人してるんですけど、先生」
「わっ!? う、疑ってるわけじゃないんです! お勉強とか教えるの、塾の先生みたいでしたし! 配信の声だけ聞いてたときは信じてましたし!」
……絶対信じてないね、先生。
こんな見た目だし、肉体的には子供になっているから信じようがないだろうけどさぁ……。
「あははっ、こんなにかわいいから実感湧かないよねぇ、分かる分かる! 話してる内容とか雰囲気だけならともかく、ほんと、ひよりちゃん先生の描いたそのまんまだもんねぇ」
けらけらと笑う――のに合わせて胸元が、リアルでも揺れている――これってアニメとかじゃなくっても本物の物理現象なんだね――はるなさん。
……なるほど。
学生時代のクラスとかで、いつも教室でみんなに囲まれているから声がなんとなく聞こえてきていたような、おしゃべりで人気者な女子――その子がそのまま社会人になってる感じなんだ。
そうだよね。
人は、そんなには変わらない。
元から根暗で人とのコミュニケーションが苦手な人間は、小中高大と進学するイベントのときに思い切って髪を短くしたり染めてみたり、話し方を変えてみたりしたって――
「うぷっ……」
……上がってきた胃液を、気づかれないように押し込める。
「ひよりちゃん先生ってば、こはねちゃんのキュートな印象をそのまんまイラストで描けててすごいなぁ……事務所に頼んで私の次の立ち絵も描いてもらっちゃおうかな?」
「ひゃあっ!? だ、ダメですよぉ!? はるなさんみたいに有名な人で、今もすごいイラストレーターさんに描いてもらってるクオリティーなんて、私にはまだまだとても……!」
よし、気づかれてない。
……こんなにも楽しそうな空気なんだ、なによりもひより先生が楽しんでいるんだ。
そんな場面を、僕が勝手に思い出して吐き気を催しただけで台無しにしたくはないんだから。
「……こはねさん?」
「……ん、優花」
そっと肩へ――見なくても分かる触り方で、彼女の手が載せられる。
「楽しんでいるところ申し訳ありません。ですが、そろそろ疲れてきたと思いまして……ほら、普段は今日みたいにずっと会話をすることがありませんから」
「あ、ごめんねぇ優花ちゃん、こはねちゃん、気づけなくって」
「いえ、とても楽しんでいるようですけど、こはねさんはこまめに休みを。ね?」
「……うん。済みません、はるなさん。ちょっと外しますので……ひより先生を愛でてあげてください。存分に」
「こはねちゃんさん!?」
「あははっ、任せて! 私のなでなでテクで、今日中にひよりちゃんを堕としてあげちゃうから!」
優花に促され、明るすぎる空間から脱出。
それだけで胃がやわらかくなるし、あったかくなって人心地がつく。
……そうだ。
人間は、その本質は――たとえ肉体が変わろうとも、そう簡単には変わらないんだ。
それはもう、「人格が丸ごと変わる」レベルの経験を積まないと――引きこもりをして人生経験がゼロどころか時間経過でマイナスになっているような僕みたいなのには、一生起きることはない「奇跡」なんだから。
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