96話 反復横跳びはわき腹が痛くなるから嫌い
「ねぇねぇっ! ひよりちゃんひよりちゃん!」
「はいっ! 今日もお勉強――――――……、え」
今日もひよりちゃんがお家に来てくれた。
お勉強会?
その前にお説教会だよ?
「ひよりちゃん、メッでしょ! あんなえっちなの描いちゃ!」
「えっ……あ、はい……そう、ですね……?」
一瞬青くなっていた顔が、今度は赤くなる。
……もう、えっちだって分かってるくせにやっちゃったんだから。
「そうだよ! ひよりちゃんはまだ小学生なんだから、あんなの描いちゃダメなの! えっちなのを描いて良いのは大人になってから!」
「え、あの……私、こ、高校生……」
「しかも僕がおもらししてるだなんて!」
「あの、それは本当にごめんなさい……」
「最近はしてないんだから! おもらし!」
「えっ」
ひよりちゃん先生が来たから、いつも通りにごはんを食べるテーブルに座って――なぜか妙に遠慮しちゃって対面に座っちゃってたのを、今日は真横に座って。
「そんなにおもらし見たいんなら見せてあげるから、インターネットでみんなに見せるのはやめなさい!」
「えっ」
「いいね!」
「あ、はい……」
「どうしても我慢できないときは電話して! ビデオで送ってあげるから!」
「えっと……嬉しいですけど、でも……」
ふんふんっ。
怒りで思わず鼻息荒くなってたけども、ひとまず悪いことはやめてくるらしい。
インターネットっていう怖いところにあんなものを投稿したりして……それを見たみんなが僕の家に押しかけてきて「おもらし見せろ」って言ってくるかもじゃん。
「……こはねさん」
「あ、お姉ちゃん」
ちょっと大声出しちゃったからか、お姉ちゃんが来ちゃった。
お勉強の邪魔しちゃったかな。
「あ、あの……えっと……」
「……少し、ひより先生を借りますね」
「早く返してね!」
すすすっと席を立ち、優花お姉ちゃんと一緒に今を出ていくひよりちゃん。
「……こういうとき、女子同士ってずるい」
僕は、しょんぼりした。
――どれだけ仲良くなっても、やっぱり男だと女子の秘密トークには加えてもらえないんだなって。
◇
「数学の公式は、おえかきで言う『素体』――それを覚えていさえすれば、いろんなキャラのいろんなポーズに対応できるもの。覚えていないとぐにゃぐゃにのタコさんになっちゃって、なんとかごまかして描いたりしなきゃだけど、1回覚えて使えるようになれば、もっと難しいポーズとか頭身にもチャレンジできるんだ。だから」
「うぅ……手でも覚えるために、ちゃんと類題を解いていく……がんばりますぅ……」
「うん、がんばって。おえかきと一緒で、解いたら解いただけ簡単になるから!」
この前出されたらしい宿題に泣きべそをかいてたひよりちゃんへ、ひよりちゃんが好きなおえかきに合わせて納得させてあげる。
「応用問題になるたびにつまずいてるし、ほんとは中学の範囲からもう1回やった方が結果的には早いんだけど」
「うぅ……」
「……それはさすがに、やだ?」
「嫌ですぅ……」
「じゃ、複合問題として出てきた中学の公式、その場その場で1個ずつ覚えようね」
「はいぃ……」
僕は隣でご本を読みながら、ひよりちゃんの監視のお仕事。
こういうの、久しぶりだなぁって感じ。
確か、前にこういうことをしてたのは――小学生だった優花へ勉強を教えていたときで、
「………………………………」
……む。
「ひより先生、ごめんなさい」
「え?」
「肩、くっつけるほど真横で居られたら困りますよね」
がたがたっ。
僕は――なぜか遠慮と配慮と慎みっていうものを忘れ、これまでの何回かのようにテーブル越しに座れば良いものを、なぜかなぜか隣に座り、なぜかなぜかなぜかぴたりとイスをくっつけて並んでいたのを、がたがたと音を立てながら離す。
「………………………………」
「あー。僕、人との距離感とか、数年の引きこもりですっかり分からなくなってて……気を悪くされていたらごめんなさい」
「いえ、大丈夫……です」
僕みたいに人とのコミュニケーションが苦手だと、適切な距離感っていうものを忘れがちなんだ。
怖い人からは徹底的に離れちゃうし、仲良くなって怖くなくなった人なら逆にウザがられて嫌われるくらいに近づいちゃう。
――こういうことをしていたから、高校と大学で
「……あれ? なんで僕、ひよりちゃんとわざわざ離れたんだろ」
「………………………………」
がたがたがた。
僕は、なぜかなぜかなぜかなぜか離していたイスを、もっかい体重を使ってがたことと右と左のイスの脚で移動しながらひよりちゃんの真横に戻る。
小学校の四角いイスとか、これで移動するの得意だったんだから。
「……こはねちゃんさん」
「? こはねで良いのに」
「あ、はい……えっと、この問題……教えてもらっても」
「うん、どれどれ? それはねー……」
学校にも行かず、お家で引きこもってる僕を不憫に思ったひよりちゃん。
こうして、優花お姉ちゃん以外に話す人が居ると、すごく嬉しいんだ。
◇
「えー、泊まってかないの?」
「は、はい……お着替えも持ってきてませんし……」
夕方。
すっかり夜まで一緒に居るつもりだった僕は、唐突な別れに焦っていた。
「僕の服着られるでしょ? 背丈も近いし!」
「え、えっと、それは……たぶん……」
「一緒にお風呂とか入ろうって思ってたのに……」
「えっ」
「一緒に寝ようと思ってたのに……」
「えっ」
「残念だなぁ」
「………………………………」
僕はしょんぼりした。
……そうだよね。
ひよりちゃんは、友達も居なくって引きこもってる僕のことを哀れんで来てくれているだけなんだ。
本当の友達ってわけじゃないもんね。
それに女子と男子なんだ、もう僕たちの歳ではそういうの、しちゃいけないんだよね。
したら学校で「ふーふだ!」って言われるんだよね。
「はぁ……」
「……わ、私はイヤとかじゃなくて、むしろ――」
「――ごめんなさいね、ひよりさん。明日は学校だから、お家に帰らないと教科書やノート、なにより制服の着替えがありませんものね」
「あ……」
「そっかぁ……僕みたいにパーカーだけ着てれば良いわけじゃないもんね」
びよーん。
僕は、お姉ちゃんたちが旅行に行ったときに買ってきてくれた、お気に入りの――サイズを間違えられちゃったから「成人男性」用の、ふとももまで隠してくれるパーカーをびよんびよんと――
「……優花と仲が良いみたいだし、ひより先生さえ良ければ2人でお風呂とか、優花の部屋でパジャマパーティーでもって思ったけど……またの機会にしましょう」
「……はい、そうですね。『妹さんの優花さん』、また、都合が良いときに」
「……ありがとうございます。私も1度、そういうのをしてみたかったんです」
ほんわかと良い雰囲気な2人。
うんうん。
真面目さんで優秀なのが優花の良いところだけれども、そのせいで中学から先ずっと、学校で高嶺の花的なポジションになっちゃったのが悩みの種らしい。
だからこそ、学校外で年下の友達なひより先生となら――小さくなって遠慮する必要がなくなった僕相手にしてるみたいなお世話とかも、きっとしたいはず。
ひより先生はひより先生で、普段は――今の僕が優花にされてるように、徹底的にお世話をされる生活をしているらしい……学校で。
だから、もっと自分のことを高校生らしく見てほしいらしくって、優花ならそのへんは上手に接してくれるはずなんだ。
僕?
百合に挟まる男は許さないよ?
「では先生。来週はいよいよ――本命の、理科ですよ?」
「う゛っ……が、がんばりますぅ……」
「ふふっ……大丈夫、困ったら私もお手伝いしますから」
先生はひんひんと泣きそうな顔を浮かべるも、僕との時間を嫌ってはいないらしく、また来てくれると約束して帰っていった。
「ふー……」
「………………………………」
「夕焼け、綺麗だね」
「……ええ、とても」
僕は――たまたま家の前の道を歩いてる人が居なかったからか、優花と2人、しばらく一緒に空一面の夕焼けを眺めて――
「へくちっ」
「……寒いですか?」
「寒い……」
ぎゅっ。
お姉ちゃんの柔らかい体に抱きつく。
「……さぁ、入りましょう。今晩は昨日のカレーです」
「カレー! 早く食べよ! お姉ちゃんのカレー、辛くないから好き!」
僕は嬉しくなって、さっさと家の中に飛び込んだ。
「――――――……ええ、カレーです。昨日、兄さんが作ってくれた……」
僕は振り返ったけども――ドアがばたんと閉まる音で、お姉ちゃんがつぶやいた言葉が聞き取れなかった。
「新規こわい……けど、できたら最下部↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】とか応援コメント、まだの人はブックマーク登録してぇ……」




