78話 ひより先生に膝枕をさせた
「……くぁぁぁぁ……」
「……!」
僕は目をこすりこすり、昼寝から目を覚ました。
「ゆうかぁ……?」
お昼を食べたまでは覚えてて、そのあとソファに座って一緒に適当なムーチューブの動画を見ていたのも、ぼんやりと覚えている。
日差しは、午後から夕方にかけての移り変わるころのもの。
「よく寝たぁ……ふぁぁぁ」
ぐーっと伸び。
体が小さい分、大きかったときよりも体が伸びやすく感じる。
「んぅ」
まだ眠くて目がとろとろする。
けども、隣に気配を感じる。
なのに、話してこない。
……優花もお昼寝中かぁ……じゃあ起こすのも忍びないよね。
「じゃあ、もっかい……」
ぽふっ。
「!?」
「?」
びくん。
僕が倒れ込んだふとももが跳ねた感じがしたけども……気のせいかな。
倒れ込むっていっても加減はしてるし。
「……?」
もぞもぞ。
「……! ……!」
「すんすん……」
すんすん。
「 」
……知らない匂い?
優花……今日、おろしたての服着てたっけ?
試着した人の匂いがついてるのかな。
まぁいいや、優花から香ってくるってことはそうなんだろうし。
何より、そんなに嫌な臭いじゃないし。
「もっかいおやすみぃ……」
「 」
そうして僕は――溶けていく意識で、「あれ? なんかふとももに弾力がないし、膝が低いし、あとなによりお腹に後頭部をぐーっと押しつけても頭を上から包んでくる胸の感触がないし、撫でてくれない?」って思ってた。
◇
「ごめんなさい」
「はぅぅ……」
「……まさかこはねさんが、来客で私が立っても気がつかず、私の居た場所に別の人物が――ひより先生にお願いをして座ってもらっていたのにも気がつかず、それどころか膝枕で二度寝をしただなんて」
「ゆうかぁ……そういうのは先に言っといてよぉ……」
……起きた僕は、謝り倒した。
なにしろ僕が堪能していたふとももとおなかは、なんとひより先生のものだったからだ。
聞けば、僕が寝直していたのはほんの30分――でも、きっと脚も痺れちゃったんだろう、起きた僕が見上げたときの彼女は真っ赤になってぷるぷるしてたから。
「とりあえず――セクハラしてごめんなさい。慰謝料でも何でも払います」
「あ、いえ! 私も勝手に!」
「私がお願いしたんですよ、先生」
「優花が元凶だよね……」
起き抜けでわけが分からない僕、脚のしびれ――正座のあとのあれだ――を耐えるしかない先生、それを見ながらお腹を抱えて笑っていた優花。
おのれ……妹のくせに、兄をなんだと……!
「――ふぅ、ごめんなさい」
笑い疲れた優花が、ようやく戻ってくる。
「けれど、こはねさんは本当に『2回目以降』なら――接触回数は多いほどに良いようで――問題ないんですね。元から配信とSNSでかなり頻繁にやりとりをしていた上、今の肉体的な同性で、かつ同世代……あと、ひより先生は柔らかな雰囲気とはいえ、起きてからこれまで平気そうですから」
「ん、確かにそうだ……この前のときも、むしろ先生の方がショック受けてたし」
「あ、あれは……ね、寝不足で! 待合室で待ってたら眠すぎて!」
「先生」
僕は、目がぱっちりと覚めた。
「学生さんが寝不足はダメじゃないですか」
「えっ」
僕は、先生を見上げる。
座高の差は、優花に比べたら限りなくゼロに等しい――つまりは対等な関係なんだ。
「理由はなんですか」
「えっ」
「理由は」
「えっと」
「こんな午前中に僕よりも長く二度寝してた理由。なんですか。寝不足ですか」
じとっ。
僕は、先生を非難する。
「え……えっと、確か前日もおえかきで……」
ああ、やっぱり。
先生は……この子は熱心すぎて心配なんだ。
「先生」
「はい……」
――すっ。
僕の目の前、僕と座っているソファの上、先生が正座をし出した。
脚が痺れてるけど大丈夫……いや、今はその方が都合が良いんだ。
「寝不足はですね、大敵なんですよ」
「はい……」
「睡眠負債って知ってます?」
「はい……」
「寝不足は僕みたいにアルコールを飲んでいる並みに脳の機能が落ちるんです」
「はい……実感しています……」
僕は、本気で怒っている。
怒っているんだ。
「先生が本当に高校生で、理由も特にないのに身長が低いの、気にしているって言っていましたよね」
「はい……気にしています……」
「なら、なおさらに寝なきゃダメじゃないですか。成長ホルモンは10時からだって言いますよ。夜の10時。そのくらいから夜中に背が伸びるんですよ」
「はい……」
「あと寝不足は普通に脳にダメージ与えますし、暗記能力も計算能力も落とすんです。1回の寝不足を取り戻すのに何日もかかるんですよ」
「はい……」
「それからですね……」
僕は、言葉の限りにこんこんと説いた。
こういうことに関してなら、いくらでも話せるんだ。
「――ということです。理解しましたか」
「はい……」
「なら良し。……ふぅ」
「くすくすくす……」
すっきりして顔を上げると……やっぱり優花が笑っている。
「なに」
「なんでも……くすくす……」
「むぅ」
こういうの、子供っぽいって思ってるんだね。
分かってるよ。
この体になってから感情の起伏が激しいのは。
けどさ、しょうがないじゃん。
先生は大切な人なんだからさ。
「ところで、どうして先生が?」
「……ええ……くすくす……お医者様にですね、ひよりさんが大丈夫そうだったので、耐性のついた人と触れ合う良い機会だと」
「それで家に、わざわざ……?」
「今回だけは不意打ちで。それでどうなるのか観察したかったそうです。ファーストコンタクトが問題なさそうだったから……と」
「……ひとこと言って……たら、確かに身構えちゃってたか……」
非常に文句は言いたいけども、趣旨は理解したし納得もできる。
僕の前で実にしょぼんとして、ただでさえ小さい――少なくとも高校生には見えない――体を丸く縮め、ぷるぷると震えている姿は……うん。
「先生なら怖くない」
「良かったです」
この前ちらりと見たときから変わらずに明るい栗色の髪の毛が肩にふわりと着地していて、頭のてっぺんにはこの前とは別の色のカチューシャが載っていて。
服装は……僕には詳しいカタカナ用語は分からないけども、おしゃれなワンピースにカーディガンという、これまた幼さを強調するような組み合わせ。
色合いも淡いと、先生のイラストでのセンスがうかがえる。
うん、確かに似合う。
それに、僕も同系統な見た目だから先生の服のサイズ違いならそのまま――
「……着たいですか?」
「着た――くはないな」
「……かわいい服装ですよ?」
「優花、耳元でささやかないで」
明らかに僕をからかって楽しんでいる優花へ、最大限の恨みを込めた目を向けてやる。
「先生も嫌ですよね。………………………………。先生?」
再度、震えるハムスターのごとき姿を見てみると、
「……脚が……あしが、しびれてぇ……!」
……あっ。
そうだ、ちょっと熱が入ったから、軽く10分20分は……いくら柔らかいソファとはいえ、脚を折りたたんでいたら……。
「あ、ごめん……じゃなくてごめんなさい、お説教はもうとっくに……」
「くすくす、くすくすくすくす……っ」
そこからどうにかして先生の脚を伸ばさせて、そこからしばらく盛大に悶えてて……僕はおろおろしてて、優花はくすくすしてた。
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