64話 「守護らねば」――決意する介護班
「兄さ――こはねさん? す、少しやり過ぎな気が……」
僕は、みんなに感謝している。
「ありがとう」「Thank you」――どんな言語でも、有り難いときの表現は存在する。
――けども、僕は「それ」を本当の意味で理解しては、いなかった。
ただ、上辺だけの「ありがとう」。
……そんなものは、何の意味もない。
それを、今回で知ったんだ。
だから――せめて。
かわいくなっちゃってる僕が、みんなの望む僕を演じてみせる。
大丈夫、みんなは僕の普通の話し方で喜んでくれていた。
それを、この声と、この顔で――あとはちょっと、かわいくするだけ。
ただ、それだけで良いんだから。
「TSってのは……あ、大丈夫か、言っちゃダメならここだけ消してもらえば……本当に、言ってたとおりにダメダメな男だったのがダメダメだけどかわいい女の子になったから、みんなにおすそ分け。ありがとう」
――技能ってのは、本当に必要でないと身につかないって言う。
学校の勉強とか塾の勉強とか――受験の勉強とか、大学で単位を取るために必要な勉強とか。
そういうのはすっかり忘れ去っているけども……うん。
「なんとなくでも、楽しい」って思っていた時間に学んだことは、おぼろげでもちゃんと覚えている。
そうだ。
勉強ってのは、ただ机に向かって覚えるだけのじゃない。
――配信のためにいろいろ調べながら、丁寧に説明してくれてた文章とか動画も、うまく行かなくていろいろ試した情報も。
暗記しようともしていなかったのに――アルコールと一緒だったのに、思い出そうとすればかなりを思い出せる。
……そっか。
そうなんだ。
これが――当時は大切だって思っていなかったからほとんど忘れているけども、かつて教授の先生や先輩たちから聞いたこと。
「好奇心さえあれば歓迎する」ってのは……こういうことだったんだ。
なんだ。
簡単なことだったんだ。
こんなことに、25年も生きてきて今さら理解するだなんてね。
でも、大丈夫。
「みんな、言ってたよね。TSっ子が――男だったのが女の子になって。肉体は感情豊かなはずの女の子なのに魂は不器用で感情を出しにくい男だから、本当の女の子みたいになるのは大変だろうって。だからこそ創作もののTSっ子は――すぐにちょろくなるから、最高なんだって」
彼らとのTS談義――僕が女の子になっちゃう、ほんの少し前の雑談を思い出す。
「実際にTSした僕は……あ、いや、ここは言っていいのかな……まぁダメなら優花がカットしてくれるし……えっと、だから」
僕は、スマホの中で困っている僕自身を、見る。
――こんな女の子が、どんなことを言ったら彼らは喜ぶんだろうって。
「………………………………」
――「メス堕ち」。
男が、女の子に堕ちること。
大半の意見が、それを望んでいた。
なら――演技だけでも、そうしてあげよう。
それが、彼らへの感謝の証。
「ふぅ……」
僕は――彼らが語っていたメス堕ちを思い出す。
……そうすると、体の中が熱くなってくる。
でも――この人たちが、喜ぶなら。
「……ありがと。おにいちゃん、おねえちゃん」
「 」
できる限りの笑顔で――うわずった声で。
上目遣い、顔の紅みは……もう紅くなってきてるから気にしない。
「……だいすきっ」
笑顔、でもちょっと困った感じに――せっかくの幼い顔を、慣れてない年上の人へ向けるように。
「今日、とっても助かった。嬉しかったよ、おねえちゃん、おにいちゃん」
「 」
「 」
――決まった。
そう思ったとたんに、顔がかぁっと真っ赤になってくる。
こんなのは演出のものだけかと思っていたけども……本当に、コンロにヤカンをかけたときみたいに数秒で熱くなってくるんだね。
僕は、この歳にしてまたひとつ新しいことを知ったんだ。
でも――これほどやらかした尻ぬぐいをしてくれた人たちだ、これくらいはお返ししないとだから。
「……ふぅ。優花、これ、どうやったら――」
僕は、気を抜いた。
油断した。
まぬけになった。
だから、
――じわっ。
「!?」
おまたが――熱い。
「あ、あ……」
そうだ――演技に夢中で、気がつかなかったんだ。
前もそうだったんだ――僕は、女の子みたいな演技をすると体が熱くなって力が抜けるんだ。
まずい、この感覚は――――――あっ。
――ぷつっ。
僕の中の何かが、さっきぶりに切れて――
「……あ゛あ゛あ゛ーん……」
「……はっ!? 兄さん!? 兄さん!? 大丈――」
――ぽた、ぽた――ぽたたたた。
足元から聞こえてくる、液体の音。
「……あぁ……、え? 待ってください……ということは、配信中に何度かあったらしい、こぼした飲みものの件、まさか全部……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ー……あ゛ーん……」
「――どうしましたか!? またフラッシュバック――あっ」
――どうしたらいいか分からなくなって、けども疲れてるからそこまでの声は上がっていなかったと思ったけども、先生のところにまで届いちゃったらしい声。
「……あちゃあ……そうですよね、そちらの問題もありましたね……」
「ごめんなさいごめんなさい、このタオルで拭いてしまっても……」
その声は……25にもなった男が小さな女の子になって、粗相をして泣き散らしている姿の元へと保護者を吸い寄せていた。
「……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー!!」
それが情けなくって、情けなくって。
余計に泣いたら、余計に緩くなって――
「あ、あらあら……これ、配信のときと……こはねさんは、泣きやむのも大変……」
「ひ、冷えたら女性は……ね? だから落ち着いて……ね? 慣れていない体だから、おかしいことは……」
――僕は、もっと漏らすのを2人に見られて、泣き止めなかった。
◇
【ご褒美と聞いて】
【待機】
【待機】
【こはねちゃんさんが無事と聞いただけで充分だけど】
【それはそれとして、くれるものはもらわないとね】
【それな】
【草】
【えっと、その……介護班サーバーなら普通の話し方でも……】
【あっ】
【草】
【草を生やすな】
【いや、ネットスラングって本当に便利だから……】
【私たちとかはVとして普段使いだし……】
【リアルで使っちゃうとまずいからほどほどにね?】
【アッハイ】
【綾瀬優花「みなさん全員が集まってくださったので、今からストリーミングで流しますね」】
【お】
【妹ちゃん】
【優花ちゃんでも良いんじゃ?】
【まぁここでなら】
【夜遅いし、長くなければ付き合えるけど】
【優花「……みなさん」】
【優花「周囲の環境は大丈夫ですか?」】
【優花「部屋に誰も居ませんか?」】
【優花「多少の声が聞かれませんか?」】
【待って】
【何があったの……?】
【優花「ご報告したとおり、兄は問題なく治療を終えて帰宅して」】
【優花「――今、一緒に寝ています」】
【!?】
【!?】
【!?】
【詳しく】
【ひより「くわしく教えてください今すぐ」】
【ひよりちゃんステイ】
【優花「その兄がした、渾身のお礼です」】
【優花「覚悟は――良いですね?」】
【あ、ちょっと待って】
【心臓の薬飲んでくる】
【リストバンドつけてくる】
【遺書書いてくる】
【草】
【そこまで!?】
【優花「――――――では、全員からのお返事がありましたので」】
【優花「ご堪能ください」】
【優花「録画は――ただ1度きりの幸福ということで、お控えください」】
【優花「集中された方が――飛びますよ?」】
【「……ありがとう。今日は、配信の外でも助けてくれて」】
【「今日は、助かった。とても、助かった。ありがとう」】
【良かった……良かった……】
【普段のこはねちゃんさんだ……】
【かわいい声だけど、語り口は変わらない】
【落ち着いてるときの声だ……】
【「――こんなにかわいくなっちゃったけど、これからもおはなし、しようね♪」】
【!?】
【!?】
【!?】
【むねがいた】
【↑すぐにAEDを】
【――さんですね、救急車を回します】
【お、当直医の】
【助かる】
【返事がないあたり、マジでやられた可能性も】
【「……あ゛あ゛あ゛ーん……」】
【えっ】
【あっ】
【ギャン泣き!?】
【待て……相当疲れてる感じだ】
【「……あぁ……、え? 待ってください……ということは、配信中に何度かあったらしい、こぼした飲みものの件、まさか全部……」】
【「あ゛あ゛あ゛あ゛ー……あ゛ーん……」】
【「………………………………」】
【「すん……すん……」】
【「うん……シャツにはついてない……」】
【「漏らしちゃって、ごめんなさい……」】
【「うん……配信中にも、漏らしちゃって……すん……なんかね、かわいい声出してると漏れちゃうの……」】
【 】
【 】
【 】
【 】
【 】
【 】
【 】
【 】
【 】
【 】
【ひより「 」】
【あっあっあっ】
【もしかして:こはねちゃん、おもらし癖】
【ふぅ……】
【良かったよ……普段通りの声とギャン泣きとおもらしふぅ……】
【これからも介護班は全霊を挙げることを誓います】
【誓います】
【よわよわこはねちゃんのためならどんな会議でも投げ出すぞ!】
【どうしよう、性癖が歪んできた】
【<URL>?】
【しっしっ】
【幸か不幸かこはねちゃんは肉体的には女の子だって】
【まぁ魂、心の性別は男の子みたいだからショタっ子でもOKだろうけど】
【それでもさすがにTSまでは信じないだろ草】
【優花ちゃんがお風呂に入れてあげたって言ってたから、姉妹は確定だもんな】
【TS連呼のやつは来てないから大丈夫だな!】
【乗り気だったけど身分証明で降りちゃったからなぁ】
【それでも切り抜き連投とかやめてくれてるし、理性はあるようだが】
【まぁいいじゃん、こはねちゃんの……ふぅ……を味わえたんだから】
【ああ……!】
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