63話 助けられて嬉しくて
「あ、そうです、こはね兄さん」
「やめて……なんか混じってるからやめて……」
優花と2人――特別な事情だからって、診察室で待たせてもらっている僕たち。
先生は席を外している。
僕が、今だけでもやる気になっているカウンセリングとか生活改善とかのいろいろのために――あとは僕の検査結果とかをまとめる作業があるらしい。
「少しグレーゾーンなことをしますので時間がかかります」とのこと。
……『先生自身が逮捕とか、そういうのは止めてほしい』って言ったら抱きしめられたから、文句は言えなかった。
白衣に染みている薬品の臭いと一緒に、香水を付けていないけども女の人だって分かる匂いが――
「わぷ」
ぎゅっ。
優花に突然抱きしめられた。
「?」
「なんでもありません」
――優花は私服に着替えている。
制服は僕の液でぐちゃぐちゃになっちゃったから。
幸いにして着回す予備があるから大丈夫らしいけど……それはもうひどい見た目だったから、クリーニングとか高く付きそうだ。
ぎゅうう。
振りほどこうと思えばたぶんできるくらいの、でも力は入っていて、でもでも苦しくも痛くもない絶妙な加減のハグ。
優花の普段着――しかもお風呂上がりで、良い匂いがする。
あと、あったかくて柔らかい。
「……よし」
「ぷは」
何かが良かったらしく、ごきげんに戻った顔をしている彼女に解かれる。
「それでですね、こはねさん」
……「兄さん」呼びじゃないんだ……まぁこの体だと「こはね」の方がしっくり来るって言ったのは僕だけどさ。
「今回、たくさんの人に協力してもらいました。配信画面で――兄さんのパニックから慌てる人たちをなだめる役、拡散を防いだり既に拡散され始めたものを抑える役――そして、私を兄さんの元へ運ぶ役。たくさんの人です」
「……うん」
そうだ。
顔バレ――立ち絵ソフトで使うカメラの不具合?で僕の顔が配信画面に映ってしまい、そこでパニックになったんだ――もちろんネットでも騒動があったはずだ。
声バレのときでさえ数人だった同接が1万を超えていたんだ――今回がどのくらいの人に見られていたのかなんて、想像も――
「ぅえ……」
びちゃっ。
「……大丈夫です。それを、最小限に食い止めてくれたんです」
せっかくお風呂にも入ったし寒い検査着からは着替えたのに、僕の横隔膜は勝手に痙攣して勝手に胃の中のものを――「ヒーリング効果がありますから」って、先生が淹れてくれたハーブティーだったのに――さっき優花に吟味されて選ばれたスカートの上に、ほとんどハーブティーだけの液体が飛び散る。
「うぇぇ゛……」
「大丈夫、大丈夫。みなさん、心配こそしていましたけど……誰も、悪口なんて言っていませんでしたよ」
「ほんとぉ……?」
「ええ」
汚いのに気にしない優花が、もういちど僕を上半身だけで抱きしめて。
僕のえずきが止まったら、傍に置いてあったタオルをスカートの上と下に差し込む。
「ん……」
「くすぐったかったらごめんなさいね。今、ここでは替えがないので……」
ぽんぽん。
ぽんぽん。
「……先ほど胃の中が空になっていたからか、家に帰るまでは大丈夫そう。先生が選んでくれたハーブティーの香りしかしません」
「ん……」
僕の股ぐらへ――そこまでは必要ないかなって思うくらいまで屈んで、鼻息をふんふんふとももにかけながら嗅いだ優花が、大丈夫だって言ってくれた。
「……ふんふん、ふんふん……」
「ゆ、ゆうかぁ……?」
「あ、ごめんなさい。それでですね、彼らは完全な善意で――あとはこはねさんへの同情や共感もあり、彼らの仕事や勉学を1、2時間とはいえ投げうってまで、協力してくれました」
はすはすと――気のせいだったんだろう、すっごく嗅がれた気がしたけども優花が普段の顔に戻って、教えてくれる。
僕を、助けてくれた人たちのこと。
「こはねさんの配信を、普段から見ていた……いわゆる古参。ええ……こはねさんが、兄さんが『友達みたいな感覚』と言ったのを嬉しく思っていた数十人。その中で、あの時間帯に手を貸せる人々が……さまざまな伝手で。ええ、兄さんの戸籍なども……」
「……そっか。そうだよね。優花とか先生だけの力じゃ……」
「ええ。私も、学校から駆けつけるにしても……普通にタクシーなどだったら、もっと時間がかかったはずだったので」
聞くと、車とかバイクでのリレー方式で運ばれてきたんだとか。
「……ありがたいな」
「ええ……とても、ありがたい助けでした。そして彼らは――見返りを、求めていません。こはねさんが無事なら、それで良いの一点張りで」
「え……」
――すっ。
優花が見せてくれた、どこぞのチャットサービスの画面。
そこの文面は――一見すると、全員が知らない名前。
けども、そこには――優花へ、そして僕へ贈られている言葉が。
「……こんなに……」
「はい。こはねさんのことを心配していたからこそ、こはねさんの元へ私がたどり着き、無事を確認し――病院で再度確認した報告で、みなさん、とても喜んでいます」
『良かった』『安心した』『これで仕事に戻れる』『今日は一緒に寝てあげてね』――そういうあたたかい声が、ずらりと並んでいる。
「……ぐす」
「こはねさん」
「ん……」
――ぽふっ。
もういちど――今度はもっと優しく、優花の柔らかい胸元に引き寄せる抱きしめ方。
「……また汚れちゃう」
「良いんです。兄さんの排出する液体なら、なんだって汚くないどころか――」
「……?」
「こほん……涙くらい、なんともありませんよ」
「ん……」
――しばらく熱くなった目元から水分が吸われる感覚と、さっきとは違う横隔膜の小さな痙攣で止まらない背中を、優しく撫でてくれる感覚を味わった。
◇
「……感謝のメッセージ……」
「はい。彼らは――私に身分を明かしてまで、今回の協力をしてくれた人たち。同時に、こはねさん――兄さんの配信で、兄さんに語りかけられていた人たちです。配信でこはねさんとしての顔が映ってもいますし、兄さんと私の情報もある程度」
「そっか……そうだよね。お礼は要らないって言われても」
「母さんと父さんにも話して、後日、住所に菓子折や手紙は送りますが……」
「ん」
僕は、優花のスマホを受け取る。
「あー……。……えっと」
――録画状態の画面で、泣きはらした幼い女の子な僕が困っているだけの絵面になっている。
「兄さん」
こんなときにまたコミュニケーション下手を実感した僕へ、優花がささやく。
「『普段の配信』ですよ」
「普段の……」
僕は、しばらくぼーっと画面を見る。
「………………………………」
普段の配信。
僕が、何年か――きっと心の中では寂しかったからこそ続けていた、配信。
僕の言うことやすることに、少ないながらもコメントと相づちをくれていた人たち。
テンションが上がる時期に酔って一方的に「友達」認定していた人たち。
そんなこと、あるはずがないって思ってた。
広大なネットの海で、最近では世界の主戦場になっている激戦区で、お互いに顔も名前も知らない関係の友達なんて、できるはずがないんだって。
でも、
「……ありがとう。今日は、配信の外でも助けてくれて」
――そこで彼らとしゃべった記憶をたどると――自然と、口が動いた。
「今日は、助かった。とても、助かった。ありがとう」
声も顔も変わっちゃったけども、変わらない関係。
「この恩は……ん。次からの配信で、返します」
彼らは、今日、僕がおかしくなるまでずっと傍にいてくれた。
「いろいろ変わっちゃったんだけど……やることは変わらないから」
僕は、語りかける。
暗い部屋、変な時間、変な姿勢で座りながらの、いつもの通りに。
最近だとTS談義とか、………………………………。
「……こはねさん――」
「――こんなにかわいくなっちゃったけど、これからもおはなし……しようね♪」
「 」
TSで思い出した、僕がこの体のこの声でかわいい演技をしたときの喜びよう。
そうだ、彼らは――きっと大半が男で、男だから雑食で、かわいければ何でも良くって、TSっていうジャンルも知り尽くしている猛者。
「男だからこそ男のツボが分かるんだ」って言ってたから――彼らが望んでいたTSっ子としての、お礼。
なんにも返せてない僕だ、せめてこれくらいはしないとね。
「新規こわい……けど、できたら最下部↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】とか応援コメント、まだの人はブックマーク登録してぇ……」




