60話 優花とお風呂に入らされた
「やだ」
「こはねさん、大丈夫ですから」
「やだ」
「軽く汚れを落としませんと」
「ひとりではいる」
「こはねちゃん」
「やだ」
脱衣所。
僕は汁まみれな臭いが発せられてきた服を脱ぐも、さすがに断固として拒絶している。
……まだ幼女と化している僕の肉体はだだをこねている幼女でしかないものの、これは譲れない一線なんだ。
疲れているし、そもそも体力的にも体格的にもどう考えても負けてるし、さらに言えば僕は何十分も全身で泣きわめいた直後で力が出ない。
だから力尽くでこられたら抵抗はできない。
少し前までだったなら――いくら引きこもっていたとしても、あとお酒にまみれていたとしても、寝起きのコンディションなら高校生女子な優花に生物と年齢で負けるはずが――ん?
……相手は健全な生活を送っている――つまりは毎日学校へ電車で通うっていう重労働と数時間の授業、体育だって出ているし運動部に所属している。
対して男だったけども、僕はどうだ?
そもそもとして小中高インドア、大学でも体なんて動かさず、しかも途中から引きこもって早数年。
もやし。
ミジンコ。
まめつぶ。
………………………………。
あれ?
僕が男だったとしても、優花が力尽くで来ていたら……あと、妹に手なんて上げられない兄としての宿命で、どっちにしろダメだった?
僕、最初から負けてた?
僕、よわよわ?
「ぐす……」
「……分かりました」
ん?
……ああ、そうだった……僕はお風呂を拒絶していたんだ。
正確には、妹から現れるなんて事象を、断固として拒否していたんだ。
そんな現実に戻ってきたら、ようやく優花が諦めてくれたらしい声が聞こえる。
――そうだよ、僕は優花の兄なんだ。
たとえこんなにダメダメになっていたとしても、妹にお風呂で洗われるなんていう屈辱的すぎる状況は、
「では、ただ今から私は『お姉ちゃん』になります。私が、お姉ちゃんです」
「へ? ゆう――――!?」
――すとんっ。
ぷち、ぷち。
「な、なななな――」
優花が――僕よりも背が高くなっていて、記憶にあるよりもずっと女性らしく育っている優花が、スカートを落としていて、シャツのボタンを解いている。
目を離したいのに、目を離せない。
だめだ、理性も疲労し切っている……!
「上からも下からも盛大に粗相をして……ああもう、そんなに綺麗な髪も汚れてしまって……いる、『妹』のお世話をしなければなりませんから。『姉』として……ね?」
しゅる、しゅる。
胸元のリボンも解かれていく。
「や、ゆうかっ、だめ、よめいりまえのいもうとがはしたない」
「……語彙が完全に父さんみたいですけど、ろれつが回っていませんよ」
「うぅ……」
「かわっ――――――――こほん」
川?
川ってなんだろう。
なんか今、一瞬だけすごい顔してた気がしたけども……気のせいかな。
僕は脱ぎかけのシャツを胸元でぎゅっとしたまま、固まるしかない。
ぷち、ぷち。
しゅるしゅる。
「……ふぅ」
「うぇ……」
僕が止める間もなく――優花が下着姿になってしまった。
僕は妹の下着姿を下から眺めてしまった。
「うぇ……ぐす……」
僕はもう兄、失格だ。
「すん……すん……」
僕はもうダメだ。
妹になるしかない。
「ほら、お風呂入りましょうね、こはねさん」
「ひとりではいれるもん……」
「駄目です。もうしないでとお願いしていた自傷癖で自分を傷つけた人なんて、兄ではありません。ただの妹です」
「うぅ……」
「家族ですから。ええ、家族ですから気にする必要はありませんから」
「うぇ……」
僕は頑固に守ろうとしていたシャツも剥ぎ取られ、幼い女の子としての全裸を見られ、そのまま背中を押されてお風呂に連れて行かれた。
◇
――しゃああああっ。
「……やっぱり。こんなに綺麗な髪なのに、こんなに痛んでいます。さてはトリートメントなどを……いえ、髪を熱いお湯に浸けたりしていましたね? 髪の毛、どのように拭いていましたか? まさか、がしがしと……」
僕は洗われている。
下着姿の妹から、全裸に剥かれて後ろから髪の毛を洗われているんだ。
もうだめだ。
「髪のケアは女の子のたしなみです」
「ぼくは――」
「髪を伸ばす男性でも気を遣っていると聞きますよ」
「うぅ……」
「私は、たとえショートヘアでも気配りの届いた兄さんが、好きです」
「……ずるい」
僕は取り囲まれている。
逃げ場はない。
……物理的に、すらりと長い妹の脚に、ふとももに囲まれているんだから。
「……ひじや脚に切り傷や打撲の痕。このあとすぐ病院で診てもらいますからね」
「びょういんいやぁ……」
「そもそもこはねさん――兄さん。その体になって1回も然るべき機関で診てもらっていませんよね?」
「だって、だれもしんじないもん……こんなの……」
僕はシャンプーが入らないように――あとはもう今さらだけども妹の下着姿が目に入らないように、ぎゅっと目をつぶってささいな抵抗を試みている。
「――そんなわけ、あるわけないじゃないですか」
――ぎゅっ。
後ろから柔らかく、大きく包んでくる感触。
「ゆうか、ぬれちゃう……」
「――家族が困っているのに、信じないわけ……ないじゃ、ないですか……!」
「……ゆうか……?」
しゃああああ。
シャワーの勢いが弱くなったように感じる――つまりは優花が僕に覆いかぶさるように抱きついて、彼女もびしょ濡れになっているはずだ。
――ぽた、ぽた。
彼女の――濡れた髪から、雫が頬を打つ。
「……兄さんが、心配で……! 途中から違和感を覚えて、半ば分かっていながら、それでも兄さんの部屋に――心に、踏み込めなかったんです……! 私が嫌われたらどうしようって、そんなことばかり考えて……! 兄さんは、悪くありません……私が! 私が、臆病だったから……!」
「……ゆうか……」
――彼女の体が、小刻みに震えている。
悪いのは、僕なのに。
悪くない優花が、泣いている。
「大切な兄の心配を、しないわけ、ないじゃないですか……! その兄が、体が変わってしまったから助けてほしいと言ってきたら、信じないわけないじゃないですか……! 私たち、家族でしょう……? ……ひとことくらい、せめて……せめて……っ!」
「……ごめん」
普段の彼女からは想像もしなかった――叫ぶような、けれども抑えるような、声。
優花が、泣いている。
優花は我慢強い子だから、小さいときでもほんの数回しか泣いたことなかったのに。
「世界中の誰も信じなくて良いです……! でも、せめて……せめて家族を……妹の私くらい、信用してくれても良いじゃ、ないですか……! 兄妹でしょう、私たち……っ! 世界で、たったひと組の家族で、たったひと組のきょうだい……っ!」
「…………うん」
彼女の体が水分を吸収しきったらしく、彼女の体伝いにあたたかい水が流れてくる。
「兄さんの、馬鹿……」
「ごめんね、ゆうか」
「……ばか……」
「うん……」
しゃああああ。
僕たちは、しばらくぶりに――肌の触れ合う距離で、ただただじっと過ごす時間を味わった。
◇
「さすがにこの歳にもなると狭いですね」
「いや、でも、ゆうか」
「兄さんのせいでびしょ濡れになりました。泣かされました。あのままだと風邪を引いてしまいます。兄さんのせいで」
「うぐ」
ちゃぷん。
ちらりと床を見やれば、そこには優花が着けていた最後の砦――ブラジャーとぱんつ。
いつも洗わされてるから普段はなんとも思わないその布きれが、お湯と泡でなんとも言えない印象になっている。
「じゃ、じゃあぼくはあがるから――」
「駄目です」
「にゃっ」
ばしゃっ。
なんとか優花の腕をすり抜けようとした僕は、ふたたびに絡み取られる。
優花の――見ちゃいけない先端が、僕をつんとつつく。
ああ。
僕は非力な――優花よりずっと年下の「妹」なんだ。
「もう、私は遠慮するのをやめました。したいようにします。とりあえずは抱きつきます。裸の付き合いをします。だって今は同性なんですから文句は言わせません。良いですね?」
優花が頑固になっている。
……そうだ。
優花は小さいころから――怒ると、こういういじけ方をする子だったんだ。
「本当なら力尽くで兄さんをこちらに向かせて正面から羽交い締めにして堪能したいところを、後ろからのハグで抑えているんです。何年も、顔すら見られなかったから。すごく寂しかったんですから、それくらいは良いでしょう? 今は肉体的には同性ですし、何も問題はないはずです」
こうやって、僕や父さんが何も言えないずるいところを突いてくるんだ。
「……ゆうかは、しんじるの?」
「兄さんは兄さんですから」
「でも、だれにもにてないおんなのこに――」
「兄さんは兄さんですから。見れば、分かりますよ」
「……ん……」
「――大好きです、兄さん。どんな姿になっても」
「……ん」
ぴちゃん。
さっきぶつけたりすり傷ができたりした体のあちこちや、頭の傷やたんこぶ――そのおかげで、さっとしか洗われなかったんだけども――が、じんじんと痛み出してきたのを感じながら、僕はされるがままになるしかなかった。
◇
ぶぉぉぉぉぉ。
「あと、10分で医師の方が――大丈夫です。知り合いの伝手で、こういう特殊な事例にも理解のある方が来てくださいます。少々の『事情』があるので、兄さんも恐らくは対人恐怖が起きない……そういう類いの人かと。簡易的な診察の後は、そのまま病院で検査を、と」
「ん……」
後ろからドライヤーで乾かされながら、もう完全に諦めて従うことにした僕はうなずく。
「本当はすぐにでも兄さんを連れて行くべきでしたが……パニックの直後とあって動揺していましたし、そもそも兄さんも私も、兄さんの体から吐き出された液体まみれでしたから。いえ、兄さんの肉体面を考えるならそれでも急ぐべきでしたけれど……その、私欲と言いますか……」
配信中に吐いたり漏らしたりしていた僕が抱きついたもんだから、優花も少なからず被害を受けていた。
それを知っているから……お風呂ですっぱだかにさせられて洗われたのも、文句は言えない。
「めまいや急な眠気や吐き気は」
「ん……ない。いまも、ない」
「なら脳の方は大丈夫でしょう……素人判断で、あとで医師の方に怒られてしまいますが」
ぶぉぉぉぉぉ。
僕はちらりと開いた目を閉じる。
「……けど、ゆうか」
「はい」
「さきにゆうかも、ふくとか」
「兄さんの方が優先です」
「でも」
「……見たければ、好きなだけ見て良いですよ。ええ、家族ですから」
――優花は髪の毛だけタオルで巻いて、なぜか全裸のまま、僕を乾かしている。
……なんで?
いくらなんでも羞恥心とか……ああいや、兄妹だし、ついでに今は僕も女の子だしで、恥ずかしいとすら思われない対象になってるのか。
まぁ普段から下着とか兄に洗わせる妹だし。
あと、この前とか彼氏さんと――
「……うぷ」
「!? ……待っていてください兄さん、急いでもらうよう連絡してきます!」
「え? あ、ちょっ――」
何かを勘違いしたらしい優花が――ドライヤーを投げ捨て、頭に巻いていたタオルを放り投げ、脱衣所からどたどたと飛び出して行った。
全裸で。
「――ただ、優花の彼氏さんのことを考えて吐き気がしただけなんだけど……行っちゃった……」
……そうだ。
優花は、ちょっと早とちりするところがある子だったんだ。
「………………………………」
あと。
もう見ちゃったからしょうがないんだけども……優花、彼氏さんのためにか、中学のとき生え始めてたおまたの毛、つるつるになってるんだね……。
うん、今どきはみんなそうするって聞くし……けども、妹のそういうのを知るのって、兄としてはすっごく複雑で……あと、
「……うげぇ」
びしゃっ。
「げぇぇぇ……」
ああ。
男は、弱いんだ。
「――兄さん、かっ飛ばしてきてくれるようなの――兄さぁぁぁん!?」
「う゛ぇぇぇ…………、あ」
優花と彼氏さんの「そういうところ」を予想外にも想像して胃液を吐き出した場面を目撃されたもんだから――そこからインターホンが鳴るまでの数分間、僕は半狂乱になった優花をなだめるはめになった。
……吐くのが癖になっちゃってるせいで、あと僕のメンタルがよわよわなせいで、そのあと来てくれたお医者さんもすっごく焦って救急車呼ばれたりして、とんでもなく後悔した。
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