55話 「エスコート作戦」1
【ひよりママが駆けつけるって!?】
【ひより「ごめんなさい、私は距離的に無理なんです」】
【距離!?】
【てことはやっぱリアルの知り合い】
【友達ならなんとかしたげてぇぇぇ】
【ひより「知り合いでは、ありません」】
【ひより「友達でも、ありません」】
【ひより「でも」】
【ひより「友達に、なりたいです」】
【ひより「私たちは、助けたいんです……だから」】
【大丈夫 ひよりちゃん先生の言う通り、みんな落ち着いて】
【これが落ち着いていられるか!?】
【こんなこともあろうかと、すでに動き始めてるんだ】
【何がだよ!?】
【「こはねちゃん介護班」が、動いている】
【救助は、向かっています】
【最良の到着時刻まで、あと24分です】
【!?】
【まて、このアカウントは……古参の?】
【え? え?】
【なんでも良いから早くこはねちゃん助けたげてぇぇぇぇ】
【任せろ】
【任せてください】
【任せてね】
【通達です 「プラン12-8のC」――開始】
【つきましては、皆様にもご協力をお願いしたく】
【こはねちゃんの顔バレを、可能な限りに隠蔽するために――――――――】
◇
授業を受けていた優花の手先に、スマホの振動が伝わる。
彼女は周囲へ素早く目をやり、一瞬の隙を突いてロック画面に表示された【作戦コード】を読み取る。
「………………………………っ」
思わずで、衝動で、すぐにでも駆けつけたい気持ちが彼女を支配する。
「――――――ふ――っ……」
――それを数秒間かけ、飲み込む。
息を、吐き出す。
「兄」が、フラッシュバックしていると確定したから。
「妹」は、それを止めに行かなければならないから。
大丈夫。
「みんな」とたくさんの可能性を考えて、話し合った。
「このプランの場合、もっとも最短で学校を離れられる方法」は――
「――――先生」
すっ。
――どんなときでも、優雅に。
「小さいとき、兄に褒められた」雰囲気を崩さず、そっと腕を上げる。
「おや、綾瀬さん? 珍しいですね、何か質問が――」
成績はトップクラス、容姿はトップ――受験の用意はしているが、たとえ当日に熱を出していてもほぼ確実に志望の大学には受かるし、そもそも教師たちからの満場一致で志望の大学へも推薦が見込まれている、綾瀬優花。
「優等生」という言葉が負ける、教師たちからも認められた女子学生。
全てを持てる彼女は教師への言葉づかいや交友関係も完璧で、非の打ち所がなく。
これまでどの授業も真面目に受け――3年になった今は試験を除き、どの時間もその教科の自主学習でさらに成績を伸ばし、志望校への可能性を高めている姿がさらに好印象だった彼女を見た教師は――自分の目を疑った。
「今日は、早退致します」
授業中に立ち上がった彼女が――ひとこと、確定事項を述べると――優雅な手つきで、教科書やノートを収納している。
これは……どう見ても今から帰ろうとしている!
――今まで一度も問題行動を起こさないどころか、本人が望めば生徒会長も確実だったのを「家族のために早く帰らなければならない」という理由で全校生徒が泣く泣く諦めた彼女が、一体何を?
教師は考え――ひとつの結論に至った。
「綾瀬さん、具合でも悪いのですか? すぐに保健室……いえ、救急車を!」
優等生だが、年に数日程度は風邪で休む彼女。
校則を生真面目に守るだけではなく、「3年間の皆勤賞もほしいですけど、無理してまで得るものではないと、兄に諭されましたから」と言っていた彼女。
そんな彼女の突然の行動に、思考の追いつかない同級生たちは――声を出すことができずに、ただただ口を開けてぼけーっとしている。
それもそのはず、少なくともこの高校の2年と数ヶ月の間、彼女は1度たりとも「模範的でない行動」をしたことがないから。
「申し訳ありません。――家族が。家族が、急病と連絡が入りました。家に1番近いのが私ですので、このまま帰ります」
肩にそっと鞄を掛けた彼女が、崩さない優雅さで一礼をする。
「わ、分かりました。担任の先生へは私から報告しておきます。教員室へ行く必要はありません、このまますぐ下校してください」
「ありがとうございます。この先の授業は、友人からノートを」
――ばっ。
全女子から一斉に手が上がる。
「……ふふ、みなさんから少しずつ写させてもらいます」
「構いませんよ。どうせ私の授業も、綾瀬さんにはもう退屈でしょう?」
こんなときにでも真面目――もう内申点など心配する必要もないのに。
でも、真面目なのが彼女だから。
しかし成る程、家族。
急病。
「それなら優等生でしかない綾瀬さんの行動に矛盾しない」。
教師はそう解釈し、生徒たちもそう解釈した。
本来なら家族へ連絡をした上で担任の教師が許可を出すべきだが、今は不要だろうと。
急病であっても、取り乱すような事態ではない。
だから自分たちは、笑顔で送り出すべきだ。
彼らは――優花以外の人間は、そう判断した。
人は、見たいものしか見ないのだから。
「どちらの病院で? 事務の方からタクシーの手配を」
「いえ、ご心配なく」
優花は――校則に反しないぎりぎりまで伸ばしていたら校則ごと改正され、背中を覆うほどになった艶やかな黒髪をさらりとカーテンのように翻しながら一礼をし、教師と生徒たちの何度目かの恋を奪った。
「――『知人』が、迎えに来てくれますので」
◇
「……本当に呼ばなくていいのかい? 急ぎなんだろう?」
守衛室に居た老人――他の教師たちに見とがめられない限りには遅刻もこっそり見逃してくれるため、生徒たちからは「仏」と呼ばれている彼は、優等生と名高い少女が校門前でじっと立ち始めたのを見かねて声をかける。
聞けば、家族が急病とのこと。
きっと心配で仕方がないだろう。
だが、
「はい、ありがとうございます。でも大丈夫です」
毎朝の挨拶のように――男子たちがされるたびに恋をする笑顔を向けながら一礼をした優花は、やんわりと拒絶。
「だって――ほら」
彼女がゆっくりと差し出した手の先には、
――すぅっ。
タイヤの音もエンジンの音も一切させず、黒塗りのリムジンが校門前へ――優花のすぐ前へ滑り込んできた。
「迎えが、来ましたので。では、失礼します」
「お、おう……気をつけてなぁ……」
――見た目通りだとは思っていたが、まさか本物のお嬢様だったとは。
その車から出てきた執事風の男性から社内に案内される彼女を見た守衛は、「望めば普段からこの車で送迎してもらえるところを、毎朝電車と徒歩で通ってくる良い子だ」と感心し直した。
◇
「おい……見たか!?」
「ああ……!」
「どうしよう、綾瀬様が本当にお嬢様だったなんて……!」
「立ち振る舞いから尋常ではないと思っていたが……」
「いつも電車で通ってきていらっしゃるのに……」
「でも、なんで近くにあるお嬢様学校じゃなく、うちの高校なんだろうな?」
「あ、聞いたことある! 先輩がね、昔、綾瀬様のお兄様が……」
そんな話は次の休み時間には、全校に広まり――尾ひれが何重にも着き、以後、優花がどれだけ否定しようとも事実として認定された。
◇
「……ありがとうございます」
「気にしなくて良いわよ! こはねきゅんのお姉さまだもの!」
「あの……いえ、妹なんですけど……」
「もう! ムィスコードで聞いたから知ってるって! かわいいかわいいショタっ子だったって!」
「いえ……私より7つ上ですので……その……」
「? 今は大人でも昔はショタっ子だったのは事実だし、私にとってショタならそれはもうショタなのよ? ショタとはリアルと想像の中に確定する存在なの。それを否定しないでほしいわ」
「そ、そうですか……」
静かなリムジンの中。
迎えた優花の対面に座っていた女性――スーツを着こなした、20代の女性。
髪が外に跳ねている――くせっ毛なのだろう、それを活かした敏腕女社長とでも表現できそうな外見の彼女はしかし、
「それで、ひとつだけ教えて」
「はい」
鋭い眼光。
さぞかし商談相手を翻弄してきたであろう、美人が故にすくみ上がる瞳が優花を見つめる。
「……こはねきゅんの、ショ、ショタ時代の写真とかって……!」
「あー……はい……。お世話になりますし、今度探しておきます……」
――残念なことに、極度のショタコンだったらしい。
ならば、彼女の自室のコレクションが役に立つはずだ。
「で、でも、今の兄は」
「良いの! 今がどうなっていても、ショタ時代のこはねきゅんが1枚居るだけで1ヶ月は余裕よ! できればひざ小僧が見えていると捗るわ!」
「……肉親ですので、その……あまり過激なことは」
「大丈夫! 私、妄想で満足するタイプだから!」
「はぁ……」
――古参だからと、協力的だからお願いしたけど……この人、大丈夫なのかしら。
「身分証交換」の後のやりとりで、どこぞの会社を切り盛りしている――事情が複雑らしいが、とにかく女社長というやり手なはずの彼女。
「それに、秘密は守るわ! 守るから言えないけど、もう1人2人追っかけてるアイドルの子が居てね……ぐへへ、ハルきゅんとユズきゅんって言うんだけどね、私、『姉御』って呼び名でショタっ子の布教に改宗、自前のサーバーで……」
――………………………………。
頼る相手を、間違えたかしら……。
優花は、ちょっぴり後悔した。
「新規こわい……けど、できたら最下部↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】とか応援コメント、まだの人はブックマーク登録してぇ……」




