44話 エゴサしてみた
【こはねちゃん】
【X月Y日前後に多発したボイチェンソフトの不具合に巻き込まれた被害者の1人。頻繁に活動していたのはこの3年だが、それ以前から男声(時期的にギリ販売されてた大学生男子風ボイチェンモデル<URL>? なお本人は地声と主張)で「昼夜逆転引きこもりニート男」の趣味勢として配信をしていた疑惑のある個人勢Vtuber】
【上記の日の配信で(恐らくはソフトの自動アプデポップアップを無自覚で押してしまったと思われる)普段通りに配信したらボイチェン前のロリヴォイスで数十分配信してしまった&弱小個人勢Vを応援していた中の裏切り者が即座に切り抜いてアップしたことによりバズってしまった哀れな被害者】
【――――――というドッキリをかまし、登録者300人のところからとんでもない大バズをした猛者】
【声はVtuberとしてのアバターそのものを想像させるかわいい系のロリ。柔らかめでありつつ気を遣わない気安さな口調に脱力したひとり言、数十分の間に何度も水分補給をしたときの声が非常に可愛らしいと、僕っ子口調のロリなその声とのギャップでバズりにバズったが、配信の中で「ドッキリ大成功」と宣言し、声バレを否定】
【ボイチェンでありながら数十分のマジ泣きなギャン泣きで視聴者たちの多くが父母性に目覚め、チャンネルの方向性が一気に子育て父母会な介護配信になった模様】
【本人は「こちらの声こそがボイチェンで、今回のバレはあくまでボイチェンソフトの不具合多発を先に知り、逆手に取ってのドッキリ」と明言しており、怪しむ声も多いものの、以降はロリヴォイスで配信をするようになっているため「もうどちらでも良いや」と……】
【ネナベしてた個人勢V、まさかの女の子バレで大炎上!?】
【ネナベドッキリに引っかかったY民たち】
【「ネナベでもネカマでもそれはそれで」と性癖を破壊された末路】
【バ美肉に対する議論で燃える界隈】
【流れ弾で飛び火した「引きこもりは男女どちらが過酷か」論争】
【「そんなことよりTSっ子が良いよ」と、にわかに活気づく市場】
などなど、などななと。
「……はぁ……半信半疑なのは変わりないか……」
エゴサ――エゴサーチ、あるいは自分の名前を検索欄に入れるという行為。
表に出たことのない一般人、あるいは勉強やスポーツなどで少し秀でたことがあれば顔と名前が――良い意味でネットに残った人が、思い出したときににやにやしながら眺めるための行為。
それか「配信者」という、たとえ同接が0人で再生数が0回であったとしても、自分の評判が気になって仕方のない種族が自信の人気を知りたくて行ってしまう行為。
――そして、過去にやらかしたことのある咎人が、そっと自分の傷をえぐって悶絶するために行う行為。
配信を始めてから今まで1度もしたことのなかった行為で、僕は深く傷ついた。
なお、配信者になる前の学生時代は学校でパソコンを使った授業中にヒマだから検索したこともあったけども……当然ながら何も成し遂げていなかったし、当然ながら今でも成し遂げていない僕の本名は、どこか別の立派な「綾瀬直羽」君と知って、安堵と悲しみを覚えた記憶がある。
まぁなんにもせずに学生生活を終えることすらできずに引きこもっているダメニートだ、僕自身の名前が売れるとしたらニュースでお縄に着いている映像と共にだろう。
そんなことするつもりはないけど、ほら、今どきは怪しいってだけでとりあえず逮捕される恐ろしい時代だって言うし?
「……ひ、ひより大先生のほわほわした『こはね』が……」
画像投稿サイトにてタグをつけられるまでもないらくがき――そこには絶望顔だったり虹色の滝を口からまき散らしていたり、ドッキリを笑う僕の姿がいくつか存在した。
かわいらしいけど、どう見てもヨゴレ役――ゲロインとかそういう系統の扱い。
……僕の扱いとしては悪くはないって思えちゃうのが悲しいね。
「ま、まあ、思ったよりは好意的な反応だよな……うん。……あっ」
「R18」タグのついたピンクと肌色主体のそれら――なぜかパーカー1枚しか着てない「僕」がすっころび、下半身が画面に映っているという――あとは普通にセンシティブなことを非常にセンシティブしている、かつ、やたらと反応の多いイラストが。
「………………………………」
……ひより先生、見てないと良いなぁ……や、僕みたいな成人男性なら笑って済ませられるけど、多感な時期の――たぶん女性でピュアな彼女には影響ありそうだし。
「………………………………」
僕は悩んだ。
……そのイラストと、奇しくも同じ――そらそうだ、アバターの立ち絵と同じくぶかぶかのパーカーで、違うのはぱんつを穿いてることだけ――格好で、イスの上あぐらをかいているのが全身鏡に映っているのを見て。
毎回自然と本能として悲しいことに、なんとなく脚をもぞもぞとさせてぱんつがちらりと見えるようにしちゃっていて、股のところをのぞき込もうとしていたのを発見して罪悪感を覚えて。
その下にある、男にはないっていうか男からなくなった場所っていう――男に生まれてしまったらどうしても求めてしまう、その、毎日お風呂で見ることになっている、ぱんつの中身を思い出しちゃって。
「……男どもはしょうがない……そして僕も男だから本能で、それは諦めるしかない……うん、動物だってみんな本能的に好きになる場所だし……僕も男だから、他人のそれも大目に見るとして……」
――今後を、どうするか。
「……調子に乗って配信しすぎたなぁ……」
僕は動画投稿サイトの過去のアーカイブ一覧を眺める。
――あの日、この体になった直後に僕の声が配信に載っちゃった日。
それ以降は、その前までの視聴回数とは文字通りにケタが――2ケタから4ケタ、100倍から1万倍は違う。
すごいよね。
やってることはまったく同じなのにね。
アバターもまったく同じなのにね。
――ばらばらな時間なのもまったく同じ、しゃべってる内容もまったく同じ、プレイの腕もゲームのチョイスも、なにもかもがまったく変わらずに、その前までと変わっていない。
なのに、
「たかが、女の子『疑惑』ってだけで。………………………………」
――こんな僕でも、ときどきは人気を模索したりもした。
その過程で、やっぱりこの界隈の需要的に女性は女性というだけで――同じことをしようとも、男性よりも得だと理解はしていた。
女性は――よほど酷くない限り、最初から一定数のファンが確実につく。
最初期の――常識人なら自分の録画した音声を再生して悶えるあの状況な初心者ボイスでも、たどたどしくても黙りがちでも、男なら「うわ、キツいな」で即離脱でも女性――若いほどに「ういういしいのが良いな」って評価になる。
男女の違いは、生物学的で本能的なんだからしょうがないんだ。
それに、それ以降はコンテンツとトークがうまくないと伸びないのは同じだし。
もっとも――女の子、あるいはその疑惑がある時点で、ファンの一定数は「この子に気に入られたらリアルで会って彼女になってくれるかも」っていう欲望が原動力だから、それが良いかどうかはともかくとして。
スタートダッシュが男のそれより2ケタくらい良好だから、早々に収益化も可能、収益化すれば、おひねり――投げ銭が来る。
何割か盛大なピンハネをされたとしても、充分なお金が手元に残る。
メンバーシップにも――ちょっとでも配信外の会話とか個別会話とかを入れれば、月額で、それだけで大学生のバイト代くらいはもらえるようになることもあるらしい。
ずるい?
ずるくはない。
需要と供給の問題だ。
あとは、生物としての価値。
何があろうと適齢期の女性は、それだけで男性が群がるもの。
生物とは男女に分かれた瞬間から、1人の雌を何十何百の雄が取り合うものなんだから。
それはもう夏場に必死なセミたちの声を聞けば、生きるためにエネルギーを燃やす哀れな存在を認識して悲しんでやれるんだ。
それに、顔や声を出しての――つまりは男と分かっての配信者界隈では男も上位層にも中位層にも普通に存在するし、つまりは需要の満たし方と場所さえ選べば男でもやりようはある。
というか中身があるのなら、性別はそこまで関係ないだろうし。
ただそれをVtuberっていうアイドル的な属性のあるコンテンツ、楽しむのが男が大半な界隈でやる以上、不利は覚悟で挑め――的なアドバイスを知っているだけ。
「まぁ、今は僕も得してる側なんだけど……」
数年間、収益化ライン――登録者1000人、累計視聴時間4000時間という壁――なんてのは雲の上だったはずなのに、ボイチェン事件から1週間くらいで軽々と突破。
ボイチェン事件の配信だけ再生数が10万を超えてるし、遅らせた切り抜きはもはや意味不明な再生速度で加速している。
「うぇっ……再生数こわい……」
それを見て、僕は涙ぐんだ。
「んくんく……ふぅ」
で。
おそるおそるで申請した収益化は――たぶん、通る。
特別にえっちな配信をしているわけでも意図的な炎上系をしているわけでもないんだし。
そんな画面を眺め、僕は非常に複雑な気持ちを抱えていた。
「騙してはいるんだよな……そして騙しているともはっきり、何回も、毎回言ってる……」
そう――勝手に自分から騙されたり騙されたフリをして乗っているのは視聴者たちだ。
僕は真実しか言っていない――この体が「以前は」男で、ある日に変わって……「TS」ってのをして、「今は」女の子になっていること以外は。
「つまり、僕は悪くはない。……けども、この人気は『僕』を見てのものじゃ……」
――そうだ。
今の僕の――なぜかまだ続いているフィーバータイムは、あくまで「もしかしたら中身は女の子かも」っていう、男たちの悲しい性質による妄想の産物。
あるいは「ボイチェンでも良いから、配信がかわいければなんでもいい」っていう、これまた男の悲しい需要によるもの。
――「僕自身」が人気になったわけじゃない。
それだけは断言できる。
「……こういう考え方、もったいないとか昔、優花が言ってたけど……」
悲しいかな、人の性質っていうのは子供のころからだいたい変わらない。
そして僕は悲しいかな、こんなめんどくさいことを理解しながらも否定できない性格なんだ。
「………………………………」
僕は配信ソフト、マイク、ボイチェンソフト――はもう起動しない――、立ち絵ソフト、立ち絵ソフトを動かすカメラ、そして鏡を見てなんとなくで前髪を整え――配信開始ボタンを押す。
【お】
【こはねちゃんが順調に生活リズムをずらしていっている】
【草】
【綺麗に30分とか1時間とかずつ遅れてくのな】
【これはこれでおもしろい】
【分かる】
【時間が決まってないのはもどかしいけど、逆に考えたらどうしてもリアタイできない人にとっては一定周期で配信開始から居られる天国】
「……んんっ。こんにちはぁ」
僕は、今の僕の――少しだけ甘えたような声を――だってその方がウケが良いし、なんとなく気分が良くなるから――で、世界へ語りかける。
その同接数は、いつものごとくに予告をしなくても最初から2ケタ――以前の数人から格段に多くて。
【かわいい】
【かわいい】
【こびっこびなのもいいよいいよー】
【このロリ声なら無愛想もそれはそれで】
【分かる】
【投げ銭……】
【その機会を待って貯めとけ】
【大丈夫、配信聞きながらバイトしてる】
【えらい】
「収益化は、まだ手続きと審査中かな。調べた限りだと、早ければ今週中には……ってとこだけど」
画面の中、右下の隅っこで――今の僕を二次元にしただけのイラストが話している。
していることは、なんにも変わっていない。
しゃべり方も――多少は媚びている自覚が出てきちゃったけども、それでも僕のリアルを追及する声とかを無視して、徹底的に男らしい口調。
それでも、みんなは喜んでいる。
――それなら、このくらいなら。
謎の少女ボディーになっちゃったけども、その声くらいなら届けても――ちょっとちやほやされても、良いんじゃないかなって。
一生のうちに1回くらいは、いい夢を見たって良いんじゃないかな。
そう、思った。
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