32話 スカートと生声配信と
「……おお……これが、スカート……」
鏡の前に立つ僕は、これまでのぶかぶかなパーカーかシャツじゃなく、ちゃんと下着――ぱんつで急所を保護し、けれどもスカートという下が丸出しなのを上からだけ防御する、腰巻き姿だ。
ちゃんとこの体に合ったサイズのシャツ――ごく普通の小学校女子が着ていそうな、謎のキャラがプリントされてるセール品――の下、腰しかちゃんと保護されていない格好。
しかもこのスカート……ふとももから結構スレスレで危険な気がする。
そういやミニスカートって書いてあったっけ……おすすめに出てきたのを適当にぽちぽちしちゃったから、いきなり最初から玄人向けになっちゃってる気がする。
「……女子ってすごいな。こんな恥ずかしい格好で良く平気だなぁ……すーすーするし。おしりとか下からまる見えじゃん。いや、股もか……やばいな」
そりゃあ話に聞くように、女装した男がどきどきするってのも分かるよ。
だって、半ズボンどころか運動用の短すぎるズボンよりも防御力低いんだもん。
これはもはや痴じょ……いや、やめておこう、世界の半分を敵に回すことになる。
この格好だと腰から下、つまりはぱんつで覆われている部分以外の足のつけ根から太ももは、ことごとくに空気にさらされている。
そりゃあ冷えるって言うよなぁ、女子は……夏場のクーラーも、冬の外も筒抜けなんだもん。
冬場とか冷房の効いたとこではズボン穿けば良いのにね。
「ズボンはサイズが合わなかったからサイズ変えて取り替えるとして……ふむ」
鏡の前の僕は、ちょっとばかり人目を引きすぎる顔立ちにふわっふわで長くてやっぱり人目を引きすぎる髪の毛。
「………………………………」
……すとっ。
イスに座ってみる。
接地面のダイレクトな感覚が、おしりを包んでくる。
「……ぱんつが……いや、スカートをこうするのか……」
スカートを、おしりの後ろから押さえる。
それでも、
「……太ももの後ろがちくちくぞわぞわする……慣れるしかないか……」
◇
「こんばんは……ぐっ、人が増えてる……おぇっ」
僕は配信開始早々に気持ちが悪くなった。
「気持ち悪い……吐きそう……ゲロ気持ち悪いぃ……」
僕はえずきだした。
やっぱり吐きそう。
「新規とか、ほんっと吐き気がするぅ……」
調子に乗って一升瓶飲んだ次の日くらい吐きそう。
「本気で気持ち悪い……」
【草】
【ひでぇ】
【視聴者に向かって「お前らが増えたから気持ち悪い」とかほざく配信者】
【草】
【草】
【おもしれー女】
【あれ、でも声が】
ボイチェン越しの僕の男声もまた、気持ちが悪そう。
よしよし、もう配信事故なんて起こさないんだから。
「! そ、そうだ……僕は男だから、女の子狙いの人は帰ってくれるよね……ふぅ、吐き気収まってきた」
吐き気が、すっと静まってくる。
ちょうど飲みすぎた後に胃薬とか飲んだ、あんな感じに。
「この登録者数も解除し忘れだろうし、同接数もまだ僕が女の子だって期待してのだから、そうじゃないって分かれば……安心した」
僕は安堵の息を漏らした。
吐き気もすっかり収まった。
体って正直だね。
そうだそうだ、ボイチェンで完璧に男に擬態できてるんだ、もはや誰も僕のことを女の子だなどと思うはずがないよね。
【草】
【そうだよねー、男だもんねー(棒】
【まぁ俺は普通にこの前のがおもしろかったから来たし、気にしないけどな】
【私も】
【こはねちゃんさん……配信止めたりしないで良かった】
【ほんそれ】
【TSしてるのになぁ……】
【↑だからしつこいって】
【こはねちゃんさん、BANしよ?】
「いや、最初から居てくれた人たちは怖くないし……荒らされてるわけじゃないからどうでも良いかな。TS連呼さえしなきゃ無害だし」
だってどうせ君、書き込み見た感じ小中学生でしょ?
僕は大人だから、子供の「悪意はないけど結果として悪意になってる」系のは、そこまで気にならないんだ。
そうだ、大人だから軽いいたずら程度は許してやる。
それが大人としての甲斐性ってやつだ……今は僕も子供だけど。
「どうせリアルでTSとかあるわけないんだし。フィクションだから楽しめるんだし……大体さ、TSとかって揃いも揃って美男美女に性転換するとか都合良すぎでしょ。夢見すぎ。あれはもうさ、無意識で自分が好みの異性に、体つきも含めてなれるっていう一種の奇跡とか魔法だよ。男女どっちからどっちでもさ」
あるわけあるしリアルだし、美少女になってるけども。
夢見すぎてることになってるけども。
いや、実際こうして姿形が変わるんなら美形の方が何かと便利だし、目の保養でもあるけどさぁ……。
あと、胸の大きさについては……黙秘しておこう。
この体の、お椀には遠いけどなだらかな丘にはなっている程度の体型は。
【草】
【つよい】
【そ、そこは創作もののお約束だから……】
【えー、そうかなぁ TSって言ったら分岐した宇宙の同位体の中から自分の好みの姿、無意識で拾う作業だから必然なのに だれだって好きな異性にTSしたいよね?】
【まーたこいつか】
【何言ってんだこいつ】
【まぁ美少女になりたいのはそう】
【俺も美少女だったらなぁ】
【おっぱいは欲しいな】
【スレンダーも良いぞ!】
【※こはねちゃんに群がってたああいうのがリアルで群がってきます】
【おろろろろろ】
【おろろろろろ】
【やっぱいいわ、美少女は眺めてるだけで】
【草】
【草】
ちょっと厄介リスナーだけど、「配信主からも相手にされてない」ってみんなが分かればおとなしくなる。
構ってちゃんってのは、そういうもんだ。
【でもなんでこんなのが居て対人恐怖症?平気なんだ?】
【「こんなの」扱いで草】
【前から居たらしいから……】
【えぇ……】
【そんな理由で!?】
【草】
「うん……不思議とね、初対面を乗り越えたらなんとかなるんだよ……まぁリアルではまず、その初対面を乗り越えられないから地獄なんだけどね……相手からも僕からも気まずすぎて、その次が続かないから……ごく稀に居る、男女どっちでも天使みたいな人が気を遣ってくれると生存できるけど、普通は敗北して撤退するんだ」
しかも明らかに年下って分かるしな、TS連呼する奴。
いくらこじらせてるニートだって、小中学生までならなんとかなるんだ。
「最初の頃から……1ヶ月に1人ずつくらいかな、少しずつ人が増えてったからなんとか慣れた気がする。もう覚えてないけど、たぶん。今みたいに人が多かったらもう無理だし、リアルならもっと無理」
【わかる】
【マジのイケメンとか美女って居るよな、性格まで】
【うっ……(発作】
【胸が痛い】
【初っ端からえぐってくれるこはねちゃん】
「んじゃ、この配信は他の人のとは違って、完全に僕の趣味のだから……この前の、いつも通りに好きなゲームをそのときのノリで行きます」
よし、もう大丈夫。
ちょっと増えちゃった人も、この前思いっ切り泣いたって思えば、
「……ぐぅっ……! だ、大丈夫……この数は幻覚……本当は普段通りに数人のはず……うぇっ……」
やっぱ、意識するとダメだ。
……この体になる前は、ここまでじゃなかったと思うんだけどなぁ……。
【草】
【落ち着け】
【自分に言い聞かせてて草】
【マジでパニック障害とかなら止めた方が】
【こ、こはねちゃんさんは、慣れた相手なら大丈夫だから……】
◇
「ふぅ、疲れた……ちょい操作ミスして負けた試合もあったけど」
僕は額の汗を拭って水分補給。
……そうだ、手が小さいんだ。
指そのものも短いし――たぶん、指先の筋力とかも落ちている。
けどもブラインドタッチとか、ゲームキーとかは覚えてるのが変な感覚。
……この体、本当にどうなってるんだろうなぁ……。
【惜しかったな】
【明らかに押し間違えとか多かったもんな】
【この状況ならむしろよくやった方】
【まぁ対人戦ってメンタル勝負だから】
【どんまい】
【え、でも普通に上手かったけど】
【ルール知らないゲームだけど、危なげないっていうか】
【相手の居場所とか、ほぼ特定できてなかった?】
【全部解説してくれてたから簡単に見えたけど】
【普通に上手いんだよなぁ】
【ねぇこはねちゃん? もし良かったらなんだけど、またこの前のボイチェンで俺たちを誘惑してほしい】
【草】
【草】
【いきなり何言ってんだよ草】
【だって……】
【確かにかわいかったけどさ】
「……あー、あのドッキリの? どうしようかなぁ……SNSとかでやたら突っかかってきてた炎上狙いのアカウントたちが……うっぷ」
この世界は恐ろしい。
見ず知らずの相手に対し、初対面ですらないのに「死んでくれませんか?」とか「えっちなことしようよ」とか自分の自慢の棒の映像とか、平気で最大級のトラウマ投げつけてくるんだもん。
それを思えばリアルの方がまだ――
「あ、ちょっと吐いてきます……」
僕は急いでマイクをオフにし――この前の反省から意地で指さし確認をし、用意しておいたエチケット袋を手に――
「おろろろろろろ」
……この前ので吐くのが癖になっちゃったのか、それともこの体の感情が上下しやすいのか。
たぶん両方だろうな……吐いたのなんて中退した大学以来で――
「ろろろろろろろろ」
あー。
夕飯が全部出てくー。
【草】
【え、マジ吐き?】
【ちょっと男子ー】
【ごめん、そこまでとは】
【あーあ、切れてないよこはねちゃん】
【草】
【そしてげろげろ音とビニールの音が、今度は変換されて……】
【やっぱりこれは……】
【しーっ!!】
【そうだぞ、ギャン泣きアゲインだぞ】
【それは困るな……】
【草】
【男のゲロ音配信……斬新だな……】
【斬新すぎるわ!!】
【ちょっと、私ヘッドホンで……あ、なんか目覚めそう……】
【↑おいバカやめろ戻ってこい、その性癖は供給が果てしなく少なさ過ぎて修羅の道だぞ】
【↑そうだぞ、必死こいて台本書いて好みの声優さん、しかもゲロゲロOKとか稀少すぎる相手を探す作業が待っているぞ】
【さらにいえばげろげろプレイ許容してくれるパートナーとかもうね……】
【まぁ大半はドン引きして逃げるわな】
【うん……逃げられたよ……】
【逃げられたのか……】
【うん……最後は人として認識してもらえなくって……】
【草】
【具体的すぎる嘆きで草】
【この配信にはなぜやべーのばっか集まるんだろうなぁ……】
「新規こわい……けど、できたら最下部↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】とか応援コメント、まだの人はブックマーク登録してぇ……」




