3話 引きこもりダメニートバ美肉VTuber配信者になる前の日常――上
「……んく。つまりさ、TSものの醍醐味ってのは、いかにTSした主人公が異性の肉体になって羞恥心に悶えながら慌てるのかとか、性別の違いでいろいろやらかすのかとか……TSF、男が女になるものなら男の距離感な女の子で壊される周囲を楽しむのかとか、少しずつ女の子の体に染まっていく男の心とかなんだけど、それが秀逸な作品は……そういやなんでこんな話してるんだっけ?」
深夜。
パソコンのモニターだけの光で照らされる空間。
そこで僕は、回って疲れた口を癒やすためにお酒を飲み込む。
そんなしょうもない話を延々としていた僕は、アルコールで正気に戻った。
【草】
【雑談の経緯は忘れたけどTSについてはわかる】
【そして深いところまで首を振るしかない解像度】
【わかる】
【わかる】
【これ以上なく深く同意】
【正気に返ってて草】
【返らないで】
【飲み会って意味のない話をする場所だから……ここ配信だけど】
【草】
【ざ、雑談タイムだから……】
【ちなみに「こはねちゃん」はTSした元男が女の子とくっつくTS百合派? それとも男とくっつく精神的BL派?】
【あ?】
【お?】
【やるか?】
【やるかしないな】
【TS百合とTS薔薇は水と油だぞ】
【TS百合って精神的にはノーマルなカプで、TS薔薇は肉体的にはノーマルなカプなだけだから大した違いはないんじゃ……】
【は??】
【あ??】
【えっ】
【お前は何も分かっていない】
【TSの基礎教養を理解していない】
【この穀潰しが】
【えっ?】
【草】
【なぜか三つ巴になってて草】
【こんなとこでケンカすんなよ草】
【そうだぞ、「こはねちゃん」さんが居心地悪くなったらBANされるぞ】
コメント欄のじゃれあい。
それに、僕も混ぜてもらう。
ついでに僕の優位性も強調しつつで。
「そうだぞ、ここは僕の配信なんだ。気まずいだけでメンタル壊れる僕の配信なんだからな、ケンカするならくだらない話題で笑える感じにしてね。トラウマ刺激されたら……吐くぞ。マイクに話しかけようとして思いっ切り。無駄にお高くて品質の良いマイクからサラウンドでゲロを耳元にぶちまけるぞ。良いのか?」
【草】
【ひでぇ脅し文句で草】
【はーい】
【はーい】
【それはそれで……】
【ひぇっ】
【こわいよー】
【こいつをつまみ出せ!】
【でもケンカ自体は良いのか……】
【気まずくならない範囲でね】
【コメント数が多いと、この配信がおすすめされやすくなるとかなんとか】
こんな僕の配信に住み着いている視聴者たちだ、基本的に僕が不快になることはない。
ないん……だけども。
「それは良いけど『こはねちゃん』呼び、やめない……? 僕、男だけど? この配信、男の地声配信だけど? 男でしかないじゃん? ていうかそれがきっかけでTSもの談義になったんだよ確か。なんでこれまでずっと『配信主』とか『こはねさん』呼びだったのに、全員で急に変えてるんだよ……怖いよみんな、ある日突然急に呼び方変えてくるの……コメントもなんだかやたらと多いしさぁ……」
僕は震えた。
【草】
【それはそう】
【だってかわいいもん】
【でもアバターの「こはねたん」はかわいいし……】
【ほんそれ】
【耳をふさげばこの立ち絵の見た目なボイスが聞こえる聞こえる】
【↑配信で聞こえないのは意味なくて草】
【音声コンテンツ……どこ……ここ……?】
【今は自動翻訳で誤訳は多くても字幕は出るからへーきへーき】
【外国勢の配信とかも楽になったからね】
【バ美肉な子の配信もあら不思議、脳内変換でかわいいボイスに!】
【上級者過ぎて草】
【ちょっと男勝りで男を完璧に理解してくれる僕っ子、幼なじみだから遠慮がなくって軽い下ネタまでなら返してくれるTSっ子……】
【しかも男の価値観も完璧だから、まるで理解のあるギャルみたいな魅力がある……】
【いい……】
【ちょっと興奮してきた】
【この立ち絵の見た目なTSっ子か……ごくり……】
「あ、うん、立ち絵はかわいいからね。耳栓してもいいから配信は見てね。中身は性別すら違う大学中退引きこもりダメヒモニートな25の男だけど、ガワだけは誇れるから。だけど興奮するのは止めて、お願い。なんか鳥肌立ってきたし。いつも言ってるコミュ障が発動しそうなくらいに」
僕は頭を下げる。
それに合わせ、アニメ調のアバターも下を向いて目を閉じる。
【草】
【草】
【自虐芸完璧で草】
【いつも言いすぎて、もはや詠唱になってて草】
【まぁ男が男に興奮されたくない気持ちは分かる】
【話聞いてる限り別に引きこもりでもダメでもニートでも……いや、ダメでニートで自堕落な生活してるのは事実だし、新規の視聴者からコメントで話しかけられただけで吐き気催して一時離脱とかするのもまた事実か……】
【草】
【追い打ちで草】
【全部本当なんだよなぁ】
【でも褒めてない褒めてない】
【ひでぇ】
画面に戻ると、流れは適度に落ち着きを見せている。
こういうのが友達との会話ってやつなのかな。
僕、友達居ないし居なかったけどさ。
「いいのいいの。みんなやけに優しい感じのイジリしかしてくれないから助かる。勤労の義務を放り投げてるのは事実だし、つまりは人間失格だし」
【えぇ……】
【そこまで言う!?】
【まぁキャラ付けは大切だし】
【けどこの立ち絵の子がダメニート……やっぱ興奮してきた】
【えぇ……】
【ひより「こはねちゃんさんの声とか話し方とかいいと思います!」】
ぴこん。
いつもの数名の中に紛れる、他の人とは違った印象のコメントを見た僕は、
「ひより先生はさっさと寝てください。もう1時ですよ、何やってるんですか健全な学生が。今朝も寝坊して遅刻したってつぶやいてたでしょうが、お母さんに言いつけますよ」
連絡先なんて知らないけどね。
【草】
【急に敬語になって草】
【まぁひよりママだし】
【ママァ……】
【ママの娘がママに対してママのママに言いつけるって言ってる】
【ママがゲシュタルト崩壊しそう】
【ママが崩壊しちゃう】
【草】
「ママ」――VTuberの立ち絵を描いてくれた、絵師――イラストレーターさんを指す言葉。
僕の「ガワ」の産みの親という意味では、僕にとって肉体を産み出してくれた両親以外の3人目の親ということにもなる。
だから、
「ひより先生だけは特別待遇だからね。こんな実績もないし数字なんか取れないし取ろうとしてないし何をしでかすか分からない弱小個人配信者がオリジナルな立ち絵描いてもらえるとか。しかも推しの絵師さんの好きな絵柄でとか、普通ないから。先生、基本コミッション――有料依頼とか受けてないし。こんな実績もない個人とか危なっかしくて普通受けたくないはずなのに、わざわざ配信とか来てくれて受けてくれてさ。女神でしかないでしょ?」
先生は、まだまだ駆け出しだ。
このアバターのイラストだって、正直クオリティって意味ではまだまだ拙い。
――けど、「下手なのが初々しくていい」ってのが、推しのクリエイターへの気持ちなんだ。
僕は、ひより先生の――きっと数年後には少女マンガとかを描いているだろう彼女の、今の絵が好きだから、この立ち絵を描いてもらったんだ。
ほら、絵ってあるじゃん。
どんなに拙くてもなぜか心に響く、そんな刺さる絵柄がひとりひとりに。
「この、目をつぶったときのへにゃってした表情とかいつ見てもかわいくて本当に好き。3日くらい前に投稿してたイラストみたいなの」
【ひより「/////」】
【かわいい】
【かわいい】
【こはねちゃんってひよりママにだけはガチだよな】
【熱心なファンだからな】
【そんなこはねちゃんの配信、ひよりママもわりと常駐してる……あれ? こはねちゃんがTSしたらTS百合なのでは?】
【!!!!】
【ガタッ】
【ステイ】
【TSものの派閥争い忘れてたのに思い出させるのやめろぉ!】
「そうだぞ、TSものはTSっ子が男とくっつくか女の子とくっつくかで……いや、そんなに争う気配もないし、どっちでもむしろOKなのが大半だろうけど……やっぱいいや、さっきの蒸し返されるし。ちなみに僕は作品としてならどっちでもOKだからもう不毛な戦いはやめようね」
【草】
【はーい】
【こだわり薄くて草】
【あんだけ語っといてこれだよ】
【スンッ……てしとる】
いや、ただの深夜とお酒のテンションで話しただけだし、僕は特にこだわりもないし。
【じゃあこはねちゃん、もし明日TSしたらそのまま親友の男とかと……あっ】
【おろろろろろろ】
【草】
【推しがTS即日メス堕ちNTRとか地獄かな?】
【おい、ひより先生が居るんだぞ】
【ママの前では下ネタ厳禁らしいぞ】
「……大学中退引きこもりニートに男の親友……リアルで居ると思うか? そんなやつがいたとして……引きこもりニート続けられると思うか? 誰でも良い、頼れる友人が居たらこんなことにはなっていない。本当に頼れる友人が、親友が居れば……たとえ嫌われてもって勢いで部屋から連れ出してくれて、真人間になってこんなことはしていない。――違うか?」
目を半分閉じ、ジト目モーションに。
立ち絵の女の子もデフォルメされたジト目で、視聴者たちをにらむ。
【おいやめろ】
【やめろ】
【心が痛い】
【ああああああ!!!!!】
【お前には人の心とかないんか?】
【草】
【うん……こはねちゃんの日常聞いてる限りね……】
「新規こわい……けど、できたら最下部↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】とか応援コメント、まだの人はブックマーク登録してぇ……」