23話 声バレで泣きじゃくった
【ひより「こはねちゃんさんがイケボな男の人からかわいい女の子に!?」】
【草】
【ひよりママ、もしこはねちゃんの知り合いとか知ってたらすぐ教えたげて】
【よりにもよってこのタイミングで……】
【声バレとか、時間経つごとにやべー】
【ネカマバレは盛り上がるだけだけど、ネナベバレはリアル特定したがるのが多いからなぁ】
【ひより「本当に……知らないんです……え、どうしよこれ」】
【そんなぁ】
【こはねちゃんとママの仲の良さとこはねちゃんのこのロリヴォイス的に同級生とかかと思ったけど違うのか】
【え? じゃあこはねちゃん、マジで引きこもりの女の子だったの!?】
【てか今までのって男声のボイチェン……?】
【なんでそんなことを……】
【何かあってトラウマ持ちのコミュ障、しかも女の子なら性別隠して目立ちたくないってのはありそうだけどな ほら、特に男女関係とかさ、女性、しかも見た目が良かったらそういうの多いし、ネットだと女ってだけで変なの寄ってくるし】
【あー】
【女子同士はそういうのも怖いって聞くなぁ】
【なんか家の事情とかもあるっぽいしなぁ】
【顔出し配信者でも声出し手元だけな配信者でもなく、VTuber選んだ時点でな】
【それな】
【しかもわざわざ成人男性な声へのボイチェン……】
【自虐ネタがどうにも多いと思ったら……】
【こうなると「25歳大学中退引きこもりニートな成人男性」ってのがどこまで本当なのか限りなく疑わしくなってきたな……いや、本当にどこからどこまでなんだ……? こはねちゃんのメンタルのよわよわだけは信じられるけど……】
【草】
【マジでそうで草】
【これはマズいぞ】
【いろんな意味でな!】
【この声で25歳は……合法ロリ……しかも、作ってなくて完全に素で声優並みのロリヴォイス……演技してなくてこれなら、肉体年齢は下手すると……ふむ、ありだな……】
【草】
【お前……】
【わかる】
【むしろご褒美】
【性別以外全部本当なら俺歓喜】
【え、じゃあ、めっちゃ酔ってたときちょくちょく俺たちに反応してた下ネタとか……】
【!!!!】
【ガタッ!!】
【ちょっとアーカイブ漁ってくる】
【草】
【え、どうするのこれ こはねちゃん!? こはねちゃーん!?】
◇
「……ふぅ。やっぱりこっちは全員個人で敵には2つチームが、しかも上位クランのとか厳しすぎたぁ。不平等マッチングはんたーい……」
熱中しすぎて汗をかいた体をぱたぱたとあおぎ、酷使した目を閉じてイスに寄りかかる。
……この体……汗すら良い匂いなんだよな。
いや、汗自体は臭いよ?
臭いけども……優花のともまた違って、いや、優花のも中学生に入る前くらいから良い匂いになってはいたけども――決して変態的な意味じゃなく、制汗剤とか薄い香水とか意識するようになったからって意味で――この体は髪の毛が長いのもあって、普通に良い匂いがするんだ。
……しょうがないじゃん、だって僕の中身は男なんだから。
それがたとえ恋愛対象外だし犯罪な子供相手でも、胸は小さくてもかわいいし好みだし24時間一緒(物理)な仲なら、好きにならざるを得ないじゃん。
男ってのはちょろいんだ。
というか、自分のことを好きになるとかもはや末期だよね。
大丈夫、まだ恋とかしてないから。
大丈夫、まだそういう気持ちにはなってないから。
なってたら?
僕はもうアイデンティティーメルトダウンしてるよ。
ほら、言うじゃん?
女の子の快感は男のそれの何百倍とかってさ。
これでも僕は未知への挑戦を耐えてがんばっているんだ。
「………………………………」
僕はふと目を開け、部屋の隅から机の横に移動して久しい全身鏡を眺める。
――顔が火照り、とろんとした目つき、ふぅとため息をつく、あぐらをかいた下にはシャツとぱんつだけの、オーバーサイズなパーカーを羽織った、小さな女の子。
その、普段は意識しないようにしてる、脚のあいだの場所にどうしても視線が行く。
………………………………。
どうせいつかは男に戻るんだし、この体は僕自身と同じ……つ、つまり、ちょっとくらい遠慮しないで触ったり見たり揉んだりしても――
「――だめだめ。そういうことは考えちゃ」
ぶんぶんと振る頭でばさばさと広がる髪の毛。
そうだ、頭がぱーにでもなってみろ。
僕は本当にどうしようもない存在になるんだぞ。
「もう髪の毛、切ろうかな……せめてふとももに乗っかってくる分だけでも……さすがに腰までは長いよなぁ、あっちこっちこそばゆいし……」
腰まで伸びた髪の毛は、毛先がくるんとなる性質があるらしい。
それがいつもこうして座るとふとももをくすぐってくるのがこそばゆいんだ。
「けど、美容院とかやっぱ無理だし……うん?」
目の端が、何かを捕らえる。
なにやら高速で動く物体を。
それは、ディスプレイの右の枠。
そこには――だーっと、見たこともないスピードで流れるコメントの列。
「ん?」
……僕の配信にこんな勢いがあるはずがないし……さては荒らしか。
まったく、しょうがないな。
荒らし――嫌がらせ目的の誰かが適当な配信者の配信を、変なコメントとか無意味な長文の乱投で「荒らす」行為。
僕みたいな過疎配信者のところにも、年に1、2回程度は来るからもう慣れてるんだけども――
【ロリ配信者と聞いて】
【ムイッターから来ました】
【かわいいね、どこ住み?】
【DM見てくれた?】
【登録したけど何年生?】
【女の子】
【アバター通りの見た目って本当?】
【おじさんに興味はあるかな?】
【支援してあげようか】
【生通話とかできる?】
【ふともも】
【髪の毛長いの?】
【美容院怖いよね 切ったげよっか?】
【それはちょっと怖い……】
【えっ】
【草】
「ひゅっ」
まるで真冬の朝一番に採取された水を、頭からぶっかけられたような。
そんな表現でも足りない刺激が、一瞬で体を覆う。
【ムイッターで見たけど、こんなにかわいい声なのに何で野暮い男の声に?】
【ボイチェンソフトのXXXって、この前のアプデでフリーズするバグがあるんよ】
【確か中堅どこのVTuberさんもこれに巻き込まれて声バレしてたっけ】
【あれってポップアップ無視すれば大丈夫らしいけど】
【PCに慣れてない人とかマジメな人とかは押しちゃうんだよなぁ】
「あ……あ……っ」
――やらかした。
明らかに出会い目的とかのコメントともかく、頻繁に出てくる「ボイチェン」「アプデ」「バグ」「フリーズ」「地声」というワード。
そういえばさっき、2回くらい無意識でクリックを――
【あ】
【見たっぽい】
【ぺろぺろ】
【怯え声もかわいい】
【同接3000おめ】
「さ、さんぜっ……!?」
ばっ、と配信画面をのぞき込む。
――同接はちょうど3000、登録は999。
普段の何倍どころじゃない数字。
それが、ほんの数分で。
「……ひゃえぇ……?」
それに、思わずで変な声とともに脳が認識を拒否しようとする。
【草】
【どっからそんな声出してるんだ……かわいい】
【かわいい】
【これが演技じゃないってマ?】
【だって2年くらい男のフリしててさっきバレたんだぜ?】
【ネカマ――ネナベか、する意味あるの? こんなかわいい声の女の子が?】
【あるだろ? 今突撃して来てる俺たちみたいなのが嫌なんだろ】
【それはそう】
【それは申し訳ない】
【DMえぐいことになってそう】
【嫌だよなぁ……でもごめんね、祭りだからつい……】
【かわいいからね……ごめんね……でも好き……】
【草】
なんとか、なんとかで――鈍い運動神経のくせに、なんとか慣れでそこそこ鍛えられた反射神経。
それが、意味のあるコメントを拾い集める。
――ダメだ。
今すぐに配信を中止しなきゃって思ってるのに、いきなりのことで体が震えて……指先も、硬直している。
【立ち絵が完全に下向いて固まってる】
【かわいい】
【え? これがこはねちゃんそのものだって!?】
【声の感じからして小中学生だし……】
【まさかの自画像でVTuberに!?】
加速するコメント欄。
加速する同接数。
加速する高評価数。
怖い。
すべてが、怖い。
「ひっ……ぐっ、ふ、うっ……!」
――この体は、女の子の体は、感情が昂ぶりやすい。
お涙頂戴なベタなラブコメを見ても泣いて、前なら冷笑で飛ばしてた場面でお腹抱えて笑って、気に入らないことがあったりすると思わずものを蹴っ飛ばしたくなる。
「……ふぇ、うぇ……」
だから――泣いちゃったって、しょうがないじゃんか。
「うぇぇぇぇん……」
僕、今、女の子になってるんだから。
【えっ】
【泣いちゃった】
【ちょっと男子ー】
【ごめんね】
【けどムイッターで現在進行形で拡散されてるから、これからもっと……】
「新規こわい……けど、できたら最下部↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】とか応援コメント、まだの人はブックマーク登録してぇ……」