21話 声バレするだなんて思っても居なかった快適な朝
「おはよう」
【おはよう】
【午前のおはようとか珍しい】
【※月に数回程度です】
【※健康的な一般人なら最低でも月の大半であるべきです】
【※良い子は真似してはいけません】
【草】
「だから昼夜逆転は大体月1で周回するんだってば。すごいよな、人間って。目覚まし時計と仕事がなければ、綺麗に25時間サイクルになるんだぞ。僕の配信が証拠だ……どっかの学者先生が雇ってくれないかな。被検体として。3食お酒付きで何年か」
僕は良い就職先を思いついた。
【草】
【ずうずうしすぎて草】
【ピンポイントでそういう研究してる人じゃなきゃ意味ないだろ草】
【そもそもそういうのって普通は管理された部屋とかで1日に何回も会話するでしょ草】
【アルコールは……絶対無理だよねぇ】
「あ、そうだった。じゃあ無理だな……せっかく脱ニートの目星がついたのにね。無理ならしょうがない。ニートを継続するしかないね。あーあ、残念だ」
僕は良い就職先だと思っていたのを諦めた。
【草】
【えぇ……】
【ちゃっかり働いたつもりになろうとしてて草】
【この配信者……ニートの責任を視聴者に押しつけてやがる……!】
【ふてぶてしすぎる】
【なんか今日もご機嫌ね、こはねちゃん】
【早起きしたからね】
【なんだかんだ人間は朝起きて夜寝るのがいちばんだからね】
僕の喉からは、幼い女の子の声――だけどもパソコンのスピーカー、配信画面からは元の僕の声。
あれから僕はボイチェン沼というものに陥り、見事配信のアーカイブから僕自身の声を抽出して最新技術。
もはや違和感皆無な男時代の地声を再現したんだ。
すごいよね、今の技術って。
おかげでこんなロリヴォイスが特徴のない一般成人男性の気だるげなそれに一瞬で変換されてるもん。
これだけ普通なら、誰にも気にも留められない。
そういうのが安心できるんだ。
【ひより「喉、良くなってきましたね!」】
「ひより先生?? 授業中でしょう??」
【ひより「私、勉強は先にやっておくタイプなので大丈夫です!」】
「む……地頭が違いそう。なら良し」
【えらい】
【えらい】
「僕はなぁ……授業は真面目に聞いてるつもりでよく分かってたつもりでも、試験期間しか勉強しなかったから結局分からなくなって詰め込んでたんだよなぁ」
一般的に女子は男子より早熟で、要領が良く成績も良い。
だからひよりウルトラ先生なら大丈夫だろうけども、僕は大丈夫じゃなかったんだ。
「がんばれば平均点をなんとか超えられるけど、それでおしまいだったんだよなぁ……毎回のテスト勉強でどうにか追いついてただけで、はっきりと得意って科目もなかったし」
【うっ……】
【あっ(心停止】
【↑成仏】
【学生時代のトラウマが】
【現在進行形のトラウマが】
【あばばばばばば】
【しかしひより先生へのレスは早いこはねちゃん】
【普通にこはねちゃんにガチ恋してる系ママだよな】
【まさか繋がってたり……】
む、いけない。
大人になっても精神が中学女子とか小学校男子のままなのが大半なこの世の中の人間たちは、ただ男女――と思しき関係だろうと、無責任に下半身事情を妄想して吹聴する性質がある。
「良いか、お前たち」
こういうのは毎回はっきりと否定しとかないとね。
ひより先生のキャリアに関わるからね。
「ネットの先の人間はな? 男か女か分からないんだぞ? 特に今はAI技術でいくらでも偽装できるんだからな? 可憐に見えるからといって男とも女とも断定するもんじゃないぞ? ミンスタとかで自分から開示してる場合は違う――いや、それも今となっては真実が分からない……なにしろ身分証すら画像生成で、個人でもそれらしいものを作れる時代……写真、声、動画ですら、もはや一瞬で生成される時代なんだ。みんな、騙されるな。他人は敵だぞ。いや、もう今年にもなるとAIが何もかもを生成している疑惑もある……自撮りからラーメンの画像、日ごろのつぶやきですら誰かをトレースして。気をつけろ、敵は人類の上位存在も加わっているぞ。このコメント欄ですら巡回しているAIが情報収集のために……」
いつもの冗談っぽい言い回し。
これならすぐ忘れてくれるだろう。
【草】
【ネット上のフェイクについてはそれはそう】
【嘘を嘘と見抜くのが難しい時代だからなぁ】
【技術自体は悪くないんだけどね……】
【ダイナマイトの発明からノーベル賞の経緯とかなぁ】
【でもそれだけで敵とか言うなよ草】
【さりげなく俺たちですら疑ってて草】
【人間だけでなく何もかもを敵認定してる】
【こはねちゃんったらもー、こじらせちゃってー】
インターネット上に、自分の顔や全身、名前まで晒している猛者。
自分の容姿に自信があったり全世界にさらけ出すのに抵抗がなかったり、ちやほやしてもらいたい――そういう人は、男女問わず一定数居る。
僕たちみたいにうじうじしているインドアタイプではなく、その日その日を全力で楽しむタイプの人たちだ。
ムェイスブックとかで堂々と全世界に公表し、全世界の同じような人種となかよくできて楽しいタイプは存在するんだ。
僕とは真逆な性質の人たちだけども、そういう人たちが居るってことは理解している。
まぁ理解するだけで、実質的に別の種族の生態を知ってるようなもんだけども……ほら、ファンタジーなエルフとかドワーフとかゴブリンとかギガントとか、ああいう思考回路も生態も違う種族なんだってさ。
「だからこれ以上は禁止。先生には未来があるんだから。あと家から数メートルより先に出ない僕に出会いとかあるわけないでしょ。あるんなら言ってみろ。僕が家から1歩も出ず、かつ、健全な学生さんな先生が接触できる0%でしかない可能性を」
【草】
【つよい】
【自分から言ってて草】
【このニート……自分の特性を知り尽くしてやがる……!】
【けど、言われると余計にないな……】
【ひよりママが炎上するリスクもあるもんなぁ】
【こはねちゃんさんがひより先生を発見したのも配信始めた後だしな】
【あー、そうだったわ、最初は声だけの配信主だったんだよなぁ】
【男とか女とか馬鹿らしいけど、大多数の人って男女のゴシップが大好物だから……】
【ごめんね、そういうつもりじゃないの 普通にリアルの友達とか顔見知りかなって思っただけなの、すっごく仲よさそうだから ほほえましくって】
「2年前から僕は立派な引きこもりニート、ひより先生はそのころまでイラスト投稿すらしたことない健全な学生。……本当、どうやって知り合えと? せいぜいが……ものすっごい近所にたまたま偶然に住んでいて、お互いに徒歩圏内で……たまたま運悪く他人としてすれ違う程度か……? いや、やっぱ不可能じゃない? 家から出ないんだから目にも留まらないんだぞ? 物理的に接触できないんだぞ?」
正確には日の出ていない時間の散歩はあるんだけども……普通の学生さん、運動部とかで朝練とかな気配もない先生がそんな時間帯に外に出るとも思えないし。
【草】
【確かに】
【絶対に出会うことのない2人で草】
【これ以上ない説得力で草】
【悲しい現実】
【そうだね、ごめんね】
【ひより「私は、こはねちゃんさんなら……」】
「VTuberのママとしてのリップサービスだと受け取っておきますけど心配すぎるので、もっと警戒心を持ってくださいね。いつも心配なのでこの際言っておきますけど、僕みたいに男って明言している相手に対して『私』っていう一人称とか、このコメント欄みたいに性別不明の言葉づかいじゃなくって『ですます』で丁寧にとか、イラストのアカウントと同じので運用してるとか、女性って見られてもおかしくない状態でリアルが推定男な存在とあまり親しくしない方が良いです。ネット黎明期から男性メインだったらしいネットって世界は今でも男が主流――少なくともオンラインで異性を探しているのは男で、そういう言動は極めて危険なんですよ理解してください先生、先生の性別がどちらであっても一方的に女の子認定して住所割り当てて押しかけてくるようなやばいやつが居るってことは知っておいてください。そしてそういう女性疑惑がある人が男と接触しているだけで、今盛り上がりかけたようにそういうのが大好物なんですよ、ネットって。聞いた話だと、慣れてる女性はコメント欄とかSNSで別のアカウントを作って、ここに居る人たちみたいに特徴のない男っぽい口調を演じたりするそうですからね、トラブル回避のために。男とのトラブル、そして女性同士でのトラブルを回避するために。それくらいしないと危険なんです、理解してください先生。未来があるからこそ気をつけるんです」
これだけ言っておけば……さすがに気をつけてくれるよね?
【ひより「はい……」】
【草】
【すげぇ……3分くらいすらすら説教したぞ】
【これをよどみなく吐き出せるこはねちゃん】
【コミュ障とは一体】
【でもこればかりはこはねちゃんが正しい】
【これは反論できないな】
【むしろ言いたいこと言ってくれてありがとうこはねちゃん】
【ネット上では不特定多数の「俺」が無難だしなぁ】
【コメント欄とかSNSとかの性別不明な独特のしゃべりって、個人情報マスクするのにこれ以上ないもんね】
【最近はそこまでじゃないけど、それでもやっぱ丁寧な話し方だけで女認定で絡まれたりすることもあるしなぁ……】
【ネットって怖いね】
【人類のすくつだからね】
【蠱毒かな?】
【今のYを見てるとわりとマジでそう】
【食らいあえ……もっと食らいあって対消滅しろ……】
【そういうやつらだけマッチングしてさっさと幸せになれ】
【草】
「新規こわい……けど、できたら最下部↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】とか応援コメント、まだの人はブックマーク登録してぇ……」