2話 TSしてもVTuberとして配信している僕の日常――下
【あの 顔バレの時の切り抜き見て来たんだけど……その、どう見ても顔とか髪の毛とか……】
【そうだぞ、こはねちゃんが自分の見た目伝えてそのまま描いてもらった似顔絵だぞ】
【薄紫の髪の毛でおめめが桜色とか……え? マジ?】
【マジで顔バレしたときのだからマジもマジだぞ】
【そらこんな見た目なら人見知りにもなるわ】
【くっそかわいすぎるくっそ小さい女の子とか】
【それな】
【小動物系で保護されててもやっかみはあるだろうしなぁ】
【上のやつ、顔バレの切り抜きの情報】
【<URL>】
【↑に通報してくれ】
【ガチの個人情報だから頼む】
【アッハイ】
【えらい】
【こういうのはいつまでも持ってるやつが拡散するからな……】
【みんなも、見かけたら黙って介護班に通報するんだぞ】
【そして全員でそのアカウントを凍結させるんだ】
【草】
……いろいろ誤解されてはいるけども、問題はない。
誰だって本当に――リアルで「この見た目通りの女の子が存在している」だなんて、心の底では信じてるはずがないんだからさ。
うん、いろいろと現実感のない姿だし?
ほら、僕、正直に年齢性別経歴すべてをさらけ出しているんだ。
これで本気で女の子だって信じる人は……居ないって信じたいなぁ……うん……。
「……違うんだけどなぁ……んくっ」
ストレスは飲み干そう。
今の僕にはそれしかできないんだ。
【かわいい】
【かわいい】
【さりげなく酒吞む幼女】
【草】
【でもなるほどな 話し方とか距離感は完全に男だけど声とか見た目は女の子、だから性自認も男で性同一性障害か 年齢のことはよく分かんないけど、本人としては男として接してほしいのね】
【性同一性障害って明言はしてないけど】
【好きなのは女の子だって公言してるぞ、男として】
【ガタタッ】
【!?】
【キマシ……?】
「それも違うんだけど……男はダメだな。僕がノーマルの男だから、たとえ女の子の肉体だとしても受け付けないわ」
【しかもドのつくロリっ子だからな】
【仮に本当に25でその見た目なら合法ロリすぎてやべー男しか寄ってこない】
【逆に見た目通りに中学生くらいでもやっぱロリすぎて年下の男子くらいしか釣り合わない】
【んで本人は男に興味なくて女の子の方が好きと】
【そら堂々と引きこもりとか言うよなぁ】
【絶対苦労したもんなぁ、見た目だけで】
「いろいろ言いたいけど、どうせ言っても信じないし……引きこもりと昼夜逆転は良くないからね。この配信見てる大学生までのみんな。僕みたいにならないようにね。1度なると基本的に戻れなくなるからね。1回でも引きこもったり本格的な昼夜逆転生活を経験しちゃうと、もう真人間として社会の歯車に噛み合わなくなるんだ。自律神経は修復が難しいんだぞ」
【草】
【草】
【草】
【このロリ、自虐がうまい】
【言い回しも切れてて草】
【※古参なら誰でも知ってますが、本当にアーカイブの時間帯は1ヶ月おきに24時間ずつズレています 1年で昼夜を12回逆転させてます ある意味規則正しい生活です】
【知ってる】
【知ってた】
【人間ってマジで25時間リズムで生きてるんだなって】
【それを毎朝眠くても強制しないとこうなると】
【そのせいでリアルタイム厳しいんだよなぁ】
【しゃあない】
【分かる、ニートしてるとそうなるよな】
【分かる】
【分かる】
【この上なく同意】
【こはねちゃんはな……俺たちニートの希望なんだ……】
【ニートの集う配信】
「分かる分かる。逆転してない時期だと、家族が家に帰ってくる夕方から寝入る深夜までが……廊下の足音とか話し声とかでつらいんだ。部屋の前とか通り過ぎるときは息を潜めるんだ。んで逆転してる時期だと深夜から朝までは物音がしなくて快適で、そのあと家族が起きてくるくらいに眠くなるから気まずくなる前に寝られて快適なんだよ。ある意味夜行性の方がニートは楽。家族が起こしてこなければ」
【分かる】
【昼夜逆転への解像度が半端ない】
【この幼女……マジで昼夜逆転引きこもりニートか!?】
【だからそう言ってるだろ草】
【せめて再生数が跳ね上がり始めた時期からのアーカイブ見てこい】
【いや、ここは上がる直前から見ると良い 男声のボイチェン使ってたときからのこはねちゃんの変わらなさと視聴者たちの手のひらスクリューとバレで過呼吸とかゲロゲロとか……ふぅ……必死で弁明してる声が楽しめるぞ】
【ああ、顔バレのときのも結局その場面の2人が分からなくして再アップしてくれたからな】
【神か】
【妹ちゃん(お姉ちゃん)がな】
【それはそう】
【こはねちゃんは?】
【要介護の幼女だぞ】
【TSっ子だよ?】
【んにゃぴ……】
【草】
【お前……】
【男って馬鹿ばっか】
「あー、うん。僕も男だから、声がかわいくなって中身が女の子疑惑出てきたら思わずで見ちゃうし、なんならコメントでも優しくなる気がするのは否定しないけども――」
◇
【配信終了】という画面、立ち絵ソフト、マイク。
「……配信オフ良し、マイクオフ良し、ウェブカメラも切って真上を向けた……良し」
それぞれが確実に終わっていると――すでに2度やらかしているから、以後毎回やってる指さし確認を済ませてからほっとひと息。
「配信終わり……と。ふぅ……」
――こんこん。
控えめなノック音。
僕が助けを求めるか僕に異常が起きる以外では、絶対に外から開けられることはないドアの向こうに、妹の優花が来ている。
「良いよ、優花。さっきはありがと」
「……ごめんなさい、兄さん。最近は少し良くなったからって、今日はメンバー以外の人も……」
「あー、だから初見の……ぐ……」
僕は慌ててテーブルの上のストゼロを煽る。
「くぴくぴくぴ……ふぅ。居たんだ」
「ごめんなさ――」
「だから良いって」
僕は手を突き出し、悪くもないのに謝る妹を制する。
「25にもなって、しかもコメントっていう文字だけなのに初対面ってだけでこうなる僕が悪いんだから。本当に、肉体年齢通りの人見知りの低学年かってさ」
今日は、なんとなくそんな気がしたんだ。
だから、普段の日本酒とかビールとかワインとかじゃなく、即効性のあるストゼロとウィスキーを手元に置いていたんだ。
僕のメンタルは――一時期よりは落ち着いてきたけども、上下が激しいから。
――今の僕には高くなりすぎた机のヘリをとんっと弾き、これまた高くなりすぎてヘッドレストが頭のはるか上になっちゃった、メッシュのイスを半回転。
そこで立って見下ろしてきている――ちょっと前までは僕より小さかったのに、今じゃ僕の方が小さくなったし、みんなからは姉としか見てもらえない――妹の優花と、向き合う。
少し前までは、何年も――家族すら部屋に入れることのなかった空間に居る、妹。
今の僕とは完全にDNAも繋がっていない――けれども、心の中ではまだ「兄妹」で居てくれている、妹。
彼女は、僕をしばらく心配そうな目で見てきて。
「……とりあえず、今の兄さんは女の子なんですから、パーカー1枚の状態であぐらかいて座らないでください」
「? 下にぱんつは穿いてるよ? ほら」
ぴらっ。
もはや見ても――変な気分になるとき以外はなんともない、相棒が消し飛んだ女の子な股を包み込んでいる、子供用のぱんつを――オーバーサイズなパーカーをめくって見せつける。
ピンクのかわいいやつだ。
僕は白でもキャラ入りでも安ければ良いんだけど、優花によると「女の子がそれではいけません」だそうで。
「………………………………」
「?」
「……兄さん」
「? 何?」
そういえば、最近の優花はちょっと変だ。
具体的に言えば、目つきが何だか変。
たとえるなら、男のときにもたまにあったみたいに脱衣所でうっかり僕の裸見られたときの優花の――たぶん心底ドン引きしてる目。
「……襲って良いですか」
うん、きっと女になった兄がだらしないけど、僕を傷つけまいとしての冗談。
優花は冗談がヘタだからなぁ。
「あはは、優花、最近よく言うようになったよなぁ、そういうの。……もしかして彼氏とかできて、その影響で――」
僕は、「家族」として愛している妹が――何年も引きこもりニートした僕を見捨てずに面倒を見てくれる、学校でも有名な美人として鼻の高い妹を口説き落とした存在の可能性を思い浮かべると、また気分が悪くなってくる。
「うっぷ……気持ち悪くなってきた……」
「……何を想像してるのか知りませんけど、違いますよ。『外』で『彼氏』『は』作るつもりありませんから」
あ、優花の目が戻ってる。
なら安心だ。
「こくこく……ふぅ。なんだ、じゃあいいや」
そうだな、優花はマジメな子だ。
それも、学校の先生とかが言ったことを無条件に信じるタイプじゃなく、自分で考えてある程度柔軟に考えられるタイプの優等生。
きっと大学に入っても新歓サークルとかで簡単には――
「ふぐっ……こくこくくぴくぴ……!」
「……呑みすぎはよくありませんよ」
あ……やけストゼロ決めてたら取り上げられた。
「まだ半分以上――」
「アルコールに関してはもったいないは厳禁です」
「この体、幼いくせに前の体並みにアルコール耐性が――」
んっ、と、ストゼロを求めて両手を思いっ切り差し出した僕へ、なぜか一瞬顔を赤くした彼女は――深く息を吸うと、
「体が戻らなかった場合、その肉体で今後を生きるわけですけど幼少期からのアルコールで機能が落ちた脳と体で生きたいですか? またアルコール中毒治療用の映像見せましょうか? 30代くらいから肝機能とにらめっこしたいですか? 私たち家族と血液型すら代わってるので、私の肝臓とかあげられませんけど? 私はあくまで、突然にその肉体になった兄さんがある日突然に戻るという可能性を信じて、お医者様とも相談の上で一定量までは許可しているのですが、仮に戻らなかった場合の未来も考えたこと――」
やめて、具体的すぎることを早口で押しつけてくるのやめて。
あれ、超グロいから……僕みたいに心当たりあると、本当に。
「……ほどほどにします」
「よろしい」
むふん、と自慢気に――僕の周りのお酒をさささっと両腕に抱えて部屋から出て行く妹。
「……けど、変わっちゃったよなぁ。や、体がTS――性転換したのも、物理的に変わったんだけど」
僕は、くるりとイスを戻し――モニターの後ろに隠しておいた酒瓶をよいしょと持ち上げ、とくとくとコップに注いでぐいっと煽る。
ストゼロとかウィスキーとかウォッカとかは取り上げられるけど、それ以外のは飲みすぎる前に小さい膀胱で飲みすぎることができないからって許されてるんだ。
配信終了画面。
――そこの最高同接数も、そこから飛んだプロフィール画面の登録者数も。
ちょっと前、男だったころ――滑舌と声帯のために配信をしていたときとまったく同じことしかしていないのに、そのころとはケタが違う。
――数年続けていた義理での登録者が200人、ちょっと変わった視聴者たちが平均で数人。
それが、かつての――落ち着く数字。
ただの男が、格段の努力もしないで時間も決めず、好きなときに好きなだけ好きなゲームを配信していたのと、今も変わらないのに。
「やっぱ、世の中見た目と声だよなぁ……あと、若い女の子っていうチートな身分……まぁしょうがないんだけどさぁ」
僕は、もういちどくるりとイスを回し、部屋の隅からドアの前まで出世してきた全身鏡を見る。
――そこには前の僕とは似ても似つかない、染めてもいないのに体毛と同じく薄い紫の髪が背中まで伸びていて、顔つきは幼く、みんなに言わせると「妹属性」な、くりくりとしたピンクの目をしていて。
あの日TSして漏らした愛着のある、前の僕の体格用だからオーバーサイズなパーカーをふとももまでだるだるとかぶり、細すぎるふとももと足先を折りたたんで――片手でコップを持っている、世間一般的には「幼女」だという姿を見る。
「……一応、中1女子って言い張れるサイズなんだけどなぁ……いや、それでもやっぱ小さいよな。成人男性の平均から縮んだんだから……あと、パーツがことごとくに幼すぎるし……顔とか胸とか……」
ぐい、とコップを傾け、幼くなったのになぜかお酒を飲んでも抵抗のない小さい口からアルコールを流し込みながら、僕は回想する。
――あの日、いや、あの日の前。
まだ僕が、こんなことになるだなんて想像もしていなかった――退屈だけど安心できた、ごく普通の男としての毎日を。
「新規こわい……けど、できたら最下部↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】とか応援コメント、まだの人はブックマーク登録してぇ……」