12話 女の子の体は勝手が違いすぎる
時刻は、夜7時。
「……ごくっ。やっぱり引きこもりには充分な兵糧が必要だよなぁ」
ちゅーっと吸い出したゼリー飲料をゴミ袋へ。
小腹が空いたときのための備えは万全だ。
ん、ストックが心もとなくなってきた……あとで通販で頼んどかないと。
「さて……」
僕は現実に向き直る。
おもむろに立ち上がり、パーカーの裾を持ち上げ――
「………………………………」
ない。
すっきりしすぎている。
つるつる。
すーすーする。
「……ふぅー……」
僕は天上を仰いで目を閉じる。
顔が熱くなる感覚とこめかみがすっと冷える感覚っていう不思議な感覚でしてきた、めまいを押しとどめる。
――ああ、逃げたいよ。
こんな現実を認識したくはない。
けども――これが白昼夢でない限り、事態は切迫している。
僕はなけなしの勇気を振り絞り、現実を直視した。
「……差し当たっては、お急ぎ便で下着が必要だな。特にぱんつが。……いや、着古して縮んだのなら穿けることは穿けそうだけど……うん。なんか、生理的にやだし……」
よくよく見てみるとシミがついてたりする――2年くらい履き古してるボクサーパンツ。
今の僕は、それを触るどころか目にするのも汚らわしいと感じてしまう。
パーカーをもういちど、ふともものつけ根が見えるぎりぎりまで持ち上げると、非常にいかがわしい一人称視点になる。
男だったら前に着いてぶらぶらしていた邪魔なものがあったけども、今の僕は女の子。
だから、
「うん、見えない」
さらに持ち上げ、下腹部が見えるようになり――下腹が少し膨らんでいて真っ白い肌が、まるで良くできたフィギュアみたいに男とは骨格の違う腰周りを見せつけてくるも、つるつるだけどもその下は見えない。
いや、よく見ようとすれば見えるかもしれないけども、ほら……僕の部屋、基本薄暗いし。
間接照明的な薄暗さだし?
ここは見えるはずのものが消失し、出現したはずのものが見えないってことで。
「……うん、知ってた」
ただの確認作業。
覚悟を決めて再確認し――気持ちを切り替えるための、儀式。
そうだ、僕は本当に「こはね」になっているんだって……さ。
「しかし、とにかくすっきりしてるな……」
こんなにまじまじと立った状態で下を見ることは――引きこもりだし、トイレの掃除も僕自身だからつまりは座ってするから本当にないんだ――ないけども、明らかに僕の記憶にない形状になっている下半身を認識する。
「……ネットに書いてあることは本当だったか。いや、だからなんだというわけだけど」
曰く、男の象徴は前に……そして「上」に着いているものの、女の子の構造はそれがかなり引っ込んでいて「下」で、おしりに近いらしい。
男と女とではホースの有る無し以外で、物理的な位置が違う――現実逃避しながら調べた情報は確かだった。
さっき僕が無意識で触っちゃった場所も、そういえば最初は前の方を触って「あれ? ない?」って無性疑惑を覚えてから、おしりの方にスライドした場所にあったわけで。
「……そういうところの構造は、人によって個体差が。けど、やっぱ男とは違うんだな」
ということで、ひとまずはいてない状態でも見ちゃいけないところが視界にはちらちら入ってくることはないらしい。
まぁおへそは見えるし、その上の胸も見えちゃうからとりあえずでパーカーのままだけど。
「持ってる服はどれも使えない……っていうかそれ以前に臭い……ポチるしかないか」
ごそごそと取り出したるは、メジャー。
巻き尺。
引きこもっていたとしても定期的に買ってみたりする家具やPCパーツなどを測るためのそれが、まさか僕自身の体を測るために使うことになるなんてな。
「えーっと……ふんふん。だいたい小5女子の平均。……小5かぁ……」
140cm――まさかの30cm以上縮んだという事実に打ちひしがれる。
まぁそれでも、もっと小さいよりはマシ。
ほら、本物の子供――小学校低学年とか、それ以下とかさ。
そう僕自身に言い聞かせて、なんとか立ち直ろうとする。
「いや、でも個人差もあるし……女性は特に低い背の女子とか居たし……いやでも、それでもせいぜいが中1か……中1なのかぁ……」
25歳成人男性が、一夜にして――高く見積もっても中1女子。
低ければ、小学校中ごろで――
「………………………………」
僕は、意を決して部屋の隅に飾られている毛布を――ばさりと剥ぎ取る。
姿見――全身鏡。
『週に1回でいいから自分の姿を見てください。そうしないと外見に無頓着になるそうです。無精髭も私の個人的にな好みではアリですが――こほん。とにかく』
妹よ、それは正しかった。
あと、妹の異性に対する趣味とかは知りたくなかったです。
妹が連れてくる彼氏さんのヒゲとかまじまじ見たくないもん。
こうして夏場は毛布、冬場は布団をかぶせて月に1回見れば良い方――洗面所でヒゲを剃る以外何もしなかった末路が、まさかのTSだよ。
最近はろくに鏡も見ずにささっと洗顔も済ませていたし、お風呂だって電子書籍読んだりしてまったくと良いほどに顔も体も見ていなかったし。
その報いが、これだ。
「ぐす……」
いや、落ち着こう、ちょっとばかりナイーブになっている。
こんなことで泣いてたら……疲れちゃうから。
で、その鏡には――光の加減でどうとでも見えそうだけど薄い色素の紫だと思う髪の毛が背中まで伸びている女の子が、肩を落として成人男性のようなため息をついていた。
「かわいい……のは当然か。なにしろ、ひより先生に描いてもらったんだもんなぁ」
僕はもう、諦めた。
この姿はかわいすぎる――だからもう、ひより先生の作りたもうた芸術品だと思い込むことにしたんだ。
そうだ、将来的に大成したひより先生がふと懐かしがり、かつて新人時代に言葉を尽くしたDMに心打たれ解説したコミッションサイトで――たかだか1万2万のために心血注いだイラストを、3D化した。
パーツ分けとか動きをつけるのは僕自身がなんとかやったにしても、イラスト自体は芸術品だから。
そのフィギュアともいえる姿だと認識すれば「大切にせねば」とは思うけども、性的欲求を抱いてはいけない神秘として崇められるはずだ。
男には、性的興奮ができる女の子とできない女の子とが存在する。
そのできない女の子とは――本当に好きな相手だ。
本当に好きだと――リアルの女子でもキャラクターでも、たとえ薄い本をお布施のために購入しても、ちょっとは興奮するだろうけども本気では興奮できない。
すごくすごく目の保養にはなるし、やっぱりちょっとは興奮できるけども「その先」へは行けない。
男とはスケベなクセしてピュアな存在なんだ。
例えるならば、年頃の娘――妻と自分の愛の結晶、結婚相手の瓜二つ、かつその幼い姿――が、うっかり裸でお風呂から上がってきたとしても、大半の父親は目のやりどころに困りはしても「はしたないから服を着なさい」と罪悪感を抱きながら言うだけ――それだろう。
たとえ妻の若いときの美貌を目にしたとしても、興奮には結びつかない。
生物学的にも、精神的にも、父親としても。
だってそれは「大切な相手」なんだから。
「……まぁ娘を持つ可能性が、完全にゼロになったわけだけども。……はぁ……」
僕の大切だったかもしれない相棒は、一夜にして爆発四散しちゃったんだ。
せめてはじけ飛んじゃったカタキレでも落ちてないかなって探し回ったけども、悲しいかな、僕についていた一生の友達はもう友達じゃなくなっていたんだ。
もっとも、部屋の隅っこで冷たくなっているブツを発見したとして――そのぶにぶにとした物体の処分に困ることは請け合いだけど。
なにしろ汚い、生理的に汚くて生理的に無理、あと人体の一部をゴミで出すのは倫理的にも主観的にもやばすぎるし、かといって保存とか無理だし。
相棒、友達だったもの……綺麗に消えてくれてありがとう。
でもできたらずっとそばに居てほしかったかな。
鏡の向こうの僕は、実にかわいげに落ち込んでいる。
高くて中学1年、低くて小学4年――そんな女の子がだぶだぶなパーカー1枚で、しかも絶世の美少女がはいてない状態で、目の前に居る。
でも、25から見ると10~13、4歳なんてのは、娘とは行かないまでも年の離れた親戚の子レベルで。
「女体」ということで悲しいことにも脳は興奮しちゃうけども、それまでだ。
二次元のロリキャラに興奮はしても、リアルのそれには興奮できない……そういうものだ。
ほとんどの男はロリキャラが好きだったとしても、リアルのそれとは別の種族だって頭と下半身が無意識に認定しているんだ。
意識しても見ても興奮こそするものの、そこまで。
それ以上には進めない。
そのおかげで、僕はまだ男で居られていると確信できる。
「でも……トイレとかお風呂は……入らないわけにはいかないよなぁ……」
僕は非常に落ち込みながら、すっかり高くなったパソコン前のイスに座り――あまりに大きくなったマウスとキーボードをかちかちと操作しながら、とりあえずどうでもいい動画でも自動再生させながら現実逃避することにした。
「新規こわい……けど、できたら最下部↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】とか応援コメント、まだの人はブックマーク登録してぇ……」




