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春休み、ボク、ダンジョンに行きたい! ~いじめられっ子巫女がんばる!(だって戦闘巫女♀←♂)~  作者: 夏風


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28 将門 平家 北条 あまた語られる日原の落人伝説 水琴窟に響く涙

「ううううう」

「しくしく」


 ピチャン カーン

 

 すすり泣くような声が、静かに響いてきた。落下する水音が聞こえた。

 剣奈の脳裏に藤倉の声がよみがえった。


 ――――


(日原ダンジョンには落人伝説にまつわる伝承が多いんだよ。

 将門の乱(九三五年から九四〇年/承平五年から天慶三年)に敗れた落人と家族が日原に棲みついたり、日原を経由して下総に落ちのびたり。

 将門ゆかりの人々が日原ダンジョンに財宝や刀を隠したという伝承もあるんだ)


(源平争乱から落ち延びた平家の落人たちの落人伝説もあるよ。治承・寿永の乱(一一八〇年から一一八五年/治承四年から元暦二年)の戦いでちりじりになった平家武者とその家族たち。

 彼らは全国に逃れたんだよ。日原に落ちのびた人もいると語り継がれているよ)


(秀吉の北条攻め(一五九〇年/天正十八年)の落人も日原と関わりがあるんだよ。

 秀吉に敗れた北条の家臣に原島丹次郎友一という人がいた。彼と一統が日原ダンジョンに逃れたんだ。そして彼らが日原村をつくった。

 その事が江戸後期の地誌『新編武蔵風土記稿』(一八〇四から一八二九年/文化元年から文政十二年 編)に記載されてるんだ)


(日原ダンジョンは落人たちの絶好の隠れ家になったんだよ。あやふやな話は多い。でも、そう信じた人は多いんだ。

 邪斬さんが言ってたよね。人の想いが伝承となる。伝承はさらに多くの想いを惹きつける。集まった思念が繭となる。

 そして邪気は思念の繭に取り付いて怪異を生む。だから……、落人の怪異が出る可能性は……、低くないと思う……)


 ――――


 日本の秘境。山奥深い隠れ里。魔境……、日原ダンジョン。

 そして今まさに……。落人たち……。武者……、家族……、男……、女……、そして子供……。戦に追われ逃れた人々。


 日原ダンジョン奥深く逃れた人々が……

 

 彼らの思念が怪異となって今……、剣奈に迫っていた……


『邪気め。確実に剣奈の弱点を突いてきおるわ』来国光が忌々しげに言った。

「ボ、ボクの弱点って?」

『お主、人を斬りたくないんじゃろ?』

 

「うん。ボク、人……、斬りたくない」

『鎧武者はともかく、お主に女性や子供は斬れまい?』

「き、斬れない……」

 

『じゃがの。前も言うたが、あれは人ではないぞ?人の残留思念や、多くの人の想い……。それを怪異の繭にしておるだけじゃ。そこに魂はないぞ?』

「うん。そうなんだけどさ。頭ではわかってるんだけどさ……」


 剣奈が苦し気に顔をゆがめた。


『玉藻よ。頼めるか?』

「まかされましてよ?剣奈ちゃんは目を閉じていて?」

 

「いい!ボク……、ちゃんと見る。あの人たちを斬る覚悟は……、ボクにはまだない。けど、見なきゃいけないんだ。目をそらしちゃダメなんだ」

 

『いや。だから剣奈よ。あれは人ではないのじゃ。魂が輪廻に戻る際、剥がれ落ちた想いの残渣にすぎぬ。あるいは伝説を信じた人の想いの集まりにすぎぬのじゃ。じゃから魂は一片たりともやどってはおらぬ』

「鬼山の鎧武者さんたちと同じだよね……。あれは……、人じゃない……」

 

 剣奈は瞳を伏せた。つらそうな表情だった。彼女はぎゅっと眉根を寄せた。

 

 そして……、瞳を開いた。


 その目は……、覚悟を宿した目だった……


「きゅうちゃ。ごめん。ボク、やるよ?やらなきゃいけないんだ。あの人たちの想いは邪気に取りつかれ、苦しんでる。そこに魂がなくても……。だからボクは……、あの人たちの思念を守る!邪気を……、祓うよ!」


「ん♡」タッ


 剣奈は駆けだした。声のする方に向けて。そして唱えた。


吐普加美依身多女(とおかみえみため)

吐普加美依身多女(とおかみえみため)

吐普加美依身多女(とおかみえみため)


 ヒュウ


 剣奈の身体を風が取り巻いた。そして……、剣奈の身体は白黄の輝きに包まれた。

 来国光の刀身も……、白黄に輝いた。


「ん♡はぁぁぁぁぁぁ!」


 剣奈は駆けた。足元の岩は冷たく、ぬめった。ぬかるみが足底にまとわりついた。吐息が白く凍りついた。

 

 天井からは絶え間なく冷たい水滴が剣奈に降り注いだ。その水音は……、剣奈の心の奥深くで反響した。


 水琴窟。剣奈が第一次ダンジョン探索でイジメを思い出し、悲痛な思いに心を痛めた場所である。

 

 その痛みの記憶が……、落人の、彼、彼女らの悲痛なる心の痛みに……、同期した。 

 剣奈の瞳から涙がこぼれた。飲み込むような闇。それが剣奈の心を圧迫した。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!」


 剣奈は落人怪異たちの中に突っ込んだ。来国光を顔の前に掲げた。そして瞳を閉じた。

 切っ先は天に向けた。右手でしっかりと柄を握った。左手も柄に添えられた。


 剣奈は瞳を開いた。右腕が左腰に添えられた。そして…(かいな)が返された。


 ヒュン


 樋鳴りの音が鋭く響いた。剣奈は舞っていた。回転していた。旋舞である。

 邪気払いの乙女舞がごとく大地に足を根差した。そこを軸として身体は円を描くように回転した。

 

 来国光の刃閃は剣奈を中心として波動の様に広がった。剣奈から円の波動が広がった。


 ブワッ


 その場にいた落人の家族たちは十数名。武者だけでなく女も子供もいた。

 

 彼らは聖なる円の波動に包まれた。黒き陽炎を纏う落人たちの怪異。彼らは白黄の光に包まれた。そして、一瞬にして黒塵と化した。

 

 祓われたのである。


 シュン


 剣奈はしっかりと目を見開いた。己が光が彼らを包むのを見届けた。

 

 武者を……、女を……、子供を……


 彼らの姿が黒塵として空中に霧散するのを見届けた。目を見開いて……


 ピチャン カーン

 ピチャン カーン


 静寂が戻った。水琴窟独特の水音がした。白黄の光が消えた。洞内は再びひんやりとした冷気に包まれた。


 ただ、水滴の残響する高い音が響いていた。

 

 悠久の時、永遠とも思える長い間、延々と続けられた水滴の落下。その音響。石灰岩を含んだ命の水。ダンジョンを育んだ生命の水……、それが……


 ぽたり……かーん……

 ぽたり……かーん……


 ダンジョンを育む鼓動のような……、子守歌のような……、そんな音を奏でていた。


 剣奈は強く瞳を閉じた。そして祈った。

 

 戦乱に巻き込まれ、追われ、ようやく心安らかになれる土地にたどり着いた落人たち。

 

 安住の地であっても、快適な地ではなかったろう。幾晩も、幾晩も、岩陰の闇に身を寄せ抱き合ったろう。

 ぽたぽたと、天井から滴る水。それで喉を潤し、冷気のなかに震えて眠った子供もいたろう。

 

 生き延び、里人になった者もいたろう。そして……、この暗きダンジョンで……、絶望に飲み込まれて儚く命を散らしたものもいたろう。

 

 彼らの想い。必死に生き延びようとした想い。それを繭として怪異にした邪気が許せなかった。

 悲痛で切実たる彼らの想いを……、邪気は黒く塗りつぶしたのである。

 

 ようやく深き眠りで得た悠久の安らぎ。邪気はそんな彼らを叩き起こし、怪異として顕現させたのだ。


 剣奈は瞳を閉じて強く祈った。


 どうか彼らが安らかに輪廻の輪に戻れますようにと。そして新たな生でどうか幸せを掴めますようにと。


 たとえそこに彼らの魂がなかったとしても……

 

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