3 現実世界でダンジョン? 本気の剣奈と戸惑う藤倉
「タダちゃ、ボク、ダンジョンに行きたい」
ライムのビデオ通話でいきなり尋ねられた藤倉である。剣人ワールド、剣人語には慣れていたつもりだった。しかし今の日本で「ダンジョン」?ちょっと戸惑った藤倉である。
けれど藤倉は頭ごなしに常識を押し付けたりしない。剣奈の周りの大人たちは剣奈の純真性を壊さない様に、剣奈を大切に育んでいたのである。
「なるほど。そういえば最近『ダンジョンで待ち合わせ』にはまっているって言ったね」藤倉が尋ねた。
「うん!とっても面白いんだ!」
「うん。面白いよね。あれ」
「ボクね。最初はダンジョンってただの怖いところだと思ってたんだ。でもね。お話を読み進めていくと考えが変わってきたんだ。主人公の子が最初に地下の階段をおりていくシーン。あのワクワクするような、怖いような感じ。わかる」
「最初はあの子とっても弱かったよね」
「うん。初めは弱いモンスターをやっつけてドヤ顔するんだ。なんだかボク、冒険を始めた頃のこと思い出しちゃったよ」
「そう?剣奈ちゃん、初めから強かったイメージなんだけど」
「そっか。タダちゃには見られてないかも。ボクね。一番初めの闘いで黒犬にビビって逃げ出したんだ」
「そういえばそんなこと言ってたね。とても信じられないけど」
「えへへ。ボクそういうの知ってるよ?」
「え?」
「かいかぶりっていうんでしょ。お母さん言ってた」
「ははは。それは一本取られたね。さすが千剣破さん」
「あの子、ミノタウルスに出会って、それで助けられて……でも頑張って強くなってミノタウルスやっつけるでしょ?」
「そうだったね」
「ボクね。岡山で鬼とものすごい闘いを繰り広げたんだよ」
「二本の連続する矢を放って長刃で真っ二つにしたんだよね?」
「そう!鬼はボクの何倍も大きくて、強くて。おっきな棍棒もってて。なんかミノタウルスとダブったんだ」
「いわれてみたらそうだね」
「そのあとも、あの子、周りから孤立して……大切な人からも忘れ去られて……」
「そういえばそんなストーリーもあったね」
「うん。でも。ダンジョンにもぐることで仲間を取り戻し、信頼を取り戻し、さらに仲間との絆も強くなったでしょ?」
「そうだね」
「だからボクも、ボクもダンジョンにもぐらないと。そう思ったんだ」
「なるほどね。わかるよ」
いや藤倉、実はさっぱりわかっていなかった。藤倉とて『ダンジョンで待ち合わせ』は熟読したのである。なので剣奈の言ってるストーリー自体はわかる。しかし剣奈の思考のぶっ飛び方にはちょっと戸惑っていたのである。
学者である藤倉は主張と根拠を大切にする。藤倉には剣奈の言わんとすること、主張は理解できた。しかしその根拠が「ダンジョンでの冒険」である……。
(剣奈ちゃんの空想は荒唐無稽。けれど剣奈ちゃんの心を守るためにここは否定すべきではないか……)
藤倉とて今の剣奈の状況は知っていた。卑劣ないじめにあっていること。そして剣奈の心の支えであり、また藤倉の恋人である玲奈がいつまでたっても目覚めないこと。
藤倉は今の剣奈の心が追い詰められていることをよく理解していた。千剣破の愚痴を聞くことで十二分に理解していたのである。
「なるほどね。ダンジョンか。それはいいね」藤倉が続けた。
「でもね。ボク。ダンジョンがどこにあるのかわからないんだ」
藤倉は自分の力が抜けるのを感じた。
(それはそうだろう。俺だってわからないさ……)
「なるほど。なら、ダンジョンがどこにあるのかを探すことから始めないとね」
藤倉は慎重に、剣奈の発言を否定しないように気を付けて会話を進めた。
「ボクね、思うんだ。ダンジョン。それは地脈に空いた穴なんだ」
「なるほど?」
「淡路島で洞窟に入ったでしょ?あれ、ダンジョンだったんじゃないかって」
「暗くて。大地に穴が開いていて。そして怪異や幽霊、つまりモンスターがいる。確かにね。そう考えればダンジョンといえるかもしれないね」
藤倉の中でだんだんとピースがはまり始めた。
「それでね。タダちゃなら吉祥寺から行けるダンジョン知らないかなって」
「なるほどね。そういうことなら山木先生も参加してもらった方がいいかな。山木先生いるかな?」
剣人ワールドのダンジョン。それは鍾乳洞と置き換えればよいのだ。藤倉は剣奈の考えを否定せずに話を合わせる指針を得た。
今回は吉祥寺から行ける鍾乳洞を提案すれば良い。鍾乳洞、つまり地質である。餅は餅屋。地質は地質屋。地球科学の専門家、山木教授に聞けばよい。藤倉はそう結論付けたのである。
「ちょっとだけ待ってもらっていいかな。山木先生につなげてみるよ」
藤倉は一度画面から目を離した。そしてマウスを使ってライムのグループ通話機能を操作した。
(昔ならこう簡単にはいかなかったろう……)
藤倉は思った。一昔前なら研究者同士の打ち合わせはアポをとって相手の研究室に足を運ぶのが通例だった。しかし新型コロナ禍を経て研究者同士の連携のやり方は大きく変わった。
今の専門家同士の連携は一瞬である。ビデオ会議を開催するソフトは山のようにある。今回は剣奈が使いやすいライムのビデオ通話に山木先生を参加させればいいだけである。
(山木先生は今、年度末の予算整理のために研究室にいらっしゃると思うのだが……)
そう考えつつ、藤倉は山木教授のアカウント名「GeoYamak」を検索して呼び出しボタンをクリックした。
トゥルルル… トゥルルル…
呼び出し音が軽快に鳴り始めた。剣奈は画面越しにワクワクした表情で藤倉の操作を見守っていた。
「タダちゃ。すごいね。戦闘では全然だけど……タダちゃはボクの勇者チームの頼れる賢者だよ!」
グサッ
子供特有の正直さが藤倉の心に刺さった。「戦闘では全然だけど……」いやそうなのだが。確かにそうなのだが……もっと他に言い方が……。いや、剣奈ちゃんはまだ子供だ。正直さ、純真さ。それを曲げるべきではないか。
ピッ
藤倉が少しばかりやさぐれている間に山木が呼び出し音に反応したようである。
「おう。こんにちは。藤倉君どうした?おや?剣奈ちゃんも一緒かい?こんにちは。剣奈ちゃん」山木が朗らかに応答した。
「こんにちは。山木先生。お忙しいところありがとうございます」剣奈が言った。
――え?剣奈!なぜ君がそんな大人びた言い回しを使える!?千剣破か?千剣破の教育なのか!?千剣破恐るべし。
「いやいや。予算の整理で嫌気がさしていたところだよ。それでどうしたんだい?」山木が言った。
「先生!ボク、ダンジョンに行きたいの。山木先生なら知ってるはずだってタダちゃが……」
「ん、んんんん。な、なるほどね。ダンジョンね。それはいいね。藤倉君、どういう話の流れかな?」
――山木もさすがである。荒唐無稽なことを言い出した剣奈を頭ごなしに否定しなかった!状況把握から始めた!剣奈よ。君はいじめられていることばかりに頭がいっているけれど……こんなに理解のある大人たちに囲まれているのだよ。その幸運を噛みしめないとね。いや、いじめはつらいか……ごめん……変なこと言った。
「山木先生。実は……」
藤倉は先ほどの話の流れを山木に説明していくのだった。
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*「剣奈の雑魚敵への敗北」:『剣に見込まれヒーローに(♀)二章:吉備国へ』「36敗北」前後。
*「剣奈と鬼との闘い」:『『剣に見込まれヒーローに(♀)四章:桃太郎の山』「75凶悪なる黒巨鬼あらわる」前後。
*「淡路島の洞窟」:正しくは淡路島の鍾乳洞(野島鍾乳洞)。具体的には『赤い女の幽霊』「2剣奈、夜の鍾乳洞で怯える」他




