17 水脈の聖地にて 勘違いの監視オネエサン&番犬クン 重大な決断をする
巫っ子『われら第二次ダンジョン探索隊!第一フェーズミッション・オールスリーステップクリアなり!おのおのがたの獅子奮迅の働き痛み入る!』
『『『おう!』』』
巫っ子『ではこれより第二フェーズ第一ステップに移行する!いざ!参るっ!』
『『『おう!』』』
巫っ子『おおう!各々がた見よ!あれこそ我らが目的たる「梵天岩」、そして「燕岩」ではないか!』
社殿の裏手からあたりを見回した剣奈が喜びの声をトリニティネットにあげた。断崖絶壁の梵天岩がくっきりと見えたのである。剣奈はしばし梵天岩と燕岩に見とれていた。
――さて、監視オネエサンと番犬クン
「あの娘、また遠い目をしてぼんやりして……」中川が痛ましく剣奈を見つめた。
「そうですね。もはや猶予はならぬということですね」風見がつぶやいた。
「民事への政府の介入は気が引けるけど……」中川が眉根をひそめた。
「「シラユキ」が重篤な心的外傷後ストレス障害(PTSD)に陥り、さらに頻発するフラッシュバックを伴っている。精神崩壊に至る可能性あり、と次の定期連絡で報告します」風見が真剣な表情で言った。
「そうして…」中川がつぶやいた。
思い込みはかくも恐ろしい。監視オネエサンと番犬クンはトリニティネットで機嫌よく会話する剣奈を、PTSDに打ちひしがれ、精神崩壊寸前の状態であると断じたのである。
――大丈夫か?この二人……
――――
さて、期せずして「梵天岩」と「燕岩」観察ミッションをクリアできた剣奈である。剣奈は両岩に向かって深くお辞儀をして手を合わせた。
ヒュウ
風が優しく剣奈を包み込んでその柔らかな髪をなでていった。
一石山神社での参拝、そして梵天岩と燕岩の拝観を終えた剣奈たちである。剣奈一行は石段を下り、鳥居をくぐった。剣奈は鳥居をくぐったところで神社に向けて一礼した。
剣奈は大きく息を吸い込んだ。午後一時すぎである。一日で一番気温が上がる時間帯である。しかし三月下旬の奥多摩渓谷の空気はひんやりとしていた。気持ちよかった。吉祥寺とはまるで別世界だった。
フワッ
石畳の足元から湿り気を帯びた風が舞い上がった。風が木々の間を駆け抜けた。
剣奈たちは日原ダンジョンへの道に戻った。恐ろしいことにスケジュールは「剣奈の至高プラン」(実は100%千剣破プラン)ぴったりだった。さすが千剣破。
剣奈と玉藻は第二目的地「オガム所」に向けて道を歩き始めた。右下には日原川が涼やかに流れていた。雪解けを含む水の色は青く美しかった。岩肌が日差しにキラキラ輝いていた。
剣奈が息を吐いた。その吐息は白かった。石段を上り下りして身体が温まっていた剣奈である。額から汗がじんわり噴き出した。千剣破が厚めの重ね着を用意してくれたおかげで寒さは防げた。しかし歩き続けると暑く感じた。剣奈は上着を脱いでリュックに入れた。
サワサワサワ
ひんやりとした春風が剣奈の身体をやさしく冷やした。火照った身体に気持ちよかった。
白蛇『春とは言え寒いのぉ。剣奈の匂いのこもった上着が暖かいわ。藤倉殿なら泣いて喜ぶじゃろうに』
――また藤倉が引き合いに出されていた。いや、事実か……
剣奈は渓流に沿って歩を進めた。木々の隙間から空にそびえる奥多摩の山並みが見えた。
ブイィィーン
遠くで唸り声のような音が微かに響いた。
巫っ子『む?ダンジョンの魔物の泣き声?』
金狐『あれは機械のこすれる音ね。声に妖気は感じられないわ』
白蛇『間伐の自動のこぎり(チェンソーのこと)であろう。淡路でもよく聞いたわ』
ブロロロロロ
交通量は少ない。しかし時折乗用車や軽トラがやってきた。玉藻はそっと剣奈をかばって道側に出た。剣奈は自ら道の端に移動した。
「ちゃんとできてるわ」
「えへへへへ」
剣奈、褒められてどや顔である。さすがチョロ剣奈。
五分ほどが経過した。T字分岐路があらわれた。剣奈たちは分岐を右手側、日原川沿いに進む道を進んだ。後方の日原ダンジョン側には目立つ案内板が見えた。しかし、オガム所方面への案内板は見当たらなかった。渓流釣り場が見えた。
剣奈たちは道を進んだ。日原ダンジョンへの整備された道とは異なり、石畳とコンクリ舗装がまじりあった簡素な道になってきた。道を進むにつれ、地面が凸凹の土混じりに変わっていった。ところどころ道が崩れた跡が見えた。
剣奈と玉藻は注意して道を進んだ。足場が悪かった。崩壊した道に注意しつつ進まなければ滑り落ちる危険性があった。
巫っ子『うふふ。冒険してるって感じ』
古刀『じゃのう。剣奈の暮らす場所と異なり、どこか懐かしい気がするのぉ』
白蛇『そうじゃのう。淡路の雰囲気に似ておるわ』
進んでいくとほどなく苔むした岩が見えた。
ビュウゥ
風が強まった。
「寒っ」
剣奈が身震いしてつぶやいた。玉藻はしゃがんでそっと剣奈の身体を抱き寄せた。
「えへへへへへ。きゅうちゃ、お母さんみたい」
「うふふ。そうかもしれないわね」玉藻が答えた。
「妾は寒うて外に出る気がせぬわ。秘密基地は心地よいのぉ」白蛇がリュックの中から言った。声がくぐもって聞こえた。
冷たい水飛沫が舞った。光が散乱して美しかった。
「あはは。冷たーい。キラキラしてる」剣奈がはしゃいだ。
「うふふ。ひんやりしてるわね。上着着る?」玉藻が尋ねた。
「うん!」剣奈が元気よく答えた。そしてリュックから上着を取り出そうとした。
「わ、妾の毛布が……」白蛇が悲しそうにつぶやいた。
「あ。ごめんなさい。やっぱりやめる」
「空気を読む」剣奈がイジメられ、泣きながら得た教訓であった。その強迫観念にとらわれた剣奈がビクッとなった。そして上着を取る手を止めた。
「ひっ!あ、暑うなったわ。やっぱりいらぬ」
白蛇が慌てて言った。玉藻から白蛇に鮮烈な殺気が放たれていた。
「そう?ほんとにいいの?」剣奈が尋ねた。
「うむ。秘密基地は暖かいからのぉ」白蛇が言った。
剣奈は上着を着て前を向いた。苔の匂いがした。水の飛沫が冷ややかだった。ひんやりとした冷気が二人を包んだ。
オガム所は小さな橋を渡ってすぐのところにあった。日原川の川べりである。川が勢いよく流れていた。石の隙間や地中から湧き水が清冽に湧き出ていた。まさに「水脈の聖地」であった。
巫っ子『なんだか空気が変わったね』
古刀『うむ。神聖な気を感じる。霊脈気が濃いのぉ』
白蛇『そうじゃの。心地よいわ』
オガム所に近づくと明らかにまわりの空気が違ってきた。剣奈は冒険をしている実感に浸った。胸が高鳴った。
オガム所(御神水を汲む場所)に到着した剣奈は、興奮して頬を赤らめた。玉藻は優美に微笑みながら剣奈を見つめていた。
川の向こうに巨岩が見えた。かつて北西の天祖山(立岩権現)、北東の籠岩、南西の稲村岩を拝んだとされる場所である。
剣奈は巨岩から何かを感じとった。剣奈は巨岩に深く一礼した。
ヒュウ
風が吹いた。風は剣奈を優しく包んだ。剣奈が神秘的な空気を纏った。清らかだった。美しかった。神々しかった。
――監視オネエサン&番犬クン
「この光景……、あの娘……、ほんとに神様に愛されてるのね。うふふ。私が神様だなんてね……」中川が自嘲気味につぶやいた。
「神々しくもなんともほのかな色気がある。俺でさえ魅せられそうだ」風見がつぶやいた。
小学校三年生女子に言う言葉ではない。中川はじろりと風見を睨んだ。
「ん、んん。い、今、午後一時半過ぎか。「チハ」の「至高プラン」通りというわけか。「チハ」は本当に有能だ。我々のチームに欲しいくらいだ」風見が咳払いをしてごまかした。
――――
こうして剣奈たちは至高プラン通りに「オガム所」に到着した。剣奈はマップに
「神秘的な場所。水脈の聖地。異世界に向かうには最適かも?」
と書き込んでいた。




