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第1話:推しが隣に住んでいた

悠斗は都内のマンションに引っ越してきて、まだ荷ほどきも終わっていない段ボールだらけの部屋で、今日も元気に生きていた。23歳、フリーター、趣味はアイドル応援。いや、趣味っていうか、もはや人生そのものだ。特に推しは星野聖奈。アイドルグループ「スターダスト・プリンセス」のセンターで、笑顔が太陽みたいに眩しくて、歌声が天使の囁きみたいで、ダンスがまるで宇宙を切り裂く流星みたいで…って、悠斗の脳内聖奈ちゃん賛美は止まらない。引っ越したばかりのこの部屋で、今日も聖奈ちゃんのライブ映像をテレビに映して、彼女のキレッキレのダンスをマネしながら踊っていた。

「せーなっ! せーなっ! 最高ーっ!」

悠斗は汗だくになりながら、聖奈ちゃんの決めポーズをキメて、鏡の前で自分にウインク。うん、我ながらキモい。でもこれが俺の幸せだ。引っ越しの疲れも吹っ飛ぶぜ!

ただ、一つだけ気がかりがあった。隣の部屋の住人にまだ挨拶に行けてないのだ。引っ越してきて3日目、毎晩インターホンを鳴らしに行くけど、いつも留守。夜遅くまで仕事でもしてるのかな? まぁ、急ぐ必要もないか、なんて思いながら、今日も聖奈ちゃんの「キラキラ☆スターライト」を全力で踊っていたその時――。

ガチャン!

隣の部屋からドアが閉まる音がした。

「うおっ! 帰ってきた!」

悠斗は聖奈ちゃんのライブ映像を一時停止し(ちょうど聖奈ちゃんがウインクしてる最高の瞬間で止まった)、急いで靴を履き、髪を整え(いや、整える時間ないか)、勢いよく部屋を飛び出した。挨拶のチャンスを逃すわけにはいかない。だって、これぞ新生活の第一歩だろ!

隣のドアの前で深呼吸。よし、いくぞ。

ピンポーン。

反応なし。

「……え、聞こえてない?」

もう一回。

ピンポーン!

今度は少し待つ。すると、ドアがガチャッと少し開き、住人が顔を覗かせた。

「はい、どなた…?」

その瞬間、悠斗の脳がフリーズした。

「え?」

目の前にいるのは、紛れもなく星野聖奈だった。

あの聖奈ちゃん。推しの聖奈ちゃん。テレビで何百回も見て、ライブで双眼鏡越しに追いかけて、夢の中で何度も会った(夢の中では結婚までした)聖奈ちゃんが、そこに立っていた。

しかも、パジャマ姿で。しかも、髪がちょっとボサボサで。しかも、手にはコンビニの袋がぶら下がってる。しかも、その袋からカップラーメンの蓋がチラ見えしてる。

「え? え? えええええええ!?」

悠斗の頭の中で警報が鳴り響く。推しが隣に住んでる? 現実? 幻覚? 俺、過労で死んだ? これ天国?

「え? 悠斗君?」

聖奈ちゃんが目を丸くして言った。

「ええええええええ!?」

悠斗の混乱がさらに加速。

「待って、俺の名前知ってるの!? 認知されてる!? 俺、聖奈ちゃんに認知されてるの!?」

「うそ、悠斗君だよね? 『悠斗の聖奈ちゃん応援ブログ』書いてる悠斗君だよね?」

「うわああああああああああああああああ!」

悠斗は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

そう、悠斗は聖奈ちゃんの熱狂的なファンとして、ブログで彼女の魅力を毎日発信していたのだ。ライブの感想、聖奈ちゃんの衣装分析、聖奈ちゃんの笑顔が世界を救う理由を1万字で綴った記事とか。でも、まさか本人がそれを読んでるとは!

「やばい、やばい、やばい! 俺、あのブログで『聖奈ちゃんのウインクで俺の心臓が3回止まった』とか書いてた! 恥ずかしすぎる!」

「うん、読んだよ。面白かったよ?」

聖奈ちゃんがニコッと笑う。

「うわああああああ! 殺さないでくれええええ!」

悠斗は完全にパニック。顔が真っ赤になって、床に転がりそうになる。

「ねえ、ちょっと落ち着いてよ。びっくりしたんだから。隣に引っ越してきたの、悠斗君だったなんて」

聖奈ちゃんがドアを全開にして、コンビニ袋をテーブルに置く。

「いや、俺の方がびっくりだよ! だって、推しが隣に住んでるって何!? 俺、このマンション選んだ理由が『家賃安い』と『駅近』だけだったのに、こんなボーナスステージあるなんて聞いてない!」

「ふふっ、運命かな?」

「運命!? 聖奈ちゃんが俺に運命って言った! 死ぬ! 今死ぬ!」

「死なないでよ、困るから!」

聖奈ちゃんが笑いながら言う。

「ていうかさ、さっきまで私のライブ映像見て踊ってたでしょ? 壁薄いから丸聞こえだよ」

「うそおおおおおお!?」

悠斗は絶叫。確かにこのマンション、壁薄いなって思ってたけど、まさか聖奈ちゃんに自分のキモい応援がバレてるとは。

「『せーなっ! せーなっ! 最高ーっ!』って叫んでたよね?」

「やめてええええ! 俺の黒歴史を再生しないでええええ!」

二人の会話は止まらない。聖奈ちゃんは意外と気さくで、悠斗のオタク全開のテンションにも動じず、むしろ楽しそうに笑ってる。

「ねえ、悠斗君。せっかくだから、これから仲良くしようね。隣人だし」

「うん、うん、うん! 俺、毎日挨拶に来る! ゴミ出し手伝う! 聖奈ちゃんのライブチケット取れなかったら泣きながらブログ更新する!」

「最後のはやめてね?」

「了解!」

こうして、悠斗の新生活は、推しの隣人というありえない展開で幕を開けた。

「やばすぎじゃん…」

悠斗は部屋に戻ってからも、興奮で一晩中眠れなかったのは言うまでもない。

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