駅前で見かけたデモ隊がどう考えてもおかし過ぎる件
朝7時に起床して支度し、8時に自転車で家を出て、その15分後に最寄り駅の駐車場に自転車を停める。
そこまでは日々変わらない、大学へ向かうためのルーチンワークだった。今日がいつもと違うのは、駅の入り口前に普段見かけない集団がいたことだった。
大勢で横断幕のようなモノを持ち、何かを叫んでいるらしい。中身は見えないが、遠くからおぼろげに聞こえてきたのは、『発電』という言葉と、『反対』という言葉だった。
そこでおそらく、原子力発電への抗議活動ではないかとの想像がついた。
デモを間近で、自分の目で見るのは初めてだなぁ。そんなことをぼんやり考えながら、僕はそのデモの目の前を素通りしようとする。
そうして彼らの真正面を通り過ぎる寸前、そこで初めて、彼らが掲げる横断幕が視界に入った。
「発電自体を!!!???」
僕はそう叫び思わず立ち止まった。原子力だけの話じゃなかった。彼らは電力そのものに反対していたのだった。
僕の叫びは駅前の喧騒にかき消され、誰も僕の方は見ない。
しかし驚かされたのはデモの内容だけではない。あっけに取られ、その場で歩を進めるのをやめた僕の目の前で、デモ隊はその『発電反対』と書かれた横断幕を端からめくるように地面に落とした。
「えっ、2枚目???」
まるでピン芸人のフリップ芸のように横断幕がめくれた。そうして2枚目の横断幕からは、別の文字が現れる。
まず最初に『コロナウイルス』の文字が目に飛び込んだ。
なんだろう、ワクチンとかマスクへの反対活動だろうか。色んな考えがある難しい問題だぞ。一瞬そんな考えが頭をかすめる。
そのまま僕の目は、二枚目の横断幕の全体像を映した。
「ウイルス自体に!!!???」
僕は再び叫んだ。さっきから反対する先がデカ過ぎる。そりゃ俺だってコロナウイルスには反対だよ。
人の意見にどうこう言う気はないが、ウイルスに声を届かせようとしているのであれば、流石に馬鹿な主張と言わざるを得ない。
そんな僕の考えをよそに、デモ隊が一斉に大声を上げた。
「「感染をやめろー!!!」」
綺麗に揃った大声が響く。誰にも届くはずのない意見だった。
いよいよ意味不明すぎて恐怖すら感じるデモの様相を呈して来たが、正直、彼らの主張が気になるという気持ちが僕の中でどんどん膨らんでいた。
僕がそうして興味のあまり足を釘付けにされていると、再び横断幕がめくれ新たな文字が現れる。僕はそれに視線を向けた。
「「それは教養じゃなくて、お前の趣味〜!!!」」
「嫌なこと言うなよ」
もはや政治的な主張でもなんでも無かった。
確かに『このネタで笑える俺って教養あります』みたいな人はSNSでよく見かけるし、なんか鼻につくけど、駅前で大声で叫ぶ必要のある主張では絶対にない。
そんな、意味不明なデモを続ける集団は段々と調子づいて来たらしく、気づくとすでに横断幕がめくられ、別の文字が表れていた。
「「やめろー!!!」」
「じゃろうがってなんだよ」
急な強い口調に思わずそんな感想が漏れる。確かにデモ隊の気持ちは分かるが、『大団円』と一言言われるだけでも「ハッピーエンドなんだなぁ......」とネタバレを喰らった気持ちになる事があるし、何も言わないのがある意味正解という考えも分かる。
......というか、いよいよ『反対!』の文字すら主張から消えたな。
そんな事を思っていると、デモ隊が持つ横断幕が再びめくられる。僕は新しい横断幕へと視線を向ける。
「「その表現、滑ってまーす!!!」」
「ほっとけよ!」
最初に使った人はセンスがあって面白かったんだよ。使われるたび陳腐になるのは、言葉の宿命だ。
確かに今でもこの例えを恥ずかしげもなく使ってる人を見ると、覚えたての言葉を使いたがる子供を見てるみたいでむしろこっちが恥ずかしくなるレベルだけど。共感性羞恥(オタクの教養言葉)を感じるレベルだけど。
あとは変な格好の人を見た時に『クレヨンしんちゃんの映画に出てくる敵幹部みたい』と表現するのもやめてほしい。
......と、そんなことを考えているうち、気づくと横断幕が再びめくられる。僕はそれに視線を移した。
「「ゴミの部分が多すぎる〜!!!」」
「野菜の形にまで文句言うなよ」
芯が気にならないほど美味しいから、市民権を得てるんだよ。僕は思った。
そう言えば、最近は缶のコーンは知ってるけど生のとうもろこしは知らないため、とうもろこしの芯の存在をそもそも知らない子供がけっこういるらしい。恐ろしい時代だ。
と、そんな感想を抱いているうち、再び横断幕がめくられる。僕は新たな横断幕に視線を向けた。
「「トマトは野菜なのに何故か「内臓」があってキモい〜!!!」」
「中のブヨブヨを内臓って呼ぶなよ気持ち悪い」
そんな文句を呟くが、今回は早くも横断幕がめくられ次の文字が現れた。僕はそれに視線を向けた。
「「酒に強いやつの傲慢な意見〜!!!」」
「消毒液は言い過ぎだろ」
どうやら嘘つきシリーズが続いたらしい。僕はその極端な意見に反論を頭に浮かべつつも、その食べ物を食べることが出来る側の意見は当てにならないというのは確かにその通りだなと思った。
パクチーとか、友達にクセになると勧められて食べたらクセというよりクセぇだった。
そう、デモの内容に思わず同意したところで、また横断幕がめくられる。僕は新たな横断幕に目を向けた。
「「甘いものは体に毒だってさ〜!!!」」
確かにうちのおばあちゃんも、お菓子のことを毒って言ってたな。ポテチとかケーキとか。あとテレビや電子レンジからも毒電波が出てるって言ってたな。あっ、それは思想が強いだけでした。
と、僕が祖母との素敵な思い出に意識を巡らせているうち、デモ隊のかがげる横断幕が再びめくられる。僕は急いでそれに視線を向けた。
「「気持ち良い〜!!!」」
「急にキモい主張すんな!!!」
命の量に対して気持ちよさを感じる事ないだろ。食事で興奮すんな。僕はデモ隊を心底から気味悪がりつつも、次はどんな主張が現れるのだろうと、ある種ワクワクしながらデモ隊を注視し続けた。
しかし、今持っている横断幕がどうやら最後だったらしい。デモ隊は地面に散らばった、使い終わった横断幕を全員で素早く片付けると、あっという間に散り散りに解散していった。『このデモ、許可取ってなかったんじゃね?』と思わされるような、逃げるかのようなスピード感だった。
「......」
僕は思わず大きく深呼吸する。
「......学校行くか」
そうして我に返った僕は、電車に乗るため駅構内へと歩を進めたのだった。
改札をくぐりホームで駅を待つ間、僕はたった今経験したものを共有すべく、友人にLINEでメッセージを送る。一瞬で既読が付き、返信が返ってくる。
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「聞いてくれよ」
「今さっき、駅前ですごい変なデモ見かけたんだけど」
『ん? デモは変な人がやるものだから、全部変だよ?』
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「......」
友人のデモに対する意見は一旦スルーするとしよう。僕は返事を打ち込んだ。
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「いやいや、主張してる内容がマジでめっちゃ変なんだよ!」
『マジかよ』
『どんな内容?』
「なんか『発電反対』とか『コロナウイルス反対』とか書かれた横断幕を掲げてた」
『やばwww』
『なんかインフルエンザの時見る夢みたいだなwww』
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「......」
僕はそのメッセージに返信することなく、苦笑いを浮かべたままホームに滑り込んできた電車へと乗り込んだ。
おわり