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イプシアは教育の世界に踏み入れたことがないので学園というものをあまり知らない。
大陸のほとんどの言語、歴史、情勢、魔法の知識、貴族との対応の仕方、実技といったものはイプシアの武器だ。
しかし、自分の全く知らない世界に足を踏み入れるとなると話は変わる。
物事の対応の仕方も変わってくるだろうし、そこでの常識というのも存在するからだ。
その点に気をつけなければならない。
首都は建国祭で騒ぐ国民や旅人で溢れかえっていた。
この日から一週間後、丁度学園は新しい学年が始まるそうだ。
「イプシア・フィンテイン様ですね、寮より先に案内したいところがございます」
学園の門まできたイプシアを迎えたのは案内役の初老の男性であった。
彼に依頼書を見せ学園の敷地内に足を踏み入れる。
建国祭の休日だというのに学生がちらほらといた。
「彼らは.......今年卒業の者たちでして、職業試験のために勉強しているのです」
「そうなのですね」
周りを見渡すイプシアに男性は説明する。
「ここです。では失礼します。皆様が待っていますので」
「ええ、ありがとうございました」
本館らしき立派な建物の一階。
そこに案内されたあげく皆様とはいったいなんなのか、疑問を抱えながらノックし入ってもよいでしょうかと声をかける。
「あ、すみません。今は入らないほうがよいですよ......」
扉の隙間から黄緑色の瞳が覗き、小声でそう言った。
その直後中から怒号が聞こえる。
「えーと、今は教授様たちが全員集まっていて、学園長もいますし理事長もいて.....その、修羅場なんです」
「フェレー!! 何してる」
また怒号が聞こえ、扉の先の人は震え上がる。
「えーと、その......」
「おや、お客様がお見えですね」
扉の隙間から見えたのだろう。
男性の声が聞こえ扉が全開となった。
「すみません、こちらに案内されたのですがどうしたら良いのかわからず立ち止まっておりました」
全開となった扉の先、窓際に書斎を構えそこに座っている者が学園長なのだろう。
代表としてイプシアに声をかける。
「いや、すまない。今議論中でね......熱冷ましにも丁度いい。要件はなんだい?」
「依頼書をお持ちしました」
イプシアはそのまま部屋の中に入り依頼書を学園長に向けて差し出す。
部屋の中には思ったより多くの人数が入っており、イプシアの動向を見つめていた。
「君が、魔法発展の准教授として依頼されたものか。すまないがもう少し顔を見せてもらってもよいか」
「はい」
「........第一序列ギルドマスター直々の印があるとはいえ16歳の少女が准教授とはな.......」
「学園長! どういうことですか」
「え?」
学園長の発言に静かだった部屋が再び騒がしくなる。
よりによって何故このように人が多いときに学園に来てしまったのかとイプシアは後悔した。
「ご不満でしょうか」
「少女が魔法発展の授業を歳の近い子に教えれるわけないでしょう.......」
この中でイプシアや学園長を除き一番冷静だった女性が口を開く。
これに皆が賛同した。
「依頼してきたのはそちらです。学園長、依頼をこのまま遂行してもよろしいでしょうか」
「ああ、君の腕は確かそうだ。どうやら魔力解析の論文の筆者のようだな。まさか第一序列ギルドマスターが嘘をつくとも思えない」
そして部屋が静かになる。
魔力解析の論文は有名だ。
突如として魔法研究の世界に入ってきたイプシアという人物は魔力は分解することができ、その特徴、構造をすべてのパターンで解析したのだ。
魔力は人それぞれ、ときに似たような人がいるという認識しかなかった他の魔法研究を行うものにとってイプシアは偉大な存在でしかなかった。
「まさか、イプシア・フィンテイン様ですか」
「はい......しかし様付けは不要です」
魔力解析はイプシアにとって自分の魔力を知るための研究の副産物でしかなかった。
専門でもないというのに出しゃばりたくはないのだ。
「新学年より、イプシア・フィンテインをここの魔法発展の准教授として迎える。異論はあるか」
マスターの印、魔力解析の実績。
歳など関係はなくただ魔力解析の筆者と近づくことができる機会。
ここではそれを逃すまいと考える者がほとんどのはずだ。
結局異論もなく、イプシアは無事学園の准教授として依頼を遂行することが決まった。
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寮の部屋はかなり広めである。
ほとんどの者が首都に家を持っていたりするので寮は必要ない、と思いきや研究などで寝泊まりするために自室を寮に構えている人がほとんどだ。
学生の一部もここを使用するらしく、寮を出入りしていた。