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そうして朝になる。
長期依頼になったことで建国祭中恒例の魔型獣討伐はイプシアにはお預けだ。
総印師として率いる役目をいつもしていたイプシアには欠席など馴れないことである。
「おはようございます、総印師様」
イプシアの直属の部下であるヴィースが二つほどの依頼を終えて帰ってきた。
小規模の討伐依頼であったが彼より強い印師たちが動いているのだ。
回ってくるのは小さいものばかりである。
「おはようございます。私の依頼のことは聞いていますでしょうか」
「はい、なので私は第一課遊撃隊の副隊長でしたが仮で隊長となります」
第一課は戦闘分野だ。
特に精鋭が集まる一課は更にそれぞれの隊に分かれ、物事をこなす。
三隊しかない遊撃隊は単独行動をしても許されるのだ。
特に群を抜いているのはイプシアが率いる遊撃隊である。
「よろしくお願いします。私の部屋に来た書類はあなたが処置できるもの以外は必ず私に。忙しければそれ以外の書類も送っていただいてかまいません。迷惑をかけますね.......」
「いえ、お役に立てるのなら。そもそも最近の私に集まる依頼は簡単なものですし。朝食はとりましたか?」
「いえ、まだです。そもそも私は朝食をとらないことのほうが多いので」
昼にブランチすることが多い。
朝は基本的に重要な依頼が出される時間帯なので数件を同時に受ける。
そしてその後鍛錬をする。
そうしていつの間にかお昼の時間帯になっているのだ。
「マスターでさえちゃんと朝食を食べてらっしゃいますよ.......総印師様のことは、まだよくわかりません。会話する時間も少ないですし、その内容も業務ですから総印師様がどういう方なのか、それがまだわからないのです」
「仕方ないですよ。我々の立場は忙しいものですから。それに、隠しているのは私のほうですから」
部下なのにとヴィースが呟くが
イプシアは書斎に残っていた書類の束に一通り目を通す。
「一緒に朝食にいきませんか」
「え?」
「ギルドの食堂は人気ですし私の部屋で食べていきませんか? 料理は得意なのです」
ヴィースがいきなりそう言い出し、イプシアに微笑む。
そんな彼にイプシアは驚くだけだった。
―――――――――
「すごく、美味しそうですね」
「美味しそうではなく美味しいのですよ、食べてみてください。毒は入ってませんよ」
「流石にあなたが私に毒を盛るとは思ってないですよ」
イプシアは今、ギルドから与えられた地下のヴィースの部屋に来ていた。
彼の立場上、総印師の部屋から近かったので簡単に移動することができた。
ほかほかの料理が目の前に並ぶ。
ヴィースは慣れているかのようにスピードよくイプシアに朝食を用意したのだ。
「総印師様、准教授として働くそうですがどのような依頼ですか? 教師が足りなくて依頼というのはよく聞きますが、今の学園は教師は足りているようですし」
「足りている、といっても私が受け持つ魔法発展の授業には現在高度な魔法を教えられる者がいないそうです。ちなみに、准教授としての名はイプシア・フィンテインとします」
イプシアは総印師として自分の名を明かしていない。
つまり学園で本来の名前を名乗っても問題はないのだ。
フィンテインという性は偽物であるが、性がある時点で貴族とみなされるのでこの学園では歴代最年少という教授にいきなりとっかかる者はそういないだろう。
田舎貴族と見做されたらどうなるのかはわからないが。
すでに性を名乗ることはマスターや国から許可をもらっている。
「ヴィース」
「はい」
イプシアはローブのフードを脱ぐ。
「これがイプシア・フィンテインとしての顔です。覚えておいてください」
金色の瞳は隠しワイン色の瞳にと魔力の色を変える。
それ以外は何も変わっていないがヴィースは金色の瞳のことしか知らないのだ。
瞳以外の外見を変える必要はないだろう。
「......普段の総印師様のお顔というわけではないですよね?」
「はい」
「若く見えますが」
「ここだけの話、私は16歳なのです。それ以上は言えません」
ヴィースが驚いた顔を見せるが平常にすぐに戻る。
「てっきり私よりも年上なのかと。それも女性とは思いませんでした。」
「こうした情報を他人に言ったのはマスターくらいですので他言無用ですよ」
「はい、わかっております」
ヴィースはイプシアにとって信頼のできる部下の一人だ。
学園にて何らかの不祥事があった際には話の口裏合わせができるようにヴィースに自らの姿を事前に明かす。
そうすることでフォローしたりしてもらったりできるかもしれない。
食事を終えたあと、早速依頼の準備を行った。
主に荷物は彼女の特殊な魔力により異空間に保管しておくことができるのだが念の為空のバッグを用意することにしたのだ。
あとは教職寮にて入寮の手続きを済まし、学園のトップたちに自らの存在を知ってもらえればそれでおわりである。