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「っ.......」
その紙は長期休暇申請書であった。
既にラウの署名がされており、あとはイプシアの名前を書いて処理してもらえばいいだけの状態であった。
休暇理由の欄はまだ埋まっていない。
しかしマスターの署名がある時点でこの申請は受理されるだろう。
「いぷしあ、ますたーからめっせーじ」
「メッセージ?」
「あとでゆっくりでいいからますたーのへやきて」
――――――――――――
本来であれば依頼を遂行しているはずだが予定が狂う。
なぜ勝手に長期休暇の申請が用意されるのか、疑問はいっぱいだ。
マスターの部屋まではかなり遠い。
転移で行きたいところであるが突然部屋の中や扉の前に現れては他の来訪者に驚かれるだろう。
仕方なく長い地下廊下を歩く。
課に所属するギルド員たちがイプシアの横を会釈しながら通り過ぎていった。
そして結界を通り抜けるところまで辿り着いたが、ラウの気配は全くはない。
「......」
ラウから呼んでいるのにマスターの部屋にいないということはラウ専用の訓練室にいることを示すのだ。
「入室の許可をお願いします」
部屋の奥の扉にノックした後、ラウが扉を開きイプシアを招き入れた。
「ここに入るのも久しぶりじゃないか? 二年前はここでよく”対話”してたのにな」
「対話だなんて、手合わせついでの業務報告ですよ? 今は来訪者がいませんでしたから大丈夫でしたが若い男女二人密室とは噂されますよ」
「イプシアが若いということ、女性であることをしっていればの話だがな。それより、言いたいことがあるみたいだな」
イプシアは長期休暇申請書をラウに提示し発言する。
「私に、総印師の仕事と責務を放置しろと仰せですか」
「そうだ」
「……私では力不足だったでしょうか.....」
そうじゃないとラウはため息をついて首を振る。
「前に休んだのはいつだ?」
「先程までしていました」
「そうではなく、一日以上総印師でなかった日は」
総印師でなかった日、つまり一般人と変わらず普通の生活する日。
「記憶には.....ありませんね」
イプシアは記憶力がいい方であるが総印師でなかった日などいつだったか思い出すことができない。
あえて言うならばそもそもそんな日など無かったというのがいいのかもしれない。
「その今までの分だ」
「しかし、私は大丈夫ですのでこのまま続けさせてください」
「総印師を辞めるわけじゃないんだ。ただの休暇だ」
「.....しかし」
「......わかった、性格的にもただの休暇は落ち着かなさそうだな。なら一つだけ依頼を消化してもらう」
そう言ってラウはマスターの部屋へと戻り数枚がまとめられた書類を持ってきた。
「休暇を受け付けないのなら、最中に十分休める長期依頼を渡す。これ以上は引かない」
「帝立学園にて魔法発展の准教授ですか?」
ラウがイプシアの頭に手を乗せた。
「私はもう自立している大人です......」
「......そうだ。だから学園の生徒になどではなく教員の依頼を持ってきた。イプシアが十六歳の少女であることには変わらないが君の知識自体は教授を超える。それに、君の実力を隠すのはどうも難しい。若くして准教授に採用されたとなればそれ相応の実力を持っていてもおかしくはない。同い年が同い年に教えるのは反発がありそうだがな」
「前々からこのことを準備されていましたか?」
ラウはただ笑い、剣を手にして目に見えぬ速さでイプシアに向ける。
「手合わせですか。久しぶりですがよろしくお願いします」
イプシアもまた、自前の剣を取り出し構えた。
この後からは長めの文章で行きたいとおもいます