9 ライバル出現?
安藤大凛が何者かというと、サッカー部のエースストライカーだ。
U19の候補に上ったことがある、という(自称)実力プレイヤーだが、なぜかプロには進まず大学リーグに所属している。
背が高く、イケメンで、この大学に来るくらいだから頭もよく、しかもエースストライカー。となれば女子陣が放っておくわけもなく、サッカー部の練習にはずらりと女子の観客が並び、黄色い声援を送っているのだという。
のだという・・・というのは、俺たち(保安、辺鳥を含む)MOTENAI連盟には、そんなもの見たくもない光景だから、サッカーグラウンドに近づいたことがないからだ。
そんな安藤大凛から、学食で涼子が声をかけられたことほど驚いたことはない。
「やあ。ちょっといいかな?」
涼子も驚いている。
なにしろ「直接話したいけど怖い・・・」みたいに言ってる女子が多いのは知ってたし、そんな憧れのイケメンストライカーから逆に直接話しかけられるなんて・・・。
そりゃあ、涼子のルックスからすれば、あり得ない話じゃないかもしれないが・・・。
俺は心穏やかではない。
「今週末、リーグ強豪のK大と親善試合やるんだけど、よかったら見にこない?」
チラシの1枚をテーブルに置く。
白い歯が、きらん✧✧
いや、俺・・・ここにいるんだけど?
涼子が俺の顔を見る。
「あ・・・見たいなら・・・行ってみる?」
「お兄ちゃんと一緒なら。」
エースストライカーはそこで初めて俺の存在に気がついたみたいな顔で、俺を見た。
笑顔がちょっと引きつってるみたいに見えたのは、俺の勘違いか?
「あ・・・お、兄さんも・・・よろしければ・・・」
まわりの女子の視線が涼子に刺さっている。
まあ・・・見られないよりはいいのかもしれないけど・・・。
安藤はその視線を自分の方に引きつけて、くるりと向きを変えて学食の真ん中あたりに歩を進めた。
チラシの束を高々と掲げる。
「今週末、親善試合やりまぁす。よかったら、チラシもらってくださーい!」
これはすごい宣伝効果だろう。
しかし・・・・
遠巻きの女子サポーターたちは安藤を凝視しながらも、寄ってこない。
「チラシここに置いておきますんで。よかったら持っていってくださーい。」
きらん✧✧
そして、涼子に軽くウインクすると、そのまま学食を出ていった。
お・・・俺を、ただのお兄さんだと思ってるのか?
たしかに、涼子は俺をそう呼んだけど・・・。
なんか・・・どこか傷ついたような気がするのは・・・。な〜ぜ〜ぇ?
安藤が去るや否や、女子陣がチラシの置かれたテーブルに殺到した。
それぞれに奪い合うようにしてチラシを確保すると、そのあと、じろりと涼子を横目で見る。
その視線には、殺意すら乗っているような気がした。
「出よう、涼子。」
「うん・・・。」(・・;)
チラシは俺が持った。
涼子が持ったらすごく剣呑な雰囲気になりそうだったから・・・。
その週末。
俺たちはグラウンドにやってきた。
保安たちも誘ってみたが、やつらは断った。
「行かねーよ。」
「見たくもねー。」
2人ともちょっと目が据わっている。
立ち去り際に、辺鳥が俺の耳元にぼそりと低くつぶやいた。
「お人好しやってると、盗られるぞ?」
すでに結構な人数が集まっている。圧倒的に女子が多い。
あそこにいるの、TVカメラじゃねーか?
地元放送局の名前の入った腕章をつけている。
一応、うちの大学も「強豪」ではあるのだ。
そして、そのセンターフォワードには・・・。プロチームからも声がかかったというスター選手がいるんである。
ただの親善試合に、地方局とはいえTVカメラが入るんだなぁ。
そのスター選手・安藤大凛はグラウンドの隅でウォームアップを始めていたが、涼子を見つけるとこちらにやって来た。
「やあ。来てくれたんだ。ありがとう。」
白い歯を、きらん✧✧
「あ、お兄さんも・・・。」(ついで)
それから、軽く片目を瞑って見せ、ビシッと人差し指で涼子を指す。
「きみのために1点入れるよ。」
周囲の女子の視線が、俺を突き抜けて涼子に刺さる。
その視線を全部受け止めて、涼子は確固としてそこに存在していた。
「あ・・・あいつの傍にいたら、存在しなくなったり・・・しない・・・かも。」
動揺を隠そうと、半ば冗談みたいな口調で俺は不用意な言葉を吐いた。
「あ、そっか。そうかもね。」
涼子はあっさりした口調でそう返す。
さっきの女子の視線で穴だらけになった俺の胸の一部が、その質量を支えきれず内側へと崩れ落ちる音が聞こえた。
ああ・・・・
俺の胸が、ブラックホールに・・・?