6 高速での往復
家の中に女性が1人いる、というのは何だか家の中が華やかになるものなんだな——と思う。
たとえそれが、ちょっと変わった従兄妹だったとしても。
いや・・・、同年代の従兄妹だからよけいいいのかもしれない。
涼子の笑顔で、家の中が明るい。
うちは母さんがいなくなってから、ずっと男2人だったもんなぁ・・・。
一世一代のプロポーズの末に結婚したという親父は、母さんがいなくなった後も再婚しようとはしなかった。
親父が俺を養うために仕事に行けば、俺は家の中でひとり・・・という状態が長く続いていた。
そういうものにも慣れてしまってたんだが、涼子に朝食を作ってもらえる——という状況ができて親父なんかは目を細めて顔がゆるんでいる。
確かに、食事当番は3回に1回にはなった。
親父は2日朝寝ができるのでラクではあるだろう。
しかし・・・だ。
俺は涼子と一緒に起きなければならない。
そうしないと俺の部屋を出た途端、涼子は消えてしまうのだ。
「お兄ちゃん、見てるだけでいいから。」
そう言われても・・・。
俺は昭和の男じゃない。
涼子が甲斐甲斐しく朝食の準備をするのを、ダイニングチェアに座ってぼやっと見てるというのも気が引ける。
自然、何がしか手伝うことになった。
結局、俺たちは2日間、2人で朝食の準備をすることになった。
「なんか、ごめんね、お兄ちゃん。」
涼子はそう言うけれど、涼子の幅広いレシピも覚えられるし、俺的にはけっこう楽しい。
こんな日々がずっと続いたらいいな・・・などと思ってしまう。
あ、いや・・・
決して、毎日お風呂を見ていられるからとかいう意味じゃないぞ?
「いやあ・・・。涼子ちゃんの作る料理は美味しいなあ・・・。」
親父は日向ぼっこしてるジジイみたいな、ほわわんとした表情で言う。
なんだか今にも「早く孫の顔が見たい」とか言い出しそうな雰囲気だ。
あの・・・・。
俺たちまだ、ただの従兄妹どうしだからね?
そりゃあ、毎日お風呂に入るとこ見てるし、手を繋いで同じベッドで寝てもいるけど・・・。
夫婦じゃないし、彼氏と彼女ですらないんだからね?
このところ親父は急に老けたみたいな表情をする。
まあ、仕方ないのかもしれない。
弟夫婦の葬儀の後、会社が行っている能登の支援に戻らなければならなかったのだ。
新幹線は使えないから、高速を使って行くしかない。
私用で1人で帰ってきたわけだから、運転は自分でするしかない。
そして引き継ぎを終えて帰ってきてみたら、常軌を逸した体質の姪っ子が家に転がり込んでいたというわけだ。
そりゃあ疲れるだろう・・・。
「すんませんね。俺のは手抜きで。」
俺はわざとそんなふうに言ってみるが、親父はほわわんとした顔つきでいるだけだ。
そんなある日、親父は誰に言うともなく
「涼子ちゃんがこのまま一人の嫁さんになってくれたらなぁ・・・」
などと呟いたことがある。
俺はひやっとしたが、涼子は聞き流したのか聞こえてなかったのか、にこにこ笑っているだけだった。
涼子のこの笑顔の意味はなんだろう?
そりゃあ俺だって、そうなれたら嬉しいけど・・・。
確かに、従兄妹は結婚もできるけど・・・。
でもそれは、涼子の特殊体質につけ込むみたいで・・・。
そりゃあね、俺だってずっと涼子と一緒にいられたらいいな——とは思うよ。
でもさ。
涼子には涼子の未来があって、これから涼子の体質を受け入れてくれる誰かと出会って・・・なんてことだってあるかもしれない。
それを選択していくのは、涼子自身だ。
時間という変数はない。
量子にはそれぞれの未来が存在するのみだ。
たしか、現代の天才物理学者カルロ・ロヴェッリはそう言った。
涼子には、広い人生の選択肢を持ってほしい、と思うんだよ。
いろんな人と出会って。
ちゃんと恋愛もして。
デートしたり喧嘩したりもして。
そうして選ばれる男の中に、俺という存在が入るんなら・・・。
そんなふうに思いながら、どこかでちょっと寂しがっている俺もいた。