5 涼子もつれ
「あー・・・。つまり・・・こういうことか?」
と一通りの話を聞いたあと、親父はどこか虚空から出てくるような声で言った。
出張から帰ってきた親父は、2人が同じ屋根の下に寝起きしている現状を見て・・・。片頬をひきつらせた。
そして俺たちは、懸命に状況を説明したのだ。
説明するしかない。
ぼかした話なんかできない。
これからずっと、一緒に暮らすしかないんだから。
そうしなければ、涼子を1人にしたら・・・、涼子は消えてしまう。
次に誰かに見られるまでの間、涼子の人生は消えたままなんだ。
一緒に暮らす親父にだけは、理解しておいてもらわないと・・・。
「つまり、涼子ちゃんの本名は量子で・・・、その・・・量子力学と同じで・・・誰かに見られていないと量子ちゃんは消えてしまう・・・と?」
「そうなんです、伯父さん! 決してお兄ちゃんが変態なわけじゃないんです!」
いや、そういう言い方しなくても・・・。
「トイレもお風呂も、一緒にいてもらわないと・・・あたしシャワーを浴びることもできないんです!」
涼子は必死だ。
そりゃあそうだろう。
存在がかかってるんだから——。
「ま・・・まあ、その・・・、食事当番が1人増えるのは助かるな・・・。」
親父は目をナルトにしながら、アサッテのようなことを言った。
「お・・・俺は、疲れてるから・・・・、今日はもう、寝る・・・。」
よろよろと自分の寝室の方に歩いていく親父に、涼子が体を2つに折るようにして頭を下げる。
「出張でお疲れのところ、すみませんでした。伯父さん!」
親父は振り返らず、片手を上げてひらひらと振っただけだった。
無理もない。
たぶん、親父は・・・言葉は一応理解しても、頭の半分は真っ白なのに違いない・・・。
それでも、俺と涼子が1つのベッドで寝ることや、お風呂やトイレに一緒に入ることを禁じなかっただけよかったと思う。
たぶん涼子の必死な表情が伝わったんだろう。
「理解のあるお父さんだね。・・・よかった・・・。」
涼子がそう言って、俺の肩に、ぽてん、と頭を置いて体を預けてくる。
柔らかな胸のふくらみが俺の腕に触れる。
いや・・・それは・・・、別に・・・存在を維持するために必要な行為ではないのでは・・・?
その夜も俺は涼子と同じベッドで眠った・・・。手をつないで。
(いや、正直言えばあんまり眠れていない・・・)
俺の手よ。
理性を失うんじゃねーぞ?
しかし、大学でのトイレ問題は相変わらず解決できていない。
このまま涼子の健康のためにと早退と遅刻を繰り返していけば、間違いなく2人とも単位が足りなくなる。
もちろん、サークル活動なんて論外だ。
「なあ、涼子。」
「なあに、お兄ちゃん?」
俺はふと思いついたことを涼子に訊いてみた。
「おまえ、防犯カメラとかにも写らないのか?」
「防犯カメラの映像なんて、見たことないもん。」
そりゃそうか。
「みんなで撮る写真には、ちゃんと写ってるよ?」
それは撮影者が見てるからだろう。カメラを通してではあっても。
少なくともカメラを通してでも、見てればOKなんだ。
「あ! そうか! あたしがスマホで自撮りして、それをお兄ちゃんが見ててくれれば一緒にトイレに入らなくてもいいかも。」
それは、いいアイデアかもしれない。
それなら俺が変質者扱いされないで済む。
試しに家の中で涼子が自撮りしながら別の部屋に行ってみると、涼子は存在したままでいられた。
これならいける!
他人に後ろから覗かれて変に思われないよう、その時間、俺も男子トイレの個室に入っていればいいのだ。
これで、この難問は解決する!
「写すのは顔だけだぞ?」
「当たり前じゃん。何が見たいのよ?」
「いや・・・・」
* * *
保安華令と辺鳥練三は、高校からの有羽一人の腐れ縁仲間である。
彼女いない歴積み上げ仲間でもあったが、このところ有羽がひとり抜け駆けしているような感じに微妙な置いてけぼり感を感じている。
友人であることに変わりはないが、何か距離を感じてしまう。
幼なじみの美人の従兄妹。
かわいい笑顔で「お兄ちゃん!」とくっついて回る従兄妹。
事情あって同じ家に、一つ屋根の下に住むようになった——という従兄妹。
本当に、それだけ?
「それだけだよ。付き合いたいんなら、ちゃんと紹介するぞ? あいつが俺の言うこと聞くかどうかはわからんけど。」
有羽はそう言うが、どう見たって客観的にはカップルにしか見えない。
しかもあの2人、普通じゃないよ?
どこに行くのも一緒で、トイレに行く時間まで一緒なんだよ?
有羽が女子トイレに行くわけじゃないんだが、あいつは男子トイレの個室にスマホ見ながら入っていって、あいつが出てきた時には従姉妹の涼子ちゃんが外で待ってる——という具合なんだ。
何なんだよ?
トイレの時間までシンクロすんの? 従姉妹って・・・・。