14 波動放体式
「ただの思いつきなんだけど・・・」
そう言って涼子は荷台後部のたて格子の扉を見た。
閂が渡されて、南京錠がかかっているやつだ。
「あたし、これ抜けられるかもしれない。」
「え?」
「量子はさ、粒子と波動の2つの性質を持っているんだよ?」
何を言ってるんだ? 涼子は・・・。
「もし、あたしが誰にも見られてなくて消えてるとき、それは存在してないんじゃなくて波動になってるとしたら?」
「? ? ?」
「波は格子を抜けられる。」
え〜っと・・・。 何を話してるんだ、涼子は?
「お兄ちゃん、ちょっとこれ持ってて。」
涼子は俺に少し曲がった何かの細いパイプをぶら下げるように持たせて、にこっと笑った。
それから腕を水平に伸ばす。
「これからそのパイプに腕をぶつけるように歩いてみるから、腕がぶつかりそうになったら目を閉じて。それからまたすぐ開けて見てほしいの。」
「えーっと・・・、どゆこと?」
「つまり、もし誰にも見られていない時に、あたしが波動になってるとしたら・・・。あたしの腕はそのパイプを回り込んで向こう側に抜けるはず。」
「足も何も消えるけど、でもあたしの体には慣性がついてるから、同じスピードでパイプに対して移動してるはずだよ。」
そう言って涼子は勢いよく歩き出した。
俺は言われたとおり、涼子の腕がパイプに当たる寸前に目を閉じる。
パイプに何かが当たった感触はない。
涼子は消えてるんだろう。
俺はすぐに目を開ける。
涼子は俺の前を通り過ぎていて、腕はパイプの向こう側にあった。
「やったね!」
涼子が嬉しそうに笑った。
「これで逃げられるよ。」
涼子は鉄格子に向かって勢いよく歩くから、ぶつかる寸前に目を閉じて、さっきと同じようにまたすぐ開いてほしいと言う。
「ぶつかっちゃったら、どうするんだ?」
「痛いだけだから大丈夫。それより格子の途中で目を開けちゃったらどうなるかわかんないから、1秒くらいしてから目を開けてね。」
俺は涼子の体を貫くように格子と涼子が混ざってしまった絵を想像して、怖気づいた。
「や・・・やっぱりやめた方が・・・」
「大きな危険から逃げるときは、多少のリスクは取らなきゃ。」
涼子はそう言って勢いよく歩き出した。
俺は覚悟を決めた。
涼子が格子にぶつかる寸前、俺は目を閉じる。
ガシャン! という音は聞こえない。
涼子の体を鉄格子が貫いている絵がまた浮かんでしまって、俺はしっかり1秒、目を閉じていた。
再び目を開けると、涼子は鉄格子の外にいた。
運搬車の荷台が地面より高いところにあるので、歩く姿勢のまま宙に浮いている。
ただし涼子は・・・すっぽんぽんだ!
服は格子に引っかかっていた。
「え? わっ、わっ、わわわ・・・!」
落差80センチくらいを着地するのによろけながら、涼子は自分が裸であることに驚いている。
涼子の体に、日焼けみたいな縦縞模様が付いていた。
格子を抜けたから、おかしくなったのか?
「涼子! その縞! 大丈夫なんか、体?」
「大丈夫だよ。ただの干渉縞だから。それより、服!」
涼子は走り寄って、格子に引っかかった服をむしり取る。
涼子は大急ぎでTシャツを着て、下着も着けずにデニムをはいた。
「こんな格好、お兄ちゃん以外に見られたくない!」
ブラジャーをしてないTシャツの胸のところに、ツンツンとポッチが・・・。
あ・・・いや、今はそんな場合じゃないんだよな?
「お兄ちゃん、靴! 足が痛いわ。」
俺は格子の隙間から涼子のスニーカーを押し出してやる。
涼子はそれをはくと、その辺を眺め回して1本の鉄パイプを拾ってきた。
それを振り上げ、力いっぱい叩くと南京錠はあっけなく壊れた。
「ありがとう。涼子、大活躍だな。」
「へへえ。いつもお兄ちゃんにはお世話になってるからね。」




