1 従兄妹との再会
涼子が大学に来なくなって3日になる。
さすがに心配になってきた。
俺の名前は有羽一人。
一浪して今年大学1年生になった。
涼子は同じ大学に通う1つ年下の従兄妹だ。
同じ市内に住んでいて、両親も仲がよかったから小さい頃は俺の家にもよく遊びにきていた。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん。」と言いながら、俺の行くところにくっついてまわっていたのを覚えている。
市内といっても小学校区は違ったし、通った高校も違ったから、中学以降は会うこともなかった。
だから、大学でばったり涼子に会った時には本当にびっくりしたのだ。同じ大学を受けてたなんて。
「お兄ちゃん!」
涼子は俺がドギマギするくらい美人になっていた。
「お兄ちゃん、1浪したんだって? 同じ学年だね。」
「うるせーよ。俺はおまえほど頭よくねーの。」
「まあまあ、かっちゃんがいれば安心ねぇ。涼子をよろしくね。」
叔母さん(涼子のお母さん)が俺に声をかける。
「はあ。こちらこそ。」
大学の入学式に親がついてくる、というのは最近珍しくはないけど・・・。涼子の場合は、少し常軌を逸しているように思った。
というのは、入学式だけでなく、毎日母親か父親のどっちかが大学まで送ってくるからだ。
保育園の送迎じゃあるまいし。
昔から、甘えん坊ではあったけど・・・。うざい、とか思わないのかな?
叔父さん叔母さんもだよな。これじゃ、彼氏もできないだろ?
まあ余計なお世話だし、高校時代初めてできた彼女に3ヶ月でふられた俺が言えたことじゃないとは思うけど・・・。
そんな涼子が「お兄ちゃん!」とか言いながら親しげに寄ってくれば、そりゃあ何もなくてもいろいろ噂のタネにはなる。
「両親公認の許婚かよ。」
「どんだけうらやまなヤツだよ。」
「なにが彼女いない歴だ。」
「いや、違うし。ただの幼なじみで従兄妹ってだけだし——。」
誰も信じようとしない。
こんな掛け値なしの美人に成長した涼子が、子どもの頃みたいに「お兄ちゃん!」とか言って慕ってくれば、そりゃあ俺だって悪い気はしない。
しかし・・・だ。
俺はそんな涼子にどう接していいのか、戸惑っているんだ。
5歳6歳のガキじゃねーんだ。大学生なんだぞ? 2人とも。
大学生の男女なんだよ?
「鈍感!」「優柔不断!」
高校時代、それが別れ際に「初めての彼女」が俺に残した言葉だった。
だったら、どうすりゃよかったんだよ? っての。
俺には女心ってやつがよくわからん。
そんなトラウマもあって、その後も俺は彼女いない歴を積み重ねていた。
そして今、やっぱり俺は涼子の気持ちがよくわからん。
たぶんそれは、俺が涼子を特別な目で見てるからなんだろうと思う。
高校の時の苦い思い出のように、涼子の「お兄ちゃん!」が突然ブッツリと切れてしまうことを恐れてるんだろうと思う。
ただの同期生だったら、きっともっと自然に話ができるんだろう。
そういう俺のぎこちなさを、涼子はどういうふうに見てるんだろうか?
そんな怯えもあって、俺は友人が羨むほどの環境にいながら涼子との距離を縮められないでいた。
そんなある日、叔父さんと叔母さんが交通事故であっさりと亡くなってしまった。
涼子は独りになってしまった。親戚はうちだけだ。
通夜と葬式の間、俺はずっと涼子のそばにいた。
喪主は俺の親父が勤めた。
斎場から親父が涼子を車で自宅まで送った。
「俺が帰ったら、涼子ちゃんをうちに呼ぼうと思うが・・・」
親父は帰りの車の中で、俺にそう言った。
今すぐ——でないのは、明日から1週間の出張になる親父が若い男女だけで1つ屋根の下、というのに抵抗があったんだろう。俺の家は父子家庭だ。
だから、帰ってから、だ。
「お兄ちゃん・・・」
別れ際、涼子が俺の方にすがるような眼差しを見せて小さく言ったのが俺は気になっていた。
独りで放っておいてもいいものだろうか?
ただ俺も、それに対して何も気の利いたことは言えず、
「明日、学校でな。」
と言っただけになってしまった。
それから3日間。
涼子は大学に顔を見せないのだ。
電話をかけても、出ない。
これ、ヤバいんじゃないか?
俺は不安になって、午後の講義をサボって涼子の家に向かった。
インターホンを鳴らしても返事がない。
俺の心臓は跳ね回り始めた。
なんで、翌日にでもすぐ来なかった!
いや、あの日「うちに泊まれ」ってなんで言ってやれなかった!
無事でいてくれ!
俺は玄関ドアの取手に手をかけた。
鍵が開いている。
俺は勢いよくドアを開けた。
そこに。
涼子が立っていた。
喪服のままで——。
ずっと、ここにこうして立ってたのか?
あれからずっと・・・?
それほどに心にダメージを負っていた・・・?
動くことも、電話に出ることもできず・・・?
なんで! 気づいてやれなかった!
3日間も!
鈍感!
優柔不断!
そういうことか・・・・
「お兄ちゃん・・・」
涼子がか細い声で俺を呼んだ。
「涼子・・・」
ごめん! ごめんな! 3日もかかって・・・・
「お腹減った。」
「は?」
「今、何日の何時?」
「へ?」
涼子は喪服のままで、冷蔵庫にあった食べられそうなものを餓鬼みたいにかき込んでいる。
「むっぐ! はぐっ! んぐ!・・・・」
「涼子・・・?」
俺は状況が把握できない。
そんなに腹減ってたんなら、なんで玄関になんか突っ立ってないで食べなかったんだ?
「お兄ちゃん、んぐ。なんで3日も来てくれなかったの? かわいい従兄妹が心配じゃないわけ?」
「え? いや・・・、そ・・・」
この件に関しては言い訳のしようもない。
しかし・・・・
「はあ〜〜。食った!」
傷心の乙女のはずの涼子の、この大学の男どもが見たら卒倒しそうな食いっぷりのギャップは・・・?
「とりあえず喪服着替えたいから、お兄ちゃん見ててくれる?」
「うん、わかった。あっち向いてるから・・・。」
どうなってるの?
「違うよ、お兄ちゃん。見てて、って言ったんだよ。」
「は?」