第二話 ルシード
前回のあらすじ
ローレライは魔王軍の幹部に連れ去られて、魔王の息子の護衛に就任させられた。
────アルテリア王国付近の野原。
魔王軍の幹部であるレシスが唱えた転移魔法によって振り出しに戻された、ローレライを除く勇者一行。
「ねえアルマ……」
「分かってる。ローレライを失ったのは俺のせいだ」
「違う、そうじゃなくて──」
「違わない。もっと早く撤退することを決めていれば、こうならずに済んだ」
「それは結果論でしょ」
「いや、ローレライが残った理由は疲労でもう動けないからだった。攻撃が効かなかった時点で俺が殿を務めて君たちを逃がしていれば、全員無事に帰還できただろう」
『逃げる体力は残っているか』というアルマの問いに、唯一ローレライだけは『ない』と答えた。
勇者は女神グランゼリーナの加護によって生き返る。故に、自分が盾となった方が生存率は高まったはずだとアルマは考えたわけだが────
「どちらにしても後味悪いですよ」
グロリアが否定する。回復役として、教会から派遣された僧侶として否定する。
「何度も生き返るとはいえ、命を軽く考えるのは良くありません。貴方は楽だと思いますが、死なれる側の気持ちも考えてください」
「そうよ、なんとか一度も死なずにやっていけてるけど、そもそもアタシは半信半疑だから。できれば死んで欲しくないし、絶対に死ぬな。いい? 逃げるときは一緒に逃げる。みんなで敵の追撃を振り切るのよ」
あくまでもアルマがそう語っているだけであって、実際に生き返るのかは死んでみないと分からない。
万が一のことも考えて、"一度きりの命"という前提で旅をしてきた。
────弱気なアルマに対して、前向きなフレイとグロリア。
本当は2人もローレライを失った悲しみが込み上げてきている。だが、全員で落ち込んでいてもいいことがない。
自分を責めている勇者を立ち上がらせて、再び旅を続ける。魔王を倒して世界を救うことができるのは、彼らしかいないのだから。
もっとも、勝手に死んだ扱いされているローレライはというと────
*
「凄いね。コレも、キミも」
ルシードが言うには、どうやら私の魔力量は魔王を超えているらしい。現在、彼がマジックディライトから魔力を吸い出しているのだが、一向に終わる気配がない。
魔力を貯めておく容器の中が一杯になっては取り替えて、一杯になっては取り替えて。
「なのに本人はレシスに負けるぐらいに弱いって、勿体ないなあ」
「弱くて悪かったな」
「いいや、全然悪くないよ。基本的に人間って魔族より弱いからさ、そのパワーバランスは覆しようがないんだよね」
「……つまり、私たち人間が魔王に勝つのは無理と?」
「うん。圧倒的な力の差を埋めるために、グランゼリーナの加護があるんだけど────言っていいのかなこれ」
「?」
ルシードは悩む素振りを見せつつ、また別の容器を用意する。
「勇者は何度でも生き返る話は知ってるよね?」
「知っている」
「じゃあ、生き返る度に強くなる話は?」
「……知らんな」
アルマはそこまで語っていなかった。そもそも死なない前提で旅をしてきたのだから、知らなくて当然の話ではある。
「グランゼリーナがうっかりオレの親父に──魔王カルス・ハルシオンに言っちゃったらしくて」
……ん?
「待て、女神グランゼリーナは魔王と会ったことがあるのか?」
「何回かね。アイツって正攻法じゃ魔界には入ってこれないんだけど、勇者が進んだ距離=女神が君臨できる距離になっていてね。あまりにも魔王の力が強大過ぎると、女神自らが出っ張ってきて討伐するそうだよ」
「は?」
なんだその茶番劇は。
「ビックリするよね。歴代の魔王は勇者じゃなくて女神が倒してきたっていう歴史を人間界に広めたら、どうなることやら──あ、先に器がなくなっちゃった」
しょんぼりとしながら魔力を蓄えた容器を丁寧に並べ始めたルシードを横目に、私は女神への怒りを覚えた。
強大過ぎるから代わりに討伐する。
となると、一体何のために私たちは魔族と戦っているのか分からないし、ただ徒に勇者が死に続けるだけなのは、彼らに対しての冒涜でもある。
「……続き聞きたい? あー、怒ってる顔だもん。聞きたいよね」
「ああ、まさかそんな神だったとは思わなくて」
「一応、色々と事情はあるよ。でも、ただオレが話し続けるのは味気ないからさ、こういうのはご褒美形式で話してあげる」
「ご褒美形式」
「オレが与える試練を1つクリアすれば、続きをちょっとだけ話す。もう1つクリアすると、その続き──みたいな感じで繰り返す」
「その試練は人間の私に達成可能なモノなのか?」
「勿論。ついでにローレライ、キミを魔改造するよ。してもいいよね? というか、するね」
本命はそっちか。研究者視点での私は興味深い対象で、尚且つ自分の護衛なら好き放題に弄っても問題ないと。
魔王と同様に、拒否権はない──強いて言えばこの場で死ねばいいのかもしれないが、そんな気は全く起きず。
ルシードは私の返事を待たずに、並べ終わった容器の1つを手に取って蓋を開けた。
そして、「えーっと、どうやるんだっけ……」と方法を思い出しながら、マジックディライトから吸い取った魔力を青い塊に変化させる。
「開始────」
彼がそう呟くと、塊が蠢く。
「概念付与────形状付与────特性付与────」
1つ1つ詠唱を紡ぐ毎に煌めきを放ち、塊はカタチあるものとして形成されていく。
見覚えのあるカタチ──剣に変化した塊。しかし彼の詠唱はここで止まる。申し訳なさそうな表情をして、
「────ごめん、続き忘れちゃった」
「おい」
謝罪。
途中で終わった詠唱の影響を受けた剣は、煌めきを失ってポトンと床に落ちる。
シンプルなデザインで、その辺の村に売っていそうな鋼の剣といったところだろうか。
ルシードはそれを拾って、
「はい、新しい剣」
なんと私に手渡してきた。
「……正気か?」
「勿論。ローレライは魔法素人だから分からないと思うけど、今の作業だけでオレの全魔力を消費したのと一緒だからね。恐らく、世界で一番魔力保有量が多いよ」
「そう言われても、明らかに失敗作にしか見えないが」
詠唱の続きを忘れた魔法から生まれた剣。全魔力と言っているが、ルシードの魔力量なんて把握していないし、ピンと来るはずがない。
そんな私に呆れたのか、彼は軽くため息を吐いて説明する。
「ほら、やっぱり素人じゃん。あのさあ、さっきの3つの工程だけで大体出来上がってんの。残りがなくてもどうにかなるから。はい、試しに素振りしてみて」
「……分かった」
言われるがままに一振りした瞬間、
「あっ」
爆音と共に目の前の全てが吹き飛び、家の面積は半分に。
────身体中から冷や汗が噴き出る。私は何を握らされた?
「ちょっと待って、親父呼んでくる」
*
魔王は、消滅した家の半分を修復して──厳密に言うと時間を巻き戻したらしい──帰らされた。
何もかもが元通りになり、ただ「ほいっ」と言っただけで成し遂げてしまった魔王の恐ろしさを実感する。
それはさておき。
「あー、成程。キミの師匠は魔力の留め方を教えずに、石で代用したわけだ。どこまで見抜いていたかは知らないけど、この量を体内に留めておくのは子供じゃ無理そう」
例の剣を一旦分解して、発生した魔力をマジックディライトに戻したルシードは、私の分析を始めた。
まずは、石に吸われていない状態で様子を見ることに。その結果、私には全く分からないが、どうやら私の魔力が常時垂れ流しになっているのが判明したらしい。
「にしても、こんなに溢れ出ているんだったら流石に他の誰かが気付きそうなんだけど。……キミの師匠って、もう会えないの?」
「あの人は『そろそろ旅をする』と言って別れたから、どこにいるかは見当がつかない。もしかしたら、魔界にいる可能性もある。人間──と表現するには些か奇妙な見た目だったからな」
「奇妙な見た目って?」
師匠の姿を、できる限り鮮明に思い出そうと試みる。
「耳が長い。ああ、そういえば『エルフと勘違いされやすい』とは言っていたな」
魔族でありながらも中立派とされているエルフ族。耳が長く、美男美女しか存在しないという噂もあるが、所在地は不明。
「じゃあ、人間と魔族のハーフでしょ」
「ハーフ……?」
「半分は人間の血が流れていて、もう半分は魔族の血が流れている種族のこと。正式名称は確か、"魔人"だったかな」
「聞いたことがないな……」
「そりゃね。魔族の特徴が濃いのが共通だから、人間界で生活するのはちょっと厳しいし、グランゼリーナが一番嫌いな種族は魔人。ちょっとしでかした瞬間に裁きを受けて死ぬよ」
「なっ……」
聞けば聞くほど、女神の印象が悪くなる。私情で民の生活に介入するまでとは。
そして、人間界における禁忌のような扱いを魔人は受けている。一体、何がそこまで女神を駆り立てるのか。
「キミが考えていそうなことも、オレは知っているよ。全部親父の受け売りだけど。ま、当分の間はご褒美形式だし頑張って」
「ああ。早速だが、最初の試練を────」
私がそう言いかけた所で、家の扉が開いた。
「ただいまーっと」
入ってきたのは、見覚えのある女性の顔。其処に立っているだけで気品を感じられて、すれ違えば誰もが一度は振り返るその美貌に綺麗な長髪の赤髪。
見た目に反して意外と活発的な性格と言われていて、時々脱走騒ぎを起こしていた。
しかし、彼女は十数年前に魔王軍に攫われた。当時の私はまだ幼かったが、攫われたと分かったときの国の有り様は今でも覚えている。
異様に暗く、あたかも世界が終わりを迎えたような、太陽が消えたかのような雰囲気のアルテリア王国を。
「マリナ様……ですよね?」
マリナ・アルテリア、我が国の王女。何故、ここに来たのか。
「うぇっ、なんで人間がいるの?」
「今日から就任したオレの護衛だよ。ローレライ・クロード、勇者パーティーの一員だったのをレシスが誘拐した」
「……凄い魔力。ルシードの研究対象にされたってことね」
「そうとも言う。……ローレライはなんで驚いて────あ、『マリナ様』ってさっき言ってたね」
「確かに私はマリナだけど、もしかして貴女、アルテリア国民?」
「はい」
私が答えると、マリナ様は気まずそうに目を逸らす。彼女の生存は、全国民が喜ぶことだろう。
「オレが紹介しようか? それとも自分で言う?」
「んー、自分で言うよ」
マリナ様は一度深呼吸をして、今度は私の目をしっかりと見る。
何やら嫌な予感がする。心の準備をしておこう。
「私の元の名前はマリナ・アルテリア────今は、マリナ・ハルシオン。現魔王カルス・ハルシオンの妻であり、ルシード・ハルシオンの母親でもあるよ」
「てことで、オレの母さんでーす」
「……?」
「私の息子をよろしく!!」
~続~
・アルテリア王国
勇者一行の出身地。面積は人間界の5割を占めており、唯一の国でもある。人間界が狭いのではなく、王国が物凄く広い。ありとあらゆるモノが揃っていて、王国の外に一歩も出ず人生を終える人がほとんど。
魔王軍に抵抗するために国を発展させていったら、いつの間にか領土が広がっていたとされているが、真実は明らかになっていない。