第一話 囚われの女戦士?
はじめまして、鶴屋と申します。
と申し上げたのはいいのですが……この作品の構想自体は序盤しか考えてない上に、別サイトでも執筆しているため、不定期更新です。
第二話の投稿はいつになるか分かりませんし、期間が空いたからといってシナリオを考えているわけでもありませんので、どうかご了承ください。
魔王のホームグラウンド、"魔界"にて。
「逃げる体力は残っているか」
隣に立っていた勇者──アルマが剣を鞘に納めつつそう言った。
私と彼の剣は通じていないし、他の仲間──フレイの魔法も通じていなければ、グロリアの回復は追いついていない。
だから、アルマは一度撤退することに決めたのだと思う。
しかし、目の前にいる敵は逃がしてくれるはずがない。魔王軍の幹部相手に背中を見せるのは、それ即ち死を意味する。
「自分はあります」
「アタシも、なんとか」
来た道を戻るだけ。道中の敵にはフレイお得意の氷魔法で蹴散らせば問題なし。グロリアの体力も残っているとなれば、きっと、3人で逃げ切れるだろう。
「ローレライは?」
「ない。私は置いて行け」
実際、かなり疲労が溜まっている。私の要求に対してアルマたちが固まっている間も、幹部の攻撃によるダメージで体力がジワジワとなくなっていく。
「……なら、戦おう」
────硬直していたアルマが剣を再び取り出した。フレイとグロリアは杖を構える。
それは頂けない。
「ダメだ。アルマは後ろの2人を連れて逃げろ。ここで全滅したら、後に繋げない」
犠牲はなるべく少ない方がいい。逃げると決めたのであれば、さっさと逃げてもらった方が此方としては助かる。
まあ、私は死ぬと思うが、巡り合わせが悪かったと割り切ることにするさ。
「君を置いて逃げるなんてそんな────」
「はーい逃げてねー」
アルマが喋っていた途中で幹部が割り込んできたと思いきや、私を除く勇者パーティーが一瞬で消滅する。
「……何をした」
戦闘中にも拘わらず悠長に会話ができていたのは、服装が紫のローブから推測するに魔女と思わしき幹部が攻撃してこなかったから。
とんでもない魔法を詠唱する時間に使われた、ということだ。しかも私ではなく、私以外を対象として。
「勇者たちを逃がしてあげました。具体的には、貴女たちの故郷であるアルテリア王国まで」
どうやらただの転移魔法だったらしい。だが、意図が見えない。今まで殺す気で私たちを襲って来たヤツが、急に心変わりしたのは何故か。
「とりあえず、魔王城まで連れて行くね。……ほいっ!」
「待っ────」
有無も言わさず、幹部は私を魔王城へ飛ばした。
*
飛ばされた先は、魔王城────の中にある推定玉座の間。
数メートル先で、派手に禍々しく装飾された玉座に座っている赤髪で二本角の男。魔王で合っているよな?
どちらかといえば、そこら辺に居そうな若者を感じさせられる風貌で、玉座に全く見合わない姿だ。まさか魔王が青の作業服を着ているだなんて、誰も想像していなかったに違いない。
それに、イメージしていた魔王城要素が、玉座と上に吊るされている巨大なシャンデリアのみ。
「……誰?」
魔王(?)は首を傾げながら、私を飛ばした張本人である幹部に問う。
「えーっと、勇者ご一行の戦士ちゃんです」
「名前は?」
「戦士ちゃん、名乗って」
「……ローレライ・クロード」
何がどうなってこうなっているのか全く分からないが、ひとまず殺される気配がなさそうなのは分かった。
ああ、仲間の下へ送ってくれる気配もなさそうだ。一旦、聞かれたことに答えていくとしよう。
「ローレライ、ねぇ……」
「魔王様、ちょっと聞いてくださいよ。ローレライちゃん、これつけてるんですよ」
いつの間にか馴れ馴れしい態度を取り始めた幹部が指差したのは、私の首につけている、紫色の石を銀色の鎖で繋ぎとめたペンダント。というか、角男は魔王で合っていたのか。
「いや、『これ』って言われても俺知らないよ」
「知らないマ? "マジックディライト"を知らないマ?」
「何それ。ローレライちゃんは知ってるの?」
ついには魔王まで"ちゃん"付けで呼び始め、訳が分からなくなってきた。
「このペンダントは私の師匠から貰った物だが、詳細は知らないし、『お前は持っておけ』としか言われていない」
私に剣の扱い方、戦い方を教えてくれた師匠。
……今思えば、人間かと聞かれたら微妙に肯定し辛い容姿だった気がする。
「その師匠の名前は?」
「"しがない魔法戦士”としか名乗っていなかった」
魔法を使う戦士だから"魔法戦士"という、安牌なネーミングの職業。
私はあの人が魔法を使っているところを見たことがなかったので、そもそも別の職業の可能性もあるのだが、今重要なのはペンダントの石についてだ。
「んー、それだけじゃ特定はできないなあ。……で、そのマジックなんちゃらって石はなんなの?」
「"マジックディライト"でーすー。触れた者の魔力を吸い続ける石で、なんと容量は無限大! 正確には、誰も上限まで貯めたことがないだけなんですけどね」
「へえ」
興奮気味に話す幹部の言葉に魔王は興味を示したのか、玉座から降りて近くでペンダントを眺める。
魔力を吸い続ける石。師匠から頂いて何年経ったのかもう忘れてしまったが、その間はコレがずっと私の魔力を吸っていたと。
「ソレを身に着けている人って、研究目的か何かしらの事情があるのかの二択でして。ワタシは後者だと思って魔王様の下へお連れしたワケです。だって、魔力を吸われている戦士って一生に一度見るかどうかの確率じゃないですか! 絶対何かあるでしょ!」
言われてみればそんな気はしてきた。
「でも本人は心当たりなさそうだし……」
「そ・こ・で、ルシード坊ちゃまの出番です!」
「レシスちゃんじゃなくて?」
「ワタシは他の仕事がありますからー。坊ちゃまはどうせ暇なのでーってことで!」
漸く名前が判明した幹部魔女──レシスは、言いたいことだけ言って一瞬で消えた。先程の転移魔法だろう。
取り残されたのは私と魔王。たった数分で繰り広げられる劇的な展開に、最早思うことがなくなってくる。
「仕事があるのは俺も同じなのに────よし、さっさとルシードに押し付けるか」
幾ら魔王と言えど、私を厄介案件みたいに扱うのだけはやめて欲しい。
*
「魔王城とアイツの家は専用のテレポーターで繋がっているけど、関係者以外は使用禁止なのと、何故か魔王の俺がその関係者の対象から外れていてね」
「……」
現在、私は空中を移動している。それ自体は珍しいことではない。
かなり前に魔法使いの基礎を教えてくれたフレイ曰く、空中浮遊は『自分自身を制御するだけだから、魔法としては結構簡単なのよ』とのこと。
しかし、『問題は自分以外を浮かせるとき。使わないといけない魔法の種類が増えて、重ね掛けしないと浮かないのよ。しかも、対象の質量が増えると消費魔力も増える。そうね────ローレライを浮かせるってなったらまずアタシじゃ無理よ』とも言っていた。
なお、基礎を教えてくれたところで私が魔法を使えるわけではない。つまり、
「事の成り行き次第では、ローレライちゃんもテレポーターを使えるようになると思うよ」
少なくとも、魔王がとんでもない魔法使いであることは確かだ。
自身と私を浮かせての高速移動。更には、移動で生じる空気抵抗すら感じさせない防壁か何かを貼っていて。
それらの魔法を軽々と行使し続けているのをフレイが見たら、目が飛び出るに違いない。
「────さっきから静かじゃん。仲間を心配していたり?」
「……あの魔女はアルマたちをアルテリア王国まで飛ばしたそうだ。その話が本当なら、私が心配する必要はない。寧ろ心配されている側、だろうな」
「勇者は、仲間1人すら救えなかった自分の弱さを悔いていそう。まあ、レシスちゃんは相手にするだけ無駄だから、次会ったら全力で逃げるのが正解だと思うよ」
「なるほど」
まさか、魔王直々に戦闘のアドバイスをしてくれるとは。人生、何があるか分からないな。私たちは敵同士だというのに。
────待て、流れ的に私は魔王軍に寝返るのか? 『事の成り行き次第では』と言っていた辺り……いや、後で考えることにしよう。
「それにしても、君は随分と冷静だね。普通、敵意剥き出しにするもんじゃないの?」
「次々と予想外の展開が襲ってくるせいか、そこまで意識を割く余裕がない」
かといって、時間が経てば敵意が戻ってくるのかとなればそうではない。湧いてきた疑問を一つ一つ潰していく方が、まだ有意義な時間を過ごせそうだ。
「あー、ウチの者がごめんね。勝手に連れ去ったクセに、最後まで面倒見ずに魔王に押し付けるとか──俺もあの子と一緒か」
「……そういえば、"ルシード"とは一体誰のことなんだ」
「俺の息子」
「息子」
なんと。
「ちょっと愚痴っぽくなるけどさあ、アイツに家与えたらずっと引き籠ってやがんの」
「引き籠って何をしているのかは、」
「魔法の研究だってよ。ローレライちゃんを差し出したらどうなるんだろうね」
マジックディライトとやらを付けた謎の戦士となれば、恐らく興味を誘う代物。
「ひょっとして、私は死んだりするのか」
「まー、ルシードは殺さないと思うけど、今ここで同行を拒否ったらそのまま落ちて死ぬよ。ソウルごと、逝かれる」
「ソウル……?」
また知らない話が出てくる。たった数十秒で2つの新情報。魂については詳細不明だが。
「あれ、人間界じゃ学ば──ああ、そうだそうだ。"死者蘇生"の概念がないんだったわ。死んだら上に行くんだっけ」
「私はそう習ったと記憶している」
幼少期の頃に誰もが通う学校。アルテリア王国のみならず、人間界では、必要最低限の教育を無償で受けられるようになっている。
6歳の頃から言語や歴史、計算などを6年間かけて学び、卒業を視野に入れ始めた頃に進路を選ぶ。
5回生のとき、先生が”死のその先"について教えてくれた。死んだら、女神グランゼリーナが作った楽園で人々は暮らすと。魔王は、その場所のことを”上"と言っているのだ。
ただ、
「勇者は違うらしい」
アルマが申し訳なさそうな表情をして語ってくれたのを覚えている。学校では教えてくれない秘密。
「グランゼリーナの加護を受けているから、死んでも生き返る」
魔王は当たり前かのように理由を言った。
「……知っているのか」
「これでも150年は生きてるし。その間に4人ぐらいの勇者と戦ったかな。確実に殺したのに、次の日になったら五体満足で乗り込んで来るとか、珍しいことじゃないよ」
「ある意味残酷だな」
「仲間は生き返らないからねぇ……」
そう、仲間は女神グランゼリーナの加護対象に入らない。死んだらそれでおしまい、だからこそアルマは、私が1人で残ることを止めたと思われる。
「1回目は必ず『お前を倒して人間界に平和をもたらす』、2回目は必ず『死んだ仲間の仇を討つ』。そしていつしか諦めて勇者の役目を放棄する。果たして、君のとこの勇者も同じ末路を辿るのかな?」
まるで試すかのような言い草で魔王は私の目を見る。
……既に答えは決まっていた。
「辿らないさ」
「根拠は?」
「少なくとも1回目は『ローレライを返してもらう』、だろう」
「あー確かに……おっと、見えてきた見えてきた」
私のどうでもいい訂正に魔王は納得しつつも、話を打ち切って視点を前方に戻す。
同じく前を見てみると、彼の息子が住んでいると思われる家が。
巨大な平野にポツンと一軒。周辺に木も川もない場所に建っているし、何の装飾もない普通の民家────王国の一般国民が暮らしている家と大体同じ。
「舌噛まないように」
家に近付くにつれ、速度と高度が徐々に落ちていく。最後はふわりと、私が着地しやすいように調整してもらい、地面に足をつけた。
「邪魔するぞー」
着くや否や、ノックも呼び出しもせずに魔王は家の扉を開けた。
扉の先に居たのは、父親とは全く違う髪色で、黒いローブを着た男の子。そこはかとなく面影を感じるような、感じないような。ちなみに角は二本。
「邪魔するなら帰って」
「断る。今日は客──違うな、護衛を連れて来た。入って」
しれっと逃げ道を塞いできたヤツ(断ったら私の死は確定する模様)に文句の一つでも言いたいところだが、仕方なく家に入る。
「失礼する」
「失礼するなら帰って」
「律儀に毎回やらなくていい。……えーっと、名前はローレライ。ローレライ──なんだっけ」
「ローレライ・クロード」
「そうそう。んで、コイツは息子のルシード」
あまりの適当っぷりに、ルシードは軽く溜息を吐いた。普段から振り回されているのかもしれない。
「で、護衛なんだよねその人」
「そうだ」
「強いの?」
「弱い」
「なんで連れて来たの???」
至極真っ当な抗議。しかし、私が強いから連れて来たわけではないので、一応事情を説明する雰囲気はある。
「ローレライちゃん、戦士なのにマジックディライトっていう石で魔力吸われてるからお前に押し付けた」
「なにそれ面白そう」
流石は研究者。滅多にないケースに興味をそそられているようだ。
「分かった、今日からキミはオレの護衛」
即決。すまないアルマ、フレイ、グロリア。私は魔王軍に寝返ってしまった。
「んじゃ、そゆことで。後、彼女が知りたいことはできる限り全部教えてあげろよ。とりあえず、ソウルからな」
「はいはいはいはい、早く帰れ」
「分かった分かった。ローレライちゃん、ウチの息子をよろしく頼むね」
「任された」
如何にも早く帰って欲しそうな態度の息子に若干不満げになりながらも、父親は帰って行った。
ウチの息子をよろしく頼むね、か。
短時間で随分と信頼されたな。
何はともあれ、あの状況から生き残ったことを幸運に思うべきだ。行きついた先は"魔王の息子の護衛"という、超展開にも程がある結末だったが……なるようになるとは思う。
~続~
・マジックディライト
魔界でしか採れない鉱石。石に魔力探知機能が備わっていて、触れた者の魔力量を測定し、基準を超えると魔力を吸収し始める。吸われるのは石に触れている間なので、ローレライのようにアクセサリーにすると非常事態発生時に詰む可能性がある。
吸収し始める基準は正確に判明しておらず、"Aは吸われたが、Bは吸われてない"を繰り返して大体の基準を出している。
ちなみに、魔力量が桁違いに多いと、吸われている感覚がないらしい。
他に解説すべき用語はあると思いますが、本編でちょっとずつお出しする予定なのでナシで(投稿するとは言っていない)。
では、書くモチベーションがあれば来年にお会いしましょう。