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魔王国の宰相 最終篇  作者: 佐伯アルト
Ⅻ 原初の神-Re 〈救世の刻〉
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1節 最後の会議−Re ④

「……切り替えよう。では、我々も彼奴が戻ってくるまでに、出来うる限りのことをせねばな」

「ちょっと待って」


 早速、迎撃の為の準備に動こうとしたところで、マリナに呼び止められた。


「何用かな」

「君たちに、渡したいものがあるんだ」


 そう言うマリナが取り出したのは、幾つもの立方体。


「これは?」

「カムイちゃんなら、知ってるんじゃないかな」


「! 記憶が込められている結晶だったか」

「その通り」


 それをマリナは各人の目の前に転送すると、腰に手を当てて解説する。


「僕は記憶に関する権能を持っている。そして、これは記憶を物質化したメモリーキューブ。この中に入っている記憶は__」


 一度言葉を区切り、深刻な面持ちで皆の表情を見渡す。


「あちらの世界で、君たちが辿った結末……抗った記録と、その末路が入っている」


 息を呑む音が聞こえた。


「気分のいいものじゃない。死の体験みたいなものだからね。だから無理して触ることは__」


 それでも、誰も躊躇いはしなかった。マリナの警告を聴いて尚、触れようとする手が怯むことはない。


「うっ……」


 触れた途端、顔色が悪くなり、体勢を崩しそうになる人もいた。しかし……その程度で折れるような弱い精神の者は、この場には誰一人として居なかった。


「そうか……彼は、最期まで私たちを守ろうとしてくれたんだな」

「これでわたし達も」

「エイジと同じ条件ですね」


 寧ろ、彼に近づけたことを喜んでいるほどですらあった。


「この記憶を元にすれば、より効率良く、効果的な準備ができそうであるな」

「早速計画の練り直しが必要そうだ!」


「__ちょっと待ってちょうだい」


 そこに待ったをかけたのは、モルガンだった。


「ワタシ、水神も九頭龍も、何のことだかわからないわ?」

「確かに、私も水神の姿は見ていませんね」

「……僕も、水神でギブアップだったからなぁ。その後のことはわからないや」


「あ、そっか……じゃあ、う〜ん……どうしようかな」


 うんうんと暫く唸ったマリナは……ふとポンと手を打つと、自身の頭を数度小突いた。


「はいこれ、僕の記憶。千里眼でずっと俯瞰していたからね、ほぼ全ての顛末は記録している。並行世界とか、僕の余計な情報は編集して……っと。できたよ。これが、第三者目線から見た、君たちの奮闘記だ」


 それを人数分複製すると、皆に放る。それを手に取ると……先程以上の恐怖と悲哀に顔を歪ませた。


「これ、は……」

「なかなかに……しんどいね」


 自分も哀しく、苦しい。だが、それ以上に、これを目の当たりにした彼の絶望や苦悩に意識が向いて。そちらの方が、より心が締め付けられる。


 そこに、パンッと乾いた音が響いた。


「よし、これで何が起こったかは理解した。では、早速作戦を練ろう」


 誰より早く状況を把握し、割り切って、その場を仕切り出したのはレイヴンだった。


「いつまでクヨクヨしている。仮にも俺たちは上に立つ者だ。嘆いている場合ではない。それに何より……アイツに二度とあんな思いをさせたくないなら、直ぐに動け。アイツにまた背負わせる気か? 今回の命運は、俺たち次第だ」


 ハッとした。この場の皆は、自分のことよりも、誰より辛い思いをした彼のためという想いが強い。だというのなら。


「俺たちが以前苦戦したのは、敵の情報がなかったこと。そして、こちら側の足並みが揃わなかったのが原因だ。あまりに突然のことだったからな。前者で特に厄介だった点は、敵の魔力波による撹乱と進化だったが……フォラス」


「ええ、仰りたいことはわかります。干渉の対策をすればよろしいのでしょう? ご安心を。しっかり思い出しましたのでね、完璧に対応して見せましょう」


「流石だ、頼りになるな」

「いえいえ」


「後者については、アイツがどれだけ時間稼ぎできるかどうかに掛かっているな」

「最初から全員で当たっていれば、被害ももっと抑えられただろうな」

「それに、後半の苦労を考えると……序盤で爆薬を使いすぎであったな」

「途中から進化もしてくるしね〜。その時から多く必要になったもん」


 精神が成熟した男性幹部らは立ち直りも早く、得た記憶を元に反省と提案を繰り広げていく。


「彼奴も作戦を考えると言っていたし、詳しいことは戻ってきてからでもいいだろう」

「特に、吾等はですな。どの順番で特訓をするかも決めてくれることであろうし。それまでは、軍の指揮など障りない範囲で進めるのが望ましいだろうて」

「少なくとも、いつでも動けるように、早めに方針を整えておかなければな。軍の動かし方はおおよそ前回と同様に。しかし、改善できるところは改善し、ゆとりがある場合は訓練や移動の足並みを揃えるのに使う。他国との連携なども鑑みる必要があるだろう」


 そこで一度発言が止まる。それぞれ言いたいことは言い切った。ならばと、彼らを束ねる然るべき者に注目する。


「では、私から命を下そう。レイヴン及びエリゴスよ」

「「はっ!」」


「宰相が戻ってくる二日後までに、軍や物資を動かす大まかな作戦を立てるように。エイジが戻ってきた翌日には完成させられる程度まで組んでおくこと。また、帰還までに、計画変更があっても差し障りない範囲で準備を進めつつ、我等がこの場を離れても継続できるように、指揮官の選別や指導、引き継ぎを行うのだ」

「「承知いたしました」」


「ノクトも同様の点を意識しつつ、準備を進めろ。医療班の動きは軍部と独立していたな。細かいことは全て任せる」

「は〜い」


「フォラスは、敵の干渉対策としての調整と、兵器の点検を全力で行え。ところで、神域で特訓はするのか?」

「私は遠慮させていただきますよ。これ以上大して強くなれないのは、なんとなくわかっておりますからね。その代わり、最初から離脱を気にせず動ける利点があります。皆様ご不在の間は、このワタクシが管理をしましょう」


「助かる。では、ゴグはその補佐に入れ。……さて、エイジの妻達よ。立ち直ったか?」


 今まで発言もなく、ただ佇んで居ただけの彼女達。しかして、決して、折れたわけではない。流石に、男性陣に比べれば多少精神は未熟である。だが、その覚悟は余人の及ぶような重さではない。問いかけたベリアルに対し、確固たる決意を湛えた眼差しで見つめ返す。


「よかろう。では、そなたらにも指示を出そうか。曰く装備を製造し終わるまでには日数がかかるようであったな。それに、我々幹部格が全員席を外すのはマズイ。ということで、特訓は後の方になるであろう。それを見越した行動をとってもらう」


 こくりと首を振る。


「レイエルピナは、我が軍の兵士達に銃の使い方を指南してくれ。レイヴンがいない間の指示も任せる。モルガン、ガデッサには避難誘導を頼みたい。だが、彼らの中にも戦う意志を持つ者がいるのだとしたら、その者達の引き抜きと、訓練を受けさせるための指示を下してくれ」

「分かりました」

「ええ、やるわ」


「テミス姫、ユインシアは例によって製造を。経験を踏まえた製造計画の変更については一任する。相談や許可の必要性は特にないが、報告だけは緊密にしてくれ。また、エリゴスの代わりも務めてもらう。イグゼはエイジの私兵隊を教官役として動かしてはくれまいか。シルヴァ、ダッキは統括の処理を引き続き行うように。手が空き始めたら訓練の方に合流を」

「「「了解しました!」」」


「セレインは魔王国内の哨戒と防衛を。カムイ殿には、特に要請はない。手が回っていない箇所に手助けをしてやってくれ」


「はい…」

「む、承知した」


 これで粗方幹部格への指示は出し終えられた。各々想定していた以上の役割が告げられることはなかったが、それでもこうして上に立つ者から指令を下され、すべきことを確定させるという儀式は重要なのである。


「へぇ……やっぱすごいねぇ」


 その光景に、マリナは一歩引いたところから感嘆の声を漏らす。今までは自らを偽っていたため、この場にいてもどこか疎外感があったものだが。実際改めて同じ目線で見ていると、その雰囲気に圧倒される。


 彼女の予想では、もっと戸惑ったり、恐怖や絶望で立ち直るのには時間が掛かるものだと思っていたが。


「やっぱり、甘く見ちゃってたのかな」


 マリナにとって彼らは、エイジの周りにいる者、つまり引き立て役程度の認識でしかなかった。だが、それだけではない。彼らもこの世界に生きる者であり、自ら考え成長している存在なのだ。エイジに助けられ、代わりに宰相の持たぬモノで、彼を導き支える__共に歩む存在なのだと、今更ながら実感できた気がする。


「私はこの後緊急事態宣言を発令してから、魔界に向かい、我が同胞を呼ぼうと考えている。が……マリナ」

「ん?」


 そんな物思いに耽る最中、不意に名を呼ばれ。仮の主君だと思っていた第二の上司の方へ、弾かれたように振り向いた。


「奴等の記憶は、確保しているのか?」

「え、一応あるけど……」


「よかった。であれば、それが欲しい。あれば、交渉もスムーズに進むだろう」

「そか。ふぅ、とっといてよかった」


 魔神王。彼らには、水神討伐後にもある使命があった。ベリアルと共にそれを遂行した彼らの存在、その記憶もまた役に立つかもしれない。その可能性に賭けて確保しておいたのだが、やはり有用そうだった。


「はい、どうぞ」

「ああ、ありがとう。では、これにて会議は終了としようか。各々、持ち場につけ」


 ベリアルは記憶の欠片が入った箱を大事そうに抱えながら、皆を解散させた。そして、自らも仕事を果たしに向かう。そんな彼を、マリナが呼び止めた。


「ねぇ、ベリアル様」

「なんだ」


「騙したこと……怒ってる?」


 先ほどから気になっていたことを、意を決して尋ねてみるが。


「ん? 何のことだ?」

「えっ」


 意外な答えに、拍子抜けする。


「私が一体、何を騙されたと言うのだろう」

「だって、僕は正体を隠していたわけで……」


「その程度、別に気にするようなことでもないだろう。お前以外にも秘密のある者は多いし、隠したいことがあるなら詮索はしないことにしているからな。何より……お前はそうであろうとも、私に仕え、この国の役に立ってくれていた。それで十分なのだ。まあ、幹部としては少々勤務態度がよろしくない所はあったがな」


 冗談めかして言うと、マリナの肩に優しく手を置き。


「少なくとも、お前は昔も今も、私達にとって良き仲間であることに変わりない。これからも頼りにしているぞ」


 そう伝えると、ベリアルは今度こそ退室した。その背中を見送ったマリナは、暫くボーッと佇む。


 思い返せば、正体を明かした時、皆驚きこそすれ警戒や敵意といったものは向けられていないし、自分の話を疑いもせず聞いてくれた。エイジの態度による安心感もあったのだろうが、彼らは最初から自分を信用してくれていた。何なら、メディアであった時よりも信頼は篤くなったようにも思える。


「そっか……じゃあ、頑張っちゃおうかな!」


 本当の自分を受け入れてもらえた。その事実が嬉しくて、彼女は意気揚々と自らの役目を遂行しに出かけた。


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