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魔王国の宰相 最終篇  作者: 佐伯アルト
Ⅻ 原初の神-Re 〈救世の刻〉
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1節 最後の会議−Re ③

「エイジ! エイジくん! 大丈夫かい⁉︎」


 目を覚ますと、自分は床に倒れていて。その顔を、ノクトが覗き込んでいた。


「……ああ、大丈夫だ」


 尚も心配そうに見つめるノクトの腕を払って、立ち上がる。その目は変わらず死んでいた。


「なに、時間遡行で酔ったんだろうさ。特に、問題はない」


 改めて、この詰んだ世界からどう抜け出したものか、考えようとして__


「ッ! そうか、そこにいたんだな」


 先程まで、そこにいなかったはずの存在に気がつく。そして、前とは印象が違っていた。そのどこか懐かしい雰囲気から、漸くその正体に至ることができた。


「やっと、気づけたよ。メディア……いや__マリナ」


 エイジの、彼女にかける声は。先ほどと違って、愛おしげで穏やかなものだった。


「ふっふっふ……そうとも!」


 彼女は立ち上がると、目深に被ったローブを脱ぎ捨てる。と同時に、その下の身体も偽装が剥がれて変容する。


「僕こそは! 稀代の天才魔術師にして、無神代理に使える最高位神官であり、神域の管理者かつ記憶を操る力を持ち、異世界転生転移を司る存在でありつつ、世界存続のために可能性を観測する元ウォッチャー……その名も、マリナ様だ‼︎」


 やや童顔の面立ちに水色のサイドテール。藤の瞳と可憐なドレス。手には杖を握り締め、バッチリドヤ顔でポーズを決めて見せる。間違いなく、エイジをこの世界に手引いた存在、マリナそのものだった。


「え、お姉ちゃん⁉︎」


 だが、そんな登場の驚きは、ノクトの発言によって上書きされた。


「え? おね……」

「そうだよ〜」


 珍しく驚きに顔を引き攣らせるノクトと対照に、マリナは呑気にも手をひらひらさせていた。


「実はね、僕とノクトは従姉弟なんだ」

「道理で、どこか似てると思ったら……」


 話し方や、魔術が得意なところに、エイジラブなところとか。改めて意識すると、共通している事項はそれなりに多い。


「まあ、その生い立ちは後でゆっくり聞かせてもらうとして……」


 エイジは彼女の前まで歩き。この世界で初めて、面と向き合った。


「マリナ、君がここに姿を現したってことは__」

「うん! 僕も、君に、力を貸すことにしたよ! どうだ、心強いだろ‼︎」


 不敵に笑んで、胸を張る。そんな彼女を、エイジはそっと抱きしめた。


「ああ、これ以上ないほどに、心強いよ。ありがとう、マリナ」

「え、えっとあの…こ、この状況は…その、なんと言いますか…あまり…よくない、ような……ね?」


 さっきまでの調子はどこへやら。顔を真っ赤にして、腕の中で慌てふためいている。


「愛している」

「____」


 トドメに、耳元で愛を囁かれて。完全にオーバーヒートである。顔からボンッと煙を吹いて、意識を手放しそうになっていた。


「あの……そろそろ離してあげたらどうだ?」


 このままでは話が進みそうにない。危惧したカムイが助け舟を出し、エイジも体を離した。


「で、呆けているところ悪いが。自信満々に登場したってことは、世界を救う策があるんだな?」

「もちろんさ!」


 距離をとって落ち着きを取り戻したか。咳払いをして、皆を見渡し、最終的にはエイジを見つめて話し始める。


「じゃあ、早速だけど、まず質問から。前回、君達はほとんど何も知らない状態で滅びに直面したわけだけど。その時に足りなかったものはなんだい?」


「足りないもの? そんなもの、数えればキリがない。兵器に、資源。人手も、兵力も。オレ達の力に、敵の情報だって」


「それらに共通するものや、特に重要なものは?」


「そりゃ、時間だ。時間さえあれば、武器も作れるし鍛錬もできる。そして、敵について事前に知っていれば、最適な対策が__あっ」


「ふっふっふ、気付いたようだね」


 その話ぶり、誘導するような方式は、まるでエイジが何時もしているようなものだった。


「経験は、もうある。だから要は、時間さえばあればいいってことだ。そして、それは?」


「神域、か」

「せ〜かい!」


 エイジは腑に落ちており、マリナもご満悦である。一方その二人以外は蚊帳の外。


「どういうことだ?」

「ふふん。では、神域とはどういうものか、説明しよう」


 ベリアルに尋ねられたマリナは、得意げに手を腰に当てて、滔々と語りだす。


「神域っていうのは、僕がさっきまでいたところなんだけど……天界や魔界と同じく、神によって作られた特殊な空間なのさ。座標的にはこの星の中心にあるんだけど、この世界とは物理的に連続してはいない。わかりやすくいえば、世界の裏側にあるって感じかな」


 これはエイジくらいしか興味なさそう、ということでマリナはさらっと話し。


「で、ここから先が重要なんだけど。その世界は、外界との接続を完全に断つことによって、内部時間が約八倍になるんだ。つまり、ここの一日が向こうでは一週間ってこと」


 自分の成果であるかのように、指を立てて得意げに語るマリナ。確かに、管理者ではあるのだが。一方、初耳な皆はその情報に驚愕していた。


「実は、ベリアル達は使ったことあるんだよね。どうかな、不自然な感覚に覚えはある? 最近、記憶が飛んだような感じがさ」


「! 半年前、エイジが修行したいと言っていた時か」

「そうそう、その通り」


 ベリアル、ノクト、レイヴン、エリゴス。エイジの修行に付き合った彼らは、その違和感を思い出した。今になって、エイジが心強い助っ人と認めるだけのことはあると認識しだす。


「神域内部について説明しておくと。そこは濃密な魔力が満ちていてね。だから、マナ吸収さえできれば、ほぼ無尽蔵にエネルギーを使えるのさ。君たちは皆できるでしょ? いろんな技を試し放題ってわけさ」


「その中で、オレが力を解放する修行をしたり、みんなが魔族化に適合するだけの時間を確保できるってわけだな」


「そうだよ。しかも、機能はそれだけじゃない」


 そこで、エイジの頭上にも疑問符が浮かぶ。これ以外の機能は、彼さえも知らない。


「その魔力を使ってね。敵を再現することができるのさ」


 それには、エイジでさえ驚いた。その機能を使えば、徹底的に今回の敵に対して特化した戦闘経験を積むことができる。


「管理者は僕だからね。僕の記憶、イメージを使って、魚の群れを模倣することができるんだ。それから、かなり格も落ちるけど、水神もね」


「……その機能、一周目も使えなかったのか」


「その時は僕も経験していなかったからね。千里眼で断片的に見ていただけだし、実際に相対した今の方が、より正確に再現できる」


「経、験? そういえば、お前さっきからあたかも経験したかのように喋ってるが……聖域って、時間軸や次元の概念がないのか?」


「いや? 生憎そんな便利なものでもなくてね。時間軸はここと全く同じで、内部時間が違うだけ。世界線も同じなんだよ。だから、僕も君に相乗りする形で転移してきたんだ〜」


「ど、どうやって⁉︎」

「僕は魔術の天才だよ? 過去への道筋は君が開いてくれたから、僕はそれを辿っただけだけどね」


 まさか自力で時空転移用の魔術を構築して追ってくるだなんて。今までイマイチ彼女の凄さにピンときていなかった皆も、いい加減その異常さに気づいたようだ。


「兎に角、その空間のおかげで、修練を積めるってわけだ。オレも、前回は怠慢で修行を怠ったからな」

「……それは違う、でしょ」


 エイジがまた自虐に入ろうとするも、それを阻んだのはマリナだった。


「君が力を使うのを躊躇ったのは、人の身には余る力を本能的に恐れたから。そして、暴走の可能性を危惧したから。実際、全開にした途端意識を無くしちゃったし。その状態、もしくは一歩前で体を慣らすにしても、外界と隔絶された神域とは違って、力のコントロールを少しても誤ったら人や環境に大きな影響が出る可能性がある。その代わりに、技術を磨いたり兵器を充実させることに労力を割いた。でしょ? 君は、悪くないよ」


 理屈っぽくなってしまったが、極力彼を納得させられるよう、考え方に沿っただけ。これ以上、彼が自責の念に苛まれて潰れてしまいそうになるのを見ていられなかった。


 真剣に、慮るような表情で諭す。その様子、そして先ほどエイジに抱きしめられた時の反応から、彼の恋人たちは察する。同類だ、と。


「……そうか。で、それを使って皆の戦闘力を上げることができるから、余裕を持って水神を倒せると」

「へへん、それだけじゃないぜ」


 考えが及ばないのか、エイジは首を傾げる。それも仕方ないだろう、まだ開示されていない情報なのだから。


「まだ、やり残したことがあるはずだぜ? 以前、この会議でも話題に上げてたよね」


 エイジは目を瞑り、眉を顰めて考えるものの、思い浮かばない。


「おやおや、君の恋人たちの強化方法は、魔族化だけじゃなかったはずさ」

「「「! 決戦装備‼︎」」」


 開発に乗り気だったレイエルピナ、自分たちがあまり役に立てていないであろうことを察した姫君たちは特に食い気味に、その埋もれかけた存在に言及する。その発言で、エイジも漸く思い出した。


「……いやいや、決戦装備つったって、工廠はこっちにあるんだ。それじゃ、時間的アドバンテージは__」

「だぁ〜かぁ〜らぁ〜、工房は神域にもあるんだって。ユインシアちゃんの遺構と、ほぼ同規模のものがね」


 その存在には、さしものエイジもポカンとしていた。


「しかも、ロストしていないテクノロジーが残っているし。こっちで作るよりも高性能になるんだぜ?」


「マジ、で?」

「マジマジ。こんな時にぬか喜びなんてさせないって」


 その報せに、唖然とする彼の横で、彼女たちははしゃいでいた。ロマンもあるが、何よりこれでより一層彼の役に立てることが、嬉しくてたまらない。


「設計図は見せてもらったよ。あれを造るとなると……一式につき、向こうでおよそ三日はかかるね。それが十人分……こちらの時間で、四日もあればできるってわけさ」


 たったそれだけの時間。希望の光が大きく強くなってきていた。例えるならば、満月くらいには。


「だが、まだ肝心なことが残っている」


 それは、飽くまで過程を易しくする程度に過ぎず。根本的な解決にはなっていない。


「どうやって、水神を倒さずに、この厄災を収めるんだ」


 結局、そこなのだ。いくら戦力を拡充させて、余裕を持って水神を倒せたとしても。九頭龍が目覚めてしまっては、万に一つの勝ち目もないのだ。


「……こんな格言、知っているよね。目には目を、歯には歯を。神には__神だよ」


 その言葉を聞いて、エイジの脳裏に過ぎるのは魔神王の面々。彼らの力には非常に助けられた。いなければ、討伐など夢のまた夢と言って過言ではない。だが、彼らには結末を変えうるほどの力は残って__


「力の弱った魔神王じゃない。彼女と同格の、八主神を目覚めさせるのさ」


 その提言には、この場の誰もが驚いた。そんな考えになど、及ぶはずもない。


「君達で魚を祓い、神々が水神を弱らせ、僕と彼らで封印を施して。海の底なり、エイジくんの作った亜空間なりに閉じ込めてしまえばいいんだ」


「そんなことが、可能なのか⁉︎」


 その疑問を呈したのは、ベリアルだった。自分の仇敵が健在、活力を保持しているという対抗意識もそうだが。敵だからこそ、その力は誰より識っていて。何より、今彼にとって最も大事なのは、今この世に生きる仲間たち。それに比べれば、過去の下らぬ軋轢など水に流せる。


「うん。主神たちも弱体化しているけど、まだ存在はしている。少なくとも、すごく頼りになるはずさ。そして、彼らが眠っている場所も、僕は把握している」


 彼女の存在一つで、足りなかったものが次々補われてゆく。それこそ過剰なほどに。至れり尽くせりだった。


「僕は、みんなが準備している間、神を目覚めさせて回るつもり。けど、一柱につき二日くらいは欲しいから……約二週間だね。一周目と同じ期間。それだけ時間が稼げれば、勝利は目前さ」


 最後に彼女はそう締めくくる。この部屋の空気は一変して、希望に満ちていた。それこそ真昼のように明るく煌めき、水神による厄災を鎮め、祓わんと、意気軒昂であった。



「いや、それじゃダメだ」



 そんな空気を、エイジの一言が打ち破った。当然、そんな彼は注目され。自信満々だったマリナも、鼻柱を折られて悄気(しょげ)てしまった


「時間遡行、などというチートを使ったんだ。世界を救うだけでは、満足できない」


 まだ、彼が何を言いたいのかわからない。視線で促しつつ、次の言葉を静かに待つ。彼が認めないのならば、この計画は先に進めないのだから。


「オレは……全てを救わないと、納得できない」


「兵士全てを戦死させない、っていうのは流石に無理だと思うよ」

「無論、それは理解している。だが__」


 言葉を区切り、息を吸って。


「確かに、君の作戦は完璧と言っていいい。これ以上になさそうだと思わせられるほどに。だが、そこには、運命の変わらない者がいる」


 皆もまた固唾を飲んで、その存在に思いを巡らせる。



「オレは、ティア=リヴドナを……そう。水神を、救いたい……‼︎」



 その提言には、誰一人例外なく全員が意表を突かれ。声も出せずに目を丸くしていた。


「彼女の唄を聴いていたオレには分かるんだ。アイツは、哀しんでいたんだ。自らの子に裏切られたことを、そして永劫の孤独を……それ故に狂い、自ら望みもしない凶行に走ってしまった」


 彼自身苦しそうに、言葉を零していく。


「その苦しみから、彼女を助け出してやりたいんだ。もちろん、オレから大切な人を奪った奴のことが憎い。だが、アイツも犠牲者だというのならば……!」


 絞り出すような声音で。だがしかし、確固とした眼差しで。その覚悟を示す。


 彼の決意表明が言い放たれると、会議室はしんと静まり返った。


「……ふ、ふふっ……アハハッ」


 その静寂を破ったのは、マリナの笑い声だった。


「荒唐無稽と嗤うか。だが、それでもオレは__」

「いや、違うよ……それでこそ、僕達の見込んだ救世主だ!」


 彼女が、エイジを嘲るわけがなかったのだ。


 そして、マリナでさえそうならば。エイジの人となりを深く理解し、愛している彼彼女らが、異を唱えるはずもなかった。寧ろ、惚れ直したかのようであって。微笑を向けたり、腕を組んで頷いていた。


「けど、それは決して簡単なことではないよ」


「十分承知している。だが、策はある」

「ほう?」


 今度はマリナが聴き手側だ。ウキウキとして、彼の話を待つ。


「夢魔の能力。それを使って、奴を眠らせる。そして、幸せな夢を見せてやるのさ。オレだって神だ、通じない道理はない」


 話が始まると一転、笑みが消える。しかし、それは失望に非ず。


「これが成功すれば、奴の精神を少しでも正常に近づけることができる。序でに、進行を遅らせて時間稼ぎもな。一挙両得というわけだ」


 実現可能性について考えを巡らせる、真剣そのものな表情だった。


「そして、奴が目覚めて進行を再開したら。オレの能力……対話権能を用いて、意思の疎通を試みる。対話権能、その本質はテレパシーだ。正気に戻りかけたティアと対話し、彼女を止められれば、或いは……」


「もし失敗したら?」

「その時は潔く手を引き、お前の作戦に乗る。だが……最後まで諦めるつもりはない」


 二人は見つめ合う。いや、睨み合うと言ってもいい。お互い、鋭い目でを交わし……マリナはにっこりと、満面の笑みを浮かべた。


「うん、任せてくれ! 君の理想の実現のために、僕も持ちうる全てを注ぐよ」


「……ありがとう」

「それは、全てが終わった後にとっといてね」


 マリナは胸を張り、自信ありげかつ嬉しそうに微笑みかけた。その様子に、エイジも胸を撫で下ろしたようであった。


「そうだ、一応聞いておきたい。なぜ、突然手を貸してくれるようになったんだ。さっきまであんな調子だったのに」


 その問いに、彼女は一瞬キョトンとした表情をすると。少し考えてから、話しにくそうに語りだす。


「僕は、並行世界を見る能力を持っていた。そのせいで、直接の介入が許されていなかったんだ。間接的に、助っ人を送ったり、支援したりしかできなかった」


 一転、その面持ちは暗いものに。


「けど、さっきも言った通り、その能力を持つ理由は、世界を存続させるため。でも、僕だってできる限りのことはしたし、この世界のリソース全て、そして外部から来た存在の最強格二人、特に最後の希望を背負った君がいた。それだけ揃えて、考えうる限り万全の体制で迎え撃っても、世界は守られなかった」


 そこで、また表情を変える。それは、困り笑いのような。


「世界を存続させなきゃいけないのに、直接介入できないというのもおかしな話だろう? だから、僕はその目を手放した。もう、並行世界の可能性を見ることは出来ない。つまり、この世界線にかけるしかないんだ」


「な、千里眼を捨てたのか⁉︎」

「うん。だから、元ウォッチャーなのさ」


 自分でさえこの目には頼りきりだ。そんな能力でさえ躊躇なく手放せるなんて。その事実だけで、同様の能力を持っている彼からしたら、その決意が並大抵ではないことは察するにあまりある。


「あ、でも、別に今の僕が魔術しか取り柄がないってわけじゃないよ? 記憶操作やテレポートの権能はまだ生きているし、神域の管理者も僕のまま。だから、それらで君たちの力になることはできる」


「権利の剥奪はされないのか?」


「ふっふふん。そうならないように、色々手を打っておいたのさ。仕事の大半を僕に押し付ける職務怠慢、その対価ってことで。実は、これ君リスペクト。ほら、エイジ君だって元の企業にとんでもない置き土産残していっただろ?」


 悪戯っぽく笑いかける。けれど、彼女のスペックの高さを考えたら、笑いごとでは済まない規模な気がする。いつも散々弄ってはいるが、マジになると恐ろしい。その辺りはどこかダッキっぽい。


「そうか。君はこの世界の為に、全てを投げ打ってくれたんだな」

「それ以上に、君のためさ」


 彼に、並々ならぬ想いの込もった目を向ける。


「信じてくれないかもしれないけど、僕だって、あんな結末は嫌だったんだ。世界も君も救いたかった。こんな辛い思いをさせたくなかった。……けど、そうでもしなきゃ、うまくいかないんだ」


 吐露する声音は苦しげだった。その様子は、とても上辺のものだなんて思えない。


「あの時点で、全ての世界線で世界は滅びていた。そのうち、いくつかは君が時間遡行に成功していた。けど、僕の目は、過去を写すことができない。だから、やり直した時に成功するかは、一度過去に戻ってみないとわからなかった」


 その事実を聞いたエイジは、すごく複雑そうな面持ちだった。どう足掻き、どう転んでも救いがないだなんてあんまりだ、というような。


「今回は、大丈夫。よく見たわけじゃないけど……この世界が存続する未来は、確かにあったから」


 そんな彼を安心させるように、そう告げる。真っ直ぐ見つめ、決しては慰めではないと示すように。


「そうか」


 これで話は一段落したようだ。ここから具体的な作戦を詰めよう、と皆が身構えたところで。


「早速だが、マリナ、オレに神域を使わせてくれ。最初は二日だけな」


 彼の提言に意表を突かれたか、愕然とする。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「私達はその間何をすれば良いのだ⁉︎」


 未来を知っている彼がいなくなってしまうことが不安でならない様子。


「皆は迎撃の準備をしていてくれ。その間に、オレは作戦の立案と、水神に接近するためのシミュレーションをする。一応マリナもいるし、何があったかはそいつから聞いてくれ」

「分かった。じゃあ、力を抜いて」


 力を封印しないと、時空移動の権能と相殺して、うまくいかない可能性がある。エイジは気を抜いて、彼女に身を委ねた。


「いってらっしゃい」


 一足先に、エイジは神域へ向かう。最後に一目だけ、皆を見てから。


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