1節 最後の会議−Re ②
「……やあ、エイジくん」
「マリナァ……!」
どこか後ろめたそうな彼女に、エイジは怒気を滲ませながら詰め寄る。
「どの面下げてオレの前に現れた。こうなることをお前は……知っていたんだろ」
「……うん」
突如エイジは、彼女の胸ぐらを掴み上げる。
「だったらなんで教えてくれなかったんだ! お前が力を貸してくれたら、アイツらは! アイツらは……死なずに、済んだかもしれないってのに……」
八つ当たりにも近い彼の怒り。それをマリナは反論や抵抗をする素振りもなく、全てされるがまま。傍観という罪の裁きを受け入れているようだった。
「…………悪いな。お前の力を借りない、と言ったのはオレだ。無能のくせに意地を張って、その結果何もできず。自分から破滅に陥った。身勝手にも程があるな」
「……」
感情を爆発させて冷静さを取り戻したか、力を緩め、決まり悪そうに目を逸らした。
だが、一方のマリナは。そうして責められることが一つの救いであったかのように、思い詰めた表情が少しだけ晴れていた。
「エイジくん、これを」
彼におずおずと差し出されたのは、記憶の結晶だった。前見たカムイのものよりも、ずっと小さい。路傍の石ころ程度の大きさだ。
「これは」
「この中には、遡行後の君の記憶が__」
マリナが最後まで言い切る前に、エイジは記憶の結晶に触れた。すると__
「うっ……ああ、ぁ……」
その表情は絶望に沈み、膝から崩れ落ちる。その中には、取り残された意識の記憶があった。自分だけはその世界の中に留まり、耐えかねて自害したという記憶が。
「そう、か。タイムリープすると、意識は取り残されるのか」
だが、すぐに立ち上がった。絶望の度合いは、然程変わっていない。今だって、何の光明も見出せず、目の前の全てが幻覚であるようにすら感じているのだから。
「この力を濫用することへの警告。それが呼んだ理由ってわけだ……マリナ、時間遡行をしたら次元はどうなる。並行世界は生まれるのか」
「……少なくとも、今回はできていない。君が元いた世界は……全ての命がなくなった。この歴史は、なかったことになるだろうね」
「そうか。奴が目覚めた時点で、その世界は無かったことになるのか。なら、奴は永遠に世界を滅ぼすことはできないじゃないか」
「正確には……並行世界を生み出すことができる者がいなければ、だね」
「オレが諦めるかどうか。奴との根比べってことだな……」
言葉を交わして、納得して。まだマリナが何か言いたげにしていても、気にも留めず。切り上げて、すべきことを果たすために帰ろうとする。
「まあ、いいさ。どうせ消えるなら、代償は無いも同然。何度でも、無意味にやり直すさ」
マリナは声をかけたくとも、できない。彼は自分を拒んでいるし__今の自分にできることなんて、何もなかった。
「もし、叶うのなら。お前の力を借りたかったよ……じゃあな」
最後に、彼女の顔を見ると。エイジは自らの力で帰還した。
彼の姿が消えると。マリナの頬を涙が伝った。せめて、自分よりも苦しいであろう彼の前では平常心でいようと感情を閉ざしていたが。それがなくなった今、想いが堰を切ったように溢れ出す。
「僕、だって……嫌だったさ、こんな結末! 君の絶望しているところなんて、見たくなかった! 救いたかった‼︎ けど、僕には、資格がなかったんだ……」
足りないのではなく、有していたが故に、それが枷となり、関与できなかった。だが__
「でも、今なら。きっと力になれる。あの人の言う通りだったのは、少し不満だけど……あの結末にだって、意味はあったんだ。確かに存在した、見届けた。だから、その先に進める」
今回ならば、エイジの条件は達成されている。あとは、自分の条件を満たすだけだ。
「すぅ……はぁー……スゥ……ハァーッ……」
深呼吸を繰り返す。その身体は、恐怖で震えていた。誰とてそうだろう。
__これから、五感の一つ……視覚を失うというのなら。
「ッ……捨てる‼︎」
宣言した直後、今まで当然のように見えていた光景が消えていく。あったはずの世界、あり得た未来が。
「うっ……うぐ、ぅ……」
視界が闇で覆われていく。力を一つ、手放してしまった。けれど、その代償に得られるものはある。
「これで、君に力を貸せるよ、エイジくん。待ってて……」
これで見るべきものは定まった。最早、他の世界などどうでもいい。最も大事なものは、今目の前に広がるこの世界だけだ。
「今度は、僕が力を貸すから!」