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風のように

作者: Karyu

暇があれば読んでいってくださいw


キーワード:此の方、艶めく、ガンダーラ

ジャンル:秘境探検、ポップ歌曲ベース


「ふ~ん、秘境ねぇ……」


 そうやって机に肘をついて頬に手をやる俺の弟は、ため息交じりにそう嘆息する。


「わ、悪いかよ」


 俺は少しむっとなって弟の握る紙に目をやる。


「いんやぁ~、ただ兄さんが何を思い至ってこんなことしようと思ってるのかなってねー」


 俺はちょっとだけ頬を赤らめて、それを隠すようにポリポリと右手の人差指で掻く。しかし、なかなか勘の鋭い奴だ。


「自分探しの旅だ……」


 そして沈黙。横目で見る弟の両目は点を描いたように丸くぽつりとしている。


「自分探しの旅……? に、兄さんが? くっくく、あは、ははははは!!」


 こいつが笑うことが分かっていたからこそ、俺は何も言えずにこいつが笑い終えるのを待つ。


「笑いすんだか?」

「ああ、うん。あはは、兄さん……マジで言ってるの?」


 両目の端に少量の涙を浮かべながら、しかし弟は真剣なまなざしで俺を直視してくる。


「……ああ」


 弟は俺と視線を交えながら、数秒の時が流れる。


「はぁーあ、わかったよ兄さん。それじゃ、お願いするよ」

「いいのか?」

「うん。まあ、それにまだまだデータがほしかったのも事実だしね」

「感謝する」


 俺は腰を折って頭を下げる。


「いいって、いいって。でも、命の保証はできないよ?」

「わかってるさ」


 だったら、こんなことも言いださないさ。もう何度もやっていることだしな。


 俺は前身を上げて、弟の方を向く。


「そう……。こっちも最善を尽くしてバックアップさせてもらうから」


 弟が俺に向けた微笑みに、俺は力強く笑って答えてやる。


「頼む」

「ううん。よろしくね」


 俺の目の前に差し出される弟の小さな手を、俺はがっしりと強く握り返す。


「ああ」


 これで、今度こそは―――。







 弟のいる社長室から出て、俺は最下層の研究棟へと続くエレベーターを使って降りていく。


 周りの壁がすべてガラス板の為、ビルの内部が把握できながら下降することができる。


 重力の流れに乗るように下へ下へと向かっていく俺の体は一種の特殊な浮遊感を覚える。目的の階まではまだまだ階数がある……。


 海堂 満、まあそれが俺の名前な訳だが……誰がつけてくれた名前なのかは覚えてはいない。生まれて此の方、名付け親など見たことが無い。


 とはいうのも、俺の両親は本当の親じゃない。つまり、俺は養子な訳だ。子供ができないと言われて、俺が引き取られた三年後に子供が生まれた。それがさっき会っていた弟だ。血の繋がりは勿論ない。


 父親が事業家で、俺と弟は小さいころから英才教育たるカリキュラムを組みこまれた生活を送ってきた。やっぱり血は争えないのか、俺より弟の方が才能を発揮して二十歳にして社長の座を手にした。


 そんでもって二十三の俺は何をしているかっていったら……弟が成し遂げようとしているプロジェクトの試験体になっていることぐらいだ。


 何もできなかった俺は、いや何もできない俺は、こんな俺を使ってくれる弟にデータを提供することが唯一報いる方法だ。


 それに個人的な理由が一番だが、俺は俺自信の過去を知りたい……。


 チーン


 エレベーター特有の電子音と共に開かれる扉を向ける。


「あ、満さん今日もされるんですか?」


 前身を白衣で覆い、顔も髪もすべてをゴーグルマスクを装着して隠している研究員が俺を視認するや否や立ち止まる。


「ああ。仕事だしな……」

「そうですか。それなら早速始めましょう」

「頼む」


 白衣の研究員の後ろをついていきながら、白熱灯が廊下一体を360度全てから照らしつけている中歩き出す。


 数十メートル間隔で廊下の横側に設置された特殊ガラスの向こうには一台の機械的な椅子が設置されている。そう、これこそが俺が今試験体として乗せられる装置だ。


 重厚な扉が開き放たれ、暗室の中央にさまざまな色彩のランプで照らされ、革張りにされた背凭れを見やる。


「それじゃ、いつも通りにお願いします。これで安全性が認められると、いよいよ商品化に向けて大きなステップを踏みこめます」


 別室で俺の方へとアナウンスを語るさっきの研究員はマスクを外して、俺に微笑み、語った。


「ああ、そう願いたいもんだ」


 ツカツカと実験室の中央へと歩き、黒く威圧感溢れる巨大な椅子にどっしりと座りこむ。背中と尻から伝わる感触が、急激に俺の疲れを吸い取るように、俺の体は優しく受け止められて弾む。


「それじゃ、いきますよ」


 ウ゛ィーンという音と共に、俺の頭部を覆うようにして黒いバイザーが下されてくる。よく見るリラクサイゼーション用の椅子みたいなものだ。


 視界も暗くなり、ウ゛ーンという駆動音と共に耳元で囁きかけてくるのは今日初めて聞くものだった。


「あなたにとって秘境とはどのような場所ですか?」


 それは初老のとても穏やかな男の声だった。


「木々生い茂り、野生の住処とされる南米のジャングル?


 海底に沈みし古代の超都市?


 地下深くに芽生えた人類とは違う文明が生み出した桃源郷?


 あるいはこの世の叡智が集結しているガンダーラ?


 世間に知られざる場所。それこそが秘境。でも、この世の中、もう知られていない場所なんてそうそうにないでしょう。


 人が科学という技術(ツール)を手にしてから、人は世界(すべて)を見ることができるようになったのです。


 ならば、この地球上にもはや秘境と呼べる場所はないのではないでしょうか?


 新たなる、あなたしか知ることのできない秘境は見つかるのでしょうか?


 何の変哲もありません。


 秘境とは世に知られる土地。秘なる境……とても神秘的な名前ですね。そしてあなたの世界でもあるのです。


 そこはどこなのでしょう? 


わかりますか? …………そう、それはあなたの夢です。


 我々はつきとめました。あなたの夢こそが、神秘の世界への扉なのだと。秘なる境、その境地へと誘うのがあなたの夢なのだと。


 あなたは夢を見たときに、常に自分自身です。自分の視点です。そして見る夢は常にどこか現実とは違った怪異なものなのです。


 夢の意味、それはあなたが存在する世界とは違った他の世界の自分との共有……。パラレルワールドとはご存知ですね? そのもう一人の自分と入れ替わる時間のことを我々は夢と言っているのです。


 つまりあなたが見た夢は現実に他の世界で実在し、あなたはその一部分をその世界の自分として見てきたのです。


 少し難しいかもしれませんね。百聞は一見にしかず、実際に行ってみましょう。


 この装置はあなたの見る夢……つまりは他の世界の自分とをリンクさせる装置です。


 あなたが望む世界へと、あなただけの秘境へと案内いたします。


 それでは参りましょう」


 男の話と共に流れていたBGMに俺の体は弛緩され、心地よさを感じながら俺の意識は遠のいていく。


 理論は弟から聞かされていた。けど、本当なのかは未だに信じられない。


 でも、俺にはこれに乗らなきゃいけない理由がある。もう一つの世界で、一体俺が誰なのかを知るために―――。


 そこで、俺の意識は途切れて次に目を開けた時には…………








 …………俺は草原のど真ん中にいた。


 さすがに前いた所とは違うけど、現に俺のことを知っている人間が近くにいるはずだ。


 俺はあたりを見回す。


 しかし、誰もいない……。


 雲の生み出す影が、風が流れると共に草原を駆け抜ける。


 心地よい風が俺の胸元を吹き抜ける度、何かがさらわれるような、それでいて落ち着くような気分にそそのかされる。


 ここは、一体どこなんだ?


 見渡す限りの草原と、見上げれば蒼穹がどこまでも続き雲がなびく。


 自分自身の過去を知るために、俺はこの装置の試験体となった。今まで数多の世界の自分を体験し、自分の手がかりを探ってきた。俺がどうして生まれて、なぜ捨てられたのかを。


 しかし毎回のように手がかりを得る前に夢から追い出され、そして今はここにいる。


 柔らかな陽射しが俺を撫で、心地よい風がそよそよと吹く。


 これが、答えなのか?


 ふと、そんな思いが頭を(よぎ)る。


 これはこの世界の俺が、俺に残した答えなのか?


 また風が吹く。


 俺は目を細めて、遥か向こうの地平線を眺める。


 そして、また風が吹いた。


 心の奥まで澄み渡るような微風(そよかぜ)に、俺の気持ちは揺さぶられる。とても無垢で、艶めくことなどない、純粋な透明な力。


 心の中に吹いた風が、全てを忘れろと言いたそうに。俺は目を閉じて、自分の全てを投げ出してみた。


 俺を連れてってくれ。俺を、風にしてくれ。


 両手を広げ、雲の織りなす影の遮光を浴び、俺は風の音を聴く。


 最初から意味なんて求めるべきじゃなかったのかもしれない。全てが無に飲み込まれていくような、そんな感覚に俺は心地を覚えた。


 連れて行ってくれ。俺を遙か向こうまで運んで行ってくれ。だれにも止められぬ、だれにも求められず、だれにも受け止められない風のように。ただ過ぎて去っていく無色の風のように、俺を……運んで行ってくれ。






 その時、何かがとても軽くなって、俺はそれから目を覚ますことはなかった。


 元いた世界でも、俺は装置の中で息を引き取り、弟には悪いがプロジェクトは凍結された。


 あの世界の俺が俺にくれた答えなのか、それとも残して行っただけなのか、でも俺は風になれた。なれた気がするんだ。


 これからも、俺は風としていろんな場所へと旅しよう。


 だれにも想われず、だれにも気にされない風になろう。


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