7 おいかり
医務室で治療を受けたアンジェリアは、話を聞きつけて迎えに来てくれたキャリーとバリーと三人で、個室で会話をしていた。本日医務室に待機していた医師はこの前の時と同じ医師であり、運ばれてきたアンジェリアを見て眉根を寄せつつ、対処をしてくれた。
何故アンジェリアが再び医務室に来たかと言えば、突き飛ばされた時に足をくじいてしまっていたからだ。
当初自覚がなかったのだが、立ち上がろうとした所で右足首に強い痛みが走り、また廊下に倒れ込んでしまった。それを見た周囲の生徒が、医務室まで運んでくれたのだった。
キャリーとバリーは険しい顔をして腕を組んでいる。
「アンを一人にするの危なすぎねえか」
「同意するわ。アン、暫く必ずだれかと一緒に行動するように周りに頼みましょーよ、私とバリーだって、全部の授業でアンの傍にいる事は出来ないんだから」
「おおごとにしたくない……」
「もう無理でしょう。貴女の従姉妹様だって、こんな事になったと知ったらお怒りになるわよ」
「止めて。アンドレアが本気で怒ったら怖いのよ……」
「俺たちの所にもすぐ話が来るような状況だぞ。もうサンセットサファイア様の所にだって話が行ってるだろうよ」
そんな話をしていた直後の事である。外から医師の、お見舞いの者が来たという言葉と共に、明らかに怒りを浮かべたアンドレアが入室してきた。
「アンドレア……」
「医師から聞いたわ。足首をくじいたと。他に怪我は?」
「な、ないわ」
「そう。……それでどうして一人ですごしていたの? 誰かと一緒にすごすように、と言っていたはずだけれど」
アンジェリアは俯いた。そんな従姉妹の様子に、アンドレアはため息をつく。
「相手の情報は何か手に入れられた?」
「……いえ。何も」
「名前も?」
「名乗られなかったから……」
「あ、名前なら分かりましたよ」
アンジェリアとアンドレアの会話を遮って、キャリーが手を上げながらそう言った。「え?」とアンジェリアが目を丸くして、アンドレアは冷静に「教えてくださる?」と告げる。キャリーとバリーは頷いた。
「廊下で今回の争いを目撃していた生徒に私とバリーで聞き込みしまして。相手は私たちと同じ、貴族学院一年で、トパーズの血族の、ベラ・グリーントパーズという男爵令嬢だと分かりました」
なるほど、薄い緑色の髪というアンジェリアの記憶とも合致する。
「ベラ・グリーントパーズ……アンジェリア。覚えはあって?」
「ないわ。アンドレアは?」
「私もないわ。そのベラ・グリーントパーズとかいう男爵令嬢がアンジェリアに絡む理由は聞き出せて?」
「いいえ。たまたまベラ・グリーントパーズという女性の事を知っていた生徒も、以前授業で話をする事があったから覚えていただけで、どんな令嬢なのかとかも詳しくは知らないと」
「そう。マクドナルド嬢、マクドナルド卿、よければ貴方がたの力を借りたいのですが」
アンドレアの言葉に、キャリーもバリーも悩む素振りもなく頷いた。
「勿論です、サンセットサファイア様」
「アンジェリアがこれだけ傷つけられておいて、このまま大人しく引き下がるなんて出来ねえ……です!」
キャリーとバリーの返事に、アンドレアはニコリと微笑んだ。
「アンジェリアの友に、貴方がたのような友情に厚い者がいて、喜ばしい事ですわ」
「アンドレアっ、二人に何をさせる気なのっ」
アンジェリアは貴族らしく微笑む従姉妹の腕を慌ててつかむ。キャリーとバリーの二人は平民であるが、大事な学友である。危険な事をさせるわけにはいかないと焦るアンジェリアの頬を、アンドレアは美しい指で撫でた。
「簡単な聞き込みをお願いするだけよ」
――そうしてベラ・グリーントパーズを調べたキャリーとバリーは、彼女が少し前までハワード・ピンクサファイアという令息と恋仲であった事まで調べ上げた。だがどうやらここ最近は共に行動しておらず、破局したらしいという事も。
その事をアンドレアに報告すれば、ハワード・ピンクサファイアという名前にアンドレアは顔をしかめた。
「ご存じでいらっしゃるのですか?」
「……ええ。……まさかアンジェリアが頬を叩かれた原因が私にあったなんて」
「どういう事ですか!?」
バリーが血色変えてアンドレアに近づきそうになったのを、キャリーは羽交い絞めにして止めた。この双子の兄は、アンジェリアの事になると短気になる。幸いにもアンドレアはバリーたちの行動を咎める気はないようで、目の前で双子がわちゃわちゃしているのを全て無視して話をつづけた。
「ハワード・ピンクサファイアというのは、現在考えられている私の婚約者候補なの」
キャリーとバリーは、顔を見合わせた。そして、目の前の、親友ともいえる大事な友の従姉妹を見る。
友人アンジェリアとその従姉妹アンドレアは、名前も似ているが顔も似ている。ただ、髪の色などが明らかに違うので見間違える事はない。
――だがそれも、アンジェリアやアンドレアと知り合っていて、二人が従姉妹だと知っていれば、という話になるだろう。
それらを知らない人間が、サンセットサファイアという家名とアンという名前だけを把握していたとしたら? そしてそれらの情報を元に人探しをしたとしたら……?
直接は話していないキャリーとバリーから見ても、ベラ・グリーントパーズは思い込みが強い傾向にあるらしいという事が分かった。そんな少女が、虫食いのある情報をもとに、それに当てはまる人間を探したとしたら……。
「私たちを下に見て踏みにじろうとした事、後悔させなければ、ね」
低い声に、双子は肩を跳ねさせ、目の前のお嬢様を見た。
貴族といっても特に背負う者はなく、気安い性格で、初対面の時から平民である二人に普通に接してきたアンジェリア。
貴族の家に生まれ、守る者を持ち、貴族令嬢として育てられた、アンドレア。
顔は、アンジェリアとこれほど似ているというのに、その雰囲気はアンジェリアは絶対にしない、冷たい尖ったもので。
「マクドナルド嬢。マクドナルド卿。私に協力してくださるでしょう?」
勿論ですと、双子は胸に手を当てて宣言した。