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4 ベラ・グリーントパーズⅢ

 東棟の二階。

 奥から三番目の談話室(サロン)


 そこにたどり着いたベラは、ドアをノックした。


「――どなた?」


 中から、女の声がする。もしハワードもいたならば、ハワードが問いかけてきていただろう。つまりまだハワードは到着していないのだろう。

 ベラはドアを開いた。

 談話室(サロン)の中には、令嬢が一人腰かけていた。大きな扇を開いていて顔を隠しているのに加えて、大きな窓から注ぎ込んでいる太陽の光で令嬢の顔は陰になっていて、よく見えなかった。だがその赤っぽい髪は見えたので、アンで間違いないだろう。


「貴女、あれだけ言ったのにハワード様と別れていないって、どういうつもりなの!? ハワード様は私と結婚するのよ!」

「?」


 アンは、首を傾げる。表情は見えなかったが、その動作はベラを馬鹿にしているように見えた。ベラは顔を真っ赤にさせ、自慢の、右側に巻いている髪を揺らしながら叫ぶ。


「さっさとハワード様を解放しなさいよ!!! 私たちは愛し合ってるのよ!!! お金を使ってハワード様を私からとるなんて、絶対に許さないんだからっ!!!」


 ぜえ、ぜえ、と叫ぶ。ベラ。彼女の言葉がそれ以上に続かないのを見た所で、アンは扇で顔を隠したまま言う。


「貴女、他人の頬を打ったり、突き飛ばして足をくじかせるような暴力行為をした事を、どう思っておりますの?」

「ど、どうって……貴女がハワード様と婚約したのが悪いのよっ!! ハワード様は私の物なのに!」

「……今なら謝罪を受け入れてあげますけれど」


 ベラは鼻で笑った。


「誰が貴女なんかに謝るもんですか!」

「――そう。では許しませんわ」


 アンが立ち上がる。そして、パチンと扇が閉じられ、顔が露わになった。その顔はベラがこれまで二度、会話をしたアン・サンセットサファイアで間違いないはずだが――。


(――?)


 ベラはわずかに違和感を感じた。

 顔は同じ。髪も赤っぽい。目の前の女はアン・サンセットサファイアで間違いないはずだ。


 そうベラが考えていると、目の前のアンはおもむろに後頭部へと手を回した。そして、()()()()()()


 長い豊かな髪が、アンの背後に垂れる。


「は?」


 ベラは目を点にする。

 ベラの知るアン・サンセットサファイアは、深紅の髪を女にも関わらず短く切りそろえているような、女っぽさのあまりない女であった。あの短さの髪が、たった数日で背中に垂れるほど伸びるはずがない。


「え?」

「入ってきなさい」


 アン・サンセットサファイアであるはずの女は、ベラの背後に向かってそう声をかけた。談話室(サロン)のドアが開かれ、数人の学生が入ってくる。


 最初の一人は背後の人間に背中を押し出されて部屋に入ってきた。たたらを踏んで、あわや転ぶという様子の男を、ベラは勿論知っていた。


「ハワード様!」


 声をかけると、ピンク髪のベラの恋人は、ギリと怒りで色の濃くなった目でベラを睨んだ。彼に駆け寄ろうとしていたベラは、体を硬直させる。


 そんなハワードの後ろから、更に三人の男女が入ってきた。特に目立たない茶髪の男と女。

 そして、深紅の短髪の、ベラが良く知るアン・サンセットサファイア。


「え、な、どうして?」


 さっきまでこの談話室(サロン)で会話をしていたアンと、目の前に現れたアンをベラは何度も見比べる。奥にいた髪を解いたアンは、肩にかかっていた髪を背後に振り払いながら優雅にベラの横を素通りし、短髪のアンの傍まで移動した。


「ふた、り?」


 こうして横に並んでみると、長髪のアンと短髪のアンはよく似ていた。背格好はほぼ一緒で顔も同じだ。だが、その髪に関しては違いがみられた。

 短髪のアンは深紅という赤さだったが、今さっきまで会話をしていた長髪の方は、よく見ると赤にやや近いが、オレンジ色の髪である。太陽の光に当たって薄く見えていると思ったが、そもそも髪色が違ったらしい。


「騙したわね!?」

「あら失礼ね」


 長髪の方のアンは、冷たい目でベラを睨んだ。


「貴女が“アン・サンセットサファイア”と話したがっているから、わざわざ私が出向いてあげたというのに」

「私が話したかった女は横のッ」

「それ、貴女の思い違いよ」

「……は?」


 目を点にしたベラに、顔のよく似た二人の女学生は、美しいカーテーシーを披露した。茶髪の男女が二人の横に立ち、彼女らをベラに紹介した。


「こちら――髪が長いのはアンドレア・サンセットサファイア様です。サンセットサファイア()()()のご令嬢です」

「こちら――髪が短いのはアンジェリア・ドレスラー=サンセットサファイア様です。サンセットサファイア()()()のご令嬢です」


 ベラは目を白黒させている。そんな彼女に対して、深紅の短髪の方の令嬢の傍にいた茶髪の男子学生が、冷めきった声で説明をした。


「お前が勝手に敵視していたのは、お前の恋人とは何の関係もない別の令嬢だったんだよ。お前は最初から人違いしてたってこった」

「……うそ……」

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