2 ベラ・グリーントパーズⅠ
ベラ・グリーントパーズは、一代限りの男爵位を持つ父と、同じく一代限りの爵位を持つ親の娘だった母の間に生まれた。
グリーントパーズの名に相応しい薄い緑の髪の少女は貴族という特権階級で生まれたものの、それは簡単に壊れてしまうような立場だった。
ジュラエル王国は他国に比べても貴族家が多い。だがそれは、“男児は独立し爵位を得て一人前”という根強い考えに由来するもので、実際の貴族家の内情を見た時に、安定した立場である貴族というのは、少数だった。
貴族の家の大半は実家から独立はしたものの、領地も持たず、子供に爵位を譲る事も出来ない一代限りという限定的な爵位の家だ。
そのような家に生まれた貴族令嬢や令息は、親が死ねば貴族ではなく平民となるしかない。
それを避けるには、爵位を持つ者と結婚したり(ベラの母親はこれに当てはまる)、仕事で成果を上げて新しく爵位を得たり(ベラの父親はこちらに当てはまる)しなければならない。
ベラは生まれた時から、両親から良い結婚相手を見つけるようにと言い含められていた。
「貴族学院では普段であれば会えない人々と顔を合わせる事が出来るわ。そこで、将来的に爵位を得られそうな男性を捕まえるでも、勉学を極めて就職するでも、どちらでもよいけれど、自力でなんとかしてちょうだい。お母様やお父様には、お前に良い立場の結婚相手を用意出来るような甲斐性はありませんからね」
母は幼い頃からそう言って、ベラに貴族令嬢として最低限のマナーを仕込んだ。父の少ない俸給を貯め、両親はデビュタントをさせて、貴族学院に入学させてくれた。
貴族学院に入学した後、ベラは当初勉強を頑張ろうと思った。だが少し学んでいくうちに、周りと自分の出来の差に気が付いてしまった。
他の学生の殆どは、幼い頃から家庭教師がつけられており、ちゃんと勉強をした上で貴族学院に入学していたのだ。ベラの家には家庭教師を雇うような余裕などなかった。ベラが幼い頃より、いつか娘にデビュタントをさせて貴族学院に入学させるためにお金を貯めるのが精一杯だったのだ。
いくら勉強を頑張っても、幼い頃から学んでいる彼らと、一切学んだ事のないベラではレベルが違いすぎた。
入学して最初の、小さい試験で最下位を沢山取ったベラは、決意した。勉強を頑張って自立するなんて無理だ。良い男を捕まえて、幸せな生活を送ろう。
そう考えてからベラは良さげな男を探すようになった。幸いにもベラの顔立ちは悪くなく、ベラが近づけば鼻の下を伸ばす令息も多かった。
平民は駄目だ。貴族から落ちるなんて、許せない。
貴族の令息でも、次男ぐらいならまだ許せるが、三男四男五男なんて、実家が助けてくれなさそうな出身の者も駄目だ。ベラの父は実家の四男で、長兄が跡を継いだ後は一切助けてくれなくなった。
長男だとしても、ベラのように親の爵位が一代限りのものでは不安だ。学院に通っている間は良いが、卒業後、仕事をして爵位を得られるまでに親が死なないとも限らない。
狙うのは領地を持たなくても良いから、子孫へと譲っていける爵位を持つ、長男がいい。
そんな風に男を探している時に、ベラは出会ったのだ。ハワード・ピンクサファイア子爵令息という男に。
ハワード・ピンクサファイアはピンクの髪の令息。貴族学院の二年で、末っ子ではあるが唯一の男児のため、実家を継ぐ事になっていた。ピンクサファイア子爵家は領地持ちで、一代限りではない子孫へ伝えていける爵位を持っていた。
まさしくベラが望んでいたような立場の結婚相手だった。
「ベラ嬢。良ければ今度の休み、共に出掛けないか?」
「勿論!」
二人はデートを重ねて、良い雰囲気を作っていた。ハワードはいつも熱のこもった目でベラを見つめていた。デート先でかかった費用は全てハワードが持ってくれていた。お金に困っている様子も一切なかった。
「ねえハワード様。私のどこが好き?」
「そうだな。最初は顔だったよ。一目惚れだったからね。でも共にすごすうちに、君の内面も好きになった」
学院内外でデートを重ねていた二人は、もう、完全に両想いの恋人同士だった。後はハワードの実家に挨拶が行ければ完璧だろう。安定した、不安を抱く必要のない未来が待っている――そう信じていた。
ところがある日、共にデートに出掛けた帰りに、ハワードは言ったのだ。
「別れようベラ。ごめん」
◆ベラ・グリーントパーズ男爵令嬢
貴族学院一年。薄い緑の髪を右側で縦ロールにしている。
◆ハワード・ピンクサファイア子爵令息
貴族学院二年。ピンクの髪。