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【余談】ハワード・ピンクサファイアの報い

 ハワードくんのその後です。ハワードくん以外は出てこないし、すごくサラッとしています。

「ではまたな、ピンクサファイア」

「ああ、また」


 去っていく学友の姿を見送りつつ、やっとまともに人と話せるようになったと、ハワード・ピンクサファイア子爵令息は胸をなでおろした。

 自分の婚約者(候補)だった令嬢(アンドレア)を狙い、その令嬢の従姉妹(アンジェリア)が襲われてしまった事件から数か月。事の次第は令嬢の従姉妹(アンジェリア)があまり大きくしたくないし噂にもあまりなりたくないと主張した事から大袈裟な騒ぎにはならなかったが、自分と結ばれるはずだった令嬢(アンドレア)との婚約話はなくなったし、両親などからは生まれて初めて大層叱られたし、貴族学院に戻ってくると何故か友人たちはよそよそしくなっているし……とこの数か月間、ハワードは酷い目に遭っていたのだ。

 悪いのはハワードではなく、問題を起こした元恋人(ベラ)なのに、ここまでとばっちりを食らうなんて、とハワードは元恋人(ベラ)を思い出しては不機嫌になった。



 ◆



 ハワードはピンクサファイア子爵家にやっと生まれた待望の男児として、両親祖父母始め親戚たちから大層可愛がられて育った。

 ジュラエル王国は国全体の(マクロ的)問題としては貴族の数が多すぎて仕事であったり立場であったり、枠が足りないのが現状だ。

 だが個々の家の(ミクロ的)問題としては、後継者がいないという問題も多々発生している。


 ピンクサファイア子爵家も、そのような問題に直面している家だった。


 男でも女でも子供がいさえすれば何とかなったが、その子供が中々出来ない。出来ても無事に生まれてこない。生まれても幼い頃に亡くなる。そんな事が数代にわたって起こっており、祖父も父もそんな中でなんとか育ち切って家を継いだ特別な存在であった。

 ハワードも無事に生まれて育ち切った事は奇跡だといつも持て囃された。まともな分家がなく側近や家臣に相当する同世代の子供は全然いなかったが、その分ハワードだけが愛されている形となっていた。


 そんな生活で、ハワードという子供が傲慢と言えるほど自信家に育ったのは、ある種仕方のない面があっただろう。


 彼は実家で散々それこそ小さい国の王子様の如く育てられ、貴族学院で初めて同世代の多数の子供と触れ合う事となった。


 そこで挫折を――特に経験もしなかった。何せ彼は自信に溢れていたので、周りから何と言われようとたいして気にしないメンタルを所持していた。勿論自分より身分の高い者がたくさんいる現実は見たけれど、家に帰れば家族はハワードを相変わらず奇跡の子だと褒めたたえた。だから気にならなかったのだ。


 そうして親元を初めて離れたハワードが貴族学院でのめり込んだのは――女だった。


 初めて出会った同世代の女性をハワードは気に入り、様々な令嬢とデートを繰り返し浮名を流し、侍らせて日々を楽しんだ。それに苦言を呈する令息などもいたが、ハワードは何が悪いか分からなかった。可愛いと思った令嬢を可愛いと言い、好きだと思ったから好きだと言った。それだけだ。

 ある時ハワードの話を聞いた先輩に――この先輩も浮名を流していた――自分の身の丈に合った相手を選ばないと痛い目を見るぞと忠告をされた。なるほど、ハワードはピンクサファイア子爵家ではまさしく王子様であったが、そも子爵家は伯爵家の分家であるし、その伯爵家はサファイア侯爵家の分家である。

 それ以降、ハワードは忠告に従い自分の力で何とでも黙らせられる令嬢を選んで遊ぶようになった。ただデートを繰り返す令嬢もいれば、時には令嬢側からとても強く迫られて一夜を共にした事もあった。


 令嬢側がハワードにどういう感情を抱いていたかはさほど興味がない。どうせ、ハワードにとっては自分が満足するまでの関係性でしかないのだから、そこまで気を配ってやる必要がそもそもなかった。

 もしかしたら令嬢の中にはハワードの奥さんになりたいなどと身分不相応な事を思っていた者もいたかもしれないが、普通に考えれば無理な話だと分かっているはずなので、気にかけずとも良いだろう。


 ハワードはその程度にしか考えていなかった。


「この婚約が本格的な話としてなる前に、身辺を綺麗にしておきなさい」


 だから親からそう言われた時、ハワードはあっさりと令嬢たちを切り捨てたのだ。

 勿論、親から言われたからというのもあった。親も多少なりとも、貴族学院でハワードが様々な令嬢と関係を持っていた事を知っていたのだろう。だからこそ、婚約前ならいざ知らず、婚約中に不貞をしていたと騒がれないように息子に忠告したのだ。


 婚約相手は恋人たちと比べるまでもない相手だった。

 彼女はハワードと同じ領地を持つ子爵位の令嬢で、しっかりと教育を受けていた。一度だけハワードも顔合わせをしたが、きっと成長すれば素晴らしい品のある貴族夫人になるだろう令嬢だ。

 ハワードの隣に、相応しい。


 そんな風に婚約話に満足しているくせに、元恋人たちと別れる時、ごねる相手にハワードは「この婚約は親に言われて仕方なく……」と誤魔化した。彼の生来の、ズルさがにじみ出ていた。


 ハワード的には問題なく別れて、後は婚約者となったアンドレアと関係を深めよう――そんな風に考えていたある日、アンドレアの指示でハワードを呼びに来たと言う茶髪の令息の指示に従いある談話室(サロン)に行き……自分の元恋人(ベラ)婚約者(アンドレア)の大事な身内に傷をつけたと知らされたのだ。


 自分は悪くないと訴えたが、従姉妹はアンドレアにとっては逆鱗だったようで、許しては貰えなかった。


「ちゃんと身綺麗にしなさいと言っただろう!!」


 父からも母からもとても怒られた。悪いのはベラだと訴えた。両親は十分叱ってからアンドレアの親にハワードは悪くないと訴えたが、サンセットサファイア子爵たちは「犯行には関わらなくとも原因ではある」とすげなかった。

 こうしてハワードの婚約話はなかった事となったのだ。



 ◆



 こんな事があったので、親からは暫くは何も問題を起こさず静かにしているように念押しされた。ハワードは言われる通り、大人しくする事にした。


 のだが、貴族学院に戻ると親しかった友人たちは揃ってハワードから距離を置く様になっていた。どうやらハワードの女癖の悪さが切欠となり何かしら問題が起きたという話が噂として回っていたらしい。サンセットサファイア家が広めたのかと思ったが、それについてあの日いた茶髪の生徒に問いただせば、「そんな事していない」とその茶髪の生徒越しに返答があった。「サンセットサファイア家としても噂を大きくしたくないからと出来る限り静かに処理をしたのだから、自分で広めて回るはずがないだろう」と茶髪の生徒はハワードに言った。

 それを信じるとして、では何故ハワードの周りから人がいなくなったのか。分からなかったが、ここでハワードが一人で騒ぐ事は出来なかった。


「周りが何と言おうと自分は関係ないとしっかりしていなさい」


 そう親に言われた通り、大人しくして、普通に日常を過ごした。


 ――噂にも寿命がある。

 次第にハワードを取り巻いていたらしい噂は飽きられて薄まって、最近はかつての友人たちも会話をしてくれるようになったのだ。


(このまま後は噂が完全に忘れられるのを待って……それから、親が新しく探してくる婚約者と結婚すればいいだけだ)


 アンドレアは良い令嬢であったが、些か気が強すぎたかもしれない。後、こちらの事情を全く加味してくれなかったのは酷かった。なのでそのあたり、ちゃんとハワードを大事に思うような女性を選んでもらうよう頼もう。そんな風に考えながら、ハワードは在学中暮らしている王都の屋敷(タウンハウス)に帰宅した。


 馬車が屋敷につき部屋へと向かう。しゅるりと首元のタイを緩めた所で、声がした。


「ハワード、さま……」


 振り返ると、薄いオレンジの髪のメイドが立っていた。見慣れた顔だ。


「うん? 何かな」


 メイドが近づいてくる。着替えの手伝いをしてくれるのだろうと考えて、ハワードは彼女に背を向けた。


「わたくしが誰か、分かりますか」


 メイドはハワードの真後ろに立ち、ハワードから渡されたジャケットを受け取りながら変な事を言う。


「? うちのメイドだろう」


 それ以外何があるのだと思いながら返事をした、次の、瞬間。


 ――ドス。


「……ぁ? ぁああああああッ!?!」


 背中に何かがぶつかった――そう思った次の瞬間、そこに火を押し付けられたかのような痛みが背中に広がり、ハワードは前に倒れ込んだ。


「いた、痛い、いたい、いだい゙!」


 叫びをあげるハワードを、メイドは怒りを込めた目で見下ろしていた。


「誰がメイドよっ! 貴方みたいな男と関わったせいで、私の人生はおしまいよ!!」


 痛みに泣き悶えながら、ハワードはその叫びを聞いた。

 そして、思い出す。どうでもよい事として片づけていた、恋人たちとの時間の取り方を。

 一部の恋人には、屋敷に連れ込むためにわざわざこの屋敷のメイドが着ている服を貸し与えていたという事を。


「お、おま、え」


 誰かは、思い出せない。何せこの屋敷に連れ込んだ令嬢は多かった。確かに見覚えはあるが、まともに名前も憶えないまま関わっていた者が多く、顔を見て尚、ハワードには目の前の令嬢が誰かは分からない。


 少しして、ハワードの叫びを聞いた使用人たちが部屋に駆け込んできて、女は捕らえられた。女は元々、逃げるつもりもなかったのだろう。


「私に暴力なんて振るってみなさい、私のお腹にはあの男の子供がいるんだからッ!! 何かあればあなたたち、主の子殺しになるのよッ!」


 ハワードが意識を失う直前、彼を刺した令嬢がそんな事を叫んでいるのが、耳に届いた――。

※ハワードくんと刺した令嬢のその後は、『妻が貴族の愛人になってしまった男』という作品でちらりと登場いたします。

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― 新着の感想 ―
成る程。こんな経緯で嫁げば坊ちゃま大事な家では針の筵で実家にも帰れまい。挙げ句に子供まで 若さゆえの過ちにしては高くつきましたね。
[気になる点] こんなのを刺して犯罪者になった人が出たのは気の毒なので、もう少し、ルールの範囲内でどうにか出来なかったのかと思います。 さりとて、別の話のルキウス(ゲッツ)の遭った理不尽を思えば、この…
[一言] 大事な大事な跡取り息子がどうやって恋人と一夜を過ごしていたのか気になってた謎が解けてスッキリ。 いや~、クズ過ぎですね。
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