小話3:お膝の上に
「ミナさん、もう少しこちらに来ませんか」
「う、…はい」
今日はシニアンさんとの植物園デート。
少し歩いて、木陰が気持ちよさそうなベンチに二人並んで座ったのだが、私とシニアンさんの間には人一人分の不自然な隙間がある。
シニアンさんを困らせようとして返り討ちにあって以来、どうにも意識しすぎてぎこちなくなってしまうのだ。不用意に目を合わせるとすぐ赤面してしまうし、見つめられようものなら言葉がどこかに飛んでいってしまう。
少し前まで、もっと抱きしめたりして欲しいなんて、なかなか触れてくれないシニアンさんにヤキモキしていたのに、ちょっと関係を進められるとこれだ。面倒な女で本当に申し訳ない。
そんな挙動不審な私をしかし、大人なシニアンさんは優しく見守ってくれている。
その余裕のある態度も安心できてとても素敵なのだが、シニアンさんが現状に不満を抱いていないわけではない事を、私は知っている。
シニアンさんの本音は、ルー君姿の時に、しっかりとこちらに伝わってしまうのだ。
ぎこちないデートの翌日。
コツンと音がして窓を開けると、ルー君がふわりと部屋の中の止まり木にとまった。
その嘴には、可愛らしい花の飾りがついたヘアピンが咥えられている。
しばらく食べ物は勘弁してくださいと涙ながらに懇願した結果、最近のルー君はこういうちょっとした小物を持ってきてくれるようになった。
「わ、可愛い!ルー君ありがとう」
どうぞと渡されたそれを受け取ってお礼を言うと、ふっくら胸元の羽を膨らませて満足そうにするのだが、少しするとトボトボと止まり木の端にある物置スペースへ向かう。
そう、食べ物を待ってきていた時に、それを置くのに使っていた場所である。そこでしゅんと悲しそうな様子で項垂れるルー君の要求は明白だ。
「うぅ…」
分かっている。愛情表現を拒まれるのは辛い事だ。でももう少しだけ、その愛情をきちんと受け取る余裕ができるまで、時間が欲しいのだ。
それを分かって静かに待ってくれるシニアンさんと、でも悲しいですと伝えてくるルー君。
どちらも、とても愛おしい。
「ルー君」
ベッドに腰掛けて、ぽんぽんと膝を叩いてルー君を呼ぶ。
すると、きらりと目を輝かせたルー君が、こちらへ飛ぼうとくっと体勢を下げた。
しかし。
「…?」
そのままの体勢で止まってしまったルー君を不思議に思って見ていると、やがておもむろに体を起こし、片足を上げて自分の足をしげしげと眺め始めた。
そっか、爪が気になるんだね。
タンスをゴソゴソ漁って、厚手の冬服を取り出す。古いやつだし、最悪穴が開いてもいいや。
そう思って膝にそれを置き、再度ルー君を呼ぶと、今度はちゃんと飛んできてくれた。
ふわっと膝に降りてきたルー君は、その外見よりも随分と膝に伝わる重みが少ない。
「ルー君、軽いんだねぇ」
その額をよしよし指先で撫でると、気持ちよさそうに目を閉じてしまう。可愛い。
しばらくそうやって触れ合った後。最後に、ルー君の小さな額に、そっとキスを落とした。
クリクリの黒目を見開いて驚くルー君に恥ずかしくなって、その小さな体をそっと腕で囲うようにふんわり抱きしめる。
「最近変な態度を取っちゃってごめんなさい。でも、大好きなんです」
言葉が足りなくてすれ違った過去があるから、なるべく思いは伝えたい。
大好きだって、わかってほしい。そう思って口に出した言葉は、きっとしっかりルー君に、シニアンさんに、伝わったのだろう。
ホゥ…。
ぺしょりと膝にへたり込んでしまったルー君に、自然と笑みが浮かぶ。
その羽をそっと優しく撫でながら、いつもより長い時間部屋にいてくれたルー君との、優しい時間を楽しんだ。
そうなるかなぁと予想はしていたけれど。
次に会った時に、シニアンさんに厚手の膝掛けをプレゼントされて、その遠回しなようで直球なおねだりに、思わず笑みがこぼれてしまったのだった。
幸せになるような、クスッとなるような素敵な感想をいただき、喜びを噛み締めております。送ってくださった方々、ありがとうございました。
また、評価やブックマークで応援してくださった方のお陰で、この作品が人目につきやすい所に顔を出しておりました。完結後しばらくして注目して頂けるとは思っておらず、とても嬉しかったです。心より感謝申し上げます。