後編
「ただいま、お婆ちゃん」
すっかり辺りは暗くなっている中、やっと昔住んでいた家にたどり着いた。
そう、私は明日が休みなのをいいことに、故郷に逃げ帰ってきたのだ。
今住んでいる家からここまでは、ロードホース(乗合馬車を引くモンスター)で1時間ほど。
田舎なので最終便にギリギリの時間だったが、なんとか間に合ってここまで来れた。
お婆ちゃんは実の子を早くに亡くしたようで、私にこの家を残してくれた。わたしが死んだら売ってもいいのよと優しく笑ってくれていたが、思い出の詰まった家を手放せず、年数回手入れのために訪れている。
埃っぽくなっている空気を入れ替えるために、とりあえず窓を開けて歩く。
きしりと鳴る床の音さえ、懐かしくて胸が詰まった。
と、トントンととびらを叩く音が聞こえてきた。
「ミナちゃん?帰ってるの?」
馴染みのある声に、急いで入り口に向かう。
「おばちゃん、お久しぶりです」
「ああ、ミナちゃん。この時間に帰ってくるなんて珍しいから、泥棒かと思っちゃったよ」
「ふふ、ごめんなさい。夜だから挨拶は明日と思ったけど、心配させちゃいましたね」
声をかけてくれたのは、隣に住んでいる犬獣人のおばちゃんだった。私がいない時にも、たまにこの家の雑草なんかをとってくれる優しい人だ。
「もうお夕飯は食べたの?まだなら余りもんでよければ持ってくるよ」
「いいんですか?おばちゃんの料理、久しぶりに食べたいな」
「おや、可愛いこと言うね。待ってな」
そう言うと、少ししてから煮物とこんがり焼かれたお肉、パンを持ってきてくれた。
「美味しそう!ありがとうございます。今日は遅くて買えなかったんですけど、また今度ルシールのお菓子持ってきますね」
ルシールは街にある人気のお菓子屋さんだ。おばちゃんもそこのクッキーが好きなので、帰る際にはよく手土産として渡していた。
「はは。そんなに気を使わなくてもいいよ。でもありがとね。じゃ、何かあったら声かけて」
「はい、ありがとうございます」
おばちゃんと別れて、思いがけず手に入れた夕食を食卓に運ぶ。
その香ばしい匂いに、結構お腹が減っていたことに気がつく。とりあえずご飯を食べることにして、自分の椅子に座った。
「いただきます」
口に含んだ温かい料理は、まだお婆ちゃんが生きていた時に時々差し入れてくれた味と、全然変わっていなかった。
「おいしい…」
懐かしさと、温かさと、そしてさっき見た女性と並んで歩くシニアンさんの姿と、綺麗な羽根を渡してくれるルー君の姿と。
急に色んなものが一気に胸に押し寄せてきて、ブワっと涙が溢れた。
「うぅっ」
なんでこんなに好きになる前に、ちゃんとシニアンさんに大事な事を聞かなかったんだろう。
シニアンさんのことも、不思議と人間味のあるルー君のことも、とてもとても大好きなのに、大好きな分だけ、今は心が締め付けられるように痛む。
向き合う事を避けて、都合のいいように優しさだけもらっていたから、こんな罰が当たるんだ。
それなのに、なんで彼女がいるのにあんなに優しくするんだって、シニアンさんを責めたい気持ちが湧いてきて、勝手な自分にほとほと嫌気がさす。
ほんとにばか。ばか。
小心者の意気地なし!!
なんだか色んな感情がぐちゃぐちゃになって、自分でもびっくりするくらいわんわん泣きながら、おばちゃんの料理を食べた。
食べ終わっても涙は枯れずに泣き続けて。
べしょべしょの顔のまま、いつのまにか泣き疲れて眠りについていた。
…実はこの頃、ギルドの方で一騒ぎあったのだが、今の私は知るよしもなかった。
「うう、頭痛い・・・」
ついでに身体も痛い。
早朝独特の静かで冷たい空気に、だんだんと意識が覚醒してくる。
「あー」
昨日は泣き疲れたまま机に突っ伏して寝たようで、背中がバキバキだ。
洗わず机に置かれたままのお皿は、汚れがこびりついてカリカリになっている。
ついでに顔もパリパリだ。
とりあえずお皿を流しに入れて水を張って、顔を洗いに洗面所へ向かった。
鏡に映った自分の顔と、目が合う。
「ひっどい顔」
なんだかおかしくなって、笑いが込み上げてくる。
「失恋、なのかなぁ」
一晩泣いて、まだ心はジクジク痛むけれど、でも優しくしてくれたシニアンさんや、ルー君の事もとても大事で大好きで。
そんな優しい気持ちも胸に戻ってきていた。
「ちゃんと、いつも通りにできるかな」
そしていつか、実はルー君は女性で、シニアンさんの彼女だったんだよって、そう言われた時に、ちゃんと受け入れられるだろうか。
今はまだ、その自信はないけれど。でも私にとってルー君も、大好きで大切な存在だった。
冷たい水で顔を洗って、もう一度鏡を見る。
「笑うのよ、ミナ」
好きな人たちの前では、ちゃんと笑わなくちゃ。
辛くなっても、逃げる場所が、お婆ちゃんの残してくれたこの家がある。私を置いて天国へ行ってしまったお婆ちゃんに、私はまだ、こうして助けてもらっている。
また涙が込み上げてきそうになって、ぐっと堪える。
早く腫れぼったい目を治して、お婆ちゃんのお墓参りに行きたかった。初めての恋と、今の気持ちは、まだ言葉にできるほど消化しきれていないけれど。
いつか、お婆ちゃんに聞いてもらいたいと、そう思った。
目を冷やして、洗い物をして、掃除をして、庭の草を抜いて、軽くシャワーを浴びて、お墓参りに行って。
慌ただしく動くうちに、お昼過ぎになっていた。元々休日に買い出しをする予定だったのを、急遽こちらへ来てしまったので、そろそろ帰って明日からの準備をした方がいいだろう。
隣のおばちゃんにお皿を返して挨拶して、乗合の着く場所に向かった。
馬車は幸い混んでいなかったので、すんなり乗車し街への到着を待つ。
時間が経つにつれ、多少和らいだと思っていた胸の痛みが、またぶり返してきた。
シニアンさんに会ったら、どうするべきなんだろうか。告白しても優しく断ってくれると思うけど、もし私の思う通りルー君が彼女だったら、ルー君は嫌な思いをするんじゃないかな。
そう思うと、自分の気持ちをすっきりさせるために告白するのも、すごく自分勝手なことに思えた。
「告白の代わりに、作ってたプレゼント、渡そうかなぁ」
ううん、その前に、ルー君についてちゃんと聞いた方がいいのかな。自分の感じている違和感を、正面から聞いたら、誤魔化さずに教えてくれると思う。
向き合わなかった事を、後悔したばかりだ。ちゃんと、聞いてみよう。
そう決めて間も無く、馬車は街へと着いた。
とりあえず荷物を置いてから買い物に行こう。
そう思って家への道を歩いていると、急に後ろから腕を掴まれた。
「ミナちゃん!無事だったの!?」
「へ?」
必死な顔をしてそう声をかけてきたのは、同僚の猫系獣人のおねぇさんだ。
でも、無事ってなんだろう。
「えっと、何かあったんですか?」
「何って…、え、ミナちゃん、今までどこにいたの?」
「えっと、故郷の家に帰っていました」
「こきょう…」
呆然とそう呟いたおねぇさんは、少しの間フリーズしていたが、やがて、そうよね、と呟いた。
「ミナちゃんだって、大人の女性だものね。旅行に行ったりお泊まりデートしたり、当たり前よね。はあぁっ、もうっ」
頭を抱えてしまった彼女は、なんだかとても疲労困憊しているようだった。
「えっと、いったい…?」
なんでそこまで心配されているのかわからなくて、混乱する。今までだって年に数回は故郷に帰っていたし、なぜ今回だけ心配されているのだろうか。
「え、もしかしてうちに強盗でも入りました⁉︎」
怖い可能性が頭に浮かんで青ざめるけれど、すぐに、違うのよと小声で否定された。
「ごめんなさいね。完全にこちらの早とちりなの。道すがら説明するから、とりあえず一度ギルドに来てくれない?」
「はい、わかりました」
大人しくおねぇさんについて歩き出す。
道の途中で彼女が話してくれたのは、思いがけない事態だった。
「えー、ミナちゃん、里帰りしてただけだったのかぁ」
「心配して損した…。あ、いやミナちゃんが悪いわけじゃないよ?休日の予定なんか一々俺らも報告なんてしないしさ」
「シニアンさんが騒ぐから、なんかすごく深刻に捉えちゃったんだよね。よく考えたらミナちゃんだって、家を空けることくらいあるよね。あー、ばかだったぁ」
つまりは、普段家にいる私が夜になっても帰らなかったので、心配したシニアンさんとその報告を受けた同僚達が、私が事件に巻き込まれたんじゃないかと捜査に乗り出していた、という事だ。
だからこの時間休みの人までギルドにいて、職員用待機室はいつもより人口密度が高い。
「すみません、ご心配をおかけして…」
まさかこんな事態になっているとは。
空いた時間で見回りや不審者の聞き込みをしてくれていたらしい同僚達には、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「いやー、もうちょっとで公開捜査に乗り出すとこだったよ。大っぴらに聞き込みとかしてなくてよかったわ。そんなのミナちゃん居心地悪いよね」
心底、早めに帰って良かったと思う。
でも、みんなでそんなに心配してくれたのだと思うと、本当にいい職場で働いているなと実感する。
少しほっこりしていると、バンッと音を立てて待機室の扉が開けられた。
「ミナさん!」
普段の物静かな様子とは対象的に、慌てた様子のシニアンさんがぱっと駆け寄ってくる。
が、私の前に着く前に、猫獣人のおねぇさんの猫パンチが、シニアンさんの額にクリーンヒットした。
「いっつ、何を…」
「何をじゃないわよ。あなたね、ミナちゃんただの里帰りだったじゃない!」
「え、里帰り?」
ぱちぱちと目を瞬かせてこちらを見るシニアンさんに、静かに頷く。
「大体、彼氏でもないくせに自分はミナちゃんの予定全部わかってますみたいな勘違いしてるからこんなに皆んなを騒がすのよ!」
「ちょ、言い過ぎ言い過ぎ」
「相変わらず容赦ねーなぁ」
シャーっとシニアンさんに怒りをぶつけるおねぇさんを、まぁまぁと同僚達が宥めにかかる。
怒られたシニアンさんはというと、しばし呆然としたあと、目に見えて落ち込んでしまった。
「あの、シニアンさん。ご心配おかけして申し訳ありませんでした。この通り、私は大丈夫です」
「ああ…、申し訳ない。ギルドの皆さんも」
「いーよ、俺らもなんか一緒に焦っちゃったしな」
「まぁ、もし本当に誘拐とかされてたら、早く気がついてくれる人がいるのは安心だものね。ね、ミナちゃん」
「はい。皆さん本当に、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げると、同僚達はいーのいーのと笑ってくれる。
騒がせた詫びにと、シニアンさんがちょっとお高めの店を押さえて、好きなだけ飲み食いしてくれと同僚に伝えると、皆んな嬉しそうにお店へ移動を始めた。
「あんた達は話すことあるでしょ!」
と猫系おねぇさんに睨まれた私たちは、同僚達のなんとも言えない視線に晒されながら、やがて二人ぽつんと部屋に残ったのだった。
「ミナさん、あの、この先に行きつけの店があるんです。よかったら、そこで話をさせてもらえませんか」
「は、はい。大丈夫です」
「では、こちらに」
なんだか思いがけない展開に、お互い少しギクシャクしてしまう。
会話のないまま、シニアンさん行きつけの店に着いて、すぐに個室に通された。
とりあえず飲み物を注文して、それが届くのを待つ。
飲み物が届いても、お互い話を切り出せずに、しんと沈黙が降りた。
なんだか失恋で泣いた日から1週間くらい経ったんじゃないかと思うほど、思いがけない事態に全神経を持っていかれていた。
色々疲れたなぁと、少しぼうっとしてしまう。
というか、なんで私はおねぇさんに怒られてここにいるのだろう。
ぼんやりしていると、不意にシニアンさんがグラスを持って、半分ほど一気に飲んでしまった。
コン、と音を立てて置かれたグラスを思わず見つめていると、酒ではないですと、弁解のように言われる。
そして、真っ直ぐに私を見たシニアンさんは、硬い声音で私に告げた。
「ミナさんに、一つ謝らなければならないことがあります」
「謝らなければならないこと…?」
ぼんやり言われた言葉を繰り返すと、そうです、とシニアンさんは続けた。
「ルーは、私です」
「ルー君が…、えっ?」
「嘘をついて、今まで黙っていて、すみませんでした」
深々と頭を下げたシニアンさんを見ながら、私はものすごく混乱していた。
てっきり、あの女の人がルー君だと思っていたのに。ルー君がシニアンさんなら、あの女の人はシニアンさんの彼女ではないのか。いやいや、それと彼女であるかどうかは関係ない。頭がぐちゃぐちゃだ。
「な、なんで」
そう、そもそもなんで黙っていんだろう。初めから言ってくれたら、こんなに悩まなかったかもしれないのに。
「初めは、私の姿を見ると怯えるだろうと、あの姿で薬を届けに行きました。だから正体が私だとは、知られたくなかったんです。
でもその時、ただの梟相手だと、貴女は安心して感情を出せるのだと、知ってしまった。
この姿だと貴女は、笑ってくれる。その思いから、そのあと貴女に梟の事を問われたときにも、咄嗟に誤魔化してしまいました」
「…」
「それからも、貴女が素を見せてくれるのが嬉しくて、後ろめたくて、どんどん言い出せなくなりました。しかも貴女は、私の羽根を嬉しそうに受け取ってくれた。意味を知らないと分かっていても、それが、とても幸せだったんです」
「羽根?」
「自分の羽根を渡すのは、愛情表現なんです」
あいじょう、ひょうげん。
愛情表現⁉︎
疲れでぼんやりしていた頭が、一気に覚醒した。
「えっ、それって」
「申し訳ない」
深々と頭を下げたシニアンさんを見て、でも、と呟く。
「ルー君の羽根、この間シニアンさんと歩いていた女の人の髪と、同じような柄で」
「私と?髪?…えっと、おそらく今遊びに来ている姉でしょう。家族は多少違いはあれど、同じような配色なので」
「かぞ、く」
シニアンさんの恋人じゃ、なかったんだ。その返答を聞いて、ポロポロと涙が溢れた。
「すみませんっ、本当に」
「シ、シニアンさんの、恋人かと、思って」
「え?恋人?」
何のことかとポカンとするシニアンさんに、えぐえぐ泣きながら訴える。
「二人で、歩いてるのを、見て。ルー君と同じ柄の人だったから、あれがルー君で、シニアンさんと、深い仲の、女の人かと」
「断じて違います!」
慌てたシニアンさんは、向かい合っていたテーブルを回り込んで、こちらへ来てハンカチで涙を拭ってくれる。
私の涙が引くまで付き合ってくれたシニアンさんは、それから恐る恐る、私に尋ねてきた。
「先程私は、ずっと貴女を騙していたどうしようもない最低男だと、貴女に告白した訳ですが、その、貴女のその涙の意味を、聞く権利はまだ、あります、か」
こちらの返答に怯えるその姿は、なんだか既視感がある。
なんだっけと思い返すと、初めてルー君が来た時、シニアンさんなのかと私に問われて、羽を萎ませていた姿と瓜二つだった。
懐かしくて、ふふっと笑みが溢れる。
「私も、ルー君がやけに人間っぽいなって、本当はシニアンさんなのかなって、疑ったことはあったんです。でも、今の関係が壊れるのが嫌で、面と向かってそのことを聞けませんでした」
聞けないまま、あっという間に時間だけが過ぎていって。曖昧だからこその心地よさを、手放す決意はなかなかつけられなかった。
「でも、シニアンさんがルー君みたいな髪の女性と二人で歩いてるのをみて、すごく後悔しました。ルー君にも会うのが怖くなって、だから急に故郷に帰ることにしたんです。失恋、したと思いました」
「それは・・・」
「私、貴女が痛い思いをしていないならよかったって、シニアンさんが笑ってくれた時から、シニアンさんが好きでした」
そういうと、シニアンさんは力が抜けたように、項垂れてしまった。
「そう、だったんですか。私が身勝手な嘘をつかなければ、もっと、ちゃんとした…」
何か言いかけて、シニアンさんは口をつぐんだ。
そして顔を上げると、私に視線を合わせるように膝をついた姿勢のまま、言葉を紡いだ。
「私にまだ、こんな事を言う権利があるのかはわかりませんが、言わせてください。私は、ミナさんが好きです。もう嘘はつきません。寂しい思いもさせません。だから私を、貴女の恋人にしてもらえませんか」
その言葉は、この一年、ずっと憧れた言葉だった。
その言葉がじわじわと心に浸透して、嬉しかったこととか、一晩泣いたこととか、ルー君の羽の温かさとか、色んなことが、頭をよぎった。
答えは、決まっていた。
「わ、私も。私も、シニアンさんの恋人に、してほしい、です」
みっともないほど震える声で、なんとか返事をした瞬間、シニアンさんにぎゅっと抱きしめられた。
「絶対。大切に、します」
噛み締めるように言われたその言葉が、とても嬉しかった。
でももう一つ、シニアンさんにしかできない、お願い事がある。
「あ、あの。たまに、ルー君になってもらえ、ますか」
「ええ。貴女が望むなら、いくらでも」
優しく笑われて、なんだかとても幸せな気分になった。
「これ、受け取ってください」
あの騒ぎから、あっという間に1週間が経った。
正式に付き合い始めた事を騒がせた同僚のみんなにも伝えたら、揃って「やっとかー」と言う反応だったので、私たち二人の想いは周りから見ると一目瞭然だったみたいだ。なんだか恥ずかしい。
そして今日、初めてのデートで訪れている公園で、やっとシニアンさんへのプレゼントを渡すことができた。
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
スルスルとリボンを解いた長い指が、次いで箱の蓋をそっと開けた。
そこには、濃藍の魔法陣が施された、栗皮色のスカーフが入っている。
「この魔法陣…」
「ふふ、手に取ってみてください」
勧められた通り、素直にスカーフを手に取ったシニアンさんが、びっくりしたように目を見開いた。
「すごい、ひんやり心地いいです」
「夏場の討伐は皆さん過酷だとおっしゃるので、シニアンさんが少しでも楽になればな、と。首周りに巻いてもらうと、暑さも少しは和らぐと思います」
「それはとても助かります。嬉しい、ありがとうございます」
嬉しそうに笑ってもらえて、こちらもとても嬉しくなる。
「私は魔力が少ないし、魔法の使用にも慣れていないのでお渡しするまでに時間がかかってしまったんですが、陣に傷が入ったりしなければ、10年くらいは効果が持続するんですよ」
アイスドラゴンの血液や氷冷花の茎の汁などを混合して作る魔液(魔法陣を描くための液材)は流石に購入したが、それに魔力をこめながら魔法陣を形作っていく作業は、魔道具店のヒトにやり方を教えてもらって、なんとか一人で頑張ったのだ。
長くかかった分、出来上がった時の達成感は大きかった。
「えっ、魔法陣はミナさんが⁉︎すごいです。大事に大事にしますね」
「シニアンさん、ちゃんと使ってくださいね!ちょうど夏場ですし、替え用も少しずつ作っているので」
なんだか仕舞い込んだり飾られたりしそうな雰囲気だったので、釘を刺す。せっかく頑張って効果を付与したのだから、ぜひ役立てていただきたい。
「そう、ですね。確かに貴女に贈られたものを身につけて日々を過ごせるなんて、とても幸せですね」
ほわんと目元を和ませたシニアンさんは、早速スカーフを首に巻いて、涼しいです…と満足そうだ。
その様子が可愛らしくて、くすくす笑ってしまう。
「そうだ、私からもミナさんにプレゼントがあるんです」
「わ、何ですか?」
そういえば、ルー君からはお花や羽根をもらったことがあるが、シニアンさんから直接渡されるのは初めてだ。
「どうぞ。私も、ミナさんに身につけてもらえると嬉しいです」
そう言って綺麗にラッピングされた小箱を手渡される。
「ありがとうございます」
促されて早速ラッピングを解いていくと、箱の中から現れたのは羽根をモチーフに作られた金の髪留めだった。
所々に宝石のようなものが嵌め込まれていて、上品な輝きを放っている。
「わあっ、かわいい」
華美すぎず、仕事につけて行っても良さそうなデザインが嬉しい。
早速取り出して、つけていた髪留めを外して羽根モチーフの髪留めに着け替える。
「似合いますか?」
「ええ、とても」
「ふふ、嬉しいです。すごく気に入りました。ありがとうございます」
「私も、貴女が私が贈ったものを身につけてくれて嬉しいです」
二人で笑い合っていると、すごく心が満たされて、幸せを感じる。
いつか、お婆ちゃんと一緒に住んでいたあの家に、シニアンさんを招待できたらいいな、と。不意にそんな思いが、胸を過った。
初デートから数日後。
依頼で忙しくしていたシニアンさんとはあれ以来会えていなくて、なんだか寂しいなぁと感じていた夜。
カツンと窓に何かが当たる音がした。
「ルー君!」
そこには可愛い梟のルー君が、羽根を咥えて手すりにとまっていた。
急いで窓を開けると、嬉しそうに羽を膨らませて、はい、と言うように羽根を差し出してくれる。
その様子に、シニアンさんが私に告げた言葉を思い出す。
「ありがとう。私も大好きです」
ホホゥ、と嬉しそうに羽を羽ばたかせるルー君に、感じていた寂しさがあっという間に消えてしまった。
意味を知って受け取る羽根は、今まで以上に心が温かくなる、素敵なプレゼントだった。
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