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前編

「リーフウルフ2頭分、毛皮と牙良好な状態での納品依頼ですね。鑑定結果も合格、確かに確認しました。こちら成功報酬です。任務お疲れ様でした!」


 ニコッと笑って報酬の入った袋を差し出すと、任務を終えたばかりとは思えないほど溌剌とした様子の猫系獣人の冒険者も、ニカっと笑い返してくれた。


「おう!ありがとよっ」


 口元から覗く鋭い牙とは対照的に、ぴこぴこ動く茶色い耳はとても可愛らしいと思う。


 そんな私は、獣人が大半を占める獣人大国ビスリーでは珍しい、ヒトの女である。何故か幼少の頃にこの国に捨てられていた私は、親切な犬系獣人のお婆さんに拾って育ててもらった。


 残念ながらきちんと親孝行をする前にお婆さんは亡くなってしまったのだが、冒険者ギルドの受付として雇ってもらえた私は、細々とだがこの国で暮らしていけている。


 非力なヒトである私を心配して、暗くなる前までの勤務時間に調整までしてもらって、とても恵まれた職場だと思う。


 今日ももうすぐ退勤時間だ。


 ちらりと時計を見て視線を戻すと、受付カウンター前に音も気配もなく人が立っていた。


「あ、シニアンさん。どうぞ、お伺いします」

「よろしくお願いします」


 私に声をかけられて静かに依頼書をカウンターに置いた彼は、柔らかそうなこげ茶の髪に大きめの黒目の、物静かな印象の青年だ。だが、その細身の身体から受ける印象とは異なり、ソロで高難度の依頼も熟す凄腕冒険者だったりする。


 獣人である事は間違いないのだが、彼はその特徴が表に出ないタイプらしく、一見するとヒトと外見が変わらない。


「タイガービーの巣の掃討任務ですね。受付いたします。20日以上経過すると自動的に任務失敗となりますので、ご注意ください。もし依頼書の予想数よりタイガービーの数が大幅に多いなどありましたら、討伐を始める前にお知らせください」

「はい」

「では、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「ありがとうございました」


 静かに礼を述べて去っていく姿を自然に目で追っていると、ポーンと4時を知らせる鐘が鳴り響いた。


「ミナちゃん、交代するよ。お疲れ様」

「はい、お疲れ様でした。お先に失礼します」


 今日の仕事はシニアンさんで終わり。さぁ帰るとしよう。




 〜*〜*〜*〜*




 私にとってシニアンさんは、実は初恋の人だったりする。


 シニアンさんと個人的に接触があったのは1年前。珍しくギルドの業務が立て込んでいて、長時間の残業になった日のことだ。

 帰る時に、暗くなったし送ろうか?と言ってくれた人もいたけれど、みんな疲れているし申し訳なくて断った。幸い、家は職場から歩いて20分もかからないところだし、人通りの多い道を選べば問題なんてないと思って。


 でも、そんな時に限って面倒な人に遭遇するものなのだろう。


「おお〜?ギルドのミナちゃんじゃねぇか。一人で歩いちゃ危ねぇだろお?送って行ってやろうかぁ?」


 そう声をかけてきたのは、ギルドでも評判のよろしくない下っ端冒険者だった。だらしなくよれた服に明らかに酒を飲んでいたであろう赤ら顔。送ってもらう方が確実に危ない。


「いえ、すぐそこですのでお構いなく」

「んだよ、シンセツに言ってやってんのによお。なんならメシも奢ってやろうかぁ?」


 ひひひ、と笑った彼がこちらに手を伸ばし、避ける間も無く腕を握って引き寄せられる。

 その鋭く伸ばされた爪が、容赦なく皮膚に食い込んだ。


「痛っ、やめてくださいっ」

「んー、おお悪りぃ悪りぃ、ヒトってのはすぐ傷つくんだなぁ。詫びに手当てしてやるよ」

「やめっ、本当に…」

「いいから、こっちこ―――ッ」


 何かを言いかけた彼が、急にピタリと動きを止めた。


 半泣きになって視線を上げると、そこには暴漢の後ろから手を回し、その右目の前にピタリと抜き身のナイフを突きつけたシニアンさんがいた。


「手を離しなさい」

「なっ、う、」

「早く」


 何の感情も浮かばないシニアンさんは、しかし鋭い殺気で今にも本気でナイフを突き立てそうな恐ろしさがある。


 冒険者として名の通っている彼に、ただの酔っぱらいの下っ端冒険者が敵うはずもない。

 ちっ、と舌打ちをして乱暴に手を離した彼は、あっという間にその場から逃げて行った。


「大丈夫ですか」


 乱暴に手を離された時にふらついた身体を、シニアンさんは危なげなく抱き止めてくれた。


 けれど、乱暴にされた衝撃と、助けてくれたとは言えその殺気に触れてしまった恐怖で、腰が抜けてしまっていた。

 夏場で半袖を着ていたのも運が悪かった。加減なく掴まれた際に突き立てられた爪は、皮膚を破って傷となり、腕には血が伝っている。


 痛い。痛くて怖い。

 震えが止まらない私に気がついたシニアンさんは、冒険者として携帯している応急布でさっと傷を覆うと、

「少しだけ、我慢してください」

  そう言って躊躇いなく私を抱き上げ、そのまま私の職場であるギルドまで送り返してくれたのだ。


「ミナちゃん?どうしたの!」

「えっ、怪我してる?ヒト用の傷薬取ってくる!」


 夜勤のギルド員さんに引き取られて心配されているうちに、いつの間にか助けてくれたシニアンさんは居なくなっていて、お礼を言い損ねたことにとても申し訳ない気持ちになった。


 きっと、助けてくれたのに私がシニアンさんを怖がったことも、悟られていると思う。


 今度会えたら絶対にお礼を言いたいと思いながら、その日はギルドの仮眠室に泊めてもらった。そして翌日は、心配した周りに休みを勧められつつも、大怪我でもないので普通に仕事をして定時で上がらせてもらった。


 残念ながらシニアンさんはギルドに来なかったので、お礼も言えなかった。明日は休日なので何かお礼の品でも探しに行こう。そう考えながら、帰り道で薬屋に寄って、消毒液と包帯、傷薬を買って帰った。 




 家に着いて少し休んだ後、簡単に夕食を作って食べて、シャワーを浴びる。


 血は止まっているものの、爪のあたった部分の傷は抉れたようになっていて、水が染みてジクジク痛む。掴まれた部分もアザになっており、見ているとなんだか泣きたくなってきた。


 こういう時、なんの気負いもなく甘えられる家族がいたなら、どんなに慰められただろう。弱っている時ほど、天涯孤独の凍えるような寂しさと寄るべなさが心を苛んだ。


 苦しさを吐き出すように少し泣いてからシャワールームを出ると、外はもう暗くなっていて、明かりをつけていない部屋は暗く沈んでいた。


 私が住むのは5階建集合住宅の4階だ。その部屋の窓から、昇りかけの月がぽっかりと浮かんでいるのが見えて、灯りをつけないまま吸い寄せられるように窓際に身を寄せる。


 窓を開けてしばしその美しさに見惚れていると、不意に目の前に影が舞った。


「えっ?」


 カシャリと音のした方に目線を下げると、転落防止の柵部分に一羽の梟が止まっていた。

 頭の上に耳の様な羽根のある梟で、真っ黒でクリクリの大きな瞳でこちらを見つめている。


 思わぬ事態に固まっていると、梟はにゅっと体を伸ばして、私の顔の方に自分の顔を近づけてきた。

 その嘴には、何やらラッピングされた小箱のようなものを咥えており、受け取れとでも言うように突き出される。


「え、えっと、くれるの?」


 思わず梟に問いかけると、更にそれを近づけられたので、恐る恐る手を差し出すと、ポトリとその上に小箱が落とされた。


 一体何なのか、全く想像もつかない。


「開けていい?」 


 聞くと、ホゥ、と返事をされたのでおそらく開けても良いのだろう。 


 そう解釈してラッピングを解いて中を見ると、中から緑の軟膏?入りの小瓶と説明書っぽいものが出てきた。

 とりあえず説明書のような紙に眼を通す。


「えっ、これ」


 ヒトの冒険者、それも高ランク者が使うような、魔力の混ぜられた高性能の外傷用軟膏だ。断じて、ちょっと抉れただけの私の傷に使うような代物ではないし、値段も高く気軽にプレゼントされて受け取れるものでもない。


 そう思ってぱっと梟を見ると、すごく得意そうに胸元の毛をふっくら膨らませていた。


「あ、えっと」


 受け取れません!とかいうと、すごくがっかりさせそうだ。そのきらきらとした期待の眼差しを裏切る勇気は…。

 私にはなかった。


「あの、とても嬉しいです。ありがとうございます」


 なんとか笑顔でお礼を言うと、得意げに羽を膨らませてホゥッと返事をしてくれた。


 その様子が可愛らしくて、思わず本物の笑みがこぼれる。

 でも、私の怪我を知っていて、梟獣人の可能性があり、かつこんな高価な薬をぽんと他人にあげられる人なんて、私には一人しか思い当たらない。


「あの、もしかしてシニアンさん、ですか?」


 シニアンさんが梟の獣人だと言われたら、あの静かだけれども的確に討伐にあたる様は確かに納得だ。

 間違いなくそうだろう、と思って問うたのだが、問われた梟は途端にシュッと羽を萎めて固まってしまった。


「えっ」


 もしかして違った⁉︎と思って焦っていると、梟はぎこちなく首を傾げた。


「すいません、違いましたか?とんだ失礼を…」


 そう言うと、梟は今度は首を竦めて眼を閉じてしまった。これは一体どういう意味なんだろうか。違わない、のだろうか?


「え、と。シニアンさんの、お使い、とか?」


 獣人の中には同系の動物を使役する能力持ちもいるので、可能性として聞いてみたら、梟はぱっと眼を開けて、肯定するようにホゥホゥと鳴いた。


 仕草がやたらと人間臭い気もするが、使役動物というのはこういうものなのだろうか。ヒトである私には違いがまるでわからなかった。


「そっか、シニアンさんすごく優しい人なんだね。昨日は助けてもらったのに、お礼さえまともに言えなかった私の事を気にかけてくれてたなんて」


 落ち込んでささくれてきた心が、思いがけずもたらされた優しさに少し癒された気がする。

 照れたようにホゥ、と鳴いた梟は、その照れを隠すようにピトっと怪我をしていない方の腕に懐いてきた。


 そっと頭を撫でるとそのまま大人しくしているので、柔らかな羽をゆっくりと堪能する。体を寄せられている部分から、じんわりと温かな体温が伝わってきた。


「あったかいねぇ」


 その温かさに、不意に子供の頃お婆さんに頭を撫でてもらった記憶が蘇った。血の繋がりどころか獣人ですらない私に、優しくしてくれた人。

 もっと、長生きして欲しかった。そばにいて欲しかった。


 ひとりに、しないで欲しかった。


 キュエェェ⁉︎

 急に焦ったような鳴き声が聞こえて我に返ると、無意識にポロポロ涙を溢してしまっていたことに気がつく。


「あ、ごめんね。なんか私、すごく寂しかったみたい」


 へへ、と誤魔化すように笑うと、慰めるように頭をすりすりと擦り付けてくれる。


 しばらくそうして体温を与えてくれる梟に甘えて、そっと羽を撫でさせてもらった。温もりに飢えてたんだなぁと自覚して、苦笑が浮かぶ。


「ありがとね。今日君が来てくれて嬉しかった。シニアンさん、今度はいつギルドに来てくれるのかな。ちゃんとお礼、言いたいな」


 そう言うと、梟は何かを考えるようにじっとこちらを見つめていたが、そのうち会えるとでも言うように、ホホゥっと鳴いた。


 そして羽繕いをするようにごそごそしていたが、やがて抜けた羽根を1枚嘴に加えて、どうぞと言うように私に差し出してくれた。


「くれるの?ありがとう。とっても綺麗な羽根ね」


 白と焦茶の縞模様になったその羽根は、艶があってそれだけでアクセサリーになりそうなほど美しい。

 見惚れていると、じゃあねと言うようにひと鳴きした梟は、静かに夜空に飛び立って行った。 


 その影が遠ざかっていくのを見ながら、思わずつぶやく。


「可愛かったなぁ」


 梟を間近に見ることなんてなかったが、すごく可愛くて優しい生き物だった。


 もしかしたら、あの時シニアンさんに怯えてしまったから、あの可愛い子を使いにしてくれたのだろうか。


 手に残った軟膏を見て、せっかく届けてくれたのだから使わせてもらおうと思う。

 説明書通り、傷口を綺麗に洗って患部に塗り、包帯を巻いて、その日は温かな気持ちで眠りについた。


 翌日、傷口もアザもほぼ完治していることに気がついて、その効能の高さに朝から変な声を出して驚いたのは、内緒だ。




 それから数日経って、シニアンさんとは私の退勤間近の時間にお会いできた。


 彼の依頼完了報告を受け付けた後、少しだけ待ってもらってから、あの時のお礼と、同僚に聞き込みして買いに行ったお酒をお渡しできた。それと、あの軟膏のお礼も。


「シニアンさんのおかげで、びっくりする程早く治ったんです。本当にありがとうございました」

「貴女が痛い思いをしていないなら、よかったです」


 そう言って表情を和らげてくれた彼を見ながら思う。

 暴漢から助けてくれて、ギルドまで運んでくれて、薬までわざわざ用意してくれて、このセリフ。


 ほ、惚れてしまう!


 赤くなりそうな顔に、ひーっと焦りながら、まごまごと言葉を紡ぐ。


「あ、あの、薬を届けてくれた、あの子は…」

「あぁ、あれは、その。私の、身内のようなものです」

「身内?」


 若干視線を逸らしながら言われた不思議な言葉を、思わず繰り返す。


 というかシニアンさんの一人称って私なんだ。冒険者ではあまりいないタイプだ。なんか萌える。


「その、貴女のことをとても気に入っていて、迷惑でなければ、また…」

「えっ、また来てくれるんですか?大歓迎です!」

「よかった。とても嬉しい、と思うでしょう」


 そう言われて、思わず顔が綻ぶ。

 なんて嬉しい提案なんだろう。またあの可愛い梟と触れ合えるし、シニアンさんと個人的な繋がりもできるなんて。


「あの子の名前はなんていうんですか?」

「名前…、ルーと呼んでください」

「ルー君?ですか?」


 確かシニアンさんの名前はルーク・シニアンだったはずだ。似ている。


「ええ。その、貴女ももう帰りですか?よければ、送っていきます」

「えっ、でも遠回りになったりしませんか?」

「貴女と私の住んでいる所は近いんです。あ、いや調べたわけではなく、貴女の通勤を時々見かけるので」

「そ、そうだったんですか」


 私は全く気が付かなかった。変なところを目撃されていたりしないといいな。

 そう思いながら、お言葉に甘えて送ってもらうことにした。


 シニアンさんは口数は多くないけど聞き上手で、家に着くまでの時間がすごく短く感じた。もう少し一緒にいたいなと思いつつ、男性を誘う手管を持たない私は、もうお礼を言って家に入る選択肢しか持ち合わせていない。


「シニアンさん、送って頂いてありがとうございました。お話できてうれしかったです」

「私もです。そうだ、私はあの細長い建物の5階に住んでいるので、何か困ったことがあれば遠慮なく訪ねてください」


 そう言ってシニアンさんが指差したのは、一本向こうの通りの高級そうな建物だった。多分ワンフロア全部がシニアンさんの家とか、そんな感じなのだろう。格差が辛い。


「本当に近いんですね。ありがとうございます。なんだか安心しました」

「いえ。では私はこれで」

「はい、あ。後一つだけ。ルー君は何が好物なんですか?もしまた来てもらえるなら、何か用意しておきたくて」

「ああ、梟の食べるものは用意しにくいものだし、量も私が管理しているんです。そんなに気を使わずとも、貴女に構ってもらえるだけで喜びますから」


 なるほど、勝手に何か与えたりしない方が良さそうだ。


「わかりました。では、ルー君が来てくれるのを楽しみにしておきます。今日はありがとうございました」

「ええ、ではおやすみなさい」

「おやすみなさい」


 建物に入るまで見守ってくれるシニアンさんにくすぐったい思いをしながら、手を振って別れて、アパートの階段を上る。


 部屋に入って思わずほぅっと息を吐いた。


「いいなぁ、シニアンさん」


 これが恋かぁと思いながら、いそいそと夕食の準備を始めたのだった。




 それからルー君は週1回くらいのペースで窓際に来てくれるようになった。


 あの柔らかな羽根をなでなでするだけでものすごく癒されるし、たまに綺麗なお花や、自慢の羽根を持ってきては、どうぞと渡してくれるのがたまらなく可愛い。

 最近あった事とか、悩みとかも鳴き声や仕草で相槌を打ってくれるので色々話してしまって、きっとルー君は誰より私のことを知っている生き物になっている。


 でもまさか万一本当はシニアンさんがルー君じゃないよね?という疑念が心の奥底にあって、恋心までは相談していない。


 肝心のシニアンさんとは、たまに家に送ってもらうくらいの仲だ。というか、シニアンさんがギルドに来るのが大体私の退勤間近で、残業になった時はどこからともなく現れて送ってくれる。


 多分、退勤間近のギルドの状況から、遅くなりそうな時は察して待ってくれているのだと思う。聞いても偶然ですと言われるけれど、そんなに偶然が続くわけもない。


 私がまた危ない目に遭わないように、気にかけてくれていることにすごくキュンとする。


 ただ残念ながら、デートに誘ったりしたいと思いつつ、そもそもシニアンさんはフリーなのか?という事すら怖気付いて聞けない。


 でも帰り道の短い時間に話をするだけで、粉雪が降り積もるように、少しずつ恋心も深くなっていった。



 そんなこんなで季節は過ぎていき、冬前には流石に窓際で話すのも寒いので、ルー君のために立派な水飲みつき止まり木を特注して部屋に設置した。

 ルー君は喜んでくれたようで、私も嬉しい。


 そしてそんな関係はあっという間に1年も経っていたのだ。



 〜*〜*〜*〜*




「ミナちゃん、最近シニアンさんとはどうなの?」


 ぐふっ。

 お昼休憩中、同僚の猫系獣人のおねぇさんに聞かれて、思わず食べ物を詰まらせてしまった。


 ケホケホと咽せながら水を飲んでいると、あらあらと言うように笑われた。


「やっぱりミナちゃん、シニアンさんのこと気になってるわよね。お似合いだと思うわよ」

「う、でも、シニアンさんがどう思ってるのかよくわからなくて。私ヒトですし」


 そう言うと、おねぇさんは小首を傾げた。


「ヒトなのはあんまり関係ない気がするわ。それよりシニアンさんって今までプライベートとか全く見せないし、人付き合いも最小限の人だから、ミナちゃんを送ってあげるのは十分脈ありだと思ったんだけどなぁ」

「そ、そうでしょうか」


 そんな事を言われると期待してしまう。

 実はヒトと獣人の結婚も、さほど多くないがありうる話だ。


 そもそもヒトと獣人の大きな違いは、魔力の使い方にあると言われている。

 獣人はその身に魔力を持つが、人型と獣型の2形態の維持に使われているため、自分の意思で魔力を行使することはできない。そのかわり人型でも獣型の特性を持った並外れた身体能力と頑強さを発揮できる。


 逆にヒトは、魔法陣などを用いて魔法を使うことができる反面、身体能力は獣人に遙か劣る。その魔法陣はライトや給湯器、冷蔵庫などのさまざまな便利用品を生み出し、それは今や獣人の生活にもなくてはならないものだ。


 大昔はヒトと獣人で争ったこともあったらしいが、戦争転用された魔法と獣人の身体能力は拮抗しており、お互い消耗するだけだったようで、今はお互いを尊重する平和な時代だ。


 ヒトが作る魔法製品も、素材は獣人が討伐してくる凶暴なモンスターだったりするので、素材と製品をお互い供給する事で良い関係を築けている。ちなみに、ヒトと獣人の間に生まれる子は半々の確率でどちらか片方の種族が生まれ、魔法を使える獣人なんてものは誕生することはない。


 私は残念なことに、ヒトの強みである魔力も多くない。そのせいで余計か弱い存在に見えるらしく、20を超えている今でも、はじめてきた獣人冒険者に、働いて大丈夫なのか?と心配されることがある。悲しい。


「ま、シニアンさん目立たないけど実は優良物件だし、気になるなら早めに捕まえた方がいいわよ」

「そう簡単に言われましても…」

「ヒトも同じだと思うけど、やっぱり気をひくならプレゼントが効果的だと思うわ」


 そう言われて、あるものが思い浮かぶ。


「プレゼント…」

「そうそう、獣人って食べ物とか装飾品とか、高いものじゃなくても度々プレゼントされると愛情を感じるものなのよ」

「実は、シニアンさんに渡したいなって思って、コツコツ魔力を注いでいるものがあるんです」

「まあ!いいじゃない!きっと喜ぶわよ」


 そうおねぇさんに背中を押してもらって、もうすぐ完成のプレゼントをシニアンさんに渡す勇気が湧いてくる。


「ありがとうございます。完成したら、頑張って渡してみます!」

「うんうん、きっとミナちゃんの気持ちも伝わるわ」


 その優しい言葉がありがたい。


 頑張って早めにプレゼントを仕上げようと決意して、残り少なくなった休憩時間に間に合うように、お昼ご飯を口に運んだのだった。




 プレゼントがついに完成した。


 一応数少ないヒトの魔道具屋さんに行って出来栄えも保証してもらえたし、あとはシニアンさんに渡すだけだ。

 そう思っていた矢先、私を失意のどん底に突き落とす光景を目の当たりにすることになる。


 それは仕事からの帰り道。明日はお休みだし、そろそろルー君が来る頃だしと、楽しい気分で家路を急いでいた時、目に飛び込んできたのは、シニアンさんが髪の長い女性と二人で並んで歩く後ろ姿だった。


「あ…」


 少し距離があるのに、気がついてしまった自分のシニアンさんセンサーが恨めしい。


 咄嗟に近くの本屋に入ってしまったが、心臓はバクバクと嫌な感じに早鐘を打っていた。


 隣にいたのは、誰だろう。それに。


「あの、髪…」


 白と焦茶の不思議な模様になっている長い髪。それはルー君の羽の模様と、とてもよく似ていた。


 もしかして、ルー君の正体はシニアンさんの使役動物じゃなくて。


 あの人こそが、ルー君なのだろうか。


 シニアンさんの頼みで薬を届けてくれて、寂しいとメソメソ泣いていた私を慰めるために、ずっとずっと、私のところに通ってくれていたのだろうか。


 優しい、人なんだね。

 そんな心優しい人なら、シニアンさんに、とても、とても。お似合い、だね。

  

 でも、でも。苦しい。


 じわじわ涙が浮かんでくるのを、必死に堪える。


 少し時間を置いて外に出ると、もう二人の姿はどこにも見えなかった。


「…帰ろ」


 もし今日ルー君が来たら、どんな顔をして迎えたらいいんだろうか。ずっと心を慰めてくれていたルー君にこの感情をぶつけるような、嫌な女になりたくない。でも、数時間で整理がつくほど、胸に渦巻く感情は簡単なものでもなかった。






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