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オムライス刑事の生誕

作者: jima

 彼女に言った。


「いくら小説サイトに自信作を投稿しても反応がないんだよ。当たり前といえば当たり前だけど、埋もれないような工夫はないだろうか」


「アマチュアの作品が大量に並ぶ中で目にとまって、読んでもらおうというのは難しいわね」


 彼女が目をクルクルさせて、その後オムライスを一口食べた。小さな喫茶店のランチで僕は彼女に趣味の話をしていた。


 自作の短編や詩を有名な投稿サイトに何編かアップしてみたが、反応はどこからもない。最初は完全な自己満足だし、ちょっとした自分の記録がわりと考えていたが、ちょっと物足りないとも思い始めていた僕は初めて今日彼女に新しい自分の趣味を打ち明け、助言を求めたのだった。


「こういうサイトはつまりたくさんのタイトルの中からちょっと眺めてみたいという引っかかりがなければとてもじゃないけど、何の反響も期待できないわ。なにしろ無名なわけだし」


「なるほど」


「だから、最近のライトノベルなんかでは『○○が××して△△なんだが』とか『うちの○○が××だった件』とか、内容をタイトルで説明してそのジャンルに興味のある読者を誘導しているんじゃないのかしら。ムグムグ」


 彼女がまたケチャップライスを口に放り込みながら、もごもごと話す。


「じゃあ、僕もそういうタイトルを考えてみるかな」


 僕がそういうと、彼女は鼻を軽く鳴らした。


「フン、ムグムグ。フン」


「食べるか、馬鹿にするか、どちらかにした方がいい」


「今さら、そんなタイトルつけたって目立つわけないでしょ。ゴミみたいな作品の山にもうひとつゴミを落とすだけじゃないの」


 失礼にもほどがあるが、言いたいことはよくわかる。


「だとしたら、どういうタイトルだったら、目立つんだい?」


「エロかグロ、というのは雑誌記事の定番だけどね。テレビ番組だと子供と動物は外れがないとか、グルメと旅物も強いと聞いたわ」


「まったくわからないんだが」


 僕が文字通り、オムライスのさじを投げる動作をすると、彼女は笑う。


「あなた、タイトル決めてから作品を書こうと思ってるの?」


「駄目かい?」


 まったく自信はないが、どうせ適当な趣味の文芸だ。この喫茶店で魅力的なタイトルが決まれば、それにそって、何かを書いてみてもいいだろう。

 彼女はオムライスを半分ほどパクパクと食べ進め、もう一度僕を見てクルクルと目線を動かし、ニコリと笑って言った。


「『オムライス刑事』というのはどうかしら?」


「そこまで適当な案を出されるのは、いっそ清々しいね。ここで君にオムライスを奢ったのは明らかな間違いだったようだ」


 呆然と僕が答えると、彼女はさらに笑いながら続ける。


「アイデアというのは意外性そのもの、ではないのよ。言葉と言葉のありえない結びつきこそがアイデアといっていいわ。だから柔らかいモノの代表と堅いモノの代表を組み合わせてみたってわけ」


「君は今、何か素晴らしいことを言っているような顔で『オムライス刑事』の解説をしているわけだが」


 僕は唇の端を若干赤く染めながら喋る彼女に抗議をした。


「まず柔らかいものの代表がオムライス、というところについてはもう何だか君に言っても無駄な気がするが、なぜ僕は刑事もの限定で創作をすることになったんだい」


「いいじゃない。中身は何でも」


 彼女がしれっと答えた。


「えっ?」


「中身はあなたの何だか辛気くさい私小説まがいとか、音読したら恥ずかしさで一行に一回くらい死にたくなるくらい恥ずかしい詩でもいいのよ」


 彼女は何かを思い出したのか、笑いをこらえながら言った。


「君に僕の文学性を説明するのはあきらめたけど、その僕の恥ずかしい詩に『オムライス刑事が転生して鎌倉へ行って、ニャンニャンした件』とかタイトルつけてアップしたら、さすがに詐欺ではないのだろうか」


「何、その鎌倉とかニャンニャンとか。グフグフ」


 彼女はコロコロ笑いながら、そのタイトルに反応した。グフグフというのは息がつまるほど笑っている時の音だ。


「君の言う動物モノとグルメ旅番組とおまけにそこはかとなく、エッチな感じも付け足してみた」


「あなたもしかしたら、才能あるかもしれないわ。ヒヒヒヒ、ヒーッ」


 涙を流しながら、彼女が僕を褒めてくれたが、もちろんこれは3/4は馬鹿にしているのだ。


「ありがとう。そんなに感動してくれてうれしいよ。このオムライス刑事は頭の上にオムレツを乗っけていて、事件が解決すると自分で真ん中にナイフを入れ、デロリンッと」


「やめて。お腹が痛いわ。ククククク」


 彼女が言うが、僕は続ける。


「デロリンッと溶けた卵を一口なめながら、キリッと真顔で『真実はいつもこのスプーンがすくい上げる!…だニャン!』とか言うんだ。こんな感じはいけそうかな」


「たぶん、誰の人生にも影響しないし、誰も褒めないけど、私はきっと読むわ。ププッ」





 こうしてオムライス刑事は誕生した。

 これから「オムライス刑事の憂鬱」とか「オムライス刑事の逆襲」とか「オムライス刑事対怪盗ハヤシライス」とか「オムライス刑事最後の7日間」とかいうタイトルが並び、酔狂な誰かがちょっと読んでみようと思い、開いてみたら僕の辛気くさい詩を目にして地雷を踏んだような思いをするのかもしれない。         

 

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