話が違うと言われても、今更もう知りませんよ。婚約者とどうぞお幸せに
「ノーラ! 君との婚約は白紙にさせてもらう!」
満月の夜。
婚約者のレオナルト殿下に部屋に呼び出されたかと思ったら、私は婚約破棄を言い渡されていた。
「はい、分かりました。どうぞお幸せに」
私はニッコリと笑みを浮かべながら、レオナルトにそう告げた。
すると彼は不快そうに顔を歪めた。
「ん? どうしてそんなに嬉しそうなんだ? 僕との婚約がなくなるということは、王太子妃という君の立場もなくなるということだぞ。悲しくないのか?」
「悲しく……ない……?」
いけない、いけない。嬉しすぎて、ついそのことが頭から零れ落ちてしまっていたわ。
私は表情を作り直して、
「ああ! 悲しいですわ。あなたがいなければ、私はどうすればいいの。 あなたに尽くしたのに、どうして捨てられなければいけないのかしら」
と感情を押し殺して言った。
我ながら、大した棒読みだったと思う。
そのような私の振る舞いに、ますますレオナルトの機嫌が悪くなっていくのが分かった。
しかし彼は諦めたように息を吐き。
「……まあいい。お前がどう言おうと、この婚約破棄はもう決まったことだ。僕は『真実の愛』を見つけたんだからな」
「はあ?」
またバカなことを言い出したわね。
真実の愛……って冗談かしら?
でも彼の表情を見るに、とても冗談とは思えない。真剣な顔つきだったからだ。
「レオナルト殿下。その真実の愛……とは?」
「ふふん。どうやら、さすがのお前も気になるみたいだな」
私の問いにレオナルトは気分が良くなったんだろう。そう上機嫌に鼻を鳴らした。
私——ノーラはとある公爵一家の令嬢だった。
幼い頃から厳しい躾を付けられ、私はこの国の第一王子であるレオナルト殿下と婚約させられることになった。
正直、一度もお会いしたことのない方と婚約だなんて……って思わないでもないが、それについては特に不満はない。
貴族の結婚なんてそんなものだ。政治的な意味がどうしてもつきまとう。
だけど計算違いだったのは、私が思っていたよりもレオナルトがおバカさんだったことだけど……私は今まで必死に我慢してきた。
私自身の感情で、婚約を白紙にするなんて無理だからね。実家にも迷惑がかかるし……それはレオナルトも分かっていたはずだ。
それなのに、目の前のレオナルトが「真実の愛」だなんて言い出したら、さすがに彼の頭の具合が心配になっても仕方がないでしょ?
「僕はブノワーズ公爵のエリーザ令嬢と婚約することにした」
エリーザ令嬢……。
ああ。あの腹黒女ね。
エリーザとは同じ女学院に通っていた同級生というヤツである。
その時は、エリーザは何故か私に敵対心を抱いていたみたい。
だけど勉強も運動も……私はなに一つエリーザには負けなかった。
そのことがさらにエリーザの怒りを増長させる原因になったみたいだけどね。
でも正直、私はエリーザなんて眼中になかった。
そんな子なんだけど……へえ、まさかレオナルトが彼女と婚約するだなんてね。
「はあ……」
なんと返していいか分からず、そんな返事しか口から出ない。
「彼女は素晴らしい。未来の国王として日夜鍛錬を続けている僕に対して、彼女は優しく語りかけてくれたんだ」
「一体どこで?」
「半年前くらいにあったパーティーでだよ」
それ以上、私はなにも喋らなかったのに、レオナルトは気持ちよさそうに勝手に続ける。
「そこから、彼女と頻繁に連絡を取り合っていたのだが……エリーザは優しい子だ。僕が弱っている時には、常に優しい言葉をかけてくれた。君はそんなこと、一つもなかっただろう?」
そりゃあ、当たり前よ。
レオナルトはこの国の第一王子。
もちろん、王位の正統継承権を一応持ってはいる。色々と勉強しなければならないことも多いだろう。
でもそれが王族としての義務だと思う。
なのに、どうしていちいち励ましの言葉を投げなければならないの?
どんだけ甘えたがりなんだか。
それくらい、自分でなんとしろっていう話よ。
「そして僕は気付いたんだ。僕が本当に好きなのはエリーザではないか……ってね。彼女は僕のことを『王子』としてではなく、一人の男として見てくれていた。きっと彼女となら、この先にどんな苦難が待ち受けても共に乗り越えて行けるだろう」
ふうん……一人の男としてね。
エリーザの性格から思うに、とても想像出来ないんだけど? なにか騙されているんじゃ?
まあこいつがどうなろうと、私は知ったことではないけど。
「それに知っているよ? 女学院時代、君はエリーザのことをイジめていたみたいだね。貴族としての誇りはないのか?」
一転。
レオナルトの声に怒気がこもり始めた。
もちろん、私がエリーザのことをイジめていた事実なんて全くない。そもそも眼中になったので、ちゃんと会話をした記憶もない。
ただ……何度かエリーザは、嘘を吐いたりイジめの証拠をでっち上げて、私を陥れようとしてきたわね。
だからレオナルトがこんなことを言い出すのも、頷けるわ。
「……言いたいことはそれだけですか?」
いい加減、こいつの話に付き合っているのも疲れてきたので、私はそう問いかける。
すると彼は首を縦に動かした。
そして……。
「ふんっ! 分かったらさっさと出て行け! お前の顔を見ているだけでも、イライラする。こうやって直接、婚約破棄を言ってやったのは、最後の情けだ。これからは金輪際、僕とは関わるな」
「分かりました」
私は踵を返して、部屋から出て行く。
そして扉を閉じた瞬間、
「ふふふ……傑作だったわね。なーにが、真実の愛よ。頭が腐ってるんじゃないかしら? まああっちから婚約破棄を言ってきたんだから、もう良いわよね? 私のせいじゃないんだし」
とつい笑ってしまった。
おっと、少々口が汚くなってしまいましたわ。
ノーラ。あなたはこれでも、一応公爵令嬢なんですわよ。婚約破棄されても、それは変わりないんだからもっとおしとやかにしましょう。ほほほ……。
それにしてもエリーザは知らないのかしら。
だって彼……。
◆ ◆
重荷だった殿下との婚約もなくなり、今度からは自由に生きてやろうと思った。
だけど……。
「どうしてこうなった!」
とある屋敷の前で、私はそう肩を落としていた。
今回の婚約は全面的にレオナルトに否がある。
なにか文句を言われる筋合いはないはずだ。
だからなのか……国王陛下と実家の話し合いによって、私の次の婚約者がすぐに決められた。
その相手の名はアシュトン。
それだけならまだしも……なんとこのアシュトンは、この国の第七王子なのだ!
しかし幼い頃から剣術に興味があった人らしく、他のことをほっぽり出して剣の鍛錬ばかりしていたとか。
さらに臣下の方々が止めるのも聞かず、一人で魔物が蔓延るダンジョンに出掛けたこともしばしばだったらしい。
さぞ城の人達は大慌てでしょうね。
いくら第七ともいえども王子が、魔物に殺されてでもしたら……って。
だが、彼はダンジョンから傷一つせずに帰ってきたらしい。
アシュトンには剣の才があったからだ。
その実力は、城の騎士達にも引けを取らないものらしい。
そういうこともあってか……城の人達は、アシュトンをゆくゆくは騎士団長に——と推す声も多かったそうだが、彼は「自分には向いていない」と言いある日、王都から離れた辺境に閉じこもってしまった。
城の人達は慌ててアシュトンを連れ帰ろうとしたが、彼には剣の才がある。
生半可な力では、彼を強引に引っ張ってくることも不可能だろう。
それでも、騎士団やら冒険者に召集をかけ、アシュトンを無理矢理城に帰らせる……ということも出来たと思うが、そうはしなかった。
幼い頃からしばしば突拍子もない言動で他人を困らせてきた彼は、周囲からも疎まれていたのだ。
そして現在……アシュトンはその辺境の地で冒険者をしていらしい。
そんな彼のことを王都の人々はこう言う——変人王子と。
「あーあ……気が重いな」
周囲に誰もいないことを確認しつつ、私はそう呟く。
いくら変人王子として、辺境で好き勝手に生きようとも、アシュトンが王子であることには変わりない。
国王陛下としても、彼を完全に放置することは出来ないんだろう。
ゆえに……私の次の婚約者として、アシュトンの名前が挙がったのだ。
拒否権はない。
いくら私でも、国王陛下の勅命を断ることは出来ないからだ。
そんなことをしたら実家にも迷惑をかけるしね。
そんな私とアシュトンの婚約の件を聞かされたのは、実家でぐーたら生活をして一週間が経った時であった。
そして私は馬車に乗って、アシュトンが住んでいるらしい屋敷の前にやって来た……というのがことの顛末だ。
正直、今すぐにでも帰りたい。
「まあ、そういうわけにもいかないわよね。ノーラ……頑張るのよ!」
そう自分に発破をかけ、ドアをノックした。
するとすぐに。
「お前が俺の婚約者だとかいうノーラか?」
と扉が開いて、中から一人の男が顔を出したのだ。
「はい、そうです。あなたは……アシュトン殿下でお間違いないですか?」
「ああ」
彼——アシュトンが短く答える。
凛々しい顔立ち。整った鼻筋をしていて、その美しさには思わず視線が奪われてしまうくらい。
ガリガリのレオナルトと違って、体ががっしりしている気がする。だけど無駄な筋肉がついていないためか、しゅっとした良い男だった。
まあだからといって、なんてことはないんだけれども。
「全く……あいつらは余計なことをしてくれる。俺に婚約者など必要ないというのに……」
そんなアシュトンは私の顔を見て、ぶつぶつ文句を言っている。
いきなり酷い言い様ね。
まあ王族としての立場もほったからしにして、辺境で冒険者なんてしている変人王子だから、この反応は予想出来ていたけど。
「来てもらって悪いが、俺に婚約者など必要ない。今すぐ実家に帰れ」
「いえいえ、そういうわけにもいきません。私達の婚約は国王陛下が決めたことですよ?」
アシュトンがとんでもないことを言い出すので、私は言葉を選びつつ反論する。
「……お前にも都合があるということか。まあいい。しかし気に入らなかったら、すぐに帰ってもいいんだからな。今まで、こうして婚約者候補がきたのは初めてではないが、みな一週間も経たないうちに帰ったよ」
溜息を吐くアシュトン。
そういう話もあらかじめ聞いていた。
だから私は彼との婚約に対して、一層乗り気じゃなかったのだ。
「……ええ。そうさせてもらいますわ」
内心イライラしていたけど、それを我慢して答える。
しかしアシュトンは私のそんな気遣いを知ってか知らないか、こう言葉を続けた。
「女というのは根性がないからな。果たして……お前は何日もつだろうな」
「はい?」
女というのは根性がない。
聞き捨てならない言葉を吐かれ、つい喧嘩腰に聞き返してしまう。
するとアシュトンはニヤリと笑みを浮かべ、
「なに、当たり前のことを言ったまでのことだろう? 一体、なにを不服に思うことがあるのだ」
と言った。
カッチーン!
彼の顔を見ていたら、私の中で変なスイッチが入ってしまった。
「そういうあなたはどうなんですか?」
「なんだと?」
「王子としての責務から逃げ出し、こんなところで引きこもっている変人王子。そういうあなたこそ、根性がないのでは?」
「…………」
アシュトンは黙って耳を傾けている。
「聞きましたよ。昔から剣を振るうのが好きだったみたいですね。さぞお強いんでしょうね。私も少々剣に嗜みがあります。まさか女に負けることなんて、万が一にでもないですよね?」
「……言ったな」
アシュトンは私の残し、扉を閉めた。
あらら、怒っちゃったかしら?
もしかして私、門前払いってヤツ?
短気な男ね。
だけど彼は二本の木剣を持って、すぐに戻ってきた。
「そういうなら、手合わせお願いしようか? どちらの剣の腕が上か、白黒付けようではないか。なに、心配するな。女相手にすることだ。手加減は十分する。それとも嫌か? 口先だけか? もっとも……」
「受けて立ちます」
私は即座にアシュトンから剣を奪うようにして、手に取る。
それに対して、アシュトンは少し驚いた様子。
もしかして、そう言ったら私が逃げるとでも思ってたわけ?
「やりましょう。あなたをボコボコにして差し上げますわ」
「くくく、面白い女だ」
そう言うアシュトンは、子どものような無垢な笑顔を浮かべた。
「では軽くルールを決めるぞ。どちらかが振るう木剣に、少しでも体に接触すればアウト。相手に木剣を先に当てた者の勝ちにする。これでどうだ?」
「ええ。分かりやすくていいと思います。文句はありませんわ」
屋敷の前。
私は剣を構え、アシュトンと睨み合っていた。
婚約の挨拶にきたと思ったら、いきなり決闘の真似事だなんて……一体私はなにをしているんだと思わないでもないが、一度火が吐いてしまったものは仕方がない。
「その結果、お前が勝った場合は婚約者でもなんでも甘んじて受け入れよう。しかしお前が負けた場合は……」
「すぐに実家に帰らせてもらいます」
「物わかりがよくて助かる」
アシュトンが好戦的な笑みを浮かべる。
「先手はお前にやろう。いつでもくるといい」
「なら、お言葉に甘えて……」
地面を蹴り、アシュトンと一瞬で距離を詰める。
「……っ!」
彼の頭に木剣を叩き付けようとするが、寸前のところで止められた。
「なかなか良い剣筋じゃないか」
「そういうあなたこそ、やりますね。一発でケリを付けようと思いましたのに……まさか受け止められるとは思いませんでしたよ」
「ふっ、やはりお前は面白い女だ」
アシュトンの目が獲物を見つけた獣のように光る。
「俺からもいくぞ!」
「どこからでもきなさい!」
その後、アシュトンの猛攻が始まった。
正直……私も彼に喧嘩を売るくらいだから、剣の腕には少し自信があったのだ。
お茶会のマナーなんか教わっているよりも、こうやって剣を振り回している方が昔から好きだったしね。
無論「公爵令嬢がはしたない!」と両親からは、よく怒られていたけど……。
だけど両親に隠れて剣を振るっていると、いつの間にかメキメキと力が伸びていった。
最終的には指南役の先生から、一本を取れるようになったくらい。
あの先生も昔は有名な冒険者だったらしいんだけどなあ……。
だからなんとかアシュトンの攻撃を、剣で受け止めることくらいは出来ていた。
こうしていれば、いつか隙が生まれると思って……!
しかし。
「はあっ!」
アシュトンの振るう剣の速度は落ちるどころかどんどんと増していく。
この方……強いっ!
まさか私がこんなにてこずるだなんてね。だてに辺境の地で引きこもって、冒険者をしているだけあるわ。
「あなた! 口だけではなかったみたいね! それくらいは認めてあげてもいいわ!」
つばぜり合い。
だけど……単純な力では、さすがにアシュトンには勝てないみたい。
ジリジリと彼のキレイな顔が迫ってくる。
「ふっ……そういうお前もなかなかだ。女は根性がないと言ったのは謝ろう。世の中にはお前みたいな女もいるとはな」
「あら、それは私が勝ってから言ってください。まだ勝負が付いていないのに、そんなことを言うのは早いですよ」
「ははは! この期に及んで、まだそんなことを言うのか!」
でも……このままじゃ私は彼に勝てない。実践の差というものが出てしまったんだろう。
アシュトンからの謝罪は受けたが、まだ足りない。
正々堂々と私が勝って、アシュトンに土下座させてあげるんだから!
「はあああああっ!」
彼の力がさらに強くなる。
私はその勢いに押され、ふらふらと後退してしまった。
いけない!
「終わりだ!」
一瞬の隙をアシュトンは見逃してくれず、私に剣を振り上げた。
剣で受け止める……? いやもう遅い!
このままじゃ負けて……いえ! 負けるなんて嫌よ! 私、この世でなによりも『敗北』って言葉が嫌いなんだから!
そんな強い思いのためか……私は無意識に手を前に出し、氷魔法を発動してしまう。
「なっ……!」
突如、目の前に出来た大きな氷の壁にアシュトンは戸惑う。
「お前……それほどの剣の腕前を持ってるというのに、魔法も使えたのか!?」
「そうよ!」
私が言うと同時、氷で出来た壁がアシュトンに向かって倒れていった。
「うおおおおおお!」
彼は氷の壁を剣で受け止めることが出来ないと悟ったのか、その場からすぐに離脱する。
しかしいかんせん、不格好な逃げ方になってしまった。
アシュトンは倒れてくる氷の壁からなんとか逃げ通せたものの、地面に尻餅を付いてしまった。
ようやく巡ってきたチャンス!
私はすかさずアシュトンに駆け寄り、
「チェックメイトですわ」
呆然とする彼の首筋に、ピトッと木剣を付けた。
これで私の勝ち!
……ってこれじゃあダメよね!?
アシュトンは「どちらの剣の腕が上か」と言っていた。
ルールでは「魔法を使ってはいけない」と定められていたわけではないが、そんなものは暗黙の内に決められていることだろう。
剣の勝負だったのに、追いつめられて魔法を使ってしまうだなんて……私の負けだ。
「──す、すみません! 少し張り切りすぎました。私の反則負けで……」
と言葉を続けようとするが、
「いや……それは違う」
彼が私の口元に人差し指を付ける。
その時の彼の優しそうな表情に、ついドキッとしてしまった。
「お前が魔法を使えるかもしれない……そういう可能性を知らず知らずのうちに、頭から抜け落ちてしまっていた俺の失態だ。実戦ではなにが起こるか分からないのだからな。この勝負……お前の勝ちだ」
「しかし……」
「っとその前に……」
アシュトンは先ほどまでの厳しい口調が嘘のように、穏やかなものになって……。
「取りあえず、その剣をどけてくれるか?」
と言った。
◆ ◆
その後、私は正式にアシュトンの婚約者として彼に認められることになった。
正直、最初は嫌だなあと思っていたけど……アシュトンが口だけではなくて、剣の腕前も間違いなく一流だと知ってからは「まあいっか」と思うようになった。
ちょっと面倒と思う気持ちもなかったわけではないけどね。
そしてアシュトンとここで暮らすようになってから、色々なことが分かり始める。
どうやら彼はこの街で、結構人気者らしい。
「はあ? 王都ではアシュトン様が変人王子だなんて呼ばれているのか?」
街の人々が口々にこう言っていたことを思い出す。
「アシュトン様を変人呼ばわりだなんてとんでもない!」
「そりゃあ……最初は無愛想だし怖かったさ。でもアシュトン様は俺ら平民みたいな人間にも優しい素晴らしい人なんだ!」
「そうそう。冒険者の依頼で忙しいのに、前は迷子になってたうちの子を探してくれて……」
「それに知ってるか? 街の恵まれない子どものために、無料で学べる学校を作ったらしいぜ」
どうやらアシュトンは口が悪いだけで、『優しい人間』という評価らしい。
街のみんなからとても慕われている。
それだけではない。
「この街で唯一のSS級冒険者だしな」
「『剣聖』アシュトンといったら、この街で知らない者はいないくらいだ」
「ほんとほんと。アシュトン様がこの街からいなくなったら、私達はどうすればいいのか……!」
「違いねえな」
冒険者としても『剣聖』と呼ばれ、かなり優秀な部類に入るらしい。
おかしいと思ったのね……いくら剣の才があるとはいえ、私と互角に渡り合えるんだもの。
そのことをアシュトンに言うと、
『私と互角に渡り合える……って自分を基準に置くところが、お前らしいな』
と笑っていた。
そんな私は今……アシュトンと一緒に街で買い物をしている。
「ノーラ。欲しいものはないか?」
私と隣り合って歩くアシュトンがそう質問する。
「ないわよ。あなたといたら退屈しないしね。そんなことより、今度はどこのダンジョンに連れていってくれるの?」
「……欲のない女だ」
とアシュトンは優しく笑った。
あれから……ちょっとずつ、アシュトンは優しさの片鱗を見せるようになっていった。
今では私も敬語じゃなくて、アシュトンに対してざっくばらんに話している。
第一王子のレオ……ナルト? だっけ? ——もう昔の男なんて忘れた——とは大違い!
アシュトンが依頼でダンジョンに行く時も、たまに私は彼に付いていった。
家に閉じこもってたら暇で仕方がないからね! ちょっとは体を動かさないと!
最初は「女を連れて行く場所じゃない。危険だしな」と渋っていたアシュトンだったが、私が根気よくねだると、
『……まあ剣も一流で、魔法も使えるお前に言うのも変な話か』
と渋々許可を出してくれた彼の表情を、今でも鮮明に思い出せる。
それから私とアシュトンは一緒に高難易度の依頼を度々成功させ、ますます街が平和に……そして豊かになっていった。
「しかしノーラ……今日くらいはお前の欲しいものを買わせてくれ。お前のおかげでダンジョン攻略もスムーズに進むしな。そのお礼だ」
「えー? どうして今日はそんなに強情なのよ」
「その……なんだ」
アシュトンは私から視線を逸らし。
「……そろそろお前の誕生日だろう? 俺はそういった気の利いたプレゼントなんて思い付かないからな。だったら、お前の欲しいものを買う方が効率が良いと思ったからだ」
「え……」
つい言葉が詰まってしまう。
確かに……ちょっと前にポロッと誕生日のことを教えたが、まさか覚えてくれているなんて……。
それにいくらアシュトンが優しいからといって、そういったことには気が回らないと思ったのに。
彼の心遣いが素直に嬉しかった。
「アシュトン……では一つだけお願いしてもいいかしら?」
「なんだ?」
アシュトンの姿勢が前のめりになる。
「これからも私と一緒にいてください。私はあなたといれば、それで満足よ」
「……承知した」
アシュトンが照れたように顔を赤くした。
んーーーーー!
私も自分で言っててなんだか恥ずかしくなってきた!
アシュトンから私も顔を逸らす。
「おいおい! あの最強夫婦がまたいちゃついてやがるぜ」
「お似合いの夫婦だよな。冒険者として……と考えても、剣聖がノーラ様と組めばこの街も安泰だ!」
「ノーラ様はただ強いだけじゃないぜ! あんな美しい女性を婚約者だなんて、アシュトン様が羨ましいぜ!」
「よっ! お似合い夫婦! どうぞお幸せに!」
ふ、夫婦夫婦だなんて! そう繰り返さないで!
それにまだ夫婦じゃないんだから! アシュトンは私の婚約者!
でも……いつかはその言葉通りになりたい。レオナルトの時には絶対に抱かなかった感情だ。
——どうぞお幸せに……か。
うん、婚約破棄もあったけど、今の私って幸せよね。
彼の手を握りながら、私はそう思った。
◆ ◆
そんな幸せな生活を送っていたある日。
私も暮らすアシュトン邸に、一人の女性が押し掛けてきた。
「どうなってんのよ! 話が違うじゃない!」
私が扉を開けると……そこにはボロボロのエリーザの姿があった。
エリーザ……私から元婚約者のレオなんとかさんを寝取った女だ。
性根は腐っている彼女だけど、元々キレイな見た目をしていたはず。
でも……今ではその面影もない。
金色の髪はボサボサ。不健康な生活を送っているのか、肌も荒れ放題だった。
「あら、どうしました。王太子妃のエリーザ様。話が違うとは、どういうことですか?」
私はわざと丁寧な言葉で対応した。
すると。
「あいつ、聞いていたことと全然違うじゃない! レオナルトは王位に一番近い……と聞いていたけど、全部嘘だった! 頭も運動も人気もからっきしで、国王陛下から見捨てられててしまっている! こんなことなら、あいつとなんて婚約しなかったのに!」
とエリーザは私に掴みかかった。
後ろでことの成り行きを見守っているアシュトンが一歩前に踏み出すが、私はそれを手で制す。
「言いたいことはそれだけですか?」
「それだけじゃないわ! しかもあいつ、国王陛下や臣下に黙って借金も作ってやがった! 女絡みのね! それで国王陛下が激怒して、レオナルトに追放を言い渡したのよ! そのとばっちも受けて、今では私も街のボロっちい小屋住まい。こんなはずじゃなかったのに!」
あらあら。
第一王子が王子としての立場を剥奪された……ということは風の噂で流れてきたから、知ってたけどね。
私と婚約している頃からも、借金をしていることは知っていたが……とうとう陛下にバレたのか。
「借金を返そうにも、あいつ……なんにも出来やしない! そのせいでろくな仕事も見つからない! そのせいで、貧乏生活で……」
いくら仕事が見つからないとは言っても、選ばなければいくらでもあるだろう。
しかし力仕事みたいなことは、レオなんとかさんもエリーザも嫌いそうだし……自業自得だ。
「話が違う! 責任を取ってよ!」
「話が違う? 知りませんよ」
私はエリーザを軽く押す。
彼女はふらふらとその場に尻餅を付いた。
「なによおおおおおおお!」
すぐに立ち上がって私に殴りかかってくるんだけど、後ろからアシュトンがその拳を受け止めた。
一応これでも最強夫婦だなんて呼び名も付いている私達に、あまつさえ暴力で敵うと思っているのかしら?
そうだったら、ますますおバカさんだ。
「レオナルトは言っていましたよ。真実の愛を見つけたって。それがあれば、たとえどのような環境になっても、二人で苦難を乗り越えられるのでは?」
「真実の愛……? なに、そんな子どもみたいなことを言ってるのよ! あいつはなにを言ってるか知らないけど、私は王太子妃になりたくてレオナルトと婚約したのよ! 愛でお腹はいっぱいにならない!」
「はあ……」
哀れすぎて溜め息も吐きたくなるものだ。
もうこれ以上、エリーザと話しているのも時間の無駄だ。
私は彼女を残し、扉を閉めようとした。
そして最後、皮肉を込めて彼女にこう言ってあげた。
「大丈夫です。今のあなたは周りが見えていないだけです。きっとすぐに真実の愛に気付きますわ——婚約者とどうぞお幸せに」
お読みいただきありがとうございました。
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「【連載版】話が違うと言われても、今更もう知りませんよ 〜婚約破棄された公爵令嬢は第七王子に溺愛される〜」
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