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第八話 はじまり

遅くなりました。続きです。


「お誕生日おめでとう、エミルちゃん」

「おめでとうー!はいこれ、私からのプレゼント」


 夕食には少し早い昼下がりの午後。何時もは伽藍堂な社員食堂がエミルの誕生日によって珍しく賑わいを見せていた。


「わぁ、ありがとう! これ、開けてもいい?」

「まてまて。それは後の楽しみにとって置いて、今は先にご飯を食べよう。今日はエミルの好きな物を沢山用意したんだ。冷めたら勿体ないだろ?」

「うん、分かった!」

「よし。じゃあ、パパがよそってあげよう」


 ユキからプレゼントを貰ったエミルはバルドの膝の上で落ち着きなくソワソワし、手に持った箱の中身に興味津々だったが、バルドの言う事に素直に従う。


 けれど昂った気持ちを抑えきれなかったのか鼻歌を歌いながら身体を揺らし意味もなく足をパタパタとばたつかせる。


 いつにも増して上機嫌なエミルがずり落ちないように、バルドは料理を取り分ける手を一旦止めて、片腕をエミルの胴体に回して落ち着くまで待つ事にする。


「あー、もう。可愛いわね」

「嬉しくて仕方ないのかな?」

「微笑ましいですね」


 その様子を側で見ていたカナン達三人はエミルの可愛さに、内心で身悶えながらもバルドがよそっていたエミルのお皿に料理を運ぶ手伝いをする。


「おい、野菜は避けてくれよ」


 バルドがエミル用に盛り付けていたお皿にスズがこっそりと野菜を盛ると、バルドはエミルに聞こえないように右隣に座っていたスズに耳打ちをする形で小言を言う。


「ダメですよ、隊長。栄養はバランス良く摂らないといけないんです。特にエミルちゃんは」


 カナンやユキのてまえ少しの羞恥を覚えたスズだったが、これはチャンスだと思いバルドに倣って同じように耳打ちで返事を返す。


「それは分かっているが、今日ぐらいはいいだろう?」

「ダ、メ、です。頑張ってください、パパ(バルド)さん」

「それはやめてくれ」

「うふふ」


 少し恥ずかしそうに項垂れるバルドに笑みを深めるスズは、他所から見ればいちゃついているように見え、対面に座っていたカナンはこんな時にまでアピールを欠かさないスズに若干呆れる。


 ちなみに同じくバルドの左隣に座っていたユキは自分とエミルのご飯を選ぶのに真剣で、二人のやり取りに全く気づいていなかった。


「はいはい。早くしないと、エミルちゃんが愚図るわよ?」

「まだ?」


 カナンと同じタイミングでエミルはバルドを見上げるようにして催促をする。その小動物のような仕草にバルドは心を打たれ、急いで盛り付けられたお皿を引き寄せる。


「あぁ、すまんすまん。ほら、エミルの好きなお肉だぞ。あーん」

「あー、んっ……美味しい!」

「それは良かった」

「もっと」

「分かった分かった」


 エミルに催促されるままにバルドはエミルの小さな口に合うように切り分けられた山積みのお肉を、どんどん運んでいく。


「もう見慣れた光景なのだけれど、エミルちゃんのその小さな身体にこの量のお肉が消えていくなんて、未だに信じられないわ」

「分かります。魔力量が多い人は健啖家だと聞いていますけど、実際に目にすると驚いちゃいますよね」

「そお? 私もこれぐらいは普通に食べるけど。隊長も同じぐらい食べますよね?」


 エミルのお皿に盛られ量と同じぐらいに様々な料理で築かれた山を、ユキはハイペースで切り崩しながら、さも自分は特別ではないと言った風でエミルにフォークを運ぶロボットと化していたバルドに話を振る。


「まぁ、そうだが。ユキの場合、どこにその栄養がいってるのかは謎だがな」


 隣に座っている一般的な成人女性にしては一部分を除いて小柄なユキを見ながら、バルドは心底不思議そうに答える。


「そうですね。ユキさんの魔力量は多いとは言えませんし、一体何処に栄養が吸われているのでしょう?」

「今世紀最大の謎だわ」

「私は謎なのかぁ。あ、でも、謎のある女性の方が惹かれない?」


 スズもカナンもバルドと同様に首を傾げてユキの一部分を見つめながら少し揶揄うが、ユキには大して意味がなかった。


「隊長。そろそろ隊長もご飯をいただいた方がよろしいのでは? 私はもう落ち着きましたので、何時でも代われますよ」


 暫く談笑しながら食事を続けていると、スズはバルドがエミルにばかり気を取られて自身の食事が疎かになっている事に気づき、未だに元気に食べているエミルの給仕役を代わろうかと提案する。


「俺はエミルが終わってからで大丈夫だぞ」

「そうですか」

「隊長は本当にエミルちゃんの事が好きね」


 スズもカナンも代わる素振りすら見せない子煩悩なバルドを好ましく思い、余計なお節介は止めようとバルドとエミルを微笑ましく見るだけにとどめる。


 だが、隣でエミルと同じように食べていたユキは違う行動に出た。


「じゃあ、私が隊長に食べさせてあげます。はい、あーん」

「あ、いや。俺は一人で食べれるぞ?」

「まあまあ、そう言わずに」

「ちょ、その箸を一旦置けーー」

「うぇ」

「「あ」」


 ユキのいきなりの行動に動揺して手元を見ていなかったバルドは、エミルの嫌そうな声とスズとカナンの呟いた声を聞いて自分が何を食べさせたのかを悟る。


(やってしまった。)


 バルドは内心でどうやってエミルを宥めようかと考えていると、膝の上に座っているエミルの気配が変わったのを感じた。


 バルドが視線を下ろすとそこには黒髪になったエミルがいた。


()()()か」

「ん。お箸」

「おう。これを使え」

「ん」


 バルドから手渡された箸で平然と一人で食事を再開したのは、エミルの身体に住む自我を持ったもう一人でエミルの姉の様な存在。バルド達はエミルと分けて彼女のことをユミルと呼んでいた。


「エミルは拗ねたか?」

「ちょっと」

「だよな。後で釈明だけはさせてくれ」

「分かった」

「あぁ、それとお誕生日おめでとう。ユミル」

「ん」


 盲目なはずなのにお皿に残ったエミルの嫌いな野菜を淡々と食べ進めるユミルに、バルドは当たり前のように会話を続ける。


 バルドも半年も経てばユミルの登場に動じなくなっていた。


「ユミルちゃんは今日もお姉ちゃんするのね」

「私が言うのもあれですけど、今日ぐらいは別に無理をして食べる必要は無いんですよ?」

「ほら、お肉を一緒に食べよ?」


 ユミルの突然の登場に慣れたのはバルドだけではなかった。普段からお世話をしているカナン達も当然、ユミルの扱いを心得ていた。


「別に無理してない」

「それは知ってるわ。でも嫌いじゃないけど、好きでもないでしょ? 今日はユミルちゃんの誕生日でもあるんだから、好きな物をいっぱい食べていいのよ」

「分かってる。けれど、配分は大事。これは私達に必要な事」


 エミルとは打って変わって無表情のまま、上手く言い返す言葉が見つからないだろう台詞を吐くユミルは、あどけないエミルとは違ってとても理知的に見え、所作もエミルより大人びているように思える。


 現在もスープの入ったコップを両手でしっかりと握り、味を確かめるようにしてゆっくりと飲み下す様子は、年相応には見えない。


 けれど、ユミルが何時溢しても大丈夫なようにコップの下に片手を待機させているバルドの姿を見ると、膝の上に座ってる事も相まって微笑ましくエミルとは違った愛らしさがあった。


「そう。じゃあ、これはユミルちゃんに必要よね?」

「ですね」

「私の分も少しあげるね」


 バルドの心配をよそに心なしか満足気にスープを啜っているユミルに、カナン達は何時もより目尻を下げながら食後のデザートとして用意してあったスイーツを素早く厳選しユミルの空いたお皿にのせる。


 素材本来のほのかな甘さのする和菓子に、一口サイズに切り分けた色取り取りな果実。そのどれもがユミルの好みに合わせられていた。


「ん。それは必要」



 ◇



 賑やかな食事を過ごしプレゼントの開封まで恙無く終えた後、はしゃぎ過ぎたエミルがバルドの膝の上でこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた事により、誕生日はお開きとなった。


 バルドは一旦エミルをベッドで寝かせるために食堂を後にし、残された三人はテーブルや食器の後片付けを始める。


「後、三年ですか」


 エミルが使っていた専用の食器を見つめ、ユキは少しの哀愁を漂わせながらポツリと独りごちる。


 ユキの口にした三年とはエミルの残された時間だ。エミルは三年後に法の国へ留学する事が決まっていた。


 ユミルが目覚め意思疎通が可能になってから半年。和の国に来てから一年で、エミルを取り巻く環境は二転三転した。そうして現在も相変わらず各国にとってエミルは、手に入れたい最重要人物の一人に挙げられている。エミルを訪ねに和の国にやって来た使者は枚挙に暇がない程だ。


 そうなったのは相応の理由がある。当初の結瘴を持つ人類と言う稀有さによるものだったが、この一年で更に稀有さに拍車を掛けたのが原因だ。


 それはユミルの額に生えた黒角だ。ユミルがエミルとの入れ替わりの時に額から剥がれ落ちた小さな黒角には、魔物の中で厄災と呼ばれる竜種の魔結瘴と遜色ない力を秘めていることが分かったのだ。


 この情報は他国は勿論、和の国の上層部もを激しく揺さぶった。特に穏健派。エミルの処遇を決めあぐね先延ばしにしていた人物達には早急な決断を迫られた。


 エミルの処遇は果たして何が正解なのか。無論、和の国としては帰化してもらい自国民として貢献して貰えれば言う事はない。けれど、他国ははいそうですかと納得はしないだろう。下手をしなくても難癖を付けられるだろうと、容易に想像出来た。


 エミルの齎すメリットとリスクは悩ましい問題だった。結局何度も何度も協議し、友好国の法の国まで巻き込んで漸く一つの結論を出した。



 それはエミル自身に自分の未来を決めて貰うという、身も蓋もないものだった。



 ただエミルが未来を決めると言ってもレールはしっかりと敷いている。エミルが元服。十四歳になり国際的に成人と見做される年齢になった時、法の国の名門イージスアート学園へと留学させ、そこで各国から集められた優秀な者達がエミルを自国に勧誘するといった筋書きを既に用意している。


 つまりエミルを靡かせた者が勝者なのだ。


 今は細かいルールを制定している最中だが、三年後にエミルが和の国を離れるのだけはもう決定事項だった。


「三年も、よ。それまでに私達が出来ることをしてあげましょう」

「そうだよ。三年もあれば、エミルちゃんと一緒にお出掛けするのも夢じゃないよ」

「……そうですね。うふふ、私もユミルちゃんと一緒にお買い物に行ってみたいです」


 選択肢があるようで無いエミルがこれから歩むだろう道のりを憂いていたユキは、二人の言葉を聞いて考えを改める。


 エミルの歩む不確定な未来を案じるのでは無く、今の現在をどれだけエミルに残せるのか。どんな未来を辿ったとしても、ふと思い返して笑顔になれるような思い出を沢山作ろうと。


「ご歓談中のところ失礼します。こちらにバルド様がいらっしゃっていると伺ったのですが……」


 片付けをしながらエミルとのやりたい事を話し合っていたユキ達に申し訳なさそうに声をかけたのは、同じ隊に所属している伝令者だった。


「あら。少し間が悪かったわね。隊長は今ここには居ないわよ」

「そうですか……」

「火急の要件では無いなら、ここで待たれた方が良いですよ? 隊長はエミルちゃんを寝かしつけに行かれただけなので、時期に戻って来ますから」

「あ、それなら此処で待たせていただきます。入れ違いになると二度手間なので」


 伝令者の男性はユキ達三人とバルドが乳繰り合っている食堂に戦々恐々としながらやって来たのだが、既に終わっていた様でほっと胸を撫で下ろした。


「ところで隊長への用事って何なの?」

「それがですね。銀狼を名乗る者がバルド様に面会を求めているんです」


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