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第七話 変化

遅くなりました。続きです。


 朝、ハザックは日課をこなす前の空いた時間で朝食を取りながらバルドが昨日渡してきた書類に目を通していた。



『五体満足とは言えない状態で運び込まれた少女が、意識を取り戻したのが今から三ヶ月前。そして目覚めと同時に一度だけ、瘴気を使用したのを確認。それから保護観察対象となった少女は現在に至るまで、瘴気又は魔力の行使は未確認のまま。


 国籍不明。年齢不詳、推定十歳。性別、女性。種族、人類(仮)。呼び名が無いために少女をエミルと仮称。身長百三十センチ。体重三十キロ。胸部の大きな傷痕、手足の関節に多数の切創痕有り。両眼は摘出されたのか無く、盲目。現在は義眼を着用。体内から濃度の調整が行われていない致死相当の麻酔(キメラの毒)を検知。その後遺症によって全ての行動が緩慢であり、補助なしでは一人でベッドから出歩くことすらままならない。また体内に心臓と密接する形で結瘴が存在している事が判明。また体内に存在していた結瘴が変異し、心臓を中心に根を伸ばす様に全身に侵食。これによりエミルの身体機能が向上したのを確認。


 救出時に押収した書類の解析に成功するが、エミルを記した物は一切発見されず追加情報は無し。本人に誰何を試してみるも依然として意思疎通が難しく難航中。


 備考、生野菜が嫌い。』


「なるほど」


 最後の一文まで目を通し終えた後、ハザックは一人納得する。あれが嫌がっている反応なのだと。これからは調理済みの野菜にしないといけないと。


 書類をアイテムボックスに仕舞い、飲み終えた珈琲とエミルの朝食の乗ったトレイを交換しながらそんな事を頭の隅で考える。そうしてハザックは何時ものように、エミルの病室へと向かった。


 途中ですれ違った同僚にトレイに鎮座していたサラダを押し付けるのを忘れずに。


「おはよう、スズ君。はい、これ」


 一箇所だけ物々しい病室の前に着くと、扉の外で待機している顔見知りの国騎士に首にかけていた身分証を提示する。


「おはようございます、ハザックさん。はい、確認致しました」

「ありがとう。不審な者はいなかったかい?」

「はい、今日も問題ありませんでした。異常無しです」

「そう。バルドとの相瀬は順調かい?」

「それはーーって言いませんよ?」

「おや、それは残念」


 何時ものようにスズを少し揶揄ってからハザックは病室に入る。


「おはよう、カナン君」


 病室に入ると今度はベッドで寝ているエミルをガラス越しで見つめながら軽食を摂っていたカナンに声をかける。


「あ、おはようございます。ハザック様」

「そのまま朝食を摂り続けて構わないよ。エミルちゃんも、まだ起きてはいないようだしね」


 食事の手を止めて律儀に指示を待っていたカナンに、ハザックは苦笑しながら言う。


「了解しました」


 相変わらずカナン君はかたいな。ハザックはそう思いながら手に持っていたトレイを小さなテーブルの上に置いてから監視用に用意されていた椅子に座る。そしてカナンと同様にベッドの眠り姫をガラス越しに見つめる。


 エミルが和の国に保護されて約半年。この僅かな期間で既にエミルの存在は他国に知られ大小様々な国がエミルを狙って動き始めている。


 理由は単純明快。皆、結瘴を持ったまま生存している人類を解明したいのだ。もしこの謎が解明されたならば間違いなく人類は新たな段階に進むと言う確信があるために。これが仮にエミルが人類では無く、魔物であったとしてもこれは変わらないだろう。それ程にエミルの性質は人類と酷似し過ぎていた。


 現在は同じ大国で懇意にしている法の国と協力関係を結び、二国間でエミルを所有しているものの、これからどう転がるかハザックにも読めない。


 悲惨な末路を辿るのか、幸福な未来へと進むのか。それとも人並みの平凡な日々を過ごすのか。


 この先エミルが辿るだろう行く末をハザックは憂えるしか出来ない。何故ならハザックとエミルの関係は医師と患者であって、それ以上でも以下でもないのだから。


「ハザック様……エミルちゃんが」

「……これは」


 一人で思いに耽っていたハザックはカナンの声で我に返る。そしていつの間に起き上がっていたエミルを見て動揺した。


 肩まで伸びる純白だった髪は夜のとばりが下りたあとの闇夜ような黒髪に変わり、前髪から小さな二本の黒角が覗いている姿を見て、明確な異常事態なのにも関わらず動揺のあまりハザックの行動が止まる。


「ハッ、カナンとスズは役割を交代。スズが結界の維持を。カナンは乱入者を警戒。僕はエミルちゃんの容態を確認するから」

「はい」

「了解しました」


 突然の変化に衝撃を受けたハザックだったが、即座に冷静になりカナンと丁度異常を察知して部屋に入ってきたスズに指示を出す。同時にハザックは白衣の胸元に付けていた緊急を知らせる魔道具を起動させ、急いで部屋に備え付けていた法の国最新鋭の魔道具に目を向ける。


「瘴気、魔力共に変化……有り。生命の兆候に問題は……無し。これは結瘴が関連しているのか」


 エミルの身体に取り付けていた魔道具が示す数値を見てハザックは判断する。突然髪の色が変わったのも、額の二本の角も体内に存在している結瘴が変化した事に起因しているのだと。


「完全に侵食したのか……」


 これはもう以前のエミルちゃんとは別物だと想定していた方がいいだろう。


 魔道具の示す異常な瘴気の数値を見て、ハザックは諦念の気持ちを抱きながらベッドの上で大人しく座っている何かと魔道具を交互に観察する。


 その観察されている何かは忙しなく思考を巡らしているハザックとは反対に、目覚めたばかりで呆けているのか、使っていた枕やカナン達が置いていったぬいぐるみを確かめるように触っては、ゆったりと辺りを探る様に首を回している。


 そしてそれを数回行うと何事もなかったかのように、のそのそと布団を被り直して二度寝を始めた。


「この行動は……」

「どうした!? 状況はどうなっている!?」


 ハザックが何かの行動が普段のエミルの行動と全く同じだという事に気付いたと同時に、バルドが数名の部下を連れて部屋に雪崩れ込んできた。

 

「エミルちゃんの容姿が変化。それに伴い瘴気の数値も上昇。異常事態としてバルドを呼ばせて貰った」


 息巻くバルドにハザックは得ている情報を淡々と伝えていく。そしてこれから行う事をバルドに話す。


「準備はいいかい、バルド」

「あぁ、覚悟はもう決めている」

「了解。では、行こうか」


 連れて来た部下達に邪魔者が入って来ないよう警戒にあたらせてから、バルドとハザックは最終確認をするためにエミルのいる部屋の中に入る。


「おはよう、エミルちゃん。もう朝だよ、起きて」


 部屋に充満している濃い瘴気を肌で感じ、ハザックは背中にじっとりと嫌な汗をかきつつも、いつも通りを装いベッドで寝ている何かに声をかける。


「ん……」

「ほら、エミルちゃんの大好きなご飯を持ってきたからね。起きようか」


 ハザックはベッドに備え付けてあったテーブルの上にエミルの大好きなご飯を置き、バルドが何時でも行動を起こせるように神経を尖らせる。


 二人の距離は何かに手が届く範囲だ。


「ん、ごはん……ふぁ」


 ハザックの数度の呼び掛けでやっと反応を示した何かは、もぞもぞとベッドから身体を起こし、大きな欠伸をしてから両目をゆっくりと開いた。


「「ッ!!」」


 ハザックもバルドも信じられない光景を目にして、一瞬体を硬直させる。


 開いた義眼であるはずの両目が、ハザックを捉えているかの様に動いたのだ。


「……んぅ、誰? ハザック? ぱぱ(バルド)?」


 そして二度目の驚愕。目覚めた何かは舌足らずな共通語でバルドとハザックの名前を呼んだのだ。


「ーーッ、言葉を話せるのかい!?」


 思いがけない好転にハザックは珍しく食い気味にエミルに声をかける。今、この好機だけは逃してはならないと他の事を後回しにして、ハザックはエミルとの念願の対話を試みる。


「ん? おまえ、誰?」

「僕が、ハザックだよ。分かるかな? エミルちゃん」

「ん」

「それでこっちがパパだ」

「おう、パパだ。改めてよろしくな、エミル」

「ん」


 エミルからの誰何の時に向けられた一瞬の殺気にさえ動じず、ハザックとバルドはエミルとお互いの認識をすり合わせようと会話を続ける。


 自分達がエミルを害する存在でない事。ここが何処であるか。そしてどの様な状況なのかを、言葉を尽くして説明する。


「ここ、安心?」

「うん。そうだよ」

「ほんとう?」

「本当だ。何があってもパパが守ってやるからな」

「……分かった。信じてみる」


 ハザック達は見えているのかも不明なのに身振り手振りまでして、エミルからある程度の信頼を勝ち取る事が出来た。


 そして何度も理解と思考を繰り返しながら言葉を紡ぐエミルの様子から、心配していたキメラの毒の後遺症や理性の欠如などが見られない事にハザックとバルドは二重の意味で安堵していた。


 言葉が通じ、意思疎通を図れる。その事実があれば如何に結瘴を体内に内包してようとも、義理堅く人情に厚い和の国はエミルを身体的特徴を持った新たな特別種(スペシャル)だと主張する事が可能となり、これによって法の国以外の他国に対して言い訳が出来るようになった。


「それじゃあ、エミルちゃんの検査をしても良いかな? 僕は説明した通り医者なんだ」


 時間に余裕が生まれたことと、念願の対話によって後回しにしていた事をハザックは消化しながら思案する。ハザックのその様子を隣で眺め、時折手伝いながらバルドも同じようにこれからの事を考える。


 黒髪に額の角。動いた義眼などエミルの抱える様々な問題は山積みだが、バルドもハザックも心なしか晴れやかな顔つきをしていた。


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