第三十九話 興味
ある昼下がりの午後。ユミルは読書をしていた。
指に魔力をのせて雑誌に這わせることで印字に使われているインクを反応させ、文字を読み取ると言ったユミルにしか真似できない独特な方法で。
「(お……ん?)」
自宅のリビングに備え付けてあるふかふかの大きなソファーに座り、日向ぼっこしながらゆったりと時間を過ごしているユミル。その姿を二階から降りてきたジークは横目で確認する。真面目なユミルの事だから学院の参考書でも読んでいるのかと思い、ジークは声をかけないようにしようとした。だが視力に優れたジークはユミルの読んでいたものまで目に入り、足を止めてソファーに置かれている物までしっかりと凝視してから、ついユミルに声をかけてしまう。
「何、見ているんだ?」
「……ん。これ」
声をかけるとユミルは手に持っていたものをジークに見せてくれる。それはよくある雑誌。いわゆるファッション誌というやつだった。
「(見間違いじゃなかった)」
近づいて置いてある雑誌の中身も見せて貰ったジークは、ユミルが最初に興味を持つのがファッションだとは予想だにしていなかったので、内心で驚く。
そのため懐疑的な質問をしてしまった。
「これは自分で?」
「ううん、これはミサキがくれたの。参考にって」
あぁなるほど、やはり自分の勘違いだった。ユミルが個人的に読んでいるのでは無く、ミサキ達への義理で読んでいたのかとジークは一人で腑に落ちる。
しかし、ユミルの含みのある言葉にすぐに気付く。
「ん?これは?」
「うん。こっちは私が買ったの」
そう言ってユミルはソファーに置かれていた他の雑誌を見せてくる。それをジークは差し出されるがままに手にとって見てみると、さっきとは系統が違うものが掲載されていた。
「(勘違いじゃなかった、のか)」
再度、ジークは驚く。そして今度はそのまま驚きをあらわにする。
「意外だな。ユミルがファッションに興味を持つなんて」
ちゃんと理解しているのかなんて野暮な質問はしない。何か分からなければ必ず質問がくるのがユミルなので、文字だけでちゃんと理解している事に感心する。恐らくだが、ショッピングモールで実物を触って勉強したのだろう。
それからジークは何故興味を持ったのか気になり、ユミルとの何気ない会話を続けながら探っていると、何故ユミルが雑誌を読むほど興味を持ったのか合点がいった。
ミサキ達がユミル達にファッションの興味を持ってもらう為に、一計を案じた結果なのだと。
「服、増えてたもんな」
「うん。いっぱい、貰っちゃった」
ミサキ達とのショッピング以降、ユミルは渡していたお小遣い以上の服を持っているのではと、洗濯時などで何となく察していた。と言うかユミル達も今もそうだが隠す事なく、堂々と寝巻きから普段着の何もかもを入れ変えていたので、気付かない訳がなかった。
「(ユミルは真面目だからな)」
受けた恩には報いる。特に関係を密にした人には、その傾向が強い。
その人と対等でありたいがために。
ジークも共同生活する前から法の国に来た今でも、ユミルから時折何かを貰う。
それは生活品だったり、食品だったり、置き物だったりとコロコロ変わる。直近で言うなら、ミサキ達とのショッピング中に口にしたのか美味しかったと言って、焼き菓子をお土産に持ち帰ってきた。
「(上手くやったなアイツら。着々と仲を深めているようだ)」
互いに色々と内に抱えているものがあるために一概に言えないが、ユミル達が良い方向に変化しつつある現状をジークは好ましく思う。
それに――
「(今日の格好も似合ってるな。やはりこっちの方が良い。目の保養だ)」
不快感をあたえない様にユミルの姿を改めて視認したジークは、内心でべた褒める。
腰のリボンが可愛いらしい白のワンピース姿のユミルにジークは目尻が下がりっぱなしだ。
カナン達の選んだ少女趣味全開の服も悪くはないが、ジークはどちらかというとシンプルで清楚な方が好みだった。
特に黒髪のユミルにはこっちが良い。
木漏れ日の中、ソファーに座って本を読んでいるだけなのに一つの芸術作品を見ていてる気持ちにさせる。
「ジーク、この服好き?」
ジークが見過ぎだのかそれともユミルが目敏いのか、ユミルはジークに問う。ジークは内心どきりとしたが、最近妙に聞かれる質問に冷静になる。
「……そうだな。ユミルに良く似合ってる」
「ふぅん」
返ってきたジークの答えは味気ない定型文じみた褒め言葉だった。
「(最近は何時もそれ)」
その適当な返事に、ユミルは褒めらているのに少し不貞腐れる。だがそれを声に出して言わない。
何故なら自身にも原因があるのを理解しているから。
そうしてそんなユミルがつまらなそうにしているのに気付いているジークだが、ジークも気の利いた新しい褒め言葉が見つかっていなかった。
「(俺にはもう、語彙が無い)」
言い訳になるが一端はユミル達が最近、事あるごとにジークに聞いてきたせいでもある。そしてもう一端は最初から全力で何を着ても似合っていたユミル達を、語彙力の限り褒めまくっていたジークにもある。
内心で浮かぶ褒め言葉など、疾うの昔に出尽くした後だ。
結果、褒められて嬉しかったユミル達がジークの予想以上に沢山の種類の服を見せにきた事により、語彙力が尽きてしまったための定型文なのだった。
「(でも)」
「(うんうん。こっちを見る頻度。何時もより多いよね。お姉ちゃんに釘付け?)」
エミルもユミルも気付いた。
ペラペラと雑誌を捲る音が聞こえるのに、雑誌より視線が自分に向いていることが多いことに。その事に気付けばユミルの機嫌はすぐに良くなる。
視線は時に言葉よりも雄弁だ。
「……何故メモをとった?」
「ないしょ」
ミサキ達との約束を律儀に守るユミルはメモをとる。一応、ジークに見られないように気をつけて。
「……そういえば、服の確認は何でしているんだ? 服装に違和感が無さすぎて、今更だが」
いくら動体視力に優れているといえど、流石に何を書いているかまでは分からなかったジークは、ふと疑問に思ったこと口にする。
カナン達の服と違って、ミサキ達の選んだ服は種類が多い。それなのにユミル達は今まで変な格好をしているのをジークは見ていなかった。
「ん。魔力印ってやつ、して貰った」
「……あー、あれか。偽造防止とかに使われるやつ」
魔力印と言う馴染みのない単語を思い出すのに少し時間がかかったジークだが、全く知らないものでは無かった。
確か魔力印は特殊な魔道具を使って、その字の通り魔力をあらゆる物に印として付けれるものだったと、ジークは記憶している。
ただあれはーー
「うん。ミサキ達がしてくれた」
「マジか」
「まじ」
ジークの記憶では、魔力印をつけれる魔道具はかなりお高かった。それに足して使用される専用の魔石に、印をつける鋳型と諸々含めたら個人的に購入しようとは思わない代物だった。しかも、購入するには色々と審査が必要だとか。
「(絶対それ、重要度の高い機密文書制作とかに使われているやつだろ)」
職権濫用の言葉がジークの頭に直ぐに浮かぶが、考えると上からの使用許可が出ている可能性の方が高い気がした。
「(有り得そうなのが笑えない所だな)」
そうして気付けばジークとユミルは隣り合うようにソファーに座り、何時ものようにゆったりしながら、心地よい会話を楽しんでいた。




