第三十七話 お出かけ
一緒に服を買いに行こう。
少し遅い朝食をとり終えた後、お茶を飲みまったりしながら他愛のない会話の流れで、今日の予定が決まった。
「あいつ等が空いているか分からないが、一応連絡をしておくか」
「うい」
「ちなみに何処の店が良いとか、あるのか?」
「ん? 特に要望はない。お店とか全然知らないし」
「そうか。了解」
「ジークに期待してる」
「あまり期待されても困るんだがな……」
トットッ、と端末を操作してミサキ達にお誘いのメッセージを送る音と、お店探しでも始めたのか端末と睨めっこしているジークの姿を横目に、ユミルは内心でうまくいったとと独りごちり、茶を啜る。
「(ジークの好みが分かると良いな)」
服を買う事自体は、成長したユミルの身体に合う服が足りていないので必然の事だった。
ジークはそれを理解しているからこそ、雑談の中で服のサイズをさりげなく聞いてきた。
ユミルはジークが服を買って来てくれるのだとすぐに察したが、嬉し悲しいかなユミル達の性格を把握している故か、一緒に服を買いに行こうとは言わずサイズだけを聞いてきたジークに少しむれた。
確かに自身を着飾る服に対して興味がないことは否めない。しかし、誰かを魅せるために着飾る服を選ぶと言う可能性まで排除していることが、ちょっと気に食わなかったのだ。
まぁ、そんな事を言われてもいないのに分かれと言う方が理不尽なのだとユミルは重々理解している。
ユミルだってジークの性格を知らない訳ではない。
ジークなら自身の好みは関係なく、ユミル達に似合い要望を満たす服を買ってくるだろうと確信している。
そこに不安や疑心は今更抱くことはない。
その信頼と同じ事。
だけどその信頼があるからこそ、異性であるジークが服を選ぶ際に、ミサキ達か他の信頼のおける女性達の意見を参考にするだろうという確信もあって、素直に喜べない。
ジークは慎重でそつがない。
そしてあらゆる言動から、こちらを気持ちを慮ってくれていることが伝わってくる。
なので誰の意見も聞かずにジークが着せたいと思った服を買って来てと、我儘を言って困らせるのも憚れる。
それにそういった直接的な物言いは、メリダとの約束に反する。本当はジークが一人で悩んで選ぶ服がどんなものか気になるが。
少し前なら、そんな事を色々と考えずにただ買って来てもらうだけで満足していたのかも知れない。
けれど今はジークの好きを知りたいし、そして、変化した自分を知って貰いたかった。
故にユミルは一緒に行く為の最もそれらしい理由を付ける事にした。
下着とか色々とあるから私も一緒に行く、と。
そうして、ジークとのお出かけが決まったのだった。
決まっていたのだが。
「どうしてこうなった?」
ジークと一緒に服を買いに繁華街に来たまでは良いが、肝心のジークの姿が隣にいなかった。
代わりにいるのは買い物を楽しむ明朗快活な二人の女性。ジークがジークがお誘いをした相手である、ミサキとマキだった。
「ユミルさんには、こちらのお店のが似合うのでは?」
「だねぇ。でも私的には、こっちの方も似合うと思うなぁ」
「確かに……そちらも良さそうですね」
「じゃ、全部回っちゃう?」
「時間も有りますし、そうしますか」
ユミルの小さな呟きは、ユミル達に似合う服が売っている店を夢中で探している二人には聞こえなかった。
ことの発端はユミルがジークの話を聞き逃していた所から始まり、二人だけでのお出かけだと思い込んでいたので、ジークと別行動になってしまった際に、つい口走ってしまった恨み節を聞かれた事が原因だった。
「ほら、ユミルちゃん。行こう、行こう」
「行きますよ。ユミルさん」
恨み節を聞いて何故かミサキ達のテンションがぶち上がり、ユミルを若干置いてけぼりにしていた二人は普段よりも大袈裟な動作で揃って振り返り、片手を差し出して催促する。
「分かった。でも、少し落ち着いて」
仕方ない。
諦めも肝心だと一歩を踏み出したユミルは、差し出された手を掴む。そしてそのまま二人の間に挟まる形で歩みを進める。
「――ッ、あはは。ごめんね。テンション上がっちゃってた」
「……ふぅ、そうですね。少々興奮してました。落ち着いて、目的をしっかり果たしましょう」
「そうして」
差し出した手を掴まれると思っていなかったミサキ達は、虚をつかれた。
それにより幾分か落ち着く二人だったが、それでも僅かばかりの興奮を隠さず、隣に並ぶユミルを揶揄う調子で話しかける。
「でも、ユミルちゃんがあんな事を呟くからいけないんだよ?」
「そうですよ。ジークさんの好きを知りたいのに、なんて台詞は、殺し文句ですよ」
ユミルの変化は身体だけではない。そう判断したミサキ達はユミルとの個人的な関係を深めるべく、話にに乗じる。
「分かってるなら、遠慮して」
「えぇ〜。私たちなら色々と助けになれるよ? ユミルちゃんが、困った時に」
「そうです。その手の事に関しては、ユミルさんより一日の長であると言えます」
「ふぅん」
「あ、信じてないなぁ」
和気藹々、と言うには微妙だが、ユミルとミサキ達の会話は事の他澱みなく進む。
その間、ミサキとマキはユミルの急激な成長具合に内心で舌を巻いていた。
元々ジークから聞かされていたはずだったが、実際に会ってみるとその変化は最早別人かと疑う程。ユミルとの交流はまだ少ないはずなのに、会話を続けるだけでその変わりように嫌でも気付いた。
先ず、基本的に無表情である事に変わりはないが、会話の中でふと表情を変え感情を顕にする瞬間が増えた。
それに繋いだ手。今だにどう言うわけか、離す素振りを見せない。そればかりか、時折繋いだ手の平でこちらの手の感触を確かめるような動きをする。
その白魚のような指がなぞるような感触に、同性であるはずのミサキ達は僅かに頬が紅潮し、付き合いたての恋人のように手汗の心配をし始める始末。
しまいに会話の節々からジークに対する淡い恋心を感じ、いや、これが果たして恋心なのかまだミサキ達には判断が付かないが、ミサキ達の口角は上がりっぱなしだった。
ただだからと言ってミサキ達は会話の中でユミルに直接それを問うことはしなかった。なにせそれは野暮というもので、問いた所でミサキ達の望む明確な答えは帰って来ないだろうと薄々理解していた。
「(これはジークくんもユミルちゃんの変化に、どう答えていいのか迷うよねぇ)」
ユミルの恨み節はジークの耳にも聞こえていたはず。
それなのに自分たちにユミルを任せ、レオンと別行動をとる時点で、ジークの内心は読めていた。
「(私達を信頼してくれてるのか、それとも試しているのか。まぁ、両方なんだろうけど。ぶっちゃけ、ただの丸投げだよねぇ)」
今のユミルに色々と吹き込める立場は貴重だ。上手く行けば、ミサキ達は争奪戦を独走できる程の優位性を得ることが出来る。
しかし、そのチャンスは失敗してしまえば一気にその優位性は失われ、最悪マイナスに突入する羽目にもなる。
言うなれば現在の成長したユミル達が、何を思いどの様な感情を抱くのかを計るための試金石に、ミサキ達は選ばれたのだ。
「(ま、お互い様かぁ)」
ジークがミサキ達を利用するように、ミサキ達もジーク達を利用している。それにこの程度ならまだ可愛いものだ。
そんな事を思いながらミサキは時折りマキと目配せを交わせ、ユミルとの距離感を探り親睦を深めようとするのであった。




